作品タイトル不明
第80話 終わらない闇
虚空(こくう) の 王城(おうじょう) は、まるで星々(ほしぼし)の 残骸(ざんがい) を無理やり積み上げて造られたかのような、 歪(いびつ) な 漆黒(しっこく) の 塔(とう) だった。
城(しろ) の 中心(ちゅうしん) を 貫(つらぬ) く 螺旋階段(らせんかいだん) は、 底(そこ) も 頂(いただき) も見えない 闇(やみ) の中で延々(えんえん)と 渦(うず) を巻いている。
段(だん) 一つ一つは 黒曜石(こくようせき) のように 滑(なめ) らかな黒い石で削り出されており、足を置くたび、 淡(あわ) い 紫(むらさき) の 光(ひかり) が静かな 水面(すいめん) のように広がった。
その光はまるで、この城そのものが生きているかのようだった。
俺は 胸(むね) を押さえながら、一段、また一段と足を持ち上げた。
「くっ……」
喉(のど) の奥から、押し殺した 呻(うめ) き声が漏れる。
心臓(しんぞう) が痛む。
ただの痛みじゃない。
まるで 巨大(きょだい) な手に 握(にぎ) りつぶされているような 圧迫(あっぱく) 。
鼓動(こどう) が跳ねるたび、胸の 奥(おく) で 鈍(にぶ) い 衝撃(しょうげき) が 爆(は) ぜる。
視界(しかい) が揺れた。
俺は 堪(た) えきれず、 階段(かいだん) の 壁(かべ) に 背中(せなか) を 預(あず) けた。
「ごめん……ちょっと休む……」
声(こえ) は自分でも 驚(おどろ) くほど 弱(よわ) かった。
その 瞬間(しゅんかん) 、ミユウが 駆(か) け寄る。
「 龍夜(りゅうや) くん! 」
彼女は 慌(あわ) てて俺の体を抱き 支(ささ) えた。
指先(ゆびさき) が 触(ふ) れた瞬間、ミユウの 顔色(かおいろ) が変わる。
「すごい 汗(あせ) ……。この 症状(しょうじょう) 、 普通(ふつう) じゃないわ」
俺の 額(ひたい) からは、 滝(たき) のように汗が流れていた。 呼吸(こきゅう) は 浅(あさ) く 速(はや) い。 胸(むね) の奥で 暴(あば) れる心臓が、 耳(みみ) の奥まで響いている。
ミユウは 階段(かいだん) に座り込み、俺の体を優しく抱き寄せた。
その瞬間。
彼女の体から、静かに光があふれ始めた。
セーラー服が、光の 粒(つぶ) となって消える。
代わりに、真っ白なドレスが彼女の 身体(からだ) を包んだ。
銀髪(ぎんぱつ) のツインテールはゆっくりと色を変え、 夜明(よあ) けの 太陽(たいよう) のような 黄金(おうごん) の 髪(かみ) へと 輝(かがや) く。
背中(せなか) から広がるのは 巨大(きょだい) な 金色(きんいろ) の 翼(つばさ) 。
身長(しんちょう) も伸び、俺とほとんど同じ高さになっていた。
空気(くうき) が変わる。
神聖(しんせい) な光が、 暗黒(あんこく) の螺旋階段を静かに押し返した。
「わたしは 最高天使(イリゼ) ミユウ•ネフェルト」
彼女の声は、 澄(す) みきった 鐘(かね) の音のように響いた。
「愛する人を守り、 幸(しあわ) せにすること。それが、わたしの仕事」
ミユウは俺をそっと抱きしめる。
黄金(おうごん) の光が、俺の体を包み込んだ。
その光は 暖(あたた) かかった。
ただ温かいだけじゃない。
胸(むね) の奥で暴れていた 心臓(しんぞう) が、ゆっくりと落ち着いていく。
痛みが、静かに遠ざかる。
「ミユウ……」
俺は彼女の肩に額を 預(あず) けた。
「お前がいてくれて……良かった」
心(こころ) の底から出た言葉だった。
ミユウは優しく 微笑(ほほえ) む。
俺は体を起こし、再び階段を見上げた。
闇(やみ) の中で 螺旋(らせん) はまだ続いている。
どこまでも。
