軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

悪意と友情は密やかに 其の二

――イルフェナ・庭園にて(ハーヴィスからの使者視点)

――どうにも、タイミングが『良かった』ようでしてね?

うっそりと笑いながら告げられた言葉に、私はこの出会いが仕組まれたことだと悟った。

各国の上位に属する者達が『魔導師の友人』ということは本当だろう。そんな繋がりがあっても不思議ではないのだから。

実際、かの魔導師は其々の国で何らかの貢献をしていたはず。噂と事実に差異があろうが、『関わった』ということだけは事実なのだから。

……だが、それだけで個人的な好意に繋がるものだろうか?

そもそも、魔導師の噂自体に、私は疑問を感じていた。

それら全てが『良いこと』という位置付けにされたからこそ、かの魔導師はそれほど恐れられておらず、『断罪の魔導師』などと呼ばれているのだ。

勿論、彼女が動くに至った経緯を考えれば、『国に良い結果をもたらした』と言える。

個人的な理由であろうが、後見人経由で与えられた仕事だろうが、それだけは揺るぎ無い事実なのだ。私も否定する気はない。

しかし、かの魔導師はあくまでも『部外者』という立場のはず。

いくら良い結果をもたらそうとも、元より国に尽くす者達が面白く思うはずはない。彼らにだってプライドがあるからだ。

それを踏まえれば、『かの魔導師は結果こそ出すが、各国の要人達から警戒されている』という印象が無難だろう。

有能な人材というものは己が手駒であれば頼もしいが、違うのならば『いつ敵になっても不思議ではない存在』なのだから。

これまでの噂から推測する限り、魔導師が敵にならないのはイルフェナとゼブレストだけ。これは後見人であるエルシュオン殿下の存在が大きい。

イルフェナは『エルシュオン殿下の属する国』。

ゼブレストは『エルシュオン殿下の友が治める友好国』。

どちらも基準となるのはエルシュオン殿下なのだ。魔導師はその他の国に仲の良い友がいるようだが……それはあくまでも『個人的な付き合い』。『【国】が好意を向ける対象ではない』のだから。

そう考える者は多いだろう。イルフェナはともかく、部外者である魔導師が『他国まで大切に想う』なんて、あるはずがない。そこまでの忠誠や奉仕精神など、あるわけはないと。

……それなのに。

それなのに、これは一体、どういうことだろうか……!?

「私達があの子と親しいことは、それほど不思議なのかしら?」

「そう……ですね。ええ、正直に言って意外です。その、コルベラやゼブレスト、サロヴァーラの方であれば、それも納得できるのですよ。ですが、その他の国の方とも繋がりがあるとは……」

にこやかに尋ねてきたカルロッサの宰相補佐に、辛うじてそう返す。

そう、その三国であれば、私とて納得できた。この三国において魔導師は、国を救ってくれた英雄の如き存在なのである。国を挙げて英雄視しているとしても不思議はない。

まあ、サロヴァーラは『王家寄りの者に限る』という制限が付くが。大半の貴族達――王家を軽んじていた者達――は実に容赦なくやられたらしいので、感謝どころか恨んでいるに違いない。

だが、残る国はどういうことだ?

有力な手駒との繋がりとばかりに、友好的な者を用意していたのか?

考えても、正解など判らない。そんな私の混乱を察したのか、カルロッサの宰相補佐はおかしそうに笑い声を漏らした。

「ふふっ。そう、でしょうね。ええ、そう考えるのが当然ですわ。けれど、私達は本当にあの小娘と親しいのですよ」

「……。何故、とお聞きしても?」

「勿論、構いませんわ」

隠すようなことではありませんもの、と続けると、カルロッサの宰相補佐は笑みを深めた。

その顔は、とっておきの秘密を暴露するかのように悪戯っぽい表情……などではなく。

「あの子、裏方専門ですの。自称『頭脳労働職であると同時に、荒事専門。貴方の身近な恐怖』だそうですわ」

隠す必要のない世間話の如く、さらっととんでもないことを口にした。

「はい……?」

意味が解らない。

そんな感情が顔に出た私に、カルロッサの宰相補佐は楽しげに笑った。

「ご存じの通り、魔導師……ミヅキは異世界人。その立場は魔導師と言えども、民間人扱いなのですよ。あの子はそれを十分に判っているのです。ですから、元より国に忠誠を誓う者達を手駒とする一方で、自分も『できること』をするのですわ」

