軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第10話 婚約解除書

決闘裁判。

その言葉に、広間がざわめいた。

決闘裁判――古来より、貴族間の争議を解決する最も古い手段の一つだ。婚約、領地、相続、名誉――いかなる争いであれ、双方が合意すれば、決闘によって決着をつけることができる。

神が正しき者に勝利を与える――それが決闘裁判の根底にある信仰だ。勝者の主張が正義となり、敗者は二度と異議を唱えることができない。

そして決闘裁判の結果は、いかなる王権も覆すことができない。神の裁きに、人の法は及ばないからだ。

つまり――リーゼロッテが俺に勝てば、婚約は正式に、永久に、誰の名誉も傷つけることなく解消される。

逆に俺が勝てば――

いや、そんなことは誰も想像すらしていないだろう。

「ハインリッヒ、彼の魔力が回復する可能性は?」

リーゼロッテは俺の方を見もせずに聞いた。

「停滞から8年前後で自然回復した記録がございます。レオン様の場合、2年後に当たりますが――確率は万に一つ以下かと」

「2年後ね。では、それで」

一秒の躊躇もなかった。

まるで道端の石ころの行き先を決めるかのような気軽さで、リーゼロッテは軽く手を振った。

そして初めて、俺に目を向けた。

「2年後の決闘裁判。もし戦えなければ不戦敗。婚約は自動的に解消されます」

たった一言の質問で、俺の運命が決められた。

父が何か言おうとした。リーゼロッテが遮った。

「セレストーム侯爵。侯爵の名誉を守るためでなければ、私は今すぐ婚約を解消し、公表します。三年後か、今すぐか――どちらを選ぶのですか?」

最後通告だった。

広間が凍りついた。

「リーゼロッテ」

声が出た。体が震えていた。だが声は、広間の隅々まで響いた。

「そんなに強気な姿勢を取る必要はないだろう。あなたが婚約を破棄したいのは、要するに俺が一介の落ちこぼれで、天才のあなたに相応しくないからだ。辛辣なことを言わせてもらえば、あなたの美貌以外、この俺には評価できるものが何一つない。だがそれはいい、俺のことはどう思ってもらっても構わない。俺は確かに落ちこぼれだ、魔力値3だ、それは認める。――だがな」

声が低くなった。

「あなたはこの広間に入ってから、一度も俺の目を見て話さなかった。婚約の相手が目の前に座っているのに、一度もだ。ハインリッヒ殿と俺の運命を相談する時も、父に最後通告を突きつける時も、条件を並べ立てる時も――ずっと、俺の頭の上を通り越していた。まるで俺がここにいないかのように」

「落ちこぼれだから婚約を解消したい? 結構だ。だが落ちこぼれでも、ここにいる。落ちこぼれでも、目がある、耳がある、誇りがある。それすら見えないのか? ――それが、クラウゼンブルク公爵家の令嬢の礼儀か?」

面前の少女の咄咄たる勢いに対し、沈黙を守り続けた少年がついに火山のように爆発した。一連の言葉が、広間の全員を呆然とさせた。誰が想像しただろう、普段あれほど寡黙な少年が、これほどの弁舌を振るうとは。

リーゼロッテは小さく唇を蠕かせた。少年の言葉に怒りで小顔が鉄色に染まったが、反論できなかった。確かに、彼女は一度もこの少年の目を見なかった。確かに、当事者を空気のように扱った。言われてみれば、それは弁護のしようがない事実だった。

「リーゼロッテお嬢様、クラウゼンブルク公爵の顔に免じて、一つだけ忠告しておく」

「よく言った! よくぞ言った!」

首座で、父が双眸を輝かせ、両掌を机に叩きつけた。

ドン!

