作品タイトル不明
第87話 この子たちだけは、失いたくない
俺の体が、巨大な 鉄槌(てっつい) で叩き潰されたみたいに地面へ叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
胸の中心で黒い 棘(とげ) が心臓を 抉(えぐ) る。魔王の最後の呪い「心臓病」は、 怨念(おんねん) そのものが凝固した毒だ。
一拍ごとに鼓動が遅れ、次の瞬間には狂ったように暴れ出す。
血が逆流して焼ける熱さと、骨まで凍る冷気が交互に襲い、肺が縮こまって息が吸えない。
吐く息は白く濁り、視界が急速に狭まる。
指が 痙攣(けいれん) して剣の柄から滑り落ちそうになる。
両手で地面を掴んだ瞬間、冷たい土が 掌(てのひら) に食い込み、死がすぐそこまで迫っている実感が全身を貫いた。
もう、時間がない。
「龍夜くん!」
ミユウの叫びが、遠くから響く。羽根はほとんど引きちぎられ、血まみれの体でなお俺の前に立ち 塞(ふさ) がろうとする。
「下がれ、ミユウ……!」
「でもっ……」
「おれは……もう一人じゃねえ……この子たちの未来を……絶対に……!」
世界なんか救う気はなかった。
でも、この子たちだけは——絶対に失いたくない。
ミユウが傷だらけの腕で俺を抱き締める。
その温もりが、凍りついた心臓にわずかな火を灯す。だが次の瞬間、また黒い 棘(とげ) が深く突き刺さり、歯を食いしばっても血の味が喉を焼く。
視界がチカチカする。意識が遠のきかける。
「……ミユウ……」
かすれた声で名前を呼ぶ。膝を地面から引き 剥(は) がす。体が震え、立っていること自体が奇跡だ。それでも——
俺は立ち上がった。
「まだ……終わってねえ……!」
その 刹那(せつな) ——
脳の奥で、何かが爆ぜた。
アストラルフレイムを天に突き上げ、喉が裂けそうな叫びを絞り出す。
「今だ! 俺の能力——全解放!! 魔王! 今度こそ……お前を殺す!!」
第一段階解放。
頭蓋(ずがい) の内側で神経が青白く燃え上がり、封じていた領域が無理やり引き裂かれる。
時間がわずかに引き伸ばされ、世界がスローモーションになる。魔王の足音が、半分の速度で鼓膜を叩く。
まだ足りない。
まだ、届かない。
「ミユウ、援護を……!」
「分かったわ……!」
ミユウの手から金色の粒子が溢れ、瞬時に巨大な光の矢を形成する。
これまでで最大、最も鋭い一本。空気が震え、矢の周囲で空間が歪む。
「星天剣!」
「貫け—— 天柱(てんちゅう) の 矢(アストロ・アロー) !!」
金色の光が空を裂き、 轟音(ごうおん) とともに魔王へ突き刺さる。
矢尻は小型の太陽のように白熱し、周囲の闇を焼き払いながら一直線に進む。
だが——魔王の巨大な 掌(てのひら) が、それを軽々と叩き落とした。
衝撃波が俺たちを襲い、地面が 抉(えぐ) れる。
「まだよ……! 天柱(てんちゅう) の——」
「ミユウ! もうやめろ! こいつは……俺が倒す……!」
「——解放!!」
頭蓋(ずがい) 内で青い雷が連続して 炸裂(さくれつ) した。脳の全領域が同時に覚醒し、光の神経網が全身を駆け巡る。
視界が突然、結晶のようにクリアになる。
時間が、完全に引き伸ばされた。一秒が十秒、二十秒に感じられる。魔王の指一本の動きさえ、残酷なほどゆっくり見える。
瞳が純粋な 蒼(あお) に染まり、空気が歪んで 唸(うな) る。地面の小石が浮き上がり、髪が逆立つ。
体中から青いエネルギーが爆発的に噴出し、俺自身が青い炎の槍と化したかのように周囲を焼き尽くす光を放つ。
「これが……俺の全力だ……!」
アストラルフレイムを握り潰す勢いで掴み、地面を蹴る。
青い流星が虚空を切り裂き、一瞬で魔王の懐へ突き刺さる。剣が青い光を 纏(まと) い、振り下ろされる。
黒い防壁に激突——火花と光の爆発が 炸裂(さくれつ) し、空気が悲鳴を上げる。
「ククク……面白いぞ、人間よ」
魔王の口が裂け、黒い煙が爆発的に噴き出す。
「絶望の霧」——生き物のように 蠢(うごめ) く何十本もの触手が、俺の青い光を絡め取り、 貪(むさぼ) り食おうとする。触れた瞬間、皮膚が焼け、神経が腐り、脳内に直接「死ね」「無意味だ」「諦めろ」という声が無限に響く。
左腕に触手が巻き付き、冷たい腐食が骨まで達する。痛みで視界が白く飛ぶ。
(……くそ……負けるか……!)
その時——
「龍夜くん! わたしを信じて!! 今、 最高天使(イリゼ) の力——全解放する!! タイミング合わせて……魔王の 核(コア) を、撃ち抜くのよ!!」
ミユウの背から純白の翼が爆発的に広がる。全身が金色の粒子に飲み込まれ、両手を天に掲げると——空が一瞬、真っ白に染まる。
巨大な光の柱が天から落ち、彼女の 掌(てのひら) に収束する。
もはや矢ではない。
天そのものが凝縮した、純粋な破壊の槍。
「星天剣・極!」
「貫け—— 天柱(てんちゅう) の 矢(アストロ・アロー) !!!」
光の槍が放たれる瞬間、周囲の音が消える。
世界が、息を止める。
魔王の黒煙が全力で押し返そうとする。だが俺は、もう笑っていた。
「魔王……お前はもう、俺たちの敵じゃねえ」
ミユウが、血を吐きそうな声で叫ぶ。
「龍夜くん、今よ!! 私、ずっと……ここにいるから!!」
アストラルフレイムの青い炎が、これまでで最も激しく燃え上がる。
黒煙の壁が——
ゆっくりと、
だが確実に、
押し返されていく。
もう、後がない。