作品タイトル不明
3.お祖父様はお怒りです
その夜、サミュエルとキアラがそれぞれの父親を伴って公爵邸にやってきた。
「この度は大変申し訳なく、あの、本はすでに買われていて取り戻すことができませんでした」
「必ず弁償します。お金を集めるまで時間をください――」
伯爵と子爵はもごもごと謝罪を繰り返す。全員が青ざめたまま、ひたすら頭を下げている。伯爵家と子爵家で金貨千枚を折半しても夜逃げしたくなる金額だ。それでも許しを請うために頭を下げ続けるしかない。キアラも父親に叱責されたのか、昼間の態度を改め小さくなっている。サミュエルは涙目になっている。カロリーナはただお祖父様の隣でじっと成り行きを見守った。
すでに爵位を譲り隠居しているお祖父様だけど、いまなお国王陛下の信頼も厚く、多くの貴族や商人を支援してきた実績からみなに慕われている。それは親愛を込めて閣下と呼ばれていることからも察せられる。
そのお祖父様を怒らせればどうなるのか。子爵の商売は成り立たなくなる。伯爵だって事業が行き詰まり、社交界では立場をなくす。
お祖父様は無言のまま四人を冷たく見ている。応接間は緊張の糸がピンと張りつめていて呼吸音が響いていた。
突然お祖父様は杖を床にポンと突いた。強くも大きくも音を立てていない。だけど四人は怯えるように肩を震わせた。
「謝罪は受け取ろう。弁償も不要だ。ただし、ギオーニ伯爵とボネーラ子爵がベルトーネ公爵家と今後かかわることはないと言明しておく」
「どうか、お許しください」
「そ、そんな」
ベルトーネ公爵家が両家と一切の縁を拒むと言われては、弁償しなくていいと言われても喜べない。現在も直接仕事で取引しているわけではないが、今回のことは貴族や商人が知ることになる。そうすればお祖父様の気持ちを慮り、両家との取り引きを止める商人や貴族が出ると思う。
「たかが本で――」
ドンッ! ボネーラ子爵の言葉にお祖父様は大きな音で杖を床に突いた。続けて部屋に響く重く低い声で言った。
「みなさんお帰りのようだ」
お祖父様はソファーから立ち上がり部屋を出て行った。カロリーナも一緒に部屋を出た。四人は使用人が丁重に送り出すだろう。
ボネーラ子爵は絶対に言ってはいけないことを口にしてしまった。お祖父様は冷静にしていらしたが、完全に怒っていた。本を至上の宝のように大切にしているのに、よりによって「たかが」とは。謝罪に来て言っていいことと悪いことの判断もできなければ、いずれボネーラ子爵家は終わる。
カロリーナはお祖父様の部屋までついていくと入るなり頭を下げた。
「お祖父様。このたびは本当に申し訳ございませんでした。私が侮られたばかりに本を持ち出されてしまいました」
「カロリーナ。頭を上げなさい。お前は悪いことをしていない。サミュエルが未熟だったせいだ。そしてその報いは受けた。もう、気にせずともよい。それに本はここにあるからのう」
「はい。ありがとうございます」
キアラの父によって売られてしまった本は、その日のうちに買い取った商人がお祖父様のところに持ってきて失わずに済んだ。商人の間ではお祖父様の本好きは周知の事実である。商人が買い取り依頼を受け査定しようとしたら、未出版の本だと気付いた。最初は素人の趣味の本かと思いぺらぺらと捲ったら、奥付にベルトーネ公爵家の家紋とお祖父様の名前を見つけ我が家に届けてくれたのだ。
この件はこれで終わった。その後、サミュエルもキアラも卒業まで学園に登校することはなかった。
ギオーニ伯爵とサミュエルは翌日から毎日お祖父様のところに謝罪に来ていたらしい。お祖父様は最終的に許したようで、二人に本を取り戻したことを教えたそうだ。ギオーニ伯爵家の事業も滞りなく続いている。
ただボネーラ子爵は許さなかった。お祖父様は何の指示もしていないが、商人たちが自主的にボネーラ子爵との取引から手を引いた。子爵は金策に走り回っていると聞く。さすがに潰すところまではしないと思うが、怒りが解けるのはいつになるのか……せめてボネーラ子爵が謙虚に謝罪してくれたらここまで大事にならなかったのにとは思う。
カロリーナは学園を卒業後、お父様の命令で本屋敷の管理を手伝っている。正直なところ楽しくてご褒美だ。本当は司書として働きたいが、自分は公爵家の娘、無理なことはわかっている。いずれ相応に家の利になる男性と結婚することになる――と思いながら二年が経った。