作品タイトル不明
第29話 再生する敵
俺の光の剣が、ラフィセルの胸を貫いた瞬間――一瞬だけ、世界が黄金に染まった。
刃が黒い結晶を粉々に砕き、衝撃波が空を裂く。
瘴気が悲鳴のような音を立てて散り、二十枚の黒翼がぐらりと傾く。
天界アストリアの裂けた空が、わずかに明るさを取り戻す。
これで……本当に終わりだ。
俺のスローライフへの道が、ようやく開けるはずだった。
なのに。
ラフィセルの体が、ゆっくりと再生を始めた。
砕けた黒い結晶が霧のように溶け、元の形に戻っていく。
胸の深い傷が、まるで時間が巻き戻るように塞がり、皮膚の下で闇が蠢く。
深紅の瞳が、静かに俺を捉える。
「……まだ、終わらないよ、瀬野龍夜」
その声は静かで、穏やかだった。
でも、その底に潜むものが、今までとはまったく違う。
底知れぬ闇、無限の絶望、そして――絶対的な優越感。
次の瞬間、ラフィセルの翼が三十枚に増殖した。
一枚一枚が鋭く尖り、黒い結晶の棘が無数に生える。
天界の裂け目がさらに広がり、無数の黒い触手が雨のように降り注ぐ。
空気が一気に重くなり、息を吸うだけで肺が圧迫される。
俺の黄金の翼が、初めて――震えた。
「ぐっ……! 」
一本の触手が俺の腹を掠め、鋭い痛みが走る。
服が裂け、温かい血が滲み出す。
体が後ろに吹き飛ばされ、地面に叩きつ
けられる。
肺が潰れそうな衝撃で、息が詰まる。
視界が一瞬、白く揺れる。
立ち上がろうとした瞬間、もう一本の触手が俺の右腕を絡め取った。
引きずられ、地面を抉りながら転がされる。
土と石が肌を擦り、骨が軋む音が体の中に響く。
翼の輝きが、急速に弱まっていく。
「龍夜くん!! 」
ミユウの悲鳴が、戦場の喧騒を突き抜けた。
彼女はルゥの腕を振りほどこうと必死にもがき、ちっこい体を震わせている。
「待て、ミユウ! 今出たら……! 」
ルゥの声が緊迫している。
でも、ミユウは聞かない。
小さな羽根をばたつかせ、俺の前に飛び出してきた。
「やめてよぉ!! 龍夜くんを……もう、これ以上傷つけないで!! 」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、両手を大きく広げる。
その姿が、痛々しくて、胸が締め付けられる。
ラフィセルが、冷たく微笑む。
「可愛いね、ミユウちゃん。 君の想いは純粋で、温かくて……本当に素敵だよ。 でも、無駄だ。 パパの力は、こんなものじゃ止まらないんだ」
黒い触手が、今度はミユウに向かって伸びる。
俺は歯を食いしばって立ち上がり、翼を広げて彼女を庇った。
「触るな……! 」
光の剣を振り回し、触手を斬り飛ばす。
でも、数が多い。
一本が俺の背中を掠め、翼の一枚が千切れるような激痛が走る。
黄金の光が、ぱさっと萎み、羽根がぼろぼろと剥がれ落ちる。
「はぁ……はぁ……」
息が上がる。
体が重い。
視界の端がぼやけ、血が地面に滴り落ちて赤い染みが広がっていく。
(……ヤバい。本当に……ヤバすぎる)
戦闘力が100上がったはずなのに。
この再生力、この無限に湧き出る瘴気、終わりのない触手。
持久戦になったら、俺は絶対に持たない。
スローライフの夢――畑を耕して、昼寝して、ミユウにうざ可愛く絡まれて笑う日々――が、どんどん遠ざかっていく。
ラフィセルが、ゆっくりと近づいてくる。
「諦めなよ、瀬野龍夜。 君はもう、限界だ。 パパの元へは……永遠に行かせない」
黒い結晶が俺の周りを囲み、触手が絡みつく。
動きを完全に封じられ、体が地面から浮き上がる。
締め付けが強くなり、肋骨が軋む音がする。
「ぐあっ……! 」
息ができない。
視界が暗くなる。
翼の輝きが、ほとんど消えかける。
意識が、薄れていく。
(……もう、ダメか……)
その時――
「龍夜くん……! 」
ミユウの声が、涙まじりで、でも強く響いた。
彼女のちっこい羽根が、再び金色に輝き始める。
小さな光の粒子が、ふわふわと舞い上がり、俺の体に降り注ぐ。
「ミユウ……ダメだ……危ないって……」
俺は弱々しく呟く。
声がかすれている。
でも、ミユウは首を激しく振った。
「ミユウ、龍夜くんのこと……守りたいの! だって、龍夜くんがいないと……ミユウ、寂しいもん……! 一緒に畑耕して、一緒に昼寝して、一緒に笑いたいもん……! だから……絶対、諦めない!! 」
その純粋な想いが、光を強くする。
傷が、少しずつ癒えていく。
締め付けが、わずかに緩む。
体に力が、戻ってくる。
でも、まだ足りない。
ラフィセルの力が、圧倒的すぎる。
「はは……ミユウちゃんの想い、確かに強いね。
温かくて、眩しくて……本当に、羨ましいよ。
でも、それだけじゃ……足りない」
ラフィセルが手を振り上げる。
黒い瘴気が爆発し、俺とミユウを完全に飲み込もうとする。
闇が視界を覆い、息苦しさが頂点に達する。
俺は最後の力を振り絞り、剣を握り直した。
「……まだ、終われねぇ……!
俺のスローライフ……絶対に、諦めねぇ!! 」
黄金の光が、弱々しく、でも確かに膨張する。
ミユウが、俺の手をぎゅっと握った。
小さな手が、温かい。
震えているけど、離さない。
「龍夜くん、一緒に……がんばろ?
ミユウ、ずっとそばにいるよ……! 」
その瞬間――俺の胸の奥で、何かが爆発した。
「うおおおおおっ!! 」
翼が、再び全開に広がる。
黄金の光が、瘴気を押し返し始める。
触手が砕け、ラフィセルの体が後退する。
「な……!? 」
ラフィセルの瞳に、初めて――明確な動揺が浮かぶ。
俺はミユウを抱き寄せ、剣を高く掲げた。
「これで……決める! 」
最後の光が、すべてを貫く。
衝撃波が、世界を震わせる。
でも、まだ――終わらない。
ラフィセルの体が、再び再生を始める。
ゆっくり、確実に。
「はは……まだ、だよ……」
俺の体が、限界を迎える。
翼が、ぱさっと萎み、膝をつく。
剣が手から滑り落ちる。
ミユウが、俺の胸にすがりつく。
「龍夜くん……! 龍夜くん!! 」
視界が、暗くなる。
(……スローライフ……もう、届かないのか……? )
ピンチは、まだ続く。
闇が、俺たちを飲み込もうとする。