作品タイトル不明
後悔と少しの希望
――イルフェナ・王城の一室にて(ハーヴィス王妃視点)
「……」
何度目かの溜息を吐く。あくまでも情報の共有、そして確認の場だったというのに、私達は疲れ果てていた。
特に意地悪な質問をされたわけではない。イルフェナ側は少しでも情報を得ることが目的とばかりに、随分と気を使ってくれたと思う。
――だが、そんな状況でさえ、私達は言葉に詰まる始末。
偏に、私達の経験不足が露呈したと言ってもいい。ハーヴィスは長らく、他国との関わりを最小限にしてきたのだから。
言い方は悪いが、『他国の者達の目に晒されることに慣れていない』のだ。
これが身分が下の者達が相手であったならばまだ、取り繕うことができただろう。
関わる事のない国と言えども、私達は国王夫妻。まともな教育を受けた者ならば、他国の最高権力者を相手に、無礼な言動は慎むはず。
……まあ、この場合の『無礼な言動』とやらは、『私達が言葉に困るような内容、もしくは問いかけ』であり、こちらに対する気遣いがなかった場合のことなのだけど。
情けないと思っても、私達にはそれに縋るしかない。培われた経験の差というものは、どうしようもないのだ。
もっとも……今回ばかりは、それも無理だと判ってしまった。
身分に対する気遣いなど期待できない。いや、『寧ろ、こちらが気を付けなければならない相手がイルフェナ側に居る』!
それは勿論、あの魔導師だ。最低限の口調こそ保っていたが、彼女には私達への気遣いなど欠片もないだろう。
だが、その理由とて、納得できてしまう。敬愛する保護者たるエルシュオン殿下を傷つけた存在を、あの魔導師は許す気などないのだ……!
……。
そうでなければ、ああも容易く砦を落とすことなどすまい。二つの砦の陥落はまさに、魔導師からの『警告』ではないか。
彼女にとっては、我が国など『その程度の存在』なのだと……『いつでも壊せる上、何人死のうが構わない』のだと、嫌でも気付かされてしまった。
『逃げることや誤魔化すことなど、許さない』と言われた気がした。
彼女はその実力をもって、ハーヴィスに選択を迫ったのだ。
……結果として、私達が謝罪に赴く他はないと判断された。『これ以上引き延ばせば、何をされるか判らない』と。
イルフェナという『国』が相手ならば、多少は譲歩を引き出すこともできただろう。
国にとって有益か、否か。エルシュオン殿下の命が助かった以上、ハーヴィス側にかなりの非があろうとも、そこから交渉を重ねることはできたのだから。
重要なのはいつだって『国にとって有益か、否か』ということ。
けれど、『そういった事情が通じない相手』ならば……一体、どうすればいいのだろう?
異世界人である以上、この世界に血縁者はいないだろう。身分とて、民間人扱い……所謂『不敬罪を考えなければ、家同士の繋がりや派閥といったものが通じない立場』。柵が存在しない。
魔導師となったのも彼女自身の努力の賜であって、魔法の使いどころは本人の判断に委ねられる。
そして、彼女は魔法を扱う者として相応しい才覚を持っていた。『魔術師には賢い者が多い』と言われるように、彼女自身も賢かったのだ。
『異世界人は常識が違うことさえ当然』?
『異世界人はその知識こそ尊ばれるが、無力』?
一体、何の冗談だ! あの魔導師は自分の力と立場を最大限に利用し、『最も効果的な攻撃』を仕掛けてきたじゃないか……!
