軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

父と子の雑談(王太子視点)

――イルフェナ王城・王の執務室にて

「その様子だと、随分と『楽しい』目に遭ったようだね」

父上――イルフェナ王は訪れた私を見るなり、機嫌よさげに笑った。

そんな父の姿に、全てはこの人の掌の上で転がされていたのだと悟る。

しかも、それは私や私の騎士達だけではない。エルやミヅキ……いや、『魔導師殿』も含まれているのだろう。

「あの子はとっても賢くて楽しい子だったろう?」

「ええ、そうですね。良くも、悪くも、予想外のことが多過ぎました」

言葉遊びが得意ということも、簡単には誘導に乗ってくれないことも理解できた。総じて、それは『賢い』と言ってしまえるのだろう。

……だが、それだけではない。

状況によっては、敵対する立場になることすら厭わないのだ。しかも、それはイルフェナという『国』ではなく、エルシュオンという『個人』――飼い主のため。

怖過ぎるだろう、どう考えても。

エル個人の望んだ決着のためなら、己すら犠牲にするなんて!

「あの子が他国、それも一筋縄ではいかない者達から警戒されると同時に、信頼を得ている理由が判りましたよ。……どう頑張っても、都合よく動かすなんて無理だ」

正確には『エル以外の言うことに、素直に従う気がない』。

仕事内容や個人的な思惑によって、共闘ならば可能だ。ただ……『従えることはできない』。あくまでも共犯がいいところであろう。

そんな気持ちを込めて言葉を紡げば、父は満足そうに笑った。

「そうだね、私もそう思う。『手を出さなければ無害』とは、よく言ったものだ……なにせ、興味がないものにはとことん無関心だろうからね」

「彼女は自分がこの世界の部外者であることを利用している。同時に、我々が思っているよりも強くその自覚があるのでしょう。だからこそ、どんな手も取れるんだ……所詮、『他人事』なのだから」

「まあ、今はそこまではっきりとした境界線を設けているわけではないだろうけどね。だが、保護された当初は間違いなくそういった意識が強かっただろう」

楽しげな父の姿に、私は少し呆れた。この人はそんなことすら、楽しんでいるのかと。

だが、それくらいでなければ苦難の時代を生き残ることはできなかったとも思っている。

各国が必死に存えようと足掻いたのと同様、我が国も足掻いたからこそ今があるのだ。

……そんな猛者達ですら一目置くのが、『異世界人の魔導師』。

当初は誰もがその功績を『作り上げられたもの』と思い、魔王と称される我が弟や、彼の騎士達の暗躍を疑ったことだろう。

そうでなければ、納得できなかったのだ。この世界の知識も、常識もなく、地位すらない女性が成し遂げるなんて。

それでも優秀であることは事実だろうから、各国の者達が接触を試みてきたのだろう。

その結果、敵対した者達は見事に引っ掻かれ、共闘した者達はその恩恵を受けた。

まさに、猫。それも警戒心が強く、自立精神逞しい野良猫だ。

気に掛けてやればその見返りとばかりに、災厄を遠ざけてくれる。

それでも、無条件に懐くことはない。そんなことをすれば無能振りを笑われ、容赦なく馬鹿認定をされてしまう。

最初からあの子を庇護対象と認定し、今なお過保護に守り続けるエルだけが『唯一の主』であり、無条件に言うことを聞く存在なのか。

「やれやれ……随分と扱い難そうな猫ですね。これは評価が分かれても仕方ない」

「普通に考えれば、あの子の態度は当たり前なのだがね。安易に懐いて庇護を求めるような子ならば、とっくに箱庭で飼い殺されているよ」

「異世界人にとっては、それも一つの選択ですからね」

「そう。『この世界で好き勝手に生きることを望まなければ』、ぬるま湯の様な狭い世界で生きることも一つの幸せと言えるのだろう」

「……」

その選択を、我々は愚かと笑えなかった。この世界のため、そして自分達のために様々なルールを作り、異世界人と共存してきたのだから。

……ただし。

そのルールに従ってくれるような者ばかりであるはずもなく、危険視されれば当然、それなりの対応が待っている。

そういった意味では、中途半端に賢く、また行動力のある者こそが、最も不幸な道を辿ることになるのだろう。

そう、『辿ることになるはず』なんだよな。……出る杭は打たれ、異質なものは排除されるのが世の常なのだから。

「何と言うか……その、魔導師殿は考え方が特殊ですよね。まさか、『落ちるところまで落ちたら、這い上がるだけ。そこからが一番楽しい』と言われるとは思わなかったもので」

