作品タイトル不明
第94話 黒き棘が刻む、守るべき誓い
俺(おれ) は 剣(けん) を 握(に) りしめ、 父(ちち) の 前(まえ) に 立(た) っていた。
朝靄(あさもや) が 訓練場(くんれんじょう) を 白(しろ) く 包(つつ) み、 草(くさ) の 先(さき) に 付(つ) いた 露(つゆ) が 朝陽(あさひ) にきらめく。 風(かぜ) が 黒髪(くろかみ) を 乱(みだ) すが、 胸(むね) の 熱(ねつ) には 届(とど) かない。
「…… 本当(ほんとう) にやるのか、 龍夜(りゅうや) 」
父(ちち) の 声(こえ) は 低(ひく) く、わずかに 掠(かす) れる。 俺(おれ) は 真正面(しょうめん) から 見据(みす) えた。
「やるさ」
視線(しせん) の 先(さき) に、 最強(さいきょう) の 剣士(けんし) アルス。 銀灰色(ぎんかいしょく) の 髪(かみ) を 束(たば) ね、 鍛(きた) え 抜(ぬ) かれた 体躯(たいく) 。 父(ちち) の 右腕(うで) 。
背後(はいご) には 母(はは) と 妹(いもうと) が 固唾(かたず) を 呑(の) む。少し 離(はな) れた 場所(ばしょ) にミユウ。 黄金(おうごん) の 髪(かみ) が 揺(ゆ) れ、 白(しろ) いドレス。 瞳(ひとみ) に 不安(ふあん) と 決意(けつい) 。
「ならば…… 始(はじ) めろ」
アルスが 大剣(たいけん) を 構(かま) える。 俺(おれ) も 黒鉄(くろがね) の 剣(けん) を 構(かま) えた。
――ミユウを 守(まも) るため。
「いくぞ」
アルスが 一閃(いっせん) 。 俺(おれ) は 躱(かわ) し、 返(かえ) す 刀(かたな) で 斬(き) り 上(あ) げる。 金属(きんぞく) の 音(おと) と 火花(ひばな) 。 踏(ふ) み 込(こ) む。
斬(き) り 合(あ) い、 躱(かわ) し 合(あ) い。 呼吸(こきゅう) が 荒(あら) くなるが、ミユウの 顔(かお) が 浮(う) かぶたび 力(ちから) が 湧(わ) く。
「まだまだだな、 若造(わかぞう) 」
俺(おれ) は 吼(ほ) え、 渾身(こんしん) の 斬撃(ざんげき) を 叩(たた) き 込(こ) んだ。
剣(けん) が 交錯(こうさく) し、 火花(ひばな) が 散(ち) る。 俺(おれ) の 剣(けん) がアルスの 肩(かた) を 浅(あさ) く 斬(き) る。 鮮血(せんけつ) が 髪(かみ) を 汚(よご) す。
「……やるじゃないか」
勝(か) った――と 思(おも) った 瞬間(しゅんかん) 。
「……っ、ぐ……!」
胸(むね) の 奥(おく) で 破裂(はれつ) 。
黒(くろ) い 炎(ほのお) が 心臓(しんぞう) から 広(ひろ) がる。
溶(と) けた 鉛(なまり) の 熱(ねつ) と 重(おも) さ。 血管(けっかん) が 黒(くろ) い 棘(とげ) で 裂(さ) かれる。 心臓(しんぞう) が 暴(あば) れ、 肋骨(ろっこつ) を 内側(うちがわ) から 叩(たた) き 割(わ) ろうとする。 息(いき) が 固(かた) まり、 血(ち) の 味(あじ) が 逆流(ぎゃくりゅう) 。
視界(しかい) が 黒(くろ) く 染(そ) まり、 耳(みみ) の 奥(おく) で 魔王(まおう) の 哄笑(こうしょう) 。 鼓動(こどう) が 鎖(くさり) で 縛(しば) られた 亡魂(ぼうこん) のよう、 命(いのち) を 締(し) め 上(あ) げる。
汗(あせ) が 噴(ふ) き 出(だ) し、 全身(ぜんしん) を 濡(ぬ) らす。 熱(あつ) い 血(ち) のよう。
魔王(まおう) の 呪(のろ) い。 最期(さいご) の 黒(くろ) い 死(し) の 言葉(ことば) 。 魂(たましい) まで 抉(えぐ) る 絶望(ぜつぼう) が 押(お) し 寄(よ) せる。 生(い) きているのに 死(し) んでいる 感覚(かんかく) 。
「 龍夜(りゅうや) くん!」
ミユウの 声(こえ) 。 母(はは) が 抱(だ) き 止(と) める。
「やめろ……! もうやめろ!」
父(ちち) の 声(こえ) が 震(ふる) える。
「そんな 呪(のろ) いを……! なぜ 黙(だま) っていた!」
父(ちち) が 割(わ) って 入(はい) ろうとするが、 俺(おれ) は 剣(けん) を 地面(じめん) に 突(つ) き 立(た) て、 支(ささ) えた。
