軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第7話 侮辱に応える声

俺はミユウと並んで、王都アストリアの中央広場を歩いていた。

石畳の道は朝の陽光を浴びて白く輝き、周囲では商人たちが露店を広げ、果物やパン、色とりどりの布地を並べている。

空気には甘い菓子の匂いと、どこからか漂う花の香りが混じっていた。

異世界に来てからもう一週間。最初はすべてが新鮮で目が回るほどだったが、今では少しずつこの風景にも慣れてきた。

それでも、心のどこかで違和感が残る。俺はただの高校一年生、瀬野龍夜だ。スローライフを夢見てこの世界に転生……いや、召喚されたはずだったのに、現実はまるで違う。

毎日「救世主様、救世主様」と呼ばれ、神殿でミユウの神癒の力を引き出すための練習に付き合わされ、へとへとだ。

戦いの準備だと言われても、正直ピンと来ない。悪魔族だの、天界だの、そんな大層な話に自分が絡むなんて、まだ実感が湧かない。

「龍夜くん! あっちでお菓子売ってるよー! 一緒に食べよー!」

ミユウが俺の右手を両手でぎゅっと掴んで引っ張る。

小柄な体でぴょんぴょん跳ねながら歩く姿は、見ているだけで疲れが吹き飛ぶほど可愛い。

見た目は本当に陽キャの女子高生みたいで、大きな瞳にふわふわの銀髪、天真爛漫な笑顔。話し方もいつもこんな調子で、伸ばす音が特徴的だ。

でも、その小さな体に宿る神癒の力は本物で、俺は何度もその奇跡を目の当たりにしてきた。

最近、なんだか妙な気持ちになる。この子がそばにいるのが当たり前になってきている自分が、少し怖い。

最初はただの案内役みたいな存在だったのに、いつの間にか俺の日常の中心にいる。

笑顔を見ると胸が温かくなるし、ちょっと離れると落ち着かない。……これって、依存? いや、まさか。まだ一週間だぞ。

広場は人で賑わっていた。天使族の人々は皆、美しい。

翼の大きさや色で階級がわかるらしいが、俺にはまだ区別がつかない。ただ、みんなが俺たちを見ると会釈したり、微笑んだりする。救世主と神癒の巫女、って扱いだからだろう。ちょっと気恥ずかしい。

そんな穏やかな時間が、突然破られた。

空が一瞬、眩いほど白く閃いた。まるで雷が落ちたような光。

次の瞬間、広場の中央に純白の翼を広げた人物が降り立った。

長い銀髪が風になびき、冷たく輝く紫の瞳。鋭く整った顔立ちは、まるで彫刻のようだ。翼は他の天使たちよりも大きく、威厳に満ちている。周囲の人々が息を飲み、一斉に膝をつく。俺も思わず立ち止まった。

「ルゥ……?」

ミユウが、ぽかんと口を開けたまま固まった。声が震えている。

その人物――大天使長ルゥは、ゆっくりと翼を畳むと、ミユウに近づいた。無言で、優しくその小さな頭を撫でる。大きな手が、金色の髪をそっと梳くように。

ミユウの顔が、ぱっと花が咲いたように明るくなった。

「ルゥ! 久しぶりー! ミユウ、ルゥに会いたかったよー!」

飛びつくように抱きつき、ルゥの胸に顔を埋める。ルゥは静かに、しかし確かに微笑んだ。

「俺もだ、ミユウ」

低く落ち着いた声。ミユウだけに向けた、柔らかい笑顔だった。

その瞬間、俺の胸の奥に、得体の知れないモヤモヤが広がった。

なんだ、これ。嫉妬? いや、そんなはずない。ルゥはミユウの幼なじみだって聞いていた。

大天使長で、ミユウを守ってきた存在だ。過去にミユウが一人で悪魔族と戦ったときも、ルゥを守るためだったって話だ。感謝すべき相手のはずなのに……なんでこんなに苛立つんだ?

