作品タイトル不明
第30話 夢でスローライフエンジョイしてたら即現実に戻された件
俺の意識が、完全に落ちた瞬間――すべてが静かになった。
黄金の翼は萎み、光の剣は手から滑り落ち、ミユウの小さな手が俺の胸に触れた感触だけが、最後に残った温かさだった。
ラフィセルの黒い瘴気が俺を飲み込み、視界が真っ暗に沈む。
痛みも、息苦しさも、何もかもが遠ざかって……。
次に目を開けた時、俺は柔らかい草の上に寝転がっていた。
青い空が広がり、穏やかな風が頰を撫でる。
遠くで小川のせせらぎが聞こえ、周りは見渡す限りの緑の丘陵。
色とりどりの花が咲き乱れ、蝶がふわふわと舞っている。
ここは天界アストリアでも、現実の地球でもない。
でも、すごく――心地いい。
「龍夜くん、おはよー! 」
聞き慣れた、うざ可愛い声がすぐ横から響いた。
ミユウが、ぴょんっと俺の横に座り込んでくる。
いつものちっこい羽根が陽光に透けて金色に輝き、白いワンピースみたいな服を着て、頭には花冠を乗せている。
頰が少し赤くて、瞳がキラキラしてる。
めっちゃ可愛い。
いや、いつも可愛いけど、今は特別に……心臓がどきどきする。
「ん……ミユウ? 」
俺は体を起こして、ぼんやり彼女を見た。
「うん! ここ、ミユウと龍夜くんの秘密の場所だよぉ!
ずっと、ずっと待ってたんだからぁ! 」
ミユウが俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。
小さな体が温かくて、ふわふわの金髪が頰に触れる。
甘い花の匂いがふんわり漂って、俺の胸が熱くなった。
「……夢か」
俺は小さく呟いた。
でも、夢だってわかっていても――この瞬間は、悪くない。
いや、最高だ。
「そうだよ! 龍夜くん、疲れちゃったから、ちょっとお休みだよぉ。
ミユウが一緒にいてあげるから、のんびりしよ? 」
ミユウが立ち上がって、俺の手を引く。
小さな手が、意外と力強い。
丘を下りて、小川のほとりに連れて行かれる。
そこには、手作りのような小さな木の家が建っていた。
屋根に蔦が絡まり、窓辺に色とりどりの花が飾ってある。
庭には畑が広がり、トマトやキュウリ、ナスが真っ赤に実っている。
さらに奥には、ハンモックが二つ並んで揺れていた。
「見て見て! ミユウ、ちゃんと耕したんだよ!
龍夜くんが言ってた『スローライフ』って、こういうのだよね?
朝起きて畑のお世話して、お昼は一緒にご飯食べて、午後はハンモックで昼寝して、夜は星見て……全部、ミユウが準備したんだからぁ! 」
ミユウが目をキラキラさせて、俺を見上げる。
俺は、思わず笑った。
「……ああ、そうだな。
これが、俺の夢だった」
俺たちは畑の横に座って、足を小川につけた。
冷たい水が気持ちいい。
ミユウが俺の肩に頭を寄せてくる。
「龍夜くん……ミユウ、ずっとこうしていたいよ。
戦いとか、救世主とか、パパとか……全部忘れて、二人でのんびり……」
ミユウの声が、少し震えている。
俺は、そっと彼女の頭を撫でた。
銀色の髪が指に絡まる。
柔らかくて、温かい。
「俺もだ。
お前と一緒に、毎日畑耕して、昼寝して、夜は星見て……
それだけでいい」
ミユウが顔を上げて、俺を見つめる。
瞳がうるうるして、頰が少し赤い。
「……龍夜くん、ミユウのこと……好き? 」
突然の質問に、俺の心臓がまたどきんと跳ねた。
「……バカか。
好きに決まってんだろ」
俺は照れくさくて目を逸らしながら、でもはっきり言った。
ミユウの顔が、ぱっと花開くように笑った。
「やったぁ! ミユウも、龍夜くん大好き!
ずっと、ずっと、一緒だよぉ! 」
彼女が俺の胸に飛び込んでくる。
小さな体を抱きしめると、甘い花の匂いが強くなった。
俺は、そっと彼女の背中を抱き返した。
この瞬間だけは――何もいらない。
俺たちはそのままハンモックに移動した。
二人で横になり、ゆらゆら揺れる。
ミユウが俺の胸に頭を乗せて、指で俺の頰を突っつく。
「龍夜くん、もっと近くにいて?