果てしなく。
俺は 拳(こぶし) を握り、再び走り出した。
一段。
また一段。
だが、その瞬間。
背後(はいご) から 甲高(かんだか) い笑い声が響いた。
「キヒヒヒ! 人間(にんげん) の 匂(にお) いだ!」
振り向いた瞬間、闇の中に 無数(むすう) の赤い 目(め) が浮かんだ。
小型悪魔(こがたあくま) 。
体長(たいちょう) は三十センチほど。 蝙蝠(こうもり) のような黒い翼をばたつかせ、 歪(ゆが) んだ口から 鋭(するど) い 牙(きば) を 覗(のぞ) かせている。
数は十。
いや二十。
螺旋階段の 壁(かべ) に張り付き、こちらを 囲(かこ) むように 旋回(せんかい) していた。
「くそっ……!」
俺は手を振り上げた。
衝撃波(しょうげきは) が 弾(はじ) ける。
悪魔が数匹まとめて吹き飛ぶ。
だが次の瞬間、 胸(むね) の奥が 激(はげ) しく 締(し) めつけられた。
「ぐっ……!」
心臓(しんぞう) が暴れる。
視界(しかい) が白く弾けた。
魔力(まりょく) を使うたび、痛みが跳ね上がる。
それでも止まれない。
一匹の悪魔が顔めがけて 突進(とっしん) してきた。
俺は 剣(けん) を振り 抜(ぬ) く。
アストラルフレイム。
青白(あおじろ) い 炎(ほのお) が 刃(やいば) を包み、悪魔の翼を焼き裂いた。
黒い血が 宙(ちゅう) に散る。
しかし次の瞬間、別の悪魔が 肩(かた) に 爪(つめ) を突き立てた。
「がっ!」
焼けるような痛み。
俺は 肘(ひじ) を振り回し、 柄(つか) でその頭を叩き潰した。
骨(ほね) が 砕(くだ) ける 感触(かんしょく) 。
悪魔は 悲鳴(ひめい) を上げながら階段の闇へ落ちていった。
だが、数は減らない。
赤い目が次々と迫る。
「心臓の音が弱いぞ人間!」
「もう死ぬのか!」
嘲笑(ちょうしょう) が 渦(うず) を巻く。
俺は 歯(は) を食いしばり、剣を構えた。
その時。
「龍夜くん! 」
ミユウが前に出た。
彼女の手の中に、光が集まる。
黄金(おうごん) の 弓(ゆみ) 。
そして、 矢(や) 。
その矢は 星(ほし) の光を 凝縮(ぎょうしゅく) したように 輝(かがや) いていた。
ミユウは静かに弓を引く。
巨大(きょだい) な 翼(つばさ) が広がる。
光が階段全体を照らした。
「 貫(つらぬ) け―― 天柱(てんちゅう) の 矢(アストロ・アロー) !!」
矢が放たれた。
黄金の 閃光(せんこう) が螺旋階段を 一直線(いっちょくせん) に 貫(つらぬ) く。
光の 軌跡(きせき) が 星屑(ほしくず) の 帯(おび) のように広がる。
次の瞬間。
無数(むすう) の悪魔が光に 呑(の) み込まれた。
爆(は) ぜる。
黒い影が一瞬で 消滅(しょうめつ) していく。
悲鳴さえ残らない。
ただ、金色の光がゆっくりと階段を満たしていた。
やがて光が消えると、そこにはもう悪魔の姿は一匹もなかった。
静寂(せいじゃく) 。
風(かぜ) だけが、 虚空(こくう) の底から吹き上がる。
ミユウは振り向き、俺に駆け寄る。
そして、そっと抱きしめた。
「大丈夫よ」
彼女は 囁(ささや) く。
「わたしがいるから」
その声には、 揺(ゆ) るぎない 確信(かくしん) があった。
俺の胸の奥で暴れていた 心臓(しんぞう) が、ゆっくりと落ち着いていく。
俺は深く息を吐いた。
「ああ」
そして階段の上を見上げる。
まだ続く。
この終わらない 螺旋(らせん) 。
魔王(まおう) の 玉座(ぎょくざ) まで。
俺は剣を握り直した。
「一緒に戦おう」
額(ひたい) の汗を 制服(せいふく) の 袖(そで) で 拭(ぬぐ) い、俺は再び一段を踏みしめた。
黒い 石段(いしだん) は、 無言(むごん) のまま俺たちを待っていた。