軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪意と友情は密やかに 其の三

――イルフェナ・庭園にて(ハーヴィスの使者視点)

「……」

もたらされた情報に、私は言葉がなかった。悪い方へと沈んでいく思考を何とかしようと試みるも、聞いたばかりの『事実』があまりにも凄過ぎて上手くいかない。

……。

いや、はっきり言おう。私は……魔導師が怖くて堪らないのだ。

過去に存在したという『災厄』呼ばわりされる魔導師達と違い、イルフェナの魔導師は大したことをしていないと思っていた。

魔導師を『世界の災厄』とまで言わしめたのは、その圧倒的な強さ……魔法による大規模な破壊行為。

それが成されていない以上、無害とまではいかないが、私は『安全』だと思い込んでいたのだ。

一般的に、魔術師が名を挙げる場合は二通りのパターンがあるのだから。

一つは『魔法による、圧倒的な強さ』。

もう一つは『画期的な魔道具や術式の開発』。

どちらも多くの人の耳に入るからこそ、人々はそれらを成した者を『特別な存在』と認識してきたのだ。『自分達とは違う天才』と言い換えればいいだろうか。

……だが、イルフェナの魔導師にそういった話は皆無だった。

故に、各国の厄介事を解決した話は聞けども、それだけの存在だと思っていた。拍子抜けしたと言ってしまってもいい。

そもそも、魔法に携わる者は賢い者が多いのだ。術式の構築に加え、魔法の使いどころといった判断も必要になってくるので、簡単な魔法が使える程度では魔術師を名乗れない。

有能と言われる魔術師は特にこの傾向が強く、何らかの機会に意見を求められることも多いと聞く。英知は時に、一人の魔術師を権力者さえも頼る存在へと変貌させるのである。

その上位とも言うべき存在が……魔導師。

だが、魔導師が誰かに仕えるなど聞いたことがない。誰にも媚びず、どれほど権力者達に求められようとも首を縦に振らず、ただただ己の心のままに生きる存在であったはずなのだ。

それゆえに……それが『可能』だった故に、魔導師は恐れられるのだから。

囲い込もうとする権力者を退けるのは、並大抵のことではない。魔導師にそれが可能だったのは、様々な圧力に屈せず、逆に完膚なきまでに叩きのめす強さを持っていたからだ。

どう考えても、イルフェナの魔導師はそういった存在とは別物だった。優秀ではあるのだろうが、後見人の『お願い』を断り切れない程度――圧力をかけられたとは言わないが、逆らえないと認識している――だと、勝手に思っていた。

だが、それは間違いだった。

少なくとも、たやすく抑え込めるような存在ではない。

かの魔導師は嬉々として保護者に従い、望まれた結果を出す。……それが可能な実力を有しているのだろう。それは目の前に居る二人の言葉から知れた。

そして何より重要なのは、『魔導師がエルシュオン殿下を慕っている』ということに他ならない。

彼女はこの世界で生きる術を与えてくれた過保護な保護者に対し、忠誠にも似た感情を向けているのだろう。

『魔法による災厄を引き起こさない』のではなく、『エルシュオン殿下が望まないから、やらない』。これが正しい気がする。

「ふふ、考えは纏まりまして?」

楽しげに笑いながら、宰相補佐は尋ねてくる。私の混乱、そして感じている恐怖を察しているだろうに、彼はあえて言葉にすることを促してきた。

「そう、ですね……その、これまでの情報不足もあり、混乱しています」

それも事実。唐突に与えられた情報に、考えが纏まらない。

「あら、正直に『考えたくない』と仰っても宜しくてよ?」

「セリアン殿、それは少し意地悪では?」

「まあ! 貴方がそれを仰いますの? シュアンゼ殿下。わざわざ、自国の恥となるようなことを口にされたのに」

「はは! だって、可哀そうじゃないか。何の前情報もなく、これからエルシュオン殿下と対峙しなければならないなんて」

……馬鹿にされたように感じるのは、気のせいではないだろう。

ガニアのシュアンゼ殿下は、生まれつき歩けなかったはず。当然、外交の場に出てくることは叶わなかった。そんな彼でさえ、己の経験以外にも魔導師の情報を得ているのだ。

彼は……彼と宰相補佐は暗に、ハーヴィスの疎さを指摘しているのだろう。『その程度のことも知らぬのに、エルシュオン殿下に手を出したのか』と!

