軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第93話 父の反対、それでも守ると決めた日

神殿の庭は、 朝靄(あさもや) に包まれていた。

白い 石畳(いしだたみ) の上には 夜露(よつゆ) が残り、差し込む朝の光を受けて静かにきらめいている。庭に植えられた祝福の花々は、淡い色の花弁を揺らしながら甘い香りを漂わせていた。

神殿の中は、朝早いにもかかわらず静かな活気に満ちている。

神官たちが忙しく行き来し、祭壇の準備を進めていた。純白の布を広げ、花を整え、 祝詞(のりと) の巻物を慎重に確認する。磨き上げられた銀の 燭台(しょくだい) には新しい 蝋燭(ろうそく) が並び、神聖な儀式の準備が整えられていく。

その様子を、俺は石のベンチに座って眺めていた。

隣にはミユウがいる。

黄金の髪が朝の光を受けて柔らかく輝き、風が吹くたびにさらりと揺れる。その横顔には、わずかな緊張が浮かんでいた。

俺はそっと彼女の手を取る。

指先が、少し冷たい。

「龍夜くん……」

ミユウが小さく呼んだ。

「ご両親に……会わせてくれるって言ったよね」

「ああ」

俺は頷いた。

結婚式の準備は、もうほとんど整っている。

神殿の庭には祝福の花が飾られ、祭壇には純白の布が掛けられている。ミユウのドレスも神官たちが丁寧に仕立ててくれていた。胸元の 刺繍(ししゅう) は繊細で、 最高天使(イリゼ) である彼女にふさわしい神聖な装いだ。

すべては順調だった。

まるでこの世界そのものが、俺たちの結婚を祝福しているみたいに。

それでも――。

胸の奥に沈んでいる重い影だけは消えない。

「わたし……ちゃんと認めてもらいたいの」

ミユウは言った。

「龍夜くんの家族に」

その瞳は、まっすぐだった。

「だって……これからずっと一緒に生きていくんだもん」

胸の奥が、じんわりと熱くなる。

「……わかった」

俺は神殿の天井を見上げた。

そこには星座の 紋様(もんよう) が描かれている。淡い光がその線をなぞり、静かに輝いていた。

まるで俺たちを見守っているみたいだった。

そして――翌朝。

神殿の大広間。

神官たちが円を描くように並び、低い声で詠唱を始めた。

床に刻まれた召喚陣が青白く光り、空気が震える。

燭台の炎が揺れる。

空間が歪む。

そして――光が弾けた。

召喚陣の中心に、人影が現れる。

「え、ここどこ!? マジで!?」

聞き慣れた声だった。

妹の葵だ。

制服姿のまま、呆然と神殿を見回している。

「龍夜……?」

低い声が続く。

兄貴――健一だった。

母さんは両手で口を押さえ、涙を浮かべている。

そして父さんが、一歩前に出た。

「……龍夜か」

「ああ」

俺は頷いた。

「俺だ」

葵が一瞬固まり、次の瞬間、駆けてきた。

「にいちゃん!!」

思い切り抱きつかれる。

「生きてた……! ずっと探してたんだから!」

懐かしい匂いがした。

胸の奥が締め付けられる。

「……悪い」

その時、ミユウが俺の袖を引いた。

俺は家族を見回した。

「紹介する」

「彼女がミユウ。俺の婚約者だ」

ミユウが前に出て深く頭を下げた。

「はじめまして。ミユウと申します」

静かな声だった。

「龍夜くんと共に生きたいと思っています」

母さんが息を呑む。

父さんがゆっくり近づいてきた。

「お前……今、何歳だ」

「……十六」

「そうだろうな」

父さんは言った。

「お前はまだ子供だ」

広間が静まり返る。

「家族を養ったこともない。

誰かの人生を背負ったこともない」

父さんの声は低かった。

「そんな男が結婚するだと?」

そして言った。

「人を守るってのはな、言葉で言うほど簡単じゃない」

胸が痛む。

それでも。

俺は父さんを見た。

「……分かってる」

「いいや分かってない」

父さんは言った。

「守るっていうのはな」

静かに言う。

「自分の人生を全部差し出す覚悟だ」

広間の空気が重くなる。

俺は拳を握った。

そして言った。

「父さん」

胸の奥から言葉が出る。

「俺は勇者じゃない」

広間が静まり返る。

「世界を救うつもりなんてない」

ミユウを見る。

涙を浮かべている。

それでも笑おうとしている。

その姿を見て――俺は決めた。

「でも」

ゆっくり言う。

「この人を守る人生なら」

息を吸う。

「俺は全部背負う」

父さんを見る。

「父さんが認めなくても」

そして言った。

「俺はミユウを守る」

静かに続ける。

「それが俺の人生だからだ」

風が吹いた。

神殿の扉が揺れる。

花びらが舞う。

ミユウの瞳から涙がこぼれた。

「龍夜くん……」

俺は彼女の頭を撫でた。

「待ってろ」

小さく言う。

「絶対迎えに行く」

どんなに時間がかかっても。

どんなに遠くても。

俺はもう迷わない。

この人を守る。

それが――

俺が選んだ人生だ。