軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

親猫の敵は身近にいた

――イルフェナ・エルシュオンの執務室にて(エルシュオン視点)

久々に戻ってきた執務室に、私は漸く、安堵の息を吐く。長く感じた療養生活も終了だ。明日からはまた、いつもの日々が戻ってくるのだろう。

――そう、『明日から』は……!

つい先ほど告げられたことを思い出し、私は頭が痛かった。いや、元々、頭痛を覚えるようなイベントではあるのだが。

「陛下も判っていらっしゃいますねぇ、エル?」

私の護衛として同行し、その過程で話を聞いてしまったアルは酷く機嫌が良い。そんなアルに対し、彼のあまりの能天気さと個人的な感情を察し、私はジトっとした目を向けた。

「アル……笑い事じゃないんだよ……?」

「いえいえ、流石は敬愛する陛下のご判断かと」

「違うだろう! 君は……いや、父上『達』は、確実に面白がっているだけじゃないか……!」

バン! と机を手で叩くと、アルは堪えきれないとばかりに笑い出した。

「ふ……はは! ああ、失礼。つい、堪えきれず」

「今更、取り繕わないでくれるかな!?」

「いえいえ、一応は建前というものがありますので。……ふふ」

アルは本当に愉快なのだろう。個人的な感情を素直に表す……というか、顔に出すアルはとても珍しい。それが笑顔ならば、なおさらだ。

これが全く関係のない出来事ゆえのものならば、私とて嬉しく思ったに違いない。隠された本性を知らなければ、まともに見える。

……が、今回ばかりはそうも言っていられなかった。

原因は勿論、私が呼び出された先……陛下の執務室で告げられたことだった。

……。

嫌な予感はしたのだ。妙に機嫌のいい父とか、何故かそこにいた母の姿から。

まあ、日頃から仲睦まじい夫婦であるし、何らかの仕事の合間に雑談でもしていたのかもしれない。

無難な挨拶を交わした後は、予想通りの会話が展開された。両親は私の威圧が割と平気……と言うか、慣れているので、私としても気が楽だった。

療養生活終了を喜ぶ言葉と『迂闊な真似をするな』という少しのお小言、そして今日の午後に設けられている謝罪の場について。

『今日の午後、ハーヴィス国王夫妻との謁見の場を設ける』

そう告げられたのも、予想通りのこと。あまり滞在を長引かせても意味がないし、ハーヴィス国王夫妻に考えを纏めるだけの時間も与えた。ならば、妥当なところだろう。

そう安堵しかけた私の表情を凍り付かせたのは、さらりと告げられた父――イルフェナ王の言葉だった。

『ああ、ハーヴィス国王夫妻への質問は魔導師殿に担当してもらうから』

……。

……?

……は!? ミヅキ!?

あまりな言葉に思考を停止しかけたが、即座に我に返ると、反論すべく両親を見据える。……が、私の目に映ったのは、とても楽しそうな二人の姿。

はっきり言って、二人は機嫌が良い。寧ろ、とても楽しげだ。

思わず固まる私へと、陛下は更なる追い打ちを行った。

その表情は母共々、とても楽しそうである。

『ちなみに、ルドルフ陛下には了解を得ている』

おい。

『アルバートとクラレンスも賛成してくれた』

何をしている。親友の奇行を止めろ、騎士団長。

『何より、妃がとても楽しそうでね!』

……。貴女が元凶なんですか? 何を考えているんです? 母上!?

