作品タイトル不明
第42話 覚悟の重さ
「ふあぁ〜、よく寝た」
その声は、あまりにも場違いだった。
崩れかけた玉座の間。
砕けた床、抉れた壁、空気に残る魔力の残滓。
さっきまで死闘が繰り広げられていた場所で、まるで昼寝明けのような欠伸が響く。
「……よくも、ここまで派手にやってくれたわね」
リリアが肩の埃を払うように立ち上がる。
気を失っていたはずの身体に、焦りも混乱もない。
その隣で、ガレンが首を鳴らした。
「まったく。少し油断しただけで、この有様だ」
二刀の剣を軽く振る。
刃が空を裂き、残っていた瓦礫が音もなく粉砕された。
――終わっていない。
嫌な確信が、背中を撫でる。
「さぁ、ここからが本番だよ、名ばかり救世主くん」
ガレンの口元が、歪む。
「君の覚悟が、どこまで本物か。
最後まで、じっくり見せてもらおうじゃないか」
その言葉を合図にしたかのように、空気が変わった。
次の瞬間、ガレンの姿が消える。
踏み込み。
ただそれだけで、距離が潰された。
二本の剣が同時に振り下ろされ、交差する斬撃が空間を切り裂く。
衝撃波が走り、床の石材が剥がれ飛んだ。
同時に、リリアが地面へと手を叩きつける。
「――絡め取れ」
床下から、無数の蔦が噴き上がった。
生き物のように蠢き、俺の足元へ、腕へ、首元へと絡みつこうと伸びてくる。
触れただけで、生命力を吸い尽くす呪縛の蔦。
「龍夜くん!! 」
背後から、ミユウの悲鳴が飛んだ。
その声が、胸の奥を強く揺らす。
守らなければならない。
失うわけにはいかない。
だが――
「同じ手は……二度と食らわねぇ!! 」
踏み込んだ瞬間、世界が歪んだ。
視界が一瞬、白く弾ける。
次の刹那、足元の床が悲鳴を上げて沈み込んだ。
衝撃が、波紋のように広がる。
蔦が触れる前に弾き飛ばされ、空中で千切れ、霧散する。
ガレンの剣が、俺に届く直前で止まった。
いや――止まったのではない。
届かなかった。
「……なっ!? 」
ガレンの目が見開かれる。
見えない壁。
違う。
――俺自身が、衝撃そのものになっている。
次の瞬間。
轟音。
空気が爆発した。
ガレンの身体が、まるで叩き潰されたかのように吹き飛ぶ。
続いて、リリアも同じ衝撃に飲み込まれ、悲鳴を上げながら壁へと激突した。
「きゃあ!! 」
石壁が砕け、粉塵が舞い上がる。
二人の身体が床に叩きつけられ、鈍い音を立てて転がる。
――静寂。
自分でも、理解が追いつかなかった。
剣を振るったわけでもない。
魔法を詠唱したわけでもない。
ただ、力を解放しただけ。
それだけで、幹部二人が吹き飛んだ。
不思議だ。
身体の奥が、異様に熱い。
血液が沸き立ち、鼓動が世界の音を押し潰す。
視界は異様なほど澄み、空気の流れすら感じ取れる。
武者震いが、背中を駆け上がった。
同時に、笑いたくなる衝動。
――ああ、そうか。
これが。
これこそが。
魔王が、何百年も恐れ続けてきた力。
俺は、ゆっくりと顔を上げる。
玉座の奥。
そこに座る魔王は、まだ動かない。
だが――
その瞳が、確かに揺れていた。
恐れ。
困惑。
そして、隠しきれない焦り。
「……そんなに、俺が怖いか? 」
静かに言ったつもりだった。
だが声に含まれた圧だけで、空気が軋む。
魔王の肩が、わずかに震えた。
怒りが、胸の奥で渦を巻く。
叫びたい衝動を、歯を食いしばって抑え込む。
――今は、殴る時じゃない。
叩き潰すのは、心だ。
「お前は、いつの時代も同じだな」
一歩、前に出る。
それだけで、魔王は半歩下がった。
自分でも気づいていない、無意識の後退。
「俺に殺されるのが怖くて、
いつも他人を盾にする」
「……ぐっ?! 」
魔王の喉が詰まったように鳴る。
「ミユウも。
ガレンも。
リリアも」
倒れている二人を、一瞥する。
「全部、お前の恐怖の延長線上だ」
沈黙。
空気が、凍りつく。
「自分は傷つかない場所から操る。
仲間を使い捨て、失えばまた補充する」
さらに一歩、距離を詰める。
「それが、お前の戦い方だ」
魔王の瞳が、怒りと恐怖で歪む。
――核心。
「だがな」
拳を握りしめる。
床が悲鳴を上げ、放射状に亀裂が走る。
天井から、砂と小石が落ちてくる。
「その恐怖も、今日で終わりだ」
魔王が、初めて大きく目を見開いた。
「なぜなら――」
視線を逸らさず、告げる。
「俺が、お前を倒すからだ」
次の瞬間。
魔王の背後で、膨大な魔力が爆発した。
玉座の間が揺れ、柱が折れ、天井が崩れ落ちる。
瓦礫が降り注ぎ、空間そのものが悲鳴を上げる。
「……いいだろう」
魔王が、ゆっくりと立ち上がった。
「ならば見せてみろ。救世主よ」
禍々しい魔力が渦を巻き、膨れ上がる。
その圧だけで、倒れていたガレンとリリアが苦悶の声を漏らす。
「お前の覚悟が、
どれほどの重さを持つのかを」
世界が、悲鳴を上げた。
戦いは――
ここからが、本当の地獄だった。