作品タイトル不明
3.謂われなき非難
王家のお金で教育を受けたのだから、王子の婚約者にならずとも、それなりの地位を持つ方の婚約者になるだろう──そんな未来は、ずっと前からわかっていた。
そして決まった相手は、ヴィクター・アルマンド公爵令息。
公爵家の次男で、やがては我が伯爵家に婿入りする予定の人だ。
けれど、この方は……私というよりも、誰に対しても関心を持たない。冷たくはないが、距離が常に一歩先にあるような、そんな男性で、会話が五秒以上続いたことすら珍しかった。
まあ、私の目的の邪魔にならなければそれでよろしいですわ──その程度にしか思っていなかったのに……。
*****
「……でね、記憶を取り戻したら、そこに美しい令嬢がいて、僕の婚約者なんだって気付いたら……うれしさで気を失っちゃったんだよ。 なーんて、あはは。」
部屋に差し込む午前の陽光が、白いシーツの上に柔らかく落ちていた。その光を受けて、彼の笑顔はいっそう明るく、陽だまりのように輝いて見えた。
……ん? 誰?
思わず瞬きをしてしまうほど、目を見張るほどキラキラとした雰囲気。いったいどこから現れたのかしら、この陽気なお方は。
あの、薄い影をまとっていたミステリアスな公爵令息はどこへ……?
太陽みたい……ええ、本当にそう。
でも太陽の光って、当たりすぎると疲れるのよね。お見舞いに来たばかりだけれど、少し帰ろうかしら、と考えてしまう程度には。
「転生すると大体そこは物語の世界って決まっていてね、でも……ごめん、僕そういう物語に興味がなくて。ここの世界がどんな話なのか分からないのだよ」
……あら?
まだ頭が混乱しているのかしら。時々、とんでもないことを言うのね。
けれど、しゅんと肩を落とす姿はなんとも愛らしく、胸の奥がくすぐられるようだった。
もう少しだけここにいようかしら。
「明日のことなど誰も知りませんわ。人生は作っていくものですよ」
「セレナ! 君はとっても素敵なことを言うね。 ああ、きっと君は、この世界のヒロインなんだ」
その声音の熱に、ふと胸がざわめいた。階段から落ちた日のことが脳裏に浮かぶ。
あの時も──この人、私の名前を知っていたのね。意外だわ。
そして、いつの間にか呼び捨て。
「セレナはショックを受けるかもしれないけど、大事なことだから聞いて。 実はね……君は謂れなき非難をうけているんだ……」
「謂れなき非難ですか?」
知っていましてよ。
全くショックではありませんが。むしろ今さら何を、といった気持ちのほうが強い。
「そう……アレクやミレーナ嬢は、君に悪意があるし、アレクやミレーナ嬢の友達だって……君への態度はひどすぎる。断罪……そうだ、濡れ衣を着せられて断罪があるかもしれない!! 大変だ!!」
あの人たちが、私に?
まあ、それは想像できるわ。けれど、どんな幼稚な“断罪”を企むつもりなのかしら。
考えるほどに、むしろ興味がわいてくる。
「でも、安心して! 僕が一緒にざまぁをするから」
……ざまぁ???
突然の宣言に、思わずまばたきをした。
まるで春風がいきなり踊り出したような勢いで、彼は胸を張っている。
「物語の中で、悪意をもって振る舞ったり、陰謀を企んだりしている人は、最終的にはその行動が裏目に出る。不幸な結末に至ったり、報いを受けたり……それが『ざまぁ』だよ」
………………。
説明されてもなお分からない単語が頭に転がる。
ざまぁ……ざまぁ……?
何かの呪文かしら。それとも異国の言葉?
「そうと決まったら、うん。 僕のセレナが清廉潔白だという証拠を集めなくては! ああ、明日から忙しくなる」
勢いよく立ち上がった拍子に、プラチナ色の髪がさらりと宙を舞い、光を弾いた。その輝きは、春の陽光が形を成したようで──目を細めたほどだった。
そして彼は、満面の笑みを浮かべて胸を張る。
自信と期待、そのどちらもが混じった眩しい笑顔。
その姿に、思わず息を呑んだ。
──まるで、別人。
けれどその“別人”は、私の婚約者様。ふふ、楽しみだわ。