屈辱のあまりきつく拳を握るが、反論の言葉など、思いつくはずもない。そんな私へと、シュアンゼ殿下は哀れむような視線を向けた。

「……君、覚えておくといいよ。私達は『何も嘘を言っていない』。そして『これから聞く話はすべて真実だ』って」

「え?」

「無知は罪だと、度々、ミヅキは口にしている。『知らないことはできなくて当然』でも、『学ぼうとしなければ、自分の策を狭める』とね。化け物と呼ばれることさえ利用する子だよ? ハーヴィスは言い逃れができるかな?」

「あらあら、教えて差し上げても宜しいの?」

「この程度じゃ、ミヅキを納得させることはできないよ。それに、彼は今、私達との会話から魔導師の情報を得るしかないんだ。イルフェナは南が把握している程度のことは知っているという前提で、話を進めてくるだろうからね」

――『知らなかった』は通らないんだよ?

シュアンゼ殿下の儚げに見える面に、ほんの少しだけ悪意が滲む。私が気付いたことを察したのか、シュアンゼ殿下は笑みを深めた。

言葉こそ私を案じているようだが、彼は私に更なる恐怖を与えたいだけなのだろう。だからこそ、この先の話を聞くことを促している。

それでも、私に話を聞かないという選択肢は存在しない。先ほどの彼の言葉――『学ぼうとしなければ、自分の策を狭める』とは、私のことを指したものだろうから。

「貴方は……いえ、ハーヴィスはあまりにも他国と関わらなさ過ぎたんですよ」

溜息を吐きながら、呆れたように話し出したのはキヴェラの騎士。確か、サイラス……だったか。

「キヴェラも先代の所業は褒められたものではないでしょう。陛下とて、似たような道を歩まれましたが……根本的な違いは『陛下は国のために行動した』ということです。あの魔導師はそれを理解できていた。だからこそ、国を人質に取れば交渉が可能だと踏んだんですよ」

まったく、本当に性格が悪い!

そう続けるも、私は彼の言葉を即座に理解できないでいた。『国を人質に取る』? どういうことだろうか。

私の困惑が伝わったのか、サイラスは肩を竦めて話し出した。

「あの魔導師、セレスティナ姫達を連れてキヴェラを脱出する際、砦を一つ、混乱に陥れてるんですよ。時間稼ぎとキヴェラを混乱させるためだけにね!」

「は?」

「ええ、認めますとも。性格は最悪ですが、その賢さと行動力だけは脅威だと! ……最終的に、あの女、何をしたと思います? 自分も含めた中に居る人間ごと、キヴェラ王城を壊そうとしたんですよ! 交渉には陛下を始めとするキヴェラ要人の皆様だけでなく、エルシュオン殿下やゼブレストの宰相までいたというのにね」

……。

意味が解らない。魔導師は配下を自称するほどに、エルシュオン殿下を慕っているのではなかったのか!?

すると今度は、セレスティナ姫が深く頷きながら会話に交ざりだした。

「ああ、それは私も後から聞いた。一応、死なせたくない人間には魔道具を渡していたらしい。本人曰く、『崩れ落ちる城の残骸に埋もれ、落命の危機を体験させることにより、命の大切さを学ばせたい』とのことだったが」

「嘘でしょう、それ。絶対に、恐怖を味わわせたかっただけだと思いますが」

「多分な。まあ、キヴェラ王が国を大事に思うならば、素直に負けを認めるとは思っていたようだぞ? 『個人のためならばともかく、国のためなら誇りを捨てる』という判断が前提だからな」

「当たり前です! 我らが陛下は命を惜しんだのではなく、その後にキヴェラにもたらされる混乱を予想したゆえに、謝罪されたのですから」

言い切るサイラスの表情はどこか悔しげで、それ以上に王に対する尊敬に満ちていた。

彼とて、魔導師に思うことはあるのだろう。それでも、それ以上に主たるキヴェラ王の決断の重さを察し、未来に目を向けることを選んだのか。

そして、それは会話の相手であったセレスティナ姫にも言えることである。

キヴェラでの扱いの酷さを考えれば、未だに嫌悪や憎悪を滲ませていても不思議はない。寧ろ、当然のことだろう。侍女とて、主を虐げた国に良い感情など持てないはず。

だが、彼等は何故、気安い友人同士のように振る舞っているのだろうか?