ミユウ、龍夜くんの匂い好きなんだもん」
「……お前、ほんとストレートだな」
俺は苦笑しながら、彼女をぎゅっと抱き寄せた。
小さな体がぴったり収まる。
心臓の音が、互いに聞こえそうなくらい近い。
「ここなら、誰も邪魔しないよ。
ラフィセルも来ないし、ルゥも来ないし……ずっと、二人だけ」
ミユウが目を閉じて、幸せそうに呟く。
俺は、空を見上げた。
雲がゆっくり流れ、太陽が優しく照らす。
この夢の中では、時間なんてない。
永遠に、のんびりできる。
……はずだった。
「よぉ、龍夜! 何やってんだよ、こんなところでイチャイチャしてんの!? 」
突然、聞き覚えのある、めちゃくちゃうるさい声が響いた。
俺はハッとして顔を上げる。
丘の上に立っていたのは――拓哉。
俺のクラスメイトで、小説家志望の、超お調子者。
いつもクラスで一番声がでかくて、人の話を遮って自分の小説ネタを語り始める奴。
髪は適当に茶色に染めて、Tシャツにジーンズといういつものラフな格好で、ニヤニヤしながら手を振ってる。
「え……拓哉?
お前、なんでここに……」
拓哉は大股で近づいてきて、俺たちのハンモックを指差す。
「いやー、マジで草! 異世界転生して救世主やってるって聞いたけど、夢の中でまでヒロインとラブラブかよ! これ、絶対ネタになるわ! 『スローライフ狙いの転生者、夢の中でロリ天使とイチャつく』とか、タイトル長すぎて逆にウケるだろ! 」
ミユウが、ぷくっと頰を膨らませる。
「誰この人!? 邪魔しないでよぉ!
ここ、ミユウと龍夜くんの場所なんだからぁ!
龍夜くんは今、ミユウと幸せなんだもん! 」
拓哉はさらにニヤニヤを深めて、俺の肩をバンバン叩く。
「幸せ? 幸せって……お前、現実で胃腸炎で気絶したことになってんだぞ。」
俺、現実の教室で見たんだよ。お前の体がベッドに運ばれて、みんな心配してる中、俺だけ冷静に『あ、これ小説の伏線だな』ってメモ取ってたわ!
で、夢の中で会えるとか運命すぎるだろ!
おい、ちょっとミユウちゃんの設定教えてくれよ。
ロリ体型、天真爛漫、うざ可愛い、龍夜くん呼び捨て……これ、完全に俺の新作のヒロインにぴったりじゃん! 」
俺はため息をついた。
「……お前、ほんと変わんねぇな。
ここは俺の夢だぞ。
出てけよ」
拓哉は全く動じず、ハンモックの横にどっかり座る。
「出てけって、ひでぇな!
俺は親友だろ? お前の転生話、全部聞いてたじゃん。
『スローライフしたい』って毎日愚痴ってたの、俺だけが本気で聞いてたんだぞ?
だからよ、せめてこの夢のシーンを詳細に聞かせてくれよ!
ハンモックで抱き合ってる時の心境とか、ミユウちゃんの匂いとか、キスシーンの温度とか……全部ネタにすっから! 」
ミユウが、俺の袖をぎゅっと掴んで隠れるようにする。
「やだぁ! 変な人!
龍夜くん、この人帰ってってぇ! 」
拓哉はさらに調子に乗って、スマホ(夢の中なのに持ってる)を取り出してポーズを取る。
「待て待て、記念撮影!
『異世界転生者の夢内デート』ってタイトルで、Xに上げたらバズるわ!
ハッシュタグ #スローライフ #ロリ天使 #俺TUEEE とか……あ、俺TUEEEは違うか。お前チートじゃねぇもんな!
まあいいや、撮るぞー! 」
俺はとうとう我慢の限界だった。
「……お前、マジでうるせぇ」
俺はハンモックから立ち上がり、拓哉の襟首を掴んだ。
「現実で待ってろ。 起きたら、絶対ぶん殴ってやる」
拓哉が、ニヤニヤしながら両手を上げる。
「楽しみにしてるわ!
でもよ、龍夜。
早く起きろよ。
ミユウちゃん、現実で待ってるぞ。
この夢、永遠じゃねぇんだからな」
その言葉で、俺の胸がざわついた。
夢だってわかってた。
でも、この温かさが、この穏やかさが……本物みたいで。
ミユウが、俺の袖をぎゅっと掴む。
「龍夜くん……行かないで……
ここにいて……ミユウと、ずっと……」
瞳が涙で揺れている。
俺は、胸が痛くなった。
「……悪いな、ミユウ」
俺は彼女の頭を撫でて、ゆっくり立ち上がった。
「現実に戻らなきゃ……
お前を、守れねぇから」
ミユウの目から、ぽろりと涙が落ちる。
「……うん……わかった……
でも、約束だよ?
現実で、スローライフ……一緒に……」
「ああ。
絶対に、取り戻す」
俺はミユウを抱きしめて、額に軽くキスをした。
少女らしい、優しい、温かい感触。
そして、拓哉の方を向く。
「……お前、現実で待ってろよ。
起きたら、まずお前からぶん殴る」
拓哉が大げさに肩をすくめる。
「待ってるぜ、主人公!
俺の新作のモデル、ちゃんと務めてくれよな! 」
視界が、再び白く染まる。
夢が、終わる。