軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第89話 お前がいなくなった世界で

大地(だいち) が、まるで息を吹き返したように 輝(かがや) いていた。

空(そら) から 降(ふ) り 注(そそ) ぐ 光(ひかり) は、ただの 陽光(ようこう) なんかじゃなかった。

人々(ひとびと)の 祈(いの) り、 笑顔(えがお) 、 涙(なみだ) が 溶(と) け 合(あ) った、 純粋(じゅんすい) な 愛(あい) の 波動(はどう) そのもの。

地球(ちきゅう) 全体(ぜんたい) を 柔(やわ) らかく 包(つつ) み、 草木(そうもく) がざわめき、 風(かぜ) が 甘(あま) く 熟(じゅく) した 果実(かじつ) のような 香(かお) りを 運(はこ) んでくる。

この 瞬間(しゅんかん) 、 俺(おれ) の 胸(むね) の 奥(おく) で 何(なに) かが 溶(と) けていく。

心(こころ) の 底(そこ) に 沈(しず) んでいた 重(おも) い 鉛(なまり) が、少しずつ 洗(あら) い 流(なが) されていく。

魔王(まおう) の 黒(くろ) いオーラが 霧(きり) のように 薄(うす) れていくのを、 肌(はだ) で、 魂(たましい) で 感(かん) じ 取(と) っていた。

「あの忌々(いまいま)しい…… 光(ひかり) が……!」

魔王(まおう) が 初(はじ) めて弱々(よわよわ)しい 咆哮(ほうこう) を 上(あ) げた。

俺(おれ) は 静(しず) かに 息(いき) を 吐(は) き、 唇(くちびる) の 端(はし) をわずかに 上(あ) げた。

ここまで 来(き) たんだ。

愛(あい) の 波動(はどう) が 世界(せかい) を 満(みた) す 今(いま) 、 俺(おれ) の 体(からだ) は 震(ふる) えていた。

喜(よろこ) びか、 恐怖(きょうふ) か、あるいはその 両方(りょうほう) か。 魔王(まおう) の 力(ちから) が 削(そ) がれていく 様(さま) をただ 見(み) ているだけで、 熱(あつ) いものがこみ 上(あ) げてくる。

この 地球(ちきゅう) がこんなにも 眩(まぶ) しく 輝(かがや) いているのを 目(め) の 当(あ) たりにして、ようやく 分(わ) かった。 愛(あい) は、確かに 武器(ぶき) になる。

魔王(まおう) の 赤(あか) い 目(め) が 苦痛(くつう) に 歪(ゆが) むのを 眺(なが) めながら、 胸(むね) の 奥(おく) に 温(あたた) かな 波(なみ) が 広(ひろ) がった。

すぐそばにミユウがいる。 今(いま) 、この 瞬間(しゅんかん) 、 彼女(かのじょ) の 祈(いの) りがこの 光(ひかり) に確かに 混(ま) じっている。

俺(おれ) は 拳(こぶし) を 握(にぎ) りしめ、 静(しず) かに 誓(ちか) った。

後悔(こうかい) はない。すべてを 賭(か) けて、この 戦(たたか) いを 終(お) わらせる。

【 】

俺(おれ) は 全能力(ぜんのうりょく) を 解放(かいほう) した。もう 抑(おさ) える 必要(ひつよう) など、どこにもない。

心臓(しんぞう) が 激(はげ) しく 鳴(な) り、 血管(けっかん) が 灼熱(しゃくねつ) の 炎(ほのお) のように 熱(あつ) を 帯(お) びる。

全身(ぜんしん) が 引(ひ) き 裂(さ) かれるような 痛(いた) みが 走(はし) るが、 今(いま) はその 痛(いた) みさえ 歓迎(かんげい) した。

右手(みぎて) を 天(てん) に 突(つ) き 上(あ) げ、 俺(おれ) は 叫(さけ) んだ。

「アストラルフレイム…… 全開(ぜんかい) !」

青白(あおじろ) い 炎(ほのお) が 掌(てのひら) から 爆発的(ばくはつてき) に 広(ひろ) がり、 全身(ぜんしん) を 包(つつ) み 込(こ) んだ。

