軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第178話 小さな手が増える夜

白い帳の向こうで、アストリアの夜風が一度だけ膨らみ、寝台の脇に吊るした小さな羽根飾りを揺らした。

薄い金具が触れ合う音に、俺は卓の上へ置いた木彫りの玩具から指を離し、窓辺に座るミユウの背中へ視線を向けた。

彼女の銀白の髪は月明かりを受けて淡くほどけ、腹の上に重ねた両手だけが、部屋に満ちる光より少しあたたかい色を帯びていた。

「……あの二人が生まれた時も、こんな夜だったな」

声に出すと、喉の奥に残っていた砂のような疲れが動き、俺は椅子の背にもたれたまま、足元に転がった布の鞠を拾い上げた。

神官に預けられているはずのアインとジュリアの匂いが、まだ部屋の端々に残っていて、棚の角に引っかかった小さな布切れや、寝台の下へ逃げ込んだ木剣の柄が、こちらを見上げているようだった。

ミユウは振り返らず、指先で羽根飾りの影を追い、腹の丸みにそっと触れた。

「あなた、また同じ顔をしているわ」

「どんな顔だよ」

「大変だって言いたいのに、口元だけ先に笑っている顔」

俺は鞠を握ったまま、返す言葉を探して、結局、息だけを落とした。

アインが生まれた日のことを思い出すと、まず浮かぶのは泣き声よりも、腕の中の軽さだった。

抱き方ひとつで壊してしまいそうで、肘を動かすたびに布が擦れ、額に滲んだ汗が目尻へ落ちても、拭う手を作れなかった。

「アインは、最初から足の力だけは強かった。寝かせたと思ったら、布を蹴って、また泣いて、俺の指を握ったまま離さなくてさ」

「あなた、あの時ずっと立ったままだったもの。座ればいいのに、少しでも揺れが変わると泣くからって」

「座ったら泣いたんだよ。本当に。俺が楽をしようとした瞬間だけ、ちゃんとわかるみたいに」

ミユウが肩を小さく揺らし、窓辺の月明かりが髪の上でほどけた。俺は鞠を卓へ戻し、代わりに古い産着の紐を指で撫でた。

あの頃の俺は、剣を握るより布を結ぶほうが難しくて、アストラルフレイムを振るう腕で、小さな背中を支える角度ひとつに震えていた。

「ジュリアは、泣く前に顔を真っ赤にして、口をきゅっと結ぶんだ。あれ、今でも少し残ってる」

「ええ。嫌なものを見た時、目だけ先にあなたへ向けるの」

「俺に助けを求めてるんじゃなくて、俺がちゃんと気づくか試してるみたいな目だよな」

「それで、あなたが慌てて近づくと、袖を握って離さない」

部屋の隅に置いた小さな椅子が、風で揺れた帳の影に隠れたり、現れたりした。

二人分並べた椅子は、朝になると必ず位置がずれている。

アインは剣を置く場所を決めたがり、ジュリアは自分の布をそこへ掛けたがる。

今夜は二人とも神官の部屋にいて、床に散らばる声も足音もないはずなのに、木の継ぎ目の奥から、まだ小さなかかとが走る気配だけが残っていた。

「あの頃、寝られなかったな」

「今も、あなたはあまり寝ていないわ」

「今は理由が違う。あの時は、二人の息が小さすぎて、何度も覗き込んでた」

「覗き込みすぎて、アインを起こしたことがあったわ」

「……あれは、俺が悪い」

ミユウは振り返り、目元だけで笑った。

俺の胸の奥で、古い痛みが少しだけ甘く擦れた。アインを起こした夜、俺は泣き出した小さな体を抱えて部屋を何度も歩き、窓の外の星を数えながら、何を言えば泣き止むのかわからず、ただ背中を撫で続けた。

ミユウは寝台から身を起こし、産後の体を布で支えながら、俺の腕の角度を直してくれた。

「もっと胸に近づけて。あなたの音、聞かせてあげて」

あの時の声が、今のミユウの唇の形と重なり、俺は自分の胸に手を当てた。

鎧も外套もない部屋着の下で、鼓動が指にぶつかった。戦いの中では何度も遠くなった音が、あの小さな頬には頼りになっていたのだと思うと、息の出口が狭くなった。

「ジュリアは逆だった。胸に近づけると、俺の服を握って、そのまま眠るのに、離そうとするとすぐ眉を寄せて……」

「あなたの指を一本ずつ確かめていたわね」

「五歳になっても、寝ぼけるとまだ掴む。昨日も、俺の袖が伸びた」

「その袖、あなたが嬉しそうに畳んでいたもの」

俺は喉の奥で笑い、伸びた袖口を見下ろした。言い返すには、証拠が多すぎた。

棚の上にはアインの木剣の傷を直した時の薄い削り屑が小瓶に残り、ジュリアが折った羽根飾りの紐も、捨てられずに結び直して置いてある。

片づけるたびに増えるものばかりで、父親という役目は、手放せなかった小さな欠片で部屋を狭くしていくものらしかった。

ミユウが椅子から立ち上がろうとし、俺はすぐに腰を浮かせた。

「待て、俺が行く」

「立つだけよ」

「立つだけでも、俺が支える」

「あなた、最初の頃から変わらないわね」

彼女の手が差し出される前に、俺は歩み寄って、その指を取った。細い手のひらは、窓辺の冷えを少し吸っていて、俺の掌に乗るとゆっくり温度を戻した。

ミユウは片手を俺に預け、もう片方の手で腹を支えながら、寝台の端へ腰を下ろした。布が小さく沈み、羽根飾りの影が彼女の膝へ落ちた。

「今度の子は、浮くのよね」

「たぶん、浮くな」

「寝かせても、ふわっと上がってしまったらどうするの?」

「俺が下で受ける」

「ずっと?」

「必要なら」

ミユウが俺を見上げ、睫毛の影が瞳の中で揺れた。冗談で返したつもりだったのに、声の底だけがまっすぐ残ってしまい、俺は視線を逃がして寝台脇の籠を見た。

まだ生まれてもいない赤ん坊のために用意した柔らかな布は、何度畳んでも丸く膨らむ。浮くかもしれない小さな体を包むには軽すぎる気がして、昨日も神官に頼んで紐の編み方を変えてもらった。

「夜中に目を離したら、天井近くまで行ってるかもしれない」

「あなた、梯子を置くつもりでしょう」

「もう置く場所を考えてる」

「アインが登りたがるわ」

「だから隠す。ジュリアは見つける」

「そして二人で、あなたを呼ぶのね」

ミユウの声がやわらかく落ち、俺は頭を掻いた。見えