軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4.初恋は散った(サミュエル)

サミュエルの子供時代はコンプレックスの塊だった。

髪は癖毛でボサボサ、馬鹿にされるのが辛くて背を丸めて俯いていた。そんなサミュエルのストレス解消法はお菓子を食べること。そのせいで太ってしまいよけいに見下されることになる。それでもお菓子を食べる手は止められなかった。

ある日、サミュエルは父親に誘われて『閣下の本屋敷』を訪れた。本屋敷は前ベルトーネ公爵の私邸でそこには尋常ではない数の本がある。天井に届く背の高い本棚には、ぎっしりと本が詰まっている。

圧巻の光景にサミュエルは呆けた。その日はなにげなく選んだ本を読んだが、あまりにも面白く夢中になった。こんなに面白い本が世の中にあることを知って、もっと読みたくなった。父にそう言うと、翌日閣下と話をすることになった。

「サミュエル、お前は本が好きか?」

「はい! 好きです。色々な本を読みたいです」

「そうか」

閣下は厳めしい顔に笑みを浮べて頷いた。そしてサミュエルは本屋敷の出入りを許されたのだった。サミュエルは時間が許す限り本屋敷に通って本を読んだ。するとある女の子と頻繁に顔を合わせるようになった。

それがカロリーナだった。お人形さんのような可愛いらしさに緊張して自分からは話しかけられなかった。あるときカロリーナから話しかけてくれた。

「その本、面白いでしょう?」

「うん、君はもう読んだの?」

「読んだわ」

そこから二人で感想を語り合った。同年代の友人がいなかったサミュエルはカロリーナと話すのが楽しかった。しかも大好きな本について話せる。二人はいつしか『本友』になっていた。

サミュエルはカロリーナのことが好きだった。でもカロリーナの気持ちはわからない。本屋敷にいるときはよく笑いよく話す。でも外ですれ違ったときはすまし顔で会釈された。話しかけられる空気ではなかった。これが身分差かと落ち込んだ。その話を友人にした。

「それって照れ隠しじゃないのかな?」

「え? そうなのかな」

サミュエルは期待に目を輝かせた。

数日後、ある公爵子息に声をかけられた。

「サミュエル、閣下に気に入られているからっていい気になるなよ。カロリーナ嬢の婚約者候補に入っているとはいえ、伯爵子息でしかないお前が婚約者になれるわけないんだからな!」

「婚約者候補ってなんのこと?」

「知らないのか? チッ、なんでもないよ」

サミュエルが尋ねると、公爵子息はしまったという表情をした。それ以上は教えてくれなかった。

同年代の子息たちはカロリーナの婚約者はその公爵子息になるだろうと噂していた。その公爵子息はさっき何と言ったか? サミュエルをカロリーナの婚約者候補だと言った。公爵子息の情報なら確かなものだ。胸いっぱいに喜びが広がる。もう、幼い頃の自分ではない。学園では何人もの女子生徒から告白を受けた。見目もよくなってカロリーナの隣に相応しい男になれたのだ。

サミュエルは伯爵子息で身分も高くないし、我が家には特別な財力もない。それでもカロリーナの婚約者候補になれたというのなら、きっとカロリーナがそう望んでくれたからだ。

サミュエルはいっそう勉強に励み、本屋敷で本を読み、カロリーナとの関係も確固たるものにしてきた。

それなのに学園の卒業が近づいてもカロリーナとの婚約の話が出てこない。サミュエルは焦り始めた。カロリーナは人気がある。婚約の申し込みは殺到していると聞いている。サミュエルは不安になり、どうにかして自分がカロリーナや閣下にとって特別だと確認したくなった。

本屋敷に行くとカロリーナはサミュエルの顔を見て嬉しそうに微笑んだ。それで少しは自信を取り戻したが、これじゃ足りない。

サミュエルは持ち出し禁止の本をあえて持ち帰った。

「しょうがないわね。サミュエルは特別よ」そう言ってくれると確信していた。自信があった。きっとカロリーナは奥ゆかしいだけなのだ。

でもカロリーナは本を持ち出したことを大目に見るどころか、本気で怒っていた。すぐに謝罪して返すべきだったのに、自尊心が邪魔をした。

それでも、もう一度カロリーナを試すために、当日返しに行かなかった。賭けだった。さすがに翌日には本を返すつもりでいたが、キアラがどうしても読みたいと言い張るのでつい貸してしまった。それは何があってもしてはいけないことだった。キアラは商人に売ったと悪びれることなく言った。

サミュエルはカロリーナに縋ったが、すげなく拒絶された。しかも「私、ギオーニ伯爵子息様に好きだとお伝えしたことがありましたか? まったく心当たりがないのですが」と好きではない宣言までされてしまった。

思えばカロリーナは本屋敷以外の場所ではサミュエルをギオーニ伯爵子息様と呼ぶ。それは照れているのではなく、一線を引いていたのだとようやく理解した。

サミュエルはキアラの家を訪ねて本を売った商人を教えてもらい買い戻しに行った。ところがすでに売ってしまったあとだった。

「誰に売ったのか教えてください」

「申し訳ありませんが守秘義務がありますので」

本を取り戻すことは絶望的になった。父には激怒されたがとにかく閣下に謝罪に行かなければならない。キアラとボネーラ子爵も同席したが二人はこの状況になっても、事の重大さを理解していない。父もサミュエルも最悪の場合は爵位を手放してでも弁償する覚悟を決めていたが、閣下は許してくれた。

でも終わりにしてはいけない。父と色々な商人に問い合わせながら売られた本を探し、毎日閣下のところへ謝罪に行った。閣下を怒らせてこの国で生きていくことはできない。

それに自分の取った愚かな行動の責任を取らなければと思った。一週間経った頃、閣下は「もう、よい」と言って、引き出しから売られたはずの本を見せてくれた。閣下の力を以てすれば取り戻すことは簡単で、それをサミュエルに教えてくれたことに意味がある。

「本はもう取り戻した。今回だけは不問にする」

「あ、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」

父と涙を浮かべて安堵しながら、閣下に頭を下げた。閣下は少し寂しそうな目をサミュエルに向けた。

「サミュエル」

「はい」

「残念に思う」

「本当に、本当に、申し訳ありませんでした」

それは嘘偽りのない心からの謝罪だった。

「お前とは縁がなかったな」

「あの……縁とは?」

「いや、いい。励めよ」

「はい。ありがとうございます」

閣下の言葉は少なくサミュエルには意味がわからなかった。ただ失望させてしまったことだけは確かだ。閣下は本屋敷の出入りは禁じなかったが、サミュエルは本屋敷に二度と行かない、いや自分が情けなくて行けないだろう。

励めと言ってくれた言葉を胸に、心を入れ替えて生きていくことを誓った。

閣下の「不問にする」という言葉は本当で、伯爵家の事業や商人との取引に一切の支障は出なかった。社交界でも冷たくされることもなかった。サミュエルは閣下の寛大な心に感謝した。

カロリーナとはもう二度と、本の感想を語り合うことはできない。その権利を愚かな行動で手放してしまった己を憐れに思う。心を試すのではなく、別の方法でカロリーナに寄り添うべきだったのだ。

こうしてサミュエルの初恋は終わった。