それはただの 火(ひ) じゃない。 俺(おれ) の 命(いのち) そのものを 燃料(ねんりょう) にした、 魂(たましい) の 叫(さけ) びだった。

もう 物理的(ぶつりてき) な 拳(こぶし) など 意味(いみ) をなさない。

俺(おれ) は 魔王(まおう) の 黒煙(こくえん) に 向(む) かって 一直線(いっちょくせん) に 突(つ) き 進(すす) んだ。

炎(ほのお) と 黒煙(こくえん) が 激突(げきとつ) した 瞬間(しゅんかん) 、 世界(せかい) が 震(ふる) えた。

黒(くろ) い 霧(きり) が 皮膚(ひふ) を 切(き) り 裂(さ) き、 熱(あつ) い 血(ち) が 飛(と) び 散(ち) る。 炎(ほのお) が 霧(きり) を 焼(や) き 払(はら) うたび、 耳(みみ) をつんざく 金属音(きんぞくおん) のような 轟音(ごうおん) が 響(ひび) く。

痛(いた) い。

肺(はい) が 焼(や) けるように 熱(あつ) く、 視界(しかい) がチカチカと 明滅(めいめつ) する。

時折(ときおり) 、 発作(ほっさ) が 襲(おそ) う。 体(からだ) が 硬直(こうちょく) し、 膝(ひざ) が 崩(くず) れ 落(お) ちそうになる。

――まだだ。まだ、 終(お) わらない!

魔王(まおう) の 嘲笑(ちょうしょう) が 響(ひび) く。

「 人間(にんげん) ごときが……!」

歯(は) を 食(く) いしばり、 炎(ほのお) をさらに 濃(こ) くした。

黒煙(こくえん) の 中心(ちゅうしん) へ、 一歩(いっぽ) 、また 一歩(いっぽ) 。

足(あし) が 重(おも) い。 体(からだ) が 悲鳴(ひめい) を 上(あ) げる。

それでも 心(こころ) は 軽(かる) かった。

ミユウの 笑顔(えがお) が、 今(いま) この 胸(むね) に確かに 在(あ) るから。

彼女(かのじょ) がいるだけで、 痛(いた) みが少しだけ 遠(とお) ざかる。

【 】

そのとき、 後(うし) ろから 声(こえ) が 響(ひび) いた。

「 龍夜(りゅうや) くん……! 私(わたし) も…… 行(い) くわよ!」

ミユウだった。

心臓(しんぞう) が 大(おお) きく 跳(は) ねた。

彼女(かのじょ) の 体(からだ) が 金色(きんいろ) の 光(ひかり) に 包(つつ) まれていくのを 見(み) て、 胸(むね) が 焼(や) けるように 熱(あつ) くなった。

最高天使(イリゼ) の 能力(のうりょく) をすべて 解放(かいほう) した 瞬間(しゅんかん) 、 翼(つばさ) が 天空(てんくう) を 裂(さ) き、 黄金(おうごん) の 輝(かがや) きが 世界(せかい) を 染(そ) め 上(あ) げる。

あの 優(やさ) しい 瞳(ひとみ) が、 今(いま) は 燃(も) えるような 決意(けつい) に 満(み) ちていた。

「 貫(つらぬ) け―― 天柱(てんちゅう) の 矢(や) ! アストロアロー!」

巨大(きょだい) な 光(ひかり) の 柱(はしら) が 彼女(かのじょ) の 両手(りょうて) から 生(う) まれ、 矢(や) となって 一直線(いっちょくせん) に 飛(と) んだ。

天(てん) そのものが 落(お) ちてくるような、 圧倒的(あっとうてき) な 聖(せい) なる 力(ちから) 。

俺(おれ) の 炎(ほのお) と、ミユウの 天柱(てんちゅう) の矢(アストロ•アロー)が、 同(おな) じに 魔王(まおう) の 黒煙(こくえん) に 突(つ) き 刺(さ) さった 瞬間(しゅんかん) 、 二(ふた) つの 力(ちから) が 恋人(こいびと) 同士(どうし) のように 絡(から) み 合(あ) い、 一(ひと) つになった。