「おや、『ミヅキ』と名前で呼んでいなかったかい?」

「認識を改めました。彼女は『正しく』魔導師でしょう」

それはこの世界での定説である『世界の災厄』という意味を指す。

天秤がどちらに傾くかにもよるだろうが、全てはあの子次第。善悪ではなく、彼女自身の采配によって、決着は『幸運』にも『不運』にもなるだろう。

「ふふ、そうか。まあ、ねぇ……あの子の感性と言うか、考え方は特殊だろう。普通はそういった苦難に心折られ、絶望する者の方が多いだろうからね」

「しかも、敵対者を玩具扱い……! 『馬鹿は嫌い』と公言する理由がよく判りました。……『つまらないから嫌い』、もしくは『遊び甲斐がない』という意味だったとは」

まさか『自分が遊ぶこと』を前提に、そういった言い方をしているとは思うまい。呆れるべきか、叱るべきか、非常に悩むところである。

ついつい、『そういや、猫って生きたネズミを甚振って遊ぶよな』などと思ってしまった。魔導師殿の考え方は完全に、そちらであろう。

エルの保護者としての苦労が垣間見えた瞬間だった。

なまじ能力があるので、野放しにするのは大問題である。

そりゃ、叩いてでも躾けようとするだろう。責任感の強いエルのことだ、様々な可能性を危惧し、必死だったに違いない。

その結果が、現在の『親猫』という認識。……確かに、前足で叩いて躾ける姿はよく似ている。

「ただねぇ……エルも中々にポンコツと言うか、考え方が偏っていたと言うか」

若干、視線を逸らしつつ、父はぽつりと呟いた。思わず、あの話し合いで感じたエルへの違和感を思い出し。

「あ~……言いたいことは判ります」

微妙な表情になりつつ、私も頷いていた。

これまで異世界人について話し合う――教育といった様々なことについて――機会がなかったとはいえ、判明したエルの教育方針には吃驚だった。

多分、誰も賛同などしない。そもそも、この世界の貴族階級の者でさえ、付いて行けるか判らない。

なまじエルが日頃から『優秀』という評価を受け、魔導師殿も順調に功績を挙げていたので、誰も疑問に思わなかった……というのは言い訳だろう。

おそらくだが、ゼブレスト王陛下は割と初期からこのことに気付いていたに違いない。

だが、かの王にとって魔導師殿は、互いに『親友』と公言する存在であって。

……その方が魔導師殿のためにも良いと判断し、口を噤んだのだろう。問題があるならば、自分が手を貸してやれば良いと。

ハーヴィスの一件でも思ったが、あの二人は本当に仲が良い。

それは喜ばしいが、止めるところは止めろと思わなくもない。

「お前にも言えることだが、私の息子は二人とも真面目過ぎるのだろうね。その結果、考え方が偏ったり、視野が狭くなる傾向にあるのだろう」

「ぐ……!」

「即位前に気付けて良かったじゃないか。下手をすると、魔導師殿が実力行使してでも気付かせにくるかもしれない」

勿論、それは私のためではなく、飼い主たるエルのためであろう。

飼い主の負担が増えたり、国が傾いたりすることなど、あの黒猫は望まない。

……ただし、その『実力行使』は限りなくトラウマになりそうな気がするのだが。

「あの、それって喧嘩を売られるとか、そういった意味では……?」

「あの子にとっては、結果が全てだろうしね。まあ、愛ある鞭だよ……多分」

そう言いつつも、父はとても楽しげだった。父の頭の中では、私と部下達が魔導師殿に〆られ……いやいや、遊ばれ、混乱する姿でも再生されているに違いない。

そうなったとしても、この人はにこやかに見守り、よほど必要に迫られない限り、助言すらくれないだろう。

なにせ、昔から『愛ある鞭』とやらを時々、発揮している前科がある。

なお、エルもこの『愛ある鞭』の被害者であることは言うまでもない。

寧ろ、それがあったからこそ、エルが魔王などと呼ばれながらも、『第二王子は王位簒奪を狙っている』とは言われなかったのだから。

……何のことはない、『上には上がいる』というだけである。

実力至上主義のイルフェナだからこそ、その頂点たる王位に就いた者が曲者ということを誰もが知っている。

と言うか、王族や貴族階級にある者達の大半は、己の苦い経験として知ることになる。

父が王位に就いた時はまだまだ情勢が不安定だったこともあり、さぞ、『色々と』意見がぶつかったことだろう。

そもそも、当時の父のことを『誰も』詳しく語りたがらないのは、どういうことだ。

……一体、何があったのか、気になるところではある。母曰く、『陛下は昔から、人との会話を大事にしていたのよ』とのことだが、それは絶対に普通の会話ではないだろう。

「さて、お前も頑張らなければいけないよ? お前はエルの兄であり、将来、この国を背負うべき者なのだから」

「……っ、はい。はい、判っております。弟達に負担をかけるのも、悪役を任せるのも、私は望みません。それに……その、エルが微妙にポンコツであることも判明しましたし」

「はは! 私にとっては、昔からあんな感じなんだけどね。まあ……魔導師殿にまでそれを発揮するとは思わなかったけど」

つまり、この父にとっても予想外だったわけだ。ある意味、快挙である。

「ところで、魔導師殿ってシャルリーヌの休憩時間に、茶菓子を持って行くほど仲が良かったんですね。なんでも、それで休憩を取らせている時もあるとか」

「おや、シャルリーヌもか。実は、近衛騎士達の一部も、あの子に差し入れを貰っているらしくてね。アルバートに自慢をされてしまったよ」

「え゛」

「私達はエルに頼むしかなさそうだがね。……暫くは受けてくれないだろうけど」

あの子の人脈は本当によく判らない!