作品タイトル不明
悪意と友情は密やかに 其の四
――イルフェナ・庭園にて(ヴァイス視点)
「それでは、次は私が。詳細は省かせていただきますが、私は先のサロヴァーラの一件の際、ほぼ魔導師殿と行動を共にさせていただいておりました。その上で、事実のみをお伝えいたします」
「は、い。ええ、聞いておいた方が良いと……そう判断されたのですね?」
「勿論です。脅すような真似は致しませんが、結果的に怯えさせることになるやもしれません。そこはご容赦を」
「……っ!?」
事実のみを話すと言ったのに、使者殿は息を飲んだ。そんな姿に、彼らの情報不足を再認識させられる。
北に属する国は異世界人の扱いが軽い。それ故か、『異世界人の魔導師』という特殊な立場である魔導師殿はその見た目もあり、あまり恐れられてはいなかった。
……ただし、それは『彼女が行動を起こすまで』。
一度行動に移れば、彼女の『遊び』は止まらない。それはアルジェント殿達だけでなく、ティルシア様からも言われていたことだった。
『あの子は毒を持つ小動物のようね。見た目に惑わされて手を出せば、遅効性の毒をあっさりと受けてしまう』
『小さな生き物がもたらした、些細な傷。鈍い痛みはあれど、致命傷ではない。だからこそ、気付いた時は手遅れなのよ』
それはまさに、サロヴァーラの一件のことを言っているのだろう。貴族達は迂闊な行動を取った故に、魔導師殿に多くの言質を取られてしまったのだから。
……いや、『迂闊』などという一言で言って良いものか。
レックバリ侯爵やアルジェント殿が目立っていたせいか、魔導師殿は当初、単なる同行者にしか見えなかったと聞いている。
令嬢と言うには奔放で、民間人と言うには立場を弁えていると。
だからこそ……その『付け焼刃で礼儀を学んだ程度にしか見えない』という姿に、貴族達は魔導師殿を侮った。それこそが作られた姿だと、気付くことなく。
事実、彼女は様々な場面で鋭い指摘を行った。寧ろ、護衛の任を受けていた私の方が、明らかに気付けていなかった。
指摘された特定の人物の行動、現状から推測される様々な可能性、そして彼女が関わった者達が望むもの。それらを踏まえて憶測を述べていく魔導師殿に、私は頭が下がる思いだった。
見縊っていたのは、私も同じだったのだ。
魔導師殿はきっと、『守られなければ生きていけない存在』などではない。
身分がなくとも、彼女は各国の王達と渡り合ってきたはず。それを可能にしたのは彼女自身の才覚と度胸、そして……どんな些細なことも見逃さない姿勢と、悪役にしか思えない裏工作の数々。
彼女は正義を謳う偽善者でも、博愛主義者でもない。ただ、持てる手を全て使って勝者となった『努力の人』。
だからこそ彼女は王達の選択を残酷とは言わないし、場合によっては自身も躊躇わないのだろう。結果だけを追い求めるからこそ、悪と呼ばれようとも構わないのだ。
そんな彼女が激怒したら、一体どうなるのだろうか?