炎(ほのお) と 光(ひかり) が 融合(ゆうごう) する 感覚(かんかく) が、 魂(たましい) を 震(ふる) わせた。

――これが、 俺(おれ) たちの 力(ちから) だ。

ミユウ、ありがとう。お 前(まえ) がいるれば、 俺(おれ) はこんなにも 強(つよ) く 輝(かがや) ける。

魔王(まおう) の 核(かく) ―― 黒(くろ) い 心臓(しんぞう) の 中心(ちゅうしん) を、 容赦(ようしゃ) なく 貫(つらぬ) く。

「ぐあああああっ!! この…… 人間(にんげん) ごときが……!!」

絶叫(ぜっきょう) が 地球(ちきゅう) 全体(ぜんたい) に 響(ひび) き 渡(わた) った。

核(コア) にひびが 入(はい) り、 砕(くだ) け 始(はじ) めた。

胸(むね) に 達成感(たっせいかん) と、 深(ふか) い 愛情(あいじょう) が 同時(どうじ) に 広(ひろ) がる。

ミユウの 光(ひかり) が 俺(おれ) の 炎(ほのお) を 倍増(ばいぞう) させ、 俺(おれ) の 闇(やみ) を 照(て) らした。

この 戦(たたか) いの 最中(さいちゅう) でも、 心(こころ) は 彼女(かのじょ) に 向(む) かっていた。

もし 俺(おれ) が 死(し) んでも、 彼女(かのじょ) が 生(い) きてくれればいい

――その 想(おも) いが、 俺(おれ) の 力(ちから) の 源(みなもと) だった。

【 】

その 瞬間(しゅんかん) 、ミユウの 体(からだ) がふらりと 傾(かたむ) いた。

すべての 力(ちから) を 出(だ) し 尽(つ) くしたのだ。

ほとんどの 翼(つばさ) がもがれ、 膝(ひざ) をつく 姿(すがた) を 見(み) て、 心(こころ) が 引(ひ) き 裂(さ) かれた。

「ミユウ!!」

叫(さけ) びながら 駆(か) け 寄(よ) り、 彼女(かのじょ) を 抱(だ) き 止(と) めた。

左手(ひだりて) の 薬指(くすりゆび) に 嵌(は) められていた 指輪(ゆびわ) は粉々(こなごな)に 砕(くだ) け、 黄金(おうごん) の 髪(かみ) は 銀髪(ぎんぱつ) に 戻(もど) り、 俺(おれ) と同じだった 背丈(せたけ) は 元(もと) の 小(ちい) さな 少女(しょうじょ) のものに 戻(もど) っている。

顔(かお) は 真(ま) っ 白(しろ) で、 胸(むね) が 上下(じょうげ) していない。

―― 死(し) んだのか?

「うそ……だろ……そんな!」

掠(かす) れた 声(こえ) が、 喉(のど) から 零(こぼ) れ 落(お) ちた。

魔王(まおう) が 滅(ほろ) びる 最(さい) 後の 咆哮(ほうこう) が 響(ひび) き、 世界(せかい) は確かに 静(しず) かになった。

風(かぜ) は 止(や) み、 光(ひかり) は 柔(やわ) らかく、すべてが 平和(へいわ) に 包(つつ) まれている。

なのに。

俺(おれ) の 手(て) のひらに 残(のこ) る、 彼女(かのじょ) の 小(ちい) さな 体(からだ) の 冷(つめ) たさだけが、 残酷(ざんこく) に 現実(げんじつ) を 突(つ) きつけてくる。

指先(ゆびさき) で 感(かん) じていたはずの、 微(かす) かな 鼓動(こどう) 。

耳元(みみもと) で 聞(き) こえていたはずの、 細(ほそ) い 息遣(いきづか) い。

頬(ほお) に 触(ふ) れていたはずの、 温(あたた) かな 吐息(といき) 。

全部(ぜんぶ) 、なくなった。

ただ、 銀色(ぎんいろ) の 髪(かみ) が 俺(おれ) の 腕(うで) の 中(なか) で 静(しず) かに 揺(ゆ) れているだけ。

世界(せかい) は 救(すく) われた。

祈(いの) りが 届(とど) いた。

愛(あい) は 勝(か) った。

なのに、 俺(おれ) の 胸(むね) の 真(ま) ん 中(なか) にぽっかりと 空(あ) いた 穴(あな) は、 永遠(えいえん) に 塞(ふさ) がらない。

この 小(ちい) さな 体(からだ) を 抱(だ) きしめたまま、 俺(おれ) は 動(うご) けなかった。

涙(なみだ) が、 頬(ほお) を 伝(つた) って 彼女(かのじょ) の 銀髪(ぎんぱつ) に 落(お) ちる。

それさえも、もう 彼女(かのじょ) には 届(とど) かない。

――ミユウ。

お 前(まえ) がいなくなった 世界(せかい) で、 俺(おれ) はどうやって 生(い) きていけばいいんだ?

静寂(せいじゃく) の 中(なか) で、ただその 問(と) いだけが、 胸(むね) の 奥(おく) で 永遠(えいえん) に 響(ひび) き 続(つづ) ける。