『あと、個人的なことになるけれど……私もそろそろ、噂の黒猫を構いたくてね』

『うふふ、エル……いい加減、独り占めは狡いわよ? だけど、ハーヴィスにちょっとした意趣返しをしたい気持ちもあるのよ』

両親の言葉と表情に、それが一番の理由だと悟った。この二人、『ミヅキを介入させた結果』を想定した上で、これらの言葉を伝えているのだ。

それに気付いた時、私の胸中は複雑だった。両親はイルフェナの頂点に立つ者として、そして私の親として、ハーヴィスに対し怒りを向けているのだろう。

それは二人だけでなく、先ほど名前が出た騎士団長達も同様だと思われた。

何故なら……あの二人はミヅキの遣り方を実際に目にし、よく知っているのだから。国の品位とやらを重視するなら、間違いなく止めるはず。

いくら結果を出そうとも、それまでの過程が大問題。

それがミヅキの遣り方なのである。それらを誤魔化すために『異世界人』やら『魔導師』といった言葉が使われた結果、『断罪の魔導師』などという妙に善人じみた渾名に繋がったのだ。

『陛下、国のことにミヅキを使うのはどうかと思いますが』

一応の抵抗を試みるも、目の前の男は私の親である。しかも、『実力者の国』と呼ばれるイルフェナの頂点に立つ存在であって。

一瞬、にやりとした笑みを浮かべると、即座に憂い顔を『作り』、溜息交じりにその理由を述べたのだ。

『仕方ないだろう、エル。あの子は勝手にハーヴィスへ赴くほど、かの国へと報復する気満々なんだよ? 勝手にまた出て行かれるより、私達の目の届く所で、ある程度の怒りを発散させた方が良いと思うんだ』

『そうよ、エル。あの子は私達の顔を立ててくれないほど、愚かじゃないもの。多少は言いたい放題になるだろうけど、正式な謝罪の場だと判っている以上、暴力に訴える真似はしないでしょう?』

『つまり、ハーヴィスのためでもあると?』

『ハーヴィスが自力であの子の怒りを鎮められるならば、いいんだけどね……報告を読む限り、火に油を注ぐことしかしなさそうだよ?』

『……』

父の言い分に、反論する言葉を私は持たなかった。ルドルフによれば、ミヅキがハーヴィスの砦二つを陥落させたのは『【穏便に済ませたい】という、私の願いを叶えるため』。

だが、そのルドルフとて言っていたではないか……『ミヅキが私からの【待て】に従うのは、五回に一回くらい』だと!

その貴重な一回に該当しなかった場合、ミヅキは嬉々として報復に興じることだろう。そうなった時は『ハーヴィス王がミヅキを納得させられなかった』という状況なので、物凄く可能性は高そうだ。

『私達とて、穏便に済ませたいさ。だが、今回はそうも言っていられない。そして、親としても怒りを感じている。……腑抜ける気はないのだよ、エル』

つまり、最初から期待するものは『ミヅキのやらかし』。

穏便に収める――あくまでも『言葉のみに留めさせる』というものであり、『ハーヴィス王がダメージを負わない』とは言っていない――などと言ってはいるが、隠された意味は割と酷い。

私の頭の中に、玩具で黒猫を誘導する父の姿が浮かんだ。想像の中の父は、マタタビの粉をハーヴィス王に投げつけ、笑顔で黒猫をけしかけている……!

『あの……っ』

『ああ、これは決定事項だから。反論は許さないよ。じゃあ、ミヅキにも伝えておいてね』

『ちょ、お待ちください! 父上っ……』

『アルジェント、エルを連れて行ってくれないかな』

『了解致しました』

まるで連携ができているような流れの中、笑顔で手を振る母に見送られ、私はアルの手によって強制的に話し合いの場を離脱させられた。

アルとは家族ぐるみの付き合いのため、父としても命じやすかったのだろう。……まあ、妙に気安い態度でそれに乗るアルも大概なのだが。

「ほら、そろそろミヅキが来ますよ? 陛下の決定ですし、諦めましょう?」

いつの間にか笑いを収めたアルに促され、扉に視線を向ければ、ノックの音が。入室を許可すれば、ミヅキやクラウスといった馴染みの面子が姿を現す。

「お呼びですか? 魔王様」

「ああ、実はね――」

半ば自棄になりながら、ミヅキへと陛下の言葉を伝える。

――黒猫の反応は、推して知るべし。