軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第77話 砕ける空

宝石店のショーウィンドウに映る自分の顔は、ひどく強張っていた。

ミユウを抱き寄せたまま、俺はゆっくりと顔を上げる。

ラステルの空は、ついさっきまで夕焼けに染まっていたはずなのに、いつの間にか墨を流したような黒い雲が幾重にも重なり、渦を巻いていた。

風が止み、街路樹の葉がぴたりと静まる。その静寂が、かえって不気味だった。

次の瞬間、雲の中心が裂け、七つの影がゆらりと現れた。

禍々しい気配が、肌を刺す。甘ったるい香水のような匂いと、鉄のような血の匂いが混じった異様な空気。黒く大きな翼がはためき、ゆっくりと地上へ降り立つ。

六人の悪魔族。揃いの黒いスーツに身を包み、整えられた髪、整いすぎた顔立ち。人間界で見たあの姿と寸分違わぬ外見。だが、あの完璧な笑顔はどこにもない。赤く燃える瞳が、無表情のまま俺を射抜いていた。

人間界で遭遇した人気アイドル、B-BEASTの連中。

そして、その中央に立つ男。

ラフィセル。

かつてミユウを 誘惑(テンプ) で 惑(まど) わし、 堕天使(だてんし) へと 堕(お) とした張本人。

ミユウの指が、俺の服をぎゅっと掴む。震えが、布越しに伝わってくる。

「 龍夜(りゅうや) くん……」

その小さな声に、胸が締めつけられた。

俺は急いでネクタイを外し、ミユウの目に巻く。

「これで奴の 誘惑(テンプ) は 防(ふせ) げるはずだ。俺にしっかり 捕(つか) まってろ」

ミユウは何も言わず、強く 頷(うなず) いた。

ラフィセルが、愉快そうに口角を上げる。

「へぇ。それで僕の 誘惑(テンプ) を防いだつもり?」

軽く指を鳴らす。その乾いた音が、合図だった。

六人が同時に腕を振る。

来る。

俺は 咄嗟(とっさ) にアストラルフレイムを展開する。青白い炎が身体を包み、足元の 石畳(いしだたみ) がひび割れる。

次の瞬間、六つの衝撃波が空気を引き裂いた。

轟音(ごうおん) 。

宝石店のガラスが悲鳴のような音を立て、周囲の露店が吹き飛ぶ。果物が宙を舞い、木箱が粉々に砕けた。

人々の悲鳴が一斉に上がる。

「な、何だこれは! 」

「逃げろ! 」

母親が子どもを抱き上げ、商人が荷台を押し、老人が杖を落として転ぶ。さっきまで 賑(にぎ) やかだった商店街は、瞬時に混乱の渦へと変わった。

俺は歯を食いしばり、ラステル全域に 結界(けっかい) を張る。透明な壁が何重にも広がり、街を覆う。

だが。

衝撃波が触れた瞬間、結界は音もなく砕けた。

一枚、二枚、三枚。

まるで薄い氷のように、いとも簡単に。

「く……っ! 」

額から汗が流れる。力を込めるたび、胸の奥が焼けるように痛む。

俺は 跳躍(ちょうやく) し、 星天剣(せいてんけん) を放った。 蒼(あお) い光の 刃(やいば) が夜空を裂き、六人の衝撃波と激突する。

閃光。

衝撃が腕を 痺(しび) れさせる。

星天剣(せいてんけん) は一瞬、六人の攻撃を押し返した。だが悪魔族は、まるで退屈そうに指先を動かすだけで、光の剣を 霧散(むさん) させた。

「は……ぁっ……! 」

着地した瞬間、膝が笑う。視界が揺れ、地面に片膝をついた。

こんなはずじゃない。

剣術大会で優勝した。己の力を信じられるようになった。もう迷わないと、そう思ったばかりなのに。

「ふぅん。剣術大会で優勝したって聞いたけど、まだそんな物なんだね」

ラフィセルの声は柔らかい。だがその一言が、胸を深く 抉(えぐ) った。

悔しさが込み上げる。

同時に、腹の底で何かが燃え上がった。

負けるわけにはいかない。

「 魔界(まかい) では僕のパパ、 魔王(まおう) が 復活(ふっかつ) した。以前君が倒した者より、ずっと強く、不気味だ」

赤い瞳が、細くなる。

「君が来るのを楽しみに待っているよ」

魔王。

その言葉だけで、空気が重くなる。

「 魔界(まかい) へ来い。悪魔たちも、君と遊べるのを楽しみにしている」

遊ぶ、だと。

人間界を踏みにじり、笑いながら。

怒りで視界が赤く染まりかける。

六人の悪魔族は、興味を失ったように翼を広げる。

ラフィセルが高笑いを上げる。

黒い雲が再び渦を巻き、七つの影を呑み込んだ。

静寂。

重く垂れ込めていた雲は、嘘のように薄れていく。

取り残されたのは、崩れた露店と割れたガラス、そして 怯(おび) えた人々。

俺はゆっくりと立ち上がる。身体が重い。

「龍夜くん……」

ミユウがネクタイ越しに俺の裾を握る。

その温もりが、現実に引き戻してくれる。

俺はネクタイを外し、ミユウの手を握った。

「大丈夫だ」

言葉に力を込める。

「俺はもう、誰にも負けない」

そう言い切ったものの、胸の奥には 焦(あせ) りが渦巻いていた。

あの力の差。 結界(けっかい) が易々(やすやす)と破られた現実。 魔王復活(ふっかつ) という事実。

時間がない。

このままでは、守れない。

夜。

一人、 人気(ひとけ) の消えた通りに立つ。黒雲の残像が、まだ脳裏に焼き付いている。

拳を握り、ゆっくりと構える。

アストラルフレイムを 纏(まと) いながら、今日の衝撃を思い返す。

力の流れ。 結界(けっかい) が砕けた瞬間の圧力。六人の呼吸。ラフィセルの余裕。

焦るな。

だが、立ち止まるな。

胸の奥で、恐怖と悔しさがせめぎ合う。それでも、その上に決意を重ねる。

ミユウの震える指先を、思い出す。

守る。

何があっても。

俺はゆっくりと目を開け、夜空を見上げた。

たとえ 魔界(まかい) に踏み込むことになろうと。

どれほど強大な 魔王(まおう) が待ち構えていようと。

もう、逃げない。

守ると決めたからだ。

この手で。