作品タイトル不明
第39話 欲しかった力、伸ばされた手
――冷たい。
それが、最初に戻ってきた感覚だった。
「……っ」
喉が、ひりつく。
息を吸おうとすると、胸の奥が軋むように痛んだ。
目を開ける。
ぼやけた視界の向こうに、石の天井。
湿った空気。
鉄の匂い。
――夢、じゃない。
身体を動かそうとして、すぐに分かった。
「……っ、くそ……」
動かない。
手足は、蔦のような黒い魔力で縛られていた。
力を込めようとした瞬間、全身から一気に体力が奪われる。
「――っ! 」
視界が、白く弾けた。
「無理に動かさない方がいいわ」
聞き覚えのある、冷たい声。
リリアが、少し離れた場所に立っていた。
ガレンは壁にもたれ、腕を組んでこちらを眺めている。
「目、覚めたんだ」
ガレンが、にやりと笑う。
「思ったより早かったね。救世主様」
……救世主。
その言葉が、胸に突き刺さる。
「どう? 気分は」
リリアが淡々と続ける。
「あなたの体力は、ほとんど空。今は立つどころか、呼吸するだけで精一杯でしょう? 」
図星だった。
身体の奥が、すっぽりと抜け落ちたように軽い。
いや――軽いんじゃない。
何も、残っていない。
「……っ、殺すなら……殺せ……」
絞り出すように言うと、ガレンが吹き出した。
「ははっ! 強がるねぇ」
「残念だけど、それは出来ない」
リリアは首を振った。
「あなたは“素材”よ。神が選んだ、貴重なね」
その言い方が、どうしようもなく腹立たしかった。
――素材。
人でも、命でもない。
ただの、都合のいい駒。
その事実が、じわじわと心を削っていく。
――俺は。
――何も、守れなかった。
剣では、勝てなかった。
覚悟だけじゃ、届かなかった。
ミユウの笑顔が、脳裏に浮かぶ。
あの夢の中の、ありえた日常。
同級生で。
くだらないことで笑って。
手を伸ばせば、触れられる距離にいて。
「……っ」
歯を食いしばる。
欲しい。
喉の奥から、黒い感情がせり上がってくる。
――力が。
剣の才能じゃない。
努力で埋まる差でもない。
圧倒的な力が、欲しい。
「……なあ」
声が、震えた。
「もし……俺に、もっと力があったら……」
ガレンが、少しだけ真顔になる。
「世界は、変わると思う?」
答えられなかった。
でも、心の中では叫んでいた。
――変えたい。
奪われる側で終わりたくない。
守れない自分で、いたくない。
その瞬間。
胸の奥が、焼けるように熱くなった。
「……っ!? 」
息が、詰まる。
身体の奥で、何かが暴れ始める。
「リリア」
ガレンが低く言った。
「こいつ……」
「ええ」
リリアが目を細める。
「“渇望”が、限界を超えたわね」
――渇望?
次の瞬間。
ふっと、温もりを感じた。
「……龍夜くん。」
聞き覚えのある声。
優しくて、少しだけ不器用な声。
「……ミユウ? 」
視界の端に、彼女がいた。
――違う。
さっきまで、ここには誰もいなかった。
でも、確かに彼女は、そこにいる。
「……大丈夫」
ミユウは、蔦に縛られた俺の顔を、まっすぐ見つめていた。
「あなたは、独りじゃない」
「……来るな……」
声が、掠れる。
「ここは……危ない……」
「ううん」
ミユウは、首を振った。
「私は、龍夜くんを守るために生まれたの。」
次の瞬間。
彼女は、そっと身をかがめた。
――近い。
思考が追いつく前に。
柔らかい感触が、唇に触れた。
「――っ!? 」
一瞬だった。
でも、確かに感じた。
温度。
鼓動。
生きているという、実感。
「思い出して」
ミユウが、囁く。
「あなたが、誰のために戦ってるのか」
その瞬間。
胸の奥で、何かがはっきりと形を持った。
欲しかったのは、逃げるための力じゃない。
支配するための力でもない。
――帰るための力だ。
ミユウの姿が、光に溶けていく。
「待て……! 」
「大丈夫」
最後に、彼女は微笑んだ。
「今度は、ちゃんと立てるから」
――ドクン。
心臓が、強く脈打った。
次の瞬間。
蔦が、内側から弾け飛んだ。
「……なっ!? 」
ガレンが、目を見開く。
床に落ちた蔦が、灰のように崩れ去る。
身体に、力が戻ってくる。
いや――違う。
今までとは、質が違う。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「……欲しかったんだ」
自分でも驚くほど、声が静かだった。
「こういう力が」
視界が、澄み渡る。
世界が、はっきりと見える。
リリアが、小さく息を呑んだ。
「……覚醒、ね」
俺は、アストラルブレイドを召喚する。
その刃は――以前より、明らかに“深い光”を帯びていた。
「次は」
剣先を、二人に向ける。
「俺が、立ってる番だ」