「私は魔導師殿が結果のみを求める方だと知っています。情がないわけではない、名声を求めるわけでもない、ただ『望まれた結果を出す』ということのみを目指すのですよ」
視線をまっすぐ使者殿に向ける。
「ですから、同情を引くような姿も会話も悪手です。寧ろ、下手なことを言えば言質を取ったとばかりに利用し、状況を覆しに来るでしょう。一度でも『弱者』と侮って隙を見せれば、そこから致命傷に繋げてみせる方です」
「致命傷……ですか?」
「ええ。彼女は異世界人でもありますから、報告の義務がある。当然、記録用の魔道具も持たされているでしょう。……言質を取ったという、証拠があるんですよ」
隙を見せないことは重要だ。だが、侮っている人物相手ではミスをしやすい。何より、魔導師殿はただ相手のミスを待っているような性格でもなかった。
「魔導師殿は言葉遊びが得意なのです。ですから、さり気ない誘導を行い、自分にとって有利な言葉を引き出してくる可能性がある。……我が国の貴族達の処罰が可能だったのは、魔導師殿が陛下の言質を取っていたからなのですよ。報復の許可を出した陛下とて、まさか後々、それが切り札になるとは思ってもみなかったでしょう」
ティルシア様の命を存えさせた『貴族達への報復』。貴族達が先手を打ったと証明された故に、陛下は魔導師殿のお願いを無下にできなかった。
だが、後から考えれば、魔導師殿は『報復をいつ行うかを言っていない』ということに気付く。
おそらくだが、魔導師殿は最初からそれが狙いだった。派手な行動を起こし、細かい追及を避けたのではないのだろうか。
「何より、その話が出た時は……もっと大きなことが問題だったのです」
魔導師殿はあの時、話題を逸らすかのように派手な魔法を見せ付けた。当然、殆どの者達はそちらへと意識が向く。
何故なら――
「無詠唱なのですよ、魔導師殿は。しかも、魔法による接近戦もこなせます」
「……は?」
「少なくとも、サロヴァーラの筆頭魔術師は彼女に勝てないと自覚しました。プライドが高いと言われる魔術師が、あっさりと認めるだけの力量の差があったのですよ」
「……」
半信半疑なのか、使者殿は困惑しているようだった。それも当然だろう……無詠唱の魔法なんて、聞いたことがないのが普通なのだから。
「事実ですよ。だからこそ、彼女は騎士だろうと、暗殺者だろうと、恐れないのだと思います。……戦えてしまいますからね。少なくとも、我々が知る魔術師の欠点は彼女にとって、『欠点には成り得ない』」
それは今のハーヴィスにとって、死刑宣告にも近いこと。『魔法を打つ前に、術者を潰せばいい』という常識が覆れば、ハーヴィス側は成す術がない。ハーヴィスでなくとも、どうやって戦っていいか判らないだろう。
「ハーヴィスがどのように今回の一件を収めようとしているのかを、私達は知りません。ですが、どちらの味方をするかと聞かれれば、間違いなく魔導師殿を選びます。国の援助がなくとも、協力者がいなくとも、彼女ならば一人で戦況を覆す……そう信じているのです」
実際には『信じている』のではなく、『知っている』が正しい。それらを目にした故に、魔導師殿は各国の王達からも一目置かれているのだから。
それでも必要以上に恐れられないのは、保護者であるエルシュオン殿下の存在があるからだ。
まるで忠実な騎士のように、魔導師殿は彼の言うことは聞く。主に恥をかかせまいとばかりに、上手く立ち回るのだろう。
魔法ではなく、賢さを武器に、魔導師殿は結果を出す。
言葉遊びに強く、様々な対処を即座に思いつける者こそ、彼女の天敵なのだ。
「ハーヴィスのことは存じませんが、優秀な方がいらっしゃるといいですね」
本心からそう思う。忠誠だけでなく、魔導師殿を満足させるような才覚を持つ逸材が居れば、きっと彼女は話し合いに応じてくれるだろう。
そこからはハーヴィス側の腕の見せ所だ。言葉を武器として、魔導師殿を迎え撃てばいい。
「本当に……そう思います。興味を引くどころか、逆に怒らせたら……きっと最悪な結末まで導かれるでしょうからね」
――我が国の経験談としてお聞きください。
そう告げると、使者殿は言葉もないようだった。善良さや情に訴えることは悪手だと教えたので、それ以外の手が思い浮かばないのかもしれない。
僅かに目を眇め、すでにハーヴィスへと向かった魔導師殿達へと想いを馳せる。
……どうぞ、ご存分に。
私は今回、一個人としてこの国に来たのですから、個人的な感情を優先させていただきます。
※※※※※※※※※
――イルフェナ・庭園にて(グレン視点)
次々もたらされる魔導師の情報に、ハーヴィスの使者は気の毒になるくらい顔色を変えていた。
だが、時すでに遅しである。彼は『そういった情報を持っていること前提で』、イルフェナに来たと思われているのだから。
故に。
この時間はあまりにも情報に疎い使者殿を哀れに思った我らからの、ささやかな慈悲である。
……。
決して、面白がっているわけではない。
慈悲だと言ったら、慈悲なのだ……!
