軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第58話 再びの召喚

流れ星が、夜空を裂いた。

それは儚い一閃ではなかった。まるで意志を持つかのように、力強く尾を引き、深い群青の天蓋を一直線に貫いていく。

冬の空気はひどく澄み、頬に触れる風は冷たいのに、胸の奥だけがじんわりと熱を帯びた。

その瞬間だった。

――龍夜くん……

耳元で囁かれたわけでもない。けれど確かに、鼓膜の奥ではなく、心臓の裏側から直接響くような声。

「……ミユウ? 」

自分の声が、やけに遠く感じる。夜の匂いが薄れ、代わりに甘い草の香りが鼻腔を満たしはじめた。視界の端が白く滲み、街の灯りが溶ける。

来たな。

そう思った瞬間、世界は光に飲み込まれた。

まぶしさは痛みを伴わず、ただ全身を包み込む。体の輪郭が曖昧になり、足元の感覚が消える。重力がほどける感覚に、思わず息を詰めた。

覚悟を決め、ぎゅっと目を閉じる。

――次にまぶたを開いたとき。

そこは、天界アストリアの森の上空だった。

青はどこまでも澄み、雲は綿菓子のように白く、陽光は柔らかい金色で大地を撫でている。

遠くに見える湖面が、鏡のように光を跳ね返していた。

そして。

「あー……浮いてるのか、これ」

体が宙にあった。足の裏が何にも触れていないのに、不思議と怖くはない。

むしろ、水の中にいるような心地よい浮遊感が全身を包んでいる。

風が頬を撫で、髪を揺らす。重さから解放された体は、羽根のように軽かった。

なんか、気持ちいいな。

そんな間抜けなことを考えた次の瞬間。

「うぇあぁあぁあぁっ!! 」

体が急降下した。

胃が浮き、景色がぐるりと回転する。森の緑が一気に迫り、空気が耳元で轟音を立てる。

落ちる!

がしっ、と手首に衝撃。

引き止められ、体がぶら下がる形になる。見上げると、陽光を背にした影があった。

「おい! バカ、やめろ! 手を離せ! 」

ミユウが、必死に俺の手を掴んでいた。

白い翼を、ぎこちなく、しかし懸命に羽ばたかせている。

羽根一枚一枚が陽光を受けてきらめき、風圧で揺れる金髪が頬に張り付いていた。

だが、その細い腕は震えている。

無理してる。

そう思った瞬間、指先から力が抜ける気配が伝わった。

バサバサバサバサ――!

視界がまた回転する。だが、覚悟した衝撃は来なかった。

草の上に、ふわりと落ちる。

青々とした草の匂いが鼻をくすぐり、背中に柔らかな弾力が広がった。耳元で小さく虫の羽音がする。

ゆっくり目を開けると、そこにミユウがいた。

長い金髪は以前より艶を増し、肩まで伸びたその髪が陽光に透けて金色の光輪のように輝いている。白いセーラー服は風に揺れ、胸元には小さな銀の輝き。

以前より、ほんの少しだけ背が伸びたように見えた。

「えっへへー。正天使ミユウちゃんです」

ブイサインをして、得意げに笑う。

その笑顔は眩しいほど明るいのに、呼吸は少し荒い。翼もまだ不安定に揺れている。

また、無理してる。

気づいたときには、体が動いていた。

俺はミユウを抱きしめる。

華奢な体。細い背中。指先に伝わる体温は、確かにここにいる証だった。

「また、無理してるだろ」

「あ……」

彼女は小さく息を呑み、やがて俺の胸に顔を埋める。金髪がくすぐったい。かすかに石鹸のような甘い匂いがした。

はっとして肩を掴む。

「怪我、してないか!? 」

「え? 」

目を丸くするその瞳は、澄んだ湖のようだった。

「悪魔族の連中が、人間界に紛れ込んでた。お前を狙ってる! 」

胸の奥に、あの時の焦りが蘇る。間に合わなかったかもしれないという恐怖。

「わたし……平気だよ」

小さく笑う。

「良かった。遅くなって……ごめん」

自分でも驚くほど素直な言葉だった。

「ね、これ見て」

ミユウは小さな手を開く。

そこには、銀の鎖に通された折り鶴。

ミユウの安否を見守っていた時、俺が折ったあの鶴。

「ネックレスにしてもらったの。可愛い? 」

陽光を受けて、紙の鶴が柔らかく輝く。

「あぁ、可愛いな」

そう答えた瞬間。

突風。

森がざわめき、草が一斉に傾く。冷たい風が頬を打つ。

「あっ、待って! 」

ネックレスが宙を舞い、きらりと光って、近くの池にぽちゃん、と落ちた。

波紋が広がる。

ミユウは迷いなく、ぴょん、と跳ねる。

「わっ! バカ! 何やってんだ! 」

俺も慌てて飛び込む。

水は思ったより浅く、膝までだったが、冷たさが一気に体温を奪う。水面が揺れ、太陽が砕ける。

「ゴホッ! ゴホッ! ったく、危ないだろ! 」

「ごめんなさい。でも、これつけたら何か思い出すかもって」

濡れた髪が頬に貼り付き、彼女は必死にネックレスを握っている。

「ちゃんと付けとけよ」

水滴が頬を伝い落ちる。彼女を抱き寄せると、冷たいはずの体が、なぜか温かかった。

再会の実感が、胸を満たす。

唇を寄せようとした、そのとき。

空気が変わった。

「シッ……悪魔だ。それも数が多い」

森のざわめきが止まる。鳥の声が消え、風がぴたりと凪ぐ。

ミユウの指が、俺の服を強く掴む。

「大丈夫だ。俺から離れるな」

目を閉じる。

柔道と勉強で鍛えた集中力を一点に絞る。呼吸を整え、気配を読む。

一、二、三……

森の奥から、ぬるりとした気配が滲み出す。

二十。いや、三十はいる。

しかも、速い。

「お前ら、いい加減姿見せてみろよ! 」

叫ぶと同時に、草むらが弾けた。

黒い影が一斉に飛び出す。赤い目、尖った牙、ねじれた翼。低級悪魔だが、数が多い。

「へぇ、随分派手なお出迎えじゃねーか」

一体が突進してくる。

俺は踏み込み、柔道の体勢に入る。

だが。

「つ……っ!! 」

重い。

人間とは桁が違う。腕に衝撃が走り、地面がえぐれる。

「はぁっ……! 」

息が荒れる。肩が熱い。周囲から次々と気配が迫る。

ミユウの悲鳴が耳を刺す。

ここで、負けられない。

胸の奥で何かが弾ける。

「お前ら、全員めんどくせえ! 」

咆哮。

体内の魔力が一気に膨れ上がり、爆風となって弾けた。

閃光。衝撃波。悪魔たちが一斉に吹き飛び、木々をなぎ倒す。

静寂。

俺は膝をつく。

荒い呼吸。喉が焼ける。全身が熱い。

――まだだ。

この力は、まだ完全じゃない。

「龍夜! 戻ったか! 今の力、見違えたぞ! 」

聞き慣れた声が森の奥から響く。ルゥだ。

「へ……おせーよ」

苦笑しながら、立ち上がる力もなく、ミユウの胸元に額を預ける。

柔らかな鼓動が伝わる。

アストリアの空は、変わらず青い。

だが、その青さの奥で、確かに何かが動き始めていた。

新たな闘いが、静かに幕を開ける。