俺がそんな気分で二人を眺めていると、ルゥの視線が鋭く俺を射抜いた。紫の瞳が、冷たく光る。

「お前が例の……召喚された救世主か?」

低く、氷のような声。上から見下ろす視線に、背筋がぞくりとした。

「瀬野龍夜だよ」

俺はなんとか平静を保って名乗った。だが、ルゥは鼻で笑った。

「ふん。人間のガキが我らの救世主だと? 笑わせるな」

その言葉に、俺の心臓がどくんと跳ねた。ガキ、だと? 確かに見た目は高校生だけど、こっちは異世界に召喚されて必死にやってるんだぞ。

「ルゥ、そんなこと言わないで! 龍夜くんはちゃんと——」

ミユウが慌てて俺を庇おうとする。でもルゥは片手を上げて、静かに制した。

「ミユウ、この者に甘すぎる。悪魔族との戦いが目前だというのに、こんな頼りない人間に頼るなど許さん」

頼りない……。その一言が、胸に突き刺さった。

確かに、今の俺には大した力はない。召喚されたときに与えられた「救世主の加護」なるものも、まだよくわからない。

ただミユウの癒しの力を増幅できるだけだ。戦闘経験なんてゼロ。剣も魔法もろくに使えない。でも、だからってここまで言われる筋合いはない。

「俺だって……召喚された以上は、ちゃんとやるつもりだ」

思わず声に力がこもった。自分でも驚くほど熱が入っていた。

ルゥの瞳が、わずかに細められる。

「ほう。その根性は買ってやる。だがな、少年。救世主とは口にするだけでなれるものじゃない。実力で証明できなければ、誰もついてこねえ」

その言葉は、重かった。正論だ。痛いほどに。

周囲の人々が、息を潜めて俺たちを見ている。広場全体が静まり返っているみたいだ。

ミユウは不安そうに俺とルゥを交互に見比べ、小さな手で俺の袖をぎゅっと掴んでいる。

俺は拳を握りしめた。爪が掌に食い込むほど強く。

……確かに、今の俺じゃルゥの言う通りかもしれない。力がない。経験がない。救世主なんて名乗る資格さえないのかもしれない。

でも、だからって見下されるのは、我慢ならない。

この世界に来てから、必死にやってきたんだ。ミユウの笑顔を守りたいと思った。みんなが言う「悪魔族の脅威」だって、他人事じゃないって思い始めている。スローライフなんて、もう諦めてる。諦めざるを得なくなってる。

だったら、せめて。

「だったら、俺は実力で証明してやるよ」

声が震えていた。でも、目はルゥをまっすぐ見据えていた。

ルゥが、ほんの一瞬、目を丸くした。それから、口元を歪めて嘲るように笑った。

「面白い。楽しみに待ってるぞ、瀬野龍夜」

その笑みには、どこか試すような光があった。敵意だけじゃない。期待、みたいなものも混じっている気がした。

ミユウが俺の袖を強く引っ張る。

「龍夜くん……ごめんね。ルゥって、ほんとにこういう人なんだよ……。昔から、ミユウのことばっかり心配してて……」

小さな声で謝られると、余計に胸が締め付けられる。

「謝るなよ。別に、お前のせいじゃない」

俺は無理に笑ってみせた。でも、心の中のモヤモヤは消えない。

ルゥの存在が、俺の中に火を灯したような気がする。悔しさ、苛立ち、そして――負けたくないという闘争心。

救世主なんて、最初は面倒くさいだけだと思ってた。でも、今は違う。

俺は、この世界で生きる。ミユウのそばにいる。そして、ルゥにだって、認めさせてみせる。

広場の風が、少し冷たくなった。銀髪の天使長が翼を広げ、再び空へ舞い上がる。その背中を見送りながら、俺は静かに息を吐いた。

まだ、始まったばかりだ。