それは判る。だからこそ、私は魔導師の功績をそのまま信じることができないのだから。

『身分がない』ということが前提になっている以上、どう頑張っても『国の政を担う者達』の領域――意見を言うのに身分が必要な場であったり、介入するためには特定の立場が必須といったもの――には踏み込めまい。

百歩譲って、後見人であるエルシュオン殿下の居るイルフェナなら何とかなるのかもしれないが……他国は流石に無理だろう。これは守護役が居ても同様だ。

『守護役』という言葉だけを聞けば、異世界人を守っているかのように思える。だが、実際は異世界人の監視という意味合いが強く、その忠誠は国、そして王にある。

ゆえに、異世界人が分不相応な願いを持てば、彼らが抑止力となって止めるのだ。守護役達とて、国という一つの組織に括られる者――それを乱す真似はすまい。彼らに命じることが可能な王も然り。

「いくらエルシュオン殿下の庇護があろうとも、他国において、それは不可能では?」

「あら、どうしてそう思いますの?」

「貴方達にも国に尽くしてきた誇りがありましょう。魔導師とはいえ、部外者に荒らされることを許すとは思えません」

そう口にした途端、カルロッサの宰相補佐の目が剣呑な光を帯びた。その反面、口元に浮かんでいた笑みが深まる。

思わず半歩ほど後ろに下がるが、彼がそれを気にした様子はない。寧ろ、私の反応を楽しんでいるようにすら見えた。

「そう……その通りなのですよ。私とて、悔しく思いましたわ。ですが……私が最上位と考えるものは『自分の感情』ではありません。そもそも、そういった感情をあの子に向けること自体、お門違いでございましょう?」

「お門違い、ですか」

「当たり前です。貴方とて、先ほどから彼女を『部外者』と言っているではありませんか。『本来、関わるはずのない者』であり、『関与することによって、恨みを買う必要などない』のです」

「あ……!」

思わず、声を漏らす。そうだ、私は貴族という自分と同列の立場でしか物事を考えていなかった。だから、『部外者に荒らされることを許すとは思えません』などと言えたのだ。

だが、魔導師の立場からすればどうだろう?

自ら、国の厄介事に首を突っ込むとは思えない。その必要などない上、『本来ならば、知らないこと』なのだから。

望まれた役割であるからこそ、彼女は結果を出す。それを望んだのは……国の上層部。疎むなど、逆恨み以外の何物でもない。

「それでも、あの子は結果を出してくれましたわ。追い落とした者達から憎まれることも、貴族から見当違いの悪意を向けられることも、全てを承知の上で! ……どうして感謝しないと思うのです? 不甲斐ないのは私どもの方ですわ」

「どうして、そこまで……」

「さあ? 本人に聞いたことはございませんわ。ですが、敬愛するエルシュオン殿下のためならば、いくら悪意を向けられようとも構わないようですね」

「……ミヅキはそういうことを全く気にしないからね」

不意に、別の声が混じる。苦笑交じりに告げたのは、ガニアの第二王子シュアンゼ殿下。

「君も知っているだろう? 最近、我が国がくだらない兄弟喧嘩で揉めたことを」

「はい。全てとは言えませんが、大体は」

さすがに『貴方の実の両親が処刑を告げられたことですよね』とは言えず、暈した言い方をする。シュアンゼ殿下もそれに気が付いているらしく、あえて追求してはこなかった。

「その時にね、ミヅキは私の傍に居たんだ。王太子のテゼルトがサロヴァーラでエルシュオン殿下に会った際、私の足のことを相談したらしくてね。異世界の知識ならば希望があるのではと、ミヅキを派遣してくれたんだ」