どう考えても、目の前で繰り広げられたのは奇妙な光景だった。事前に打ち合わせていようとも、感情までは殺せまい。騎士であるサイラスはともかく、セレスティナ姫や侍女には荷が重かろう。

「ん? 私がサイラス殿とこのような会話を交わすのが不思議か? 使者殿」

「は、はい。ある程度ではありますが、私とて、情報を得ております。事務的な会話ならばともかく、このように気安く言葉を交わされるとは、思ってもみませんでした」

正直に答えれば、セレスティナ姫は侍女と楽しげに顔を見合わせ。

サイラスは苦虫を噛み潰したような顔をすると、ふいっと顔を背けてしまった。

「ふふ、それはミヅキの……魔導師のお陰なんだ。キヴェラからの逃亡生活に始まり、これまで色々とあったからな。なあ、エマ?」

「ええ、セレス。溜飲が下がる出来事も沢山ございましたし、そ、それに……まさか、ルーカス様と殴り合いの喧嘩をするなんて……!」

「は!?」

ちょっと待て。そのルーカス様とやらは、キヴェラの第一王子じゃなかったか?

「それも我が国の謁見の間、しかも各国の皆が見ている前でな! ああ、一応はルーカス殿は分別がついていたらしく、ミヅキに手は出さなかったようだ。胸ぐらを掴んだ程度だったはず」

「ですわねぇ。ミヅキってば、それを判った上で、一方的に殴る蹴るといった有様でしたから」

「『魔法より拳を見舞いたい』とか言っていたしな」

「皆様も絶句されていらっしゃいましたしねぇ……非力なはずですのに」

「まったく、お転婆なことだ」

にこやかに笑い合って会話しているが、その内容は限りなく物騒だった。

……あれか? 魔導師は魔法での破壊ではなく、己が手で甚振ることを好む武闘派とでも言いたいのか!?

「お転婆なんて可愛いものじゃないでしょう! あの女、敵を甚振ることに加えて、自分が楽しむことに全力を注ぐじゃないですか。傍迷惑なんですよ。別の意味で立派に、『世界の災厄』です!」

「まあ、サイラス様ったら。随分と重みのあるお言葉ですわね?」

「ぐ……! 陛下の命で、色々と同行してますからね。必然的に、あの女のろくでもない本性を見る機会が多いのです」

「おや、羨ましい」

「止めましょうね!? セレスティナ姫。悪影響が出たら、どうするんです!」

「ふふ! それも一興だな」

「まあまあ、私もミヅキの同類を目指しましょうか」

楽しげに……半ばじゃれるように交わされる会話に、私の思考が追いついていかない。

サイラスは明らかに魔導師を貶めるような言葉を吐いているのに、どうにも悪意が感じられず。

魔導師と仲が良いとされるセレスティナ姫達も、彼の言葉を笑って受け入れている。

というか、誰も否定しない。

彼女達だけではなく、『魔導師に助けられた』と言っていた面々さえも、微笑ましげに彼らの言葉を聞いているじゃないか。

「ですから、言ったでしょう? あの子は『頭脳労働職であると同時に、荒事専門。貴方の身近な恐怖』と自称しているって。私どもにとっては、今更なことですの」

「ミヅキは自己中トンデモ娘だからなぁ。いやはや、保護者であるエルシュオン殿下の苦労が知れますな」

とどめを刺すように告げられた宰相補佐とグレン殿の言葉に、私はそれが事実だと悟った。そして祖国を想い、思わず項垂れる。

ハーヴィスが敵に回したのは、イルフェナなどではない。紛れもなく『災厄』の名を冠する存在なのだと、私は漸く理解したのだ。