その衝撃で酒杯が跳ね、赤い葡萄酒が卓上に飛び散った。燭台の炎が激しく揺れ、広間に不安定な影を落とす。

「我がセレストームの息子は、やはり並の者ではない!」

父の声には、揺るぎない誇りが込められていた。

俺はリーゼロッテから目を外し、机へと歩いた。

机の上には、羊皮紙と羽根ペン、そして銀の燭台が置かれていた。

俺は羽根ペンを取り、書き始めた。

静かに。力強く。一文字一文字、刻むように。

墨が落ち、筆が止まる。

俺の右手が机上の短剣を素早く抜いた。

鋭い刃が、左の掌を切り裂いた。

「レオン!」

父の声。だが俺は止まらなかった。

鮮血が羊皮紙に滴り落ちる。

血に染まった手のひらが、白い羊皮紙に、真紅の手形を残した。

広間が息を呑んだ。

血判状。

貴族が己の名誉と家名を賭けて発する、最も重い誓約の形式。血印を押した文書は撤回できない。命を賭けた、不可逆の宣言。

羊皮紙を手に取り、俺はリーゼロッテの前を通り過ぎた。

それを、彼女の前の机に叩きつけた。

「勘違いするな」

俺の声が広間に響いた。静かだが、広間の隅々まで届いた。

「これは婚約解除の嘆願書ではない」

俺はリーゼロッテを見下ろした。

「私が――あなたを、一方的に婚約から解放する通告書だ」

「今日から、あなたリーゼロッテ・フォン・クラウゼンブルクは、我がセレストーム家と何の関係もない」

広間が凍りついた。

「あなた……私を……?」

リーゼロッテの目が大きく見開かれた。

彼女の美貌、才能、そして家柄をもってして。

小さな辺境貴族の、魔力値3の落ちこぼれに。

婚約を――解除された?

(私が、捨てられた?)

(魔力値3の落ちこぼれに?)

(カエルム・アルカナムの後継者候補である、この私が?)

震える手で羊皮紙を取り上げた時、初めて、屈辱という感情が彼女の心を焼いた。

リーゼロッテの呆然とした様子を冷たく見つめ、俺は振り返り、父の前に膝をついた。

深く頭を下げた。唇を噛みしめ、一言も発しなかった。

分かっている。

家族の中では、名目上俺がリーゼロッテを破棄したことになる。しかし外に伝われば、誰もそうは思わない。リーゼロッテの才能と美貌と地位があれば、魔力値3の落ちこぼれが自ら彼女を手放すなど、誰も信じない。

結果として、父は嘲笑を受ける。

跪く俺を見て、その心中を理解した父は――穏やかに微笑んだ。

「私は信じている」

父は静かに言った。

「我が息子が、一生魔力値3のままでいるとは思わない。くだらない噂など、いずれ現実の前に消え去る」

「父上」

目頭が熱くなった。

「2年後――息子は必ずカエルム・アルカナムへ行き、父上のために今日の屈辱を晴らします」

俺は立ち上がり、迷わず広間の外へと向かった。

リーゼロッテの前を通り過ぎる時、足が止まった。

まだ幼さの残る、しかし冷たい声。

「三年後――必ず、お前を見つけ出す」

少年の背中が窓から差し込む陽光に照らされ、長い影を作った。

その姿は、孤独で寂しげだった。

リーゼロッテは呆然とその消えゆく背中を見つめた。手にした羊皮紙が、突然とてつもなく重く感じられた。

「三方、もうお引き取りください」

去っていく息子を見送り、父の表情は冷たかったが、袖の中で握りしめた拳は、指が白くなるほどだった。

「ノエシス・エリクサーもお持ち帰りください」

父が手を振ると、机の上の薬箱が冷たく押し返された。

ハインリッヒは慌ててそれを掴み、苦笑しながらラオムリングに収めた。

リーゼロッテは父に向かって礼をし、広間を出ようとした。

「クラウゼンブルク家のお嬢様」

その瞬間、澄んだ声が冷たく響いた。

エヴィルの声だった。

「今日のことを、後悔されませんように」

三人の足が止まった。視線が隅で本を読む紫のローブの少女に向けられた。

窓から差し込む陽光が少女を包んでいた。まるで俗世に咲く一輪の紫の花のように、清らかで美しく、塵一つ寄せつけない。

「それと――カエルム・アルカナムを後ろ盾に、好き勝手できるとは思わないでください」

「エルゼ大陸は広い。ステラリアより強い者も、少なくありません」

エヴィルは本から顔を上げた。紫の瞳が、静かにリーゼロッテを見つめていた。

ハインリッヒの表情が微かに変わった。この少女の纏う空気に、何か得体の知れないものを感じ取ったのだろう。老魔法使いはリーゼロッテの肩にそっと手を置き、小声で促した。

「参りましょう、お嬢様」

三人は広間を去った。

扉が閉まった後、暖炉の炎だけが、静かに燃え続けていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

長い導入部分にお付き合いいただき、感謝しております。

「婚約破棄」という王道展開ですが、できるだけ丁寧にキャラクターの心情を描いてきました。

鋪墊完成! ここからが本番です!

次章から修行編スタート。魔力値3の廃物が、どう這い上がるのか?

辺境へ旅立つまでの修業編何話分があります、一緒にレオンの成長を見守っていただけたら幸いです!

楽しんでいただけたら、★5評価をぜひお願いします! m(_ _)m

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