――まだリハビリが必要だけど、足も治ったしね。

告げられた事実に驚愕する。現時点では不可能とされる治療を行うなど、かの魔導師は本当に優秀らしい。

「なんと……」

「驚くのも無理はない。だけどね、私が驚いたのはそれだけじゃない」

一つ溜息を吐き、シュアンゼ殿下は目を伏せる。従者が労しそうな視線を向けるが、シュアンゼ殿下はそれに構わず、再び私へと目を向けた。

「何を勘違いしたのか、王弟夫妻はミヅキを私の味方と思ったんだよ。当然、私やテゼルト達に力を持たせたくない王弟夫妻一派はミヅキを排除しようとした。私をテゼルトの敵としか見ていない極一部の国王派も然り。ミヅキと私は本当に命の危機だったと言える」

「それは……お気の毒ですね」

それしか言えない。情報が事実ならば、彼はずっと国王派の一員であり、王太子テゼルトの味方だったはず。

それでもそんな状況に甘んじたのは……彼が王弟夫妻の実子であり、次代の王となれる継承権を持っていることも事実だったから。

どうしようもない事実というものも存在するのだ。喩え、本人が望んでいなくとも。

かの魔導師に至っては、完全に巻き添えである。足の治療に来て、何故、攻撃の的にされなければならないのか。

わずかな正義感からくる、自分勝手な憤り。当事者でなくとも、話を聞いただけでそう思えてしまう『不幸な出来事』だ。

……だが、そんな気持ちは続けられた言葉に霧散することとなる。

「だけど、エルシュオン殿下がミヅキにこう言ってくれたんだ。『シュアンゼ殿下を守れ』と」

「……はい?」

何だ、それは。そこは『イルフェナに戻って来い』ではないのか!?

「私も呆気に取られてしまったよ。だけど、ミヅキはあっさり了承し、全ての攻撃を返り討ちにしてみせた。ガニアにおいて、ミヅキが貴族達に恐れられているのは……『身分がなく、部外者という立場ながら、エルシュオン殿下の期待に応えてみせたから』なんだ」

「な……」

言葉がない。そんな理不尽な状況に置かれながらも、恨み言を言うこともなく、見事に任務を完遂してみせただと!?

騎士であれ、魔術師であれ、当時のシュアンゼ殿下を守り切ることは容易ではない。相手が王弟というだけではなく、周囲がほぼ敵という状況だからだ。国王夫妻や王太子とて、庇うにも限度があるだろう。

――つまり、魔導師はほぼ個人の力でそれをやってのけたわけだ。

それを可能にしたのは本人の実力と……エルシュオン殿下への忠誠心。他国の王族との約束事である以上、『できなくても仕方ない』なんて言い訳は通るまい。果たせねば、エルシュオン殿下の恥となる。

「君の考えている通りだよ。ミヅキは任務の失敗がエルシュオン殿下の顔に泥を塗ることになると、理解できていたんだ。だから、遣り遂げた。あの子に言わせれば、周囲の雑音に構っている暇なんてないらしいよ?」

周囲の雑音とは、ガニアに居座る魔導師へと向けられた悪意だろう。元よりシュアンゼ殿下を守っていた騎士達とて、彼女の存在が面白くなかったのかもしれない。

それに気付いていながら、魔導師は課せられた使命を果たすことを優先した。……その結果、自分が敵を作ることになろうとも。

「魔導師殿は……それほどにエルシュオン殿下に忠誠をもっているのか……」

「そうだね、ミヅキは保護者のことが大好きだよ」

茫然と呟いた言葉に返される、シュアンゼ殿下の言葉。笑いを含んだ声音で『保護者のことが大好き』などと言ってはいるが、実際はそういうことなのだろう。

それを事実と確信するからこそ、私の脳裏には最悪の可能性が過ってやまない。

……。

ハーヴィスは……イルフェナよりも厄介な存在を敵に回したのかもしれない……。