軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.父&友人①

「と、まあ、そんなことがありましたの」

ゆったりと紅茶を揺らしながら話し終えると、向かいのソファで腕を組んでいたお父様が、堪えきれないというように口元を歪めた。

「それはそれは。くくっ。『ざまぁ』されるのは、我がホフマン家ではないのか? 清廉潔白だという証拠…あるといいな。あーははは」

笑い声は執務室の重厚な壁に何度も跳ね返り、まるで誰かの悪巧みを祝福するかのように響く。

――…お父様、笑いすぎです。

我がホフマン家といえば、「策略」「陰謀」「計略」「企み」――そのどれもが代名詞のように囁かれてきた。もちろん表立って言われることはないが、少なくとも清廉潔白などとは程遠い家柄だ。

だが、わたしはその血を忌むどころか、誇りさえ抱いている。

生まれついてこの家の者ならば、そうあるべきだと思っているから。

「そこは、抜かりありませんわ。婚約者様が集めた証拠とやらで何をしてくださるのか、楽しみです」

ふふ、と笑うと、お父様の眉がわずかに動いた。

なんにせよ、あの、誰にも興味がなさそうだったヴィクター様が、わたしのために動いてくださるのだもの――そう思うだけで胸の奥が温かくなる。

「嬉しそうだな」

「お父様、ヴィクター様がね、『僕のセレナ』っておっしゃったのよ。ふふ」

「何? あのヴィクター君がか?」

目を丸くしたお父様に、わたしは頷いた。

婚約とはいえ、結婚すればせいぜい家名の利益を互いに利用するだけ――そう割り切っていたはずなのに。

『僕のセレナ』

その一言が、思いのほか心地よくて。悪い気がしなかった。

「そうなのですよ。でも、ヴィクター様、純粋すぎて…貴族としては少し危ういですわね」

言葉を選びつつ告げると、お父様は顎に手を当て渋い声を漏らした。

「……それは困ったな。手を打つか?」

「いいえ、あれがいいのです。何を考えているかわからないヴィクター様に興味はないですが、今の純粋で邪心がなく、私を信じている分かりやすいヴィクター様。魅力的ですわ。貴族としてのマナーや礼儀正しさは、前より良くなっていますし」

それに――と心の中で続ける。

来年、卒業学年となるわたしたちは同じクラスになる予定だ。

そのために、ヴィクター様は必死で勉学に励んでいる。わたしの知らぬところで、努力しているらしい。

思い浮かべるだけで、胸の奥がくすぐったくなる。

「気に入ったようだな……計画変更か?」

「なにをおっしゃるの? 計画通りに決まっておりますわ」

わたしが微笑むと、お父様は呆れたように、しかしどこか楽しげに肩を揺らした。

ヴィクター様がおっしゃっていた“悪意”。

それを放置していたのには、もちろん理由がある。だが、まあいいわ。あの方があれほど一生懸命なのだもの。それで計画に支障など出るはずがない。

「ははは、そうか。お前の好きにしなさい」

許しの言葉に、自然と口元が緩む。

――やっぱり、楽しくなってきたわ。

*****

「何やら面白いことになっているそうね」

レティシアがそう言って優雅に腰を下ろした。

今日は久しぶりに彼女とお茶を楽しむ日。暖かな日差しが窓辺を照らし、白いレースのテーブルクロスがその光をやわらかく反射している。

細やかな模様のティーカップ、可愛らしい瓶入りのジャム、焼きたてのスコーン――すべてが整えられたこの空間は、まるで特別な午後のひとときの舞台のようだ。

「まあ、耳が早い。昨日まで隣国にいたとは思えませんわ」

わたしが肩を竦めると、レティシアは上品に笑い、ティーカップを唇に運んだ。

それから、あの日――あの階段から落下した日から今日までの出来事を、ありのまま語っていく。

彼女は相変わらず落ち着いた微笑を湛え、けれど瞳は好奇心にきらめき、わたしの話を逃すまいと集中している。

「あの彫刻のように表情を変えないあなたの婚約者様がね。人生ってわからないものだわ」

「ふふ、今のヴィクター様、純真無垢という言葉がぴったり。私の周りにいなかったタイプで興味深いわ。表情も豊かで、決してそれは貴族らしいとは言えないけれど、見ていて楽しいし、癒されるわ」

思わず頬が緩む。

今頃――きっと一生懸命に証拠を集めているはずだ。わたしのために、と。

「あら、セレナ、気付いていて? その言い方、あの王太子がミレーナを褒める時とよく似ているわ」

…………。

紅茶の香りが一瞬だけ遠のいた気がする。

レティシアはくすりと笑い、わたしの険しい視線に涼しげな眉を上げた。

「ふふ、嫌だわ。そんな怖い顔をしないで、冗談よ」

「……全く違いますわ。ヴィクター様は、常識がありますもの」

レティシア、あなた――少し失礼ですわ。内心で呆れながらも、口には出さない。

「まあまあ、とにかく『ざまぁ』だったかしら? あなたの婚約者様は、誰からやるつもりなのかしらね」

「――ああ、きっと、ミレーナの周りでさえずっている小鳥たちじゃないかしら?」

ティーカップを置きながら言うと、レティシアが楽しげに目を細める。

次期王太子妃の権力を後ろ盾にして威張り散らす男爵令嬢たち。

ミレーナの振る舞いに賛同し、彼女と同じようにわたしを見下し、引きずられるように周囲の令嬢をも見下している。

けれど――彼女たちはレティシアには近づかない。ミレーナが侯爵令嬢のレティシアに近づこうとしないから、当然その取り巻きたちも近寄らない。

まるで『鵜の真似をする烏』。

身の程を知らない烏たち。

「セレナの前に立ちはだかるなんて。本当に覚悟をもってやっていたのかしら。……愚かだわ」

レティシアの声には、冷ややかさと、わたしへの信頼が滲んでいた。

わたしはそっと微笑む。

ティールームに、静かで甘やかな風が流れた。