作品タイトル不明
第31話 のんびりしたかった救世主
意識が戻った瞬間、俺の体はまだ地面に叩きつけられたままだった。
背中が地面に沈み、黄金の翼はボロボロに萎れて羽根が散らばり、光はほとんど残っていない。
口の中に鉄の味が広がり、息をするたびに肺が焼けるように痛む。
視界の端がぼやけ、血の滴りが地面に赤い染みを作っていく。
遠くでミユウの小さな声が、涙まじりに響く。
「龍夜くん……起きて……起きてよぉ……! ミユウ、怖いよぉ……! 」
その声が、俺の胸の奥に火を点けた。
まだ終わっていない。
まだ、俺のスローライフは諦められない。
「……うるせぇな」
俺はゆっくり体を起こした。
体が重い。
骨が軋み、翼が震える。
でも、胸の奥に残っていた熱が、再び燃え始めた。
黄金の光が、弱々しく、でも確実に灯る。
ラフィセルが、ゆっくりと笑う。
「ふふ……まだ動けるのかい?
素晴らしいよ、瀬野龍夜。
君の執念は、本当に美しい。
でも、もう限界だろ?
パパの元へは……絶対に行かせない」
黒い瘴気が再び膨張し、無数の触手が俺を狙って殺到する。
空気が重くなり、視界が狭まる。
俺は光の剣を握り直した。
柄が熱い。
でも、もう痛くない。
この熱さは、俺の怒りだ。
「邪魔だ」
俺は翼を一気に広げ、残った力のすべてを一点に集中させた。
黄金の光が爆発的に膨張し、触手をすべて吹き飛ばす。
黒い結晶が砕け、瘴気が悲鳴を上げる。
「俺は……もう、待てねぇ」
一瞬で距離を詰め、ラフィセルの懐に飛び込んだ。
触手を斬り飛ばし、黒い翼を切り裂き、結晶を粉々に砕く。
拳を、蹴りを、剣を――すべてを叩き込む。
黄金の軌跡が空を切り裂き、ラフィセルの体が後退する。
「ぐっ……!? 」
初めて、ラフィセルが本気の表情を浮かべた。
俺は止まらない。
左フック、右ストレート、アッパー。
翼で斬りつけ、剣で突き刺す。
一撃ごとに瘴気が薄れ、ラフィセルの体が揺らぐ。
「パパの元へ……行くんだよ! お前の誘惑も、再生も、全部ぶち壊してやる! 」
最後の渾身の一撃を、ラフィセルの胸に叩き込んだ。
ドンッ!!
衝撃波が爆ぜ、ラフィセルの体が大きく吹き飛ぶ。
黒い翼が何枚も千切れ、結晶が粉々に砕け、瘴気が急速に薄れていく。
「……よくやった……ね」
ラフィセルは地面に膝をつき、静かに笑った。
その瞳に、初めての――敗北の色が浮かぶ。
「君は……本当に、救世主だ」
その言葉を最後に、ラフィセルの体が黒い霧となってゆっくり消えていく。
瘴気が散り、空が少しずつ明るくなる。
俺は息を荒げて、立ち尽くした。
「……終わった……? 」
ミユウが、ぴょんっと飛びついてくる。
「龍夜くん! 勝ったぁ! 勝ったよぉ!!
ミユウの龍夜くんが、一番強いぃ!! すごい、すごい、かっこいいぃ!! 」
小さな体が俺にしがみつき、涙と笑顔が混じった顔で俺を見上げる。
ルゥが、静かに近づいてくる。
「よくやった……瀬野龍夜。
これで、ラフィセルは倒した。
魔王の元へ……道が開けた」
俺は、裂けた空を見上げた。
天界アストリアの空に、巨大な黒い渦が渦巻いている。
その奥に、圧倒的な闇の気配。
魔王の存在感が、俺の肌を刺す。
「……行くしかねぇか」
俺は翼を広げ、ミユウを抱き上げた。
「ミユウ、ルゥ。
ついてこい」
裂け目の中へ、俺たちは飛び込んだ。
――そして、そこにいた。
広大な闇の空間。
中心に、巨大な漆黒の玉座。
その上に座る影――魔王。
その存在だけで、空気が凍りつく。
俺の翼が、震える。
体が、重くなる。
息が、苦しい。
魔王が、ゆっくりと口を開いた。
「……ようこそ、救世主よ」
声は低く、響き渡る。
闇そのものが話しているようだ。
「前世の頃は……お前の方が、ずっと強かったな」
「……!? 」
俺は息を飲んだ。
前世?
俺の前世を知ってる?
魔王は、嘲るように笑う。
「瀬野龍夜……いや、かつての『英雄』。
お前は前世で、俺を倒した存在だった。
神々に選ばれ、世界を救い、俺を封じた英雄。
その力は、確かに俺を上回っていた。
だが、今は?
こんなに弱々しく、翼もボロボロで、血を流して……
本当に、俺に勝てると思っているのか?
笑わせるなよ。
お前はもう、ただの高校生だ。
前世の栄光など、ない」
その言葉が、俺の胸を鋭く抉った。
前世で……俺が、強かった?
英雄?
俺が、世界を救った?
でも、今の俺は……ただの転生者だ。
チートもない。
力も、経験も、全部足りない。
召喚されてから、ずっと「スローライフしたい」ってだけ考えてきた、普通の奴だ。
なのに、こいつは……思いっきり煽ってくる。
俺の拳が、震えた。
「……ふざけんな」
俺は、低く呟いた。
声が、だんだん大きくなる。
「前世がどうとか、関係ねぇ。
俺は今、ただの俺だ。
スローライフを邪魔され、ミユウを泣かせて、ルゥを巻き込んで……
全部、お前のせいだろ」
俺の翼が、再び輝き始める。 黄金の光が、ゆっくり、でも確実に強くなる。
「前世より弱い?
なら、今の俺で……お前をぶっ倒す」
魔王が、ゆっくり立ち上がる。
巨大な体躯が、闇を纏って膨張する。
「面白い。
来いよ、救世主。
前世の英雄が、今の弱いお前で……俺に勝てるか、見せてみろ」
俺は剣を構え、一歩踏み出した。
ミユウが、俺の袖をぎゅっと掴む。
「龍夜くん……がんばって!
ミユウ、ずっと信じてるからぁ!
前世とか関係ないよ……今の龍夜くんが、一番かっこいいもん! 」
ルゥが、静かに頷く。
「私も、信じている。
君は……救世主だ」
俺は小さく笑った。
「……ああ。
見てろよ」
黄金の光が、魔王の闇と激突する。
衝撃波が空間を震わせ、闇が黄金を押し返そうとする。
俺の翼が、最大限に広がる。
「俺のスローライフ……絶対に、取り戻す!! 」
戦いは、まだ終わらない。
いや、ここからが――本当の始まりだ。