ハーヴィスにおいて、異世界人の認識が覆るのは当然のことだろう。ハーヴィスの閉鎖性を問題視していた私とて、こんなことになるとは思わなかったのだから。
皮肉なことに……本当に皮肉なことだが、魔導師の襲撃を皮切りにして、ハーヴィスは漸く自分達が立ち止まり過ぎていることに気付いたのだ。『古い情報をいつまでも重要視していれば、首を絞めることになる』と。
変化を受け入れることは恐ろしく、それ以上に困難だろう。それでも遣り遂げなければ、緩やかに国は滅びていく。危機感が芽生えた以上、見なかったことにするわけにはいかない。
それだけが唯一、私達が此度の一件から得たものだろう。様々な面で未熟さ、至らなさを突きつけられたことは大きな傷となったけれど、国が本当に後戻りできない状態になる前に気付くことができたのだから。
そこまで考えて、私はほんの少しだけ心が軽くなった気がした。先代様のご期待に沿うことは叶わなかった私だが、ハーヴィスが変わる切っ掛けには立ち会えたのだ。
後は、王妃としてイルフェナとゼブレストに誠心誠意謝罪し、必要とあらば、この首を差し出そう。息子はまだ頼りない一面こそあるが、愚かではない。支えてくれる者達と共に、混乱するだろうハーヴィスを治めてほしかった。
そう結論付けると、沈黙したままの陛下に視線を向ける。アグノスのことがよっぽどショックだったのか、陛下の顔色は酷く悪かった。
「……いい加減に、現実を受け入れては如何です?」
「……っ」
肩を震わせ、私の方へと視線を向けてくる陛下。その姿は不安そうな子供のようであり、『どうしていいか判らない』と言っているよう。
だが、ここはハーヴィスではない。これまで彼の言葉に賛同してきた貴族達はいないし、都合良く守ってくれる存在もいない。
「王妃よ……其方はアグノスの真実を聞き、動揺しないのか……?」
「今更ではありませんか」
きっぱりと言い切れば、陛下は驚愕ゆえか目を見開いた。
「私はずっと、あの子を厳しく躾けろと申し上げて参りました。確かに、先ほどの言葉は予想外でしたが……元より、問題があると判断していた子であることに変わりはないではありませんか」
そう、私や何名かの者はアグノスの状況に危機感を抱き、陛下に苦言を呈していた。
「それらを聞き流してきたのは、何方です? 何故、私達がそのように申し上げるかを調べもせず、意見を退けてきたではありませんの」
「そ、それは……」
「現実は御伽噺のように、悪事を働かぬ者が良き王と呼ばれるとは限りません。『結果を出せた者こそが良き王と呼ばれる』のです。……いえ、こう言い換えましょうか。『結果を出せるよう立ち回れる者こそが、良き王と評価される』と」
善良さだけでやっていけるほど、現実は甘くない。『表向き善政を布いた者が評価される』のであり、当然、裏ありきとなるのが政。
「夢や希望、理想といったものも重要でしょう。ですが、それらはあくまでも『目標』や『目指す形』であり、叶えるためにはそれなりの泥を被らなければなりません。……が、陛下にはそれが感じられません」
「私は精一杯やっていた!」
「そうですね、陛下ご自身から見た評価は『そう』なのでしょう。ですが、結果に繋がらなければ意味がありませんわ」
きっぱりと切り捨てれば、陛下は納得できていない表情のまま黙り込む。だが、評価されるのは『結果』であり、『努力』ではないのだ。
そもそも、陛下は勘違いをしていらっしゃるのだろう。『努力だけ』で終わってしまっていたとしても、責任は発生するのだから。
「……陛下。ハーヴィスは王権の強い国です。だからこそ、貴方が『努力だけ』で満足していようとも、やってこれました。ですが、逆に言えば、『貴方の責任はとても重い』ということにお気づきでしょうか」
「……なに?」
「望んだ結果が出ずとも、予想外の事態が起ころうとも、陛下のお言葉に従ったゆえのこと。貴方の責任はとても重い……それこそ、他国の王以上に責任重大なのですわ。苦言を呈した者が居る以上、『王一人に責任を押し付けた』などという言い訳は通用しません」
「な……」
「王権が強いということは他国も知っていることです。ですが、それはハーヴィスも同じこと。……いい加減、気付いてくださいな。貴方はハーヴィスからも責められる立場であるということに」
絶句した陛下を、私は冷めた目で見つめた。アグノスのことを『御伽噺のお姫様』と称されたが、私に言わせれば、陛下の方がよっぽど物語の世界に生きている。
「『物事を決める』とは、『決定した者が責任を持つ』ということ。ご自分の言葉、態度……陛下はそれらに責任を持っておられましたか? 陛下はアグノスこそが元凶と思っていらっしゃるようですが、傍から見れば、『その流れを作り出した者』こそが最も罪深い。貴方は『加害者の親』ではなく、『元凶』なのですよ」
寧ろ、アグノスは愚かな両親の被害者と見られるだろう。あの子に『御伽噺のお姫様であること』を強要してきたのは、周囲の大人達なのだから。
それなのに、一番の元凶とも言える者が一体、何をしているのか。
個人的な感傷に浸る前に、責任を取ることを考えるべきだろうに。
「ですから、私はイルフェナが私達の死を望んだとしても、全く不思議に思いませんの。国王夫妻だから、というわけではございませんわよ? このような事態を引き起こした元凶と、それを止められなかった者だからです。苦言を呈したところで、聞き入れられねば意味がありません」
私自身、王妃としての矜持がある。王を諫められなかった情けない王妃だろうとも、国を、民を守るためならば、己が命など惜しくはない。
みっともないと言われようとも、必要とあらば、跪いて許しを請おうではないか。それで守るべきものが守れるならば、どれほど王妃として惨めだろうとも、私は自分を誇って逝くだろう。
「後悔も、悲哀も、私どもには不要なのです。……そんなものに浸る権利はありませんわ」
――だから、最期くらいは王としての姿を見せなさいな。
そう言って、笑う。それこそ、私達がハーヴィスにできる最後のことであり、アグノスの記憶に残るかもしれないものなのだから。