「……やめねぇよ」
胸(むね) を 押(お) さえ、 血(ち) の 混(ま) じった 唾(つば) を 吐(は) く。
「これが…… 俺(おれ) の、 生(い) き 方(かた) だ……!」
視界(しかい) が 赤黒(あかぐろ) く 染(そ) まる。 俺(おれ) は 叫(さけ) んだ。
「お 前(まえ) だって…… 分(わ) かるだろ? 本気(ほんき) だ」
アルスは 黙(だま) って 見(み) つめ、 瞳(ひとみ) に 敬意(けいい) 。
「…… 馬鹿(ばか) な 奴(やつ) だ」
再(ふたた) び 構(かま) える。
俺(おれ) も 震(ふる) える 手(て) で 剣(けん) を 引(ひ) き 抜(ぬ) く。 痛(いた) みが 波(なみ) のよう 襲(おそ) うが、 倒(たお) れない。
ミユウの 泣(な) き 声(ごえ) 。 名(な) を 呼(よ) ぶたび 棘(とげ) が 刺(さ) さるが、 力(ちから) が 湧(わ) く。
―― 守(まも) りたい。
アルスの 剣(けん) が 脇腹(わきばら) を 掠(かす) め、 血(ち) が 噴(ふ) く。
俺(おれ) は 踏(ふ) み 込(こ) み、 渾身(こんしん) の 斬撃(ざんげき) を 下(お) ろす。 心臓(しんぞう) が 悲鳴(ひめい) を 上(あ) げ、 黒(くろ) い 炎(ほのお) が 駆(か) け 巡(めぐ) る。
ガキンッ!
大剣(たいけん) が 弾(はじ) き 飛(と) ばされる。
アルスの 体(からだ) が 傾(かたむ) き、 俺(おれ) の 剣先(けんさき) が 喉元(のどもと) に 触(ふ) れる。
「…… 終(お) わりだ」
アルスは 目(め) を 閉(と) じ、 両手(りょうて) を 上(あ) げる。
降参(こうさん) 。
俺(おれ) は 剣(けん) を 落(お) とし、 膝(ひざ) をつく。 肩(かた) で 息(いき) をしながら 胸(むね) を 押(お) さえる。 棘(とげ) はまだ 蠢(うごめ) くが、 波(なみ) は 過(す) ぎた。
「 龍夜(りゅうや) くん……」
ミユウが 駆(か) け 寄(よ) り、 薬瓶(くすりびん) を 握(に) る。
「 飲(の) んで……!」
俺(おれ) は 首(くび) を 振(ふ) る。
「これは…… 俺(おれ) の、 戦(たたか) いだ」
ミユウは 傍(そば) らに 膝(ひざ) をつき、 肩(かた) に 手(て) を 置(お) く。 震(ふる) える 指(ゆび) が 血(ち) を 優(やさ) しく 撫(な) でる。
母(はは) が 歩(ある) み 寄(よ) り、 頭(あたま) を 撫(な) でる。 目(め) に 涙(なみだ) 。
妹(いもうと) がミユウの 手(て) を 握(に) る。
父(ちち) は 長(なが) く 見(み) つめ、 口(くち) を 開(ひら) く。
「……お 前(まえ) は 俺(おれ) の 息子(むすこ) だ。ただのガキでもあった」
「…… 今日(きょう) 、それを 越(こ) えた。 命(いのち) を 賭(か) けて 信念(しんねん) を 貫(つらぬ) いた」
「…… 認(みと) めよう。ミユウとの 縁(えん) を」
ミユウが 息(いき) を 呑(の) む。 俺(おれ) の 胸(むね) が 熱(あつ) くなる。
「……だが 次(つぎ) に 呪(のろ) いが 暴(あば) れたら、 薬(くすり) を 飲(の) め」
「…… 分(わ) かったよ、 父(とう) さん」
父(ちち) は 背(せ) を 向(む) ける。
アルスが 剣(けん) を 拾(ひろ) い、 歩(ある) み 寄(よ) る。
「……いい 試合(しあい) だった。またやろう」
去(さ) っていく。
俺(おれ) はミユウの 手(て) を 握(に) る。 冷(つめ) たい 指(ゆび) が 強(つよ) く 握(にぎ) り 返(かえ) す。
「……ありがとう、 龍夜(りゅうや) くん」
俺(おれ) は 笑(わら) う。
「 当(あ) たり 前(まえ) だろ。 絶対(ぜったい) に 守(まも) る」
陽光(ようこう) が 差(さ) し 込(こ) む。 影(かげ) が 長(なが) く 伸(の) びる。
心臓(しんぞう) に 黒(くろ) い 棘(とげ) は 残(のこ) る。いつ 牙(きば) を 剥(む) くか 分(わ) からない。
けれど 迷(まよ) わない。
この 道(みち) を、ミユウと 歩(ある) く。
どんな 呪(のろ) いも、 痛(いた) みも。
彼女(かのじょ) だけは、 守(まも) り 抜(ぬ) く。