作品タイトル不明
第27話 スローライフ目前で救世主に逆戻り
正天使の輝きが消えた瞬間、俺の体はもう自分のものじゃなくなっていた。
背中が焼けるように熱くなり、まるで内側から溶岩が噴き出すような感覚。
黄金の光が皮膚の下を駆け巡り、血管一つ一つが熱を帯びて脈打つ。
息を吸うたび、肺が膨張して世界そのものが俺の肺に収まるような錯覚。
そして――背骨の付け根から、何かが「生えた」。
六枚。
黄金に輝く、巨大な光の翼。
バサァァァン!
空気が爆ぜ、衝撃波が周囲の瘴気を一瞬で吹き飛ばした。
足元にあった黒い霧が、悲鳴のような音を立てて後退していく。
天界アストリアの裂けた空が、俺の翼の光で一瞬だけ黄金色に染まった。
雷鳴が遠くで低く唸る中、俺の視界は異様にクリアになっていた。
色が鮮やかすぎる。
音が鮮明すぎる。
風の流れ、瘴気の匂い、ラフィセルの鼓動さえ、指先で触れられるように感じる。
戦闘力が……100上がった、って感覚が、言葉じゃなくて「体感」として降りてきた。
まるでゲームのステータス画面が脳内に浮かんだみたいに、俺の体は「これが今の俺だ」と宣言している。
「……へぇ」
ラフィセルの声が、初めて本気の響きを帯びた。
黒い翼をゆっくりと広げながら、彼は唇の端を歪めて笑う。
でも、その瞳の奥に――微かな苛立ちと、興奮が混じっているのがわかった。
「 誘惑(テンプ) は……完全に無駄だったようだね。 ミユウちゃんも、君も。 なら、もう遊びは終わりだ。 正面から、潰すしかない」
俺は右手に握っていた光の剣を、ゆっくりと構え直した。
柄が熱い。
でも、痛くない。
むしろ、この熱さが心地いい。
俺の体温と同化して、剣が俺の延長になったみたいだ。
「来いよ、ラフィセル」
俺は静かに言った。
「俺も、もう逃げねぇ。
スローライフは……後回しだ」
その言葉が終わらないうちに、俺の体は勝手に動いていた。
一瞬で距離がゼロになった。
風を切り裂く音が遅れて耳に届く。
黄金の軌跡が残像のように空に弧を描き、俺はラフィセルの懐に飛び込んでいた。
「遅い」
ラフィセルの右拳が、黒い瘴気を纏って俺の顔面を狙う。
巨大な黒い爪が、まるで鎌のように振り下ろされる。
でも、俺にはもう――すべてが見えていた。
いや、見えているんじゃない。
体が、勝手に反応している。
左の翼を一閃。
黄金の衝撃波が空気を裂き、ラフィセルの腕を弾き飛ばした。
「ぐっ……!? 」
初めて、ラフィセルの表情が歪んだ。
その隙に、俺は右拳を振り抜いた。
腹部に、渾身の一撃。
ドンッ!!
鈍い衝撃音が響き、ラフィセルの体が十メートル以上後ろに吹っ飛んだ。
黒い翼が慌てて羽ばたき、空中で体勢を立て直す。
「まだだ! 」
俺は追撃した。
翼を大きく羽ばたかせ、加速。
空を滑るように移動し、ラフィセルの左側に回り込む。
左フック。
右ストレート。
アッパーカット。
全部の拳に黄金の光が纏わりつき、ただの肉弾戦じゃなくなっている。
一撃ごとに空気が爆ぜ、衝撃波が周囲の瘴気をさらに後退させる。
ラフィセルは防戦一方。
黒い翼を盾のように構え、歯を食いしばって耐える。
「くそっ……この力、どこから湧いてくる……! 」
その声に、俺は笑った。
「これが、救世主の力だよ」
俺はさらに加速した。
翼を六枚すべて同時に羽ばたかせ、俺の体はまるで黄金の流星になった。
ラフィセルのガードの隙を突き、右ストレートを顎に叩き込む。
ガキィンッ!!
衝撃で空気が白く爆ぜ、ラフィセルの頭が大きく仰け反った。
黒い翼の一枚が、根元から千切れて宙を舞う。
血のような黒い液体が、ゆっくりと地面に落ちていく。
遠くから、ミユウの声が弾けるように響いた。
「龍夜くんすっごーい!! ラフィセルなんかもうボコボコー!! やばい、やばい、かっこよすぎぃ!! 」
ルゥの声が、冷静に、でも少しだけ興奮を帯びて続く。
「まだ油断は禁物だ……ラフィセルの本気はこれからだ」
俺は息を整えながら、ラフィセルを見据えた。
体はまだ熱い。
翼はまだ輝いている。
戦闘力が上がった感覚が、俺を興奮させている。
でも、同時に――すごく、疲れている自分がいる。
スローライフ。
畑を耕して、昼寝して、ミユウにうざ可愛く絡まれて……
そんな未来が、こんなに遠く感じるなんて、召喚された日に想像もしてなかった。
「……次はお前が来いよ」
俺は静かに言った。
「俺のスローライフ、邪魔すんのは――許さねぇ」
ラフィセルは、口元から黒い血を拭い、ゆっくりと笑った。
その笑みは、さっきまでの余裕たっぷりのものとは違っていた。
もっと、獰猛で、もっと――本気だった。
「……面白い。 本当に、面白いよ、瀬野龍夜」
黒い瘴気が、再び爆発的に膨張した。
翼が再生し、十枚に増える。
体全体から黒い棘のようなものが生え、魔力が渦を巻く。
「本気で、潰してやる」
ラフィセルの体が、黒い影のように揺らめいた。
次の瞬間――
彼が、俺に向かって突進してきた。
速度はさっきの倍以上。
黒い爪が、俺の胸を狙って振り下ろされる。
俺は翼を交差させてガード。
衝撃で体が後ろに吹き飛ぶが、すぐに体勢を立て直す。
「来い! 」
俺もまた、黄金の翼を全開にした。
二人の光と闇が、激突する。
衝撃波が何度も爆ぜ、空が震える。
天界アストリアの裂けた空が、黄金と黒の光で交互に染まる。
俺は拳を振り、蹴りを放ち、翼で斬りつける。
ラフィセルは爪で切り裂き、瘴気で押し返し、黒い翼で薙ぎ払う。
肉弾戦。
純粋な、力と力のぶつかり合い。
どれだけ時間が経ったかわからない。
俺の息が荒くなる。
翼の輝きが、少しずつ薄くなっていく。
でも、ラフィセルの黒い翼も、ところどころにひびが入っている。
「……まだ、終わらねぇよ」
俺は呟いた。
スローライフは、まだ遠い。
でも――だからこそ、今は戦うしかない。
俺は最後の力を振り絞り、光の剣を高く掲げた。
「これで……決める! 」
黄金の光が、剣先から爆発的に膨張する。
ラフィセルが、初めて――後ずさった。
その瞬間、俺はすべてを賭けて、剣を振り下ろした。