そもそも、『魔導師』という言葉に危機感を抱かない方がおかしい。
ま、まあ、異世界人を軽んじる気質の強い北に存在する国である以上、『異世界人の魔導師』を恐れない可能性もあるが。
それはガニアやサロヴァーラでのミヅキの扱いを見れば、たやすく予想がつく。『異世界の知識を持っているからこそ、魔導師扱いをされているだけ』。そう解釈する者とて、一定数はいることだろう。
だが、これは仕方がないことなのだ。『異世界の知識』は時にとんでもない結果――二百年前の大戦の切っ掛けとなった魔道具など――をもたらすため、無条件に過大評価される場合があるのだから。
ミヅキの場合、己の魔法にそれらを活かしているため、ある意味では正しい解釈と言える。
……が、それを形にしたのはミヅキ自身の努力。
いくら知識があろうとも、活かせないようでは宝の持ち腐れなのだ。
何もしなければ、何も得られない。全ては本人の努力次第。
そこに気付けば、ミヅキが正真正銘、魔導師を名乗るに相応しい人物だと判るだろう。もっとも、そういった解釈は物凄~く! 好意的に見た場合に限るのだが。
思わず、遠い目になってしまう。ミヅキが『脅威』と思われないのは、ミヅキ自身にも原因があるのだから。
そもそも、ミヅキは売られた喧嘩を買っているだけであり、自分から仕掛けることは少ない。その理由も『面倒だから』というものであり、野心家が持つような支配欲といった感情も皆無だ。
支配する以上、管理する責任が伴うのは当然。ミヅキはそういったことに思い至る性格をしているため、仕事にしろ、報復にしろ、結果は出せども余計なことをしなかったりする。
これを聞くだけでも、ミヅキへの対処法が判るだろう。冗談抜きに『関わるな、危険!』という一言で済む。
大真面目に脅威と認識していた皆様には大変申し訳ないことだが、それさえしなければ、ミヅキは無害と言っていいほど大人しい。ただ、それを信じる者が殆どいないだけで。
ミヅキのことが知られた当初、馬鹿正直に告げた時は、あの大らかなウィルでさえ、『へ? 嘘だろう?』と言ったくらいなのだ……信じる者が殆どいなくとも、無理はない。
実際のミヅキは単なる自己中である。
極度の自己中が、不屈の精神と己に素直過ぎる行動力を有していただけである。
見下すにしろ、脅威と感じたにしろ、興味を引かれた者がミヅキに仕掛けているだけなので、儂から見れば単なる自殺行為に過ぎない。勝手にフラグを突き立てているだけだ。
野良猫だって、警戒心が強いじゃないか。迂闊に手を出せば、容赦なく引っ掻くじゃないか……!
ミヅキの場合は、まさにそれ。『黒猫』という渾名は、意外にも的を射た表現なのである。もっとも、やらかすことは猫が怒るどころの騒ぎではないけれど。
儂の視線の先では、ヴァイスが懇切丁寧にミヅキの所業を使者に伝えていた。彼は真面目な性格をしているようだし、騎士である以上、報告書などを製作することもあるだろう。つまり、『説明が判りやすい』。
そんな彼は、サロヴァーラの一件において、ほぼミヅキと行動を共にしていたという猛者である。
優しい表現に置き換える・暈すといったこともなく、事実を判りやすくハーヴィスの使者に教えてくれているヴァイスに、悪意なんてものはない。ただただ馬鹿正直に、ミヅキの所業を伝えているだけだ。
――ただし、それが必ずしも良い方向に行くとは限らない。
時には嘘が必要なほど『酷い現実』というものがある。
ヴァイスの話はほぼ、こういったもののオンパレードであった。
それを判っていて、周囲の者達は誰もヴァイスを諫めない。
使者殿の中の魔導師のイメージが『怒らせてはいけない人』から『平常運転でヤバい奴』にチェンジしつつあることを悟ろうとも、それも事実とばかりにスルーを決行。
今後に控える親猫……もとい、エルシュオン殿下との話し合いを考えれば、事実を知っていた方が良い。そう判断した故の、優しさであろう。
……。
少なくとも、儂は。
魔導師の真実を知らずに訳の判らないぶっ飛んだ話をされるより、まだ理解しやすい気がする。
事前に魔導師の情報を得ており、ろくでもない生き物の所業に慣れておけば、本番(=親猫との話し合い)で醜態を晒すことは避けられるかもしれないじゃないか。……多分。
その話し合いの最中、ハーヴィス側が全てを理解できたことを確認した上で、こう言ってやればいい――『その【ヤバイ奴】を怒らせて、報復の危機にあるのが、お前の国』と!
どう考えても、滅亡待ったなし。とどめは最後に刺すものだ。
絶望を抱えたまま、使者はハーヴィスへと帰るだろう。
というか、今頃エルシュオン殿下に泣きつこうとも、当のミヅキがすでに家出中。冗談抜きに、イルフェナ側にも打つ手がないのである。
ミヅキはこれを見越して、家出などしたのだろう。魔導師のヤバさが伝われば、ハーヴィス側は自分達のしでかしたことを綺麗に忘れて、唯一のストッパーたるエルシュオン殿下に縋るだろうから。
暗に『イルフェナ優位で〆られちまえ!』と言っているのだ。大変性格が悪い。
様々な想いを込め、儂はハーヴィスの使者殿へと哀れみの籠もった目を向けた。偶然にも合った視線に、使者殿は何故か、びくりと肩を跳ねさせた。おい、失礼な奴だな!?
「な……何か言いたいことがあるのでしょうか? ええと……アルベルダのグレン、殿」
「……」
「……っ」
「……いいえ? 何も。すでに皆様が様々な話をしてくださったのです。今更、何を言うことがありましょう。……ああ、ですが」
「ですが!?」
食いついてくる使者殿に対し、儂はふっと達観した表情を浮かべた。
「儂が何を言おうとも、今更でしょう? 過去は変わらないのです……ミヅキの性格矯正なんてものも、不可能ですからね。まだ、世界が滅ぶ可能性の方が高いですよ」
「え゛」
「ですから」
あえて、哀れみたっぷりの目を向けてやる。
「どう頑張っても、ハーヴィスに魔導師の報復を免れる術はありません。勿論、儂らとて何もできん。それだけはご理解くだされよ」
使者殿の顔が絶望に染まる。そんな彼の姿に、視界の端に居た副騎士団長殿が満足そうに頷き、笑みが深まったのは……見なかったことにしておこう。下手に突く方が怖い。
物腰柔らかく優しげな表情をしているが、彼とてこの国の騎士を率いる者の一人。当然、見た目通りの性格などしていない。寧ろ、彼の本性は『毒』に近かろう。
我々の遣り取りを黙って聞いていたばかりか、一応は『客』にあたる使者殿を守る素振りすら見せないことが、彼の本心を物語っているようだった。『話を打ち切らせること』はできたというのにな。
今にも倒れそうな使者殿にとって今回のことは、祖国の愚か者達が起こしたとばっちり。だが、選ばれて来た以上、正しい情報を持ち帰ってもらわねば困る。
そのための一時だったのだ。
ここまで聞かせてやった以上、『知らなかった』は通らない。
……ああ、ハーヴィスの使者殿よ。忘れているようだが、そちらはゼブレスト王の命も危険に晒している。今回ばかりは誰もミヅキを止める者が居ないと、話し合いの場で悟るがいい。