軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第172話 サヘールの階級制度

集団の中で生活をするということは難しい。

みんなが仲良くできればそれに越したことはないのだが、スケープゴートという存在は必ず生み出されるものである。

優れた人間の場合もあれば、劣った人間である場合であったりと、その他大勢と少し違う者がターゲットになるのだ。

そして優しすぎるからこそ都合よく扱われる存在もいる。

ラクシュさんはそんな中でも、優れている上に優しすぎて、周りに都合よく扱われていた人であった。

優しさって時に弱さと勘違いされるんだよね。

大人しいから何をしても良いと勘違いする人間のなんと多いことであろうか。

抗わないから従えると思い込んでいるんだろうねぇ。

相手の優しさに感謝するでもなく、つけこむ人間はどこにだっているものだ。

「彼女、本当は実家の農業を手伝いたかったそうよ」

「風属性の魔力があるって判明して、竜騎士候補生にさせられたんだって」

「そうなんだ」

「親としてはその方が彼女のためになると思っていたんでしょうけどね……」

「中々パートナーが出来ないし、周りから適正がないんじゃないかって言われてて、雑用ばっかり押し付けられてたみたいなんだよねぇ」

「なるほどねー」

先行きの不安定な農業よりも、確実に国から食べさせて貰える竜騎士の方が、彼女のためになるとご両親も考えたのかも知れないね。本人の望む望まない以前に。

そんな消極的だったラクシュさんだけれど、飛竜のお世話は真面目に真摯にしていたことで、飛竜たちの信頼を積み上げて行ったってことか。

元々生き物が好きで、地属性であればバホメールをテイムしたかったそうだ。

なのに属性が風だったために、竜騎士となるべく候補生にされたらしい。

普通は風属性であれば誰もがなりたがる竜騎士だけれど、彼女は竜騎士に憧れない珍しいタイプだったようだ。

俺も飛竜にも竜騎士にも憧れを抱かないからおかしいって言われた口だけどね。

しかし何故こうもこの国では庶民も貴族も竜騎士に憧れるのか。

その理由はサヘールの階級制度にあった。

階級の頂点が王族であり、続いて貴族となるのだが、爵位を引き継ぐのはたった一人の後継者である。なので貴族の子息子女はみな後継者間で争う仕組みだ。

そんな後継者争いからあぶれたらどうするのか。答えは次に階級の高い軍人を目指すため、竜騎士になりたがるのである。

軍人にも色々な階級があるけれど、その中でも竜騎士が頂点なんだって。

庶民間での階級は商人を頂点として、続いて工業従事者(冒険者はここ)となり、底辺が農業労働者らしい。

支配者階級を頂点としたインドのカースト制度みたいな感じかな?

親から子へ受け継がれる職業は変えられないけれど、竜騎士となれば話は変わる。

カーストの底辺から一気に軍人と言う階級に成り上がれるのだ。

ラクシュさんのご両親も、底辺の農業従事者で終わるよりも、我が子を竜騎士にと願ったのもそれがあったからだろうね。だが庶民間でも明確な階級制度が存在しているだけに、農業従事者出身のラクシュさんの扱いは悪かったのだろう。

アラバマ殿下は土属性だから竜騎士にはなれず、後継者争いから追いやられているのもこの階級制度があるからだ。

風属性ではあるけどアマル様は竜騎士ではないが、王族だし魔動船で貿易を行っているためそんな扱いはされていない。竜騎士になれない貴族の子息子女は夫々事業をしていたり、王宮勤めをしているのもあって数はかなりいるそうだ。現在この階級の人たちを取り込んでいる真っ最中って感じかな? 知らんけど。

そしてシエラ王女様やカメムシ王子は軍人枠で、王侯貴族の後継者争いは軍人ポジションから始まると言っていいだろう。因みにカメムシ王子の同腹妹である第二王女も竜騎士の候補生で、今回の女王の卵争奪戦の有力候補である。

土属性がカーバンクルによって多少見直されたとはいえ、カースト最底辺の農業従事者であることには違いなく。階級の高い軍人の竜騎士に誰もがなりたがっていた。

それが無理なら底辺ではない冒険者になるという選択肢もあるけれど。

まぁ、階級制度ってなかなかなくならないし、改善するのも難しいから仕方がないんだけど、面倒臭いしややこしいったらないよな~。

「あ、このトウモロコシ、食べられそうじゃないっすか?」

「うん。そのままたべていいよー」

「え? 生で食べられるんすか?」

「たべれるよー」

現在の俺たちは、耕し直した畑でまったりと農作業をしながら話していた。

荒らされた畑もすっかり整えられ、現在は収穫作業の真っ最中である。

ラクシュさんはアラバマ殿下の実験農場の方へお手伝いに行っていて、竜騎士になれなかった時に備えて勉強中とのこと。というか本人が働きたがっているので、害虫駆除作業をして貰っていた。

アントネスト産のハッカで作られた虫よけスプレーは、大量に発生する蚊やブヨ、カメムシ除けに効果がある。

しかもバッタやイナゴはハーブやシソ科植物も食い荒らすんだけど、何故かこの虫よけスプレーは苦手のようで寄ってこなくなるんだよね。ダンジョン産だからかな?

そんな訳で、農家のみなさんにも好評なので、輸入品目に加えたいそうだ。

ナベリウス問題が解決して、交易が再開されればアントネストから虫よけスプレーを大量購入するんだって。

「うっわ、マジでこのトウモロコシ生で食えるし、めちゃくちゃ甘ぇな!?」

「こんな甘いトウモロコシ食ったの初めてっす!」

「でしょ~」

「それをあのカシム率いる竜騎士隊の野郎は、めちゃくちゃに荒らしやがったのか」

「許せねぇっすね!」

一瞬だが、カシムをカメムシと聞き間違えそうになった。

字面が似てるのもあるので、今度からカメムシ王子と心の中で呼ぶことにする。

「二人の好きなエダマメもあるよ~!」

「このナスも艶々で、すごく……立派ねぇ」

「アマンダ、お前が言うとちょっと違う響きになるから止めろ……」

「あんた、バッカじゃないの?」

「うるせー! 卑猥なモンを卑猥な持ち方してる方が悪いっ!」

「そう思うアンタが一番卑猥なのよ!」

うむ。どうやらギガンは欲求不満のようだ。

そろそろ蓄積された鬱憤を晴らすような運動をさせねばならないような気がしてきたぞ。

「あ、ほら。リオンから軽蔑の眼差しで見られてるじゃない」

「あ、い、いや、そういう訳じゃなくてだなっ、アマンダが悪いんだぜ!」

「人のせいにしないでよっ!」

「子供の教育上悪いのはお前の方だろうがっ!」

「汚れた思考をしてるのはアンタの方でしょうが!」

俺は子供みたいな見た目でも中身は大人なんだけどね。レベルの低い下ネタ程度どうということはないのだが。

まぁ、二人のいつものコミュニケーションなので放っておこう。

「リオン、このナスはどうやって食べるんだ?」

「う~ん、どうしようっかな~」

「焼いたら美味そうだな」

「そうだね~」

マイペースなディエゴは下ネタより食い気が勝っているようだ。

和食の味付けが好きみたいだし、ナスのおいしい料理でも作ってやろう。

向こう側ではテオやチェリッシュがトウモロコシに食いついて、年長二人のやりとりなど気にしてもいなかった。

いやぁ~畑仕事って、大変だけど楽しいね。

この国では底辺階級の仕事だけど、このお仕事をしてくれる人がいるからこそ生きていけるのを、何とか判らせるにはどうしたらいいかなぁ~? なんてことを考えながら俺は、実った野菜をせっせと収穫して行く。

ふと遠くから風に乗って爽やかな香りが届いて、俺はその方向へと視線を向けた。

遠くに見えるのは、ラクシュさんとアラバマ殿下であろうか。

こうしてみると中々お似合いの二人なんだけど、何を話しているんだろうね?

緩やかな風が畑一面に吹き渡っていく。

その風に乗って爽やかな香りが隅々まで届き、暫し暑さを忘れる清涼感に浸った。

「風属性も畑仕事に向いておるな」

「ええ、ワタクシもそう思います」

繊細な魔力操作でハッカ水を散布するラクシュを見て、アラバマは感心したように頷いた。それに対し、彼女も控えめに微笑む。

「やはり……竜騎士にはなりたくないか?」

「いえ。以前はそうでございましたが、今は少し考えが変わりました」

少なくとも両親の仕事の手助けになれる可能性が見えてきた。

竜騎士の仕事は主に魔物の討伐である。

砂漠に点在するオアシスを中心に農業をしているこの国では、魔物の襲撃から守ってくれる竜騎士に憧れる子供が多い。それと同時に、底辺階級から成り上がれるのもまた、竜騎士であるからだ。

「子供の頃から、両親の仕事を見ておりましたので、横柄な態度の竜騎士には少々嫌な思いをさせられたこともありますが……」

「自分がなればそれを無くせる……か?」

「そういう考えが出来るようになった、というべきでしょうか」

収穫の少ない農地に配属される竜騎士はあまりやる気がない者が多く、駆けつけるのが遅く魔物によって踏み荒らされることがよくある。そのくせ食料を求めるのだからおかしなものだ。

荒れた農地で得られる作物が減っても、それは自分の仕事ではないと言い逃れる。

彼女が竜騎士に憧れない理由は、配属されている竜騎士のそんな態度を見て、尊敬できる者がいなかったのが原因だ。

「バホメールをテイムできれば、竜騎士が駆けつけられなくとも退治する戦力になるかと考えたこともございます。そのように自衛する者もおりますが、バホメールをテイムするにも才能が必要でございましょう?」

「ま、まぁな……」

魔晶石の産地であるサヘールとはいえ、全ての民がその恩恵に肖れるものではない。魔道具は高く、主に富裕層に向けて作られているからでもあった。

農民の多くが便利な魔道具や農耕器具で作業ができるはずもなく、だからこそ底辺とされる職業なのである。

「残念ながらワタクシは風属性でしたので、諦めるしかございませんでした」

「そういう、考えもあるのだな」

誰もがテイマーになれるわけではない。素質や適性がなければ弱い魔獣ですら従魔には出来ないのだ。

底辺から抜け出そうと冒険者になっても命の危険が付き纏い、竜騎士を目指そうとも適性がなければなれやしない。何ともままならないものだ。

「ですが、ワタクシにその可能性があるのなら。不可能を可能にしていくアラバマ殿下を見ていて、改めて竜騎士を目指してみたいと、そう思うようになりました」

「……そうか。だが無理はするなよ」

「少しでもアラバマ殿下の手助けがしとうございますので。殿下のお陰でワタクシの両親も、農作業が随分楽になったと喜んでおりますの」

「それが俺様の仕事だからな……」

「ですから、ワタクシはワタクシの出来る仕事をしてみたいのです」

そしてやるだけやってダメなら諦めると、彼女はさっぱりとした表情でそう告げた。

「まぁ、その時は、俺様がお主を雇ってやるから安心しろ」

「そのお言葉だけで、とても救われた気持ちになります」

「そうか……」

「ええ」

たった数日の間に、ラクシュは随分と美しくなったように思う。

荒れていた肌も整い、髪にも艶が戻ってきていた。それが自信に繋がっているのかもしれない。表面的な美しさではなく、内面から溢れているようなそんな感じだ。

サワサワと揺れる緑の農地を背後に、やがて実るであろう小麦のように彼女が黄金に輝いて見える。

まるで豊かさの象徴のような女王の卵が彼女を選ぶようにと、アラバマは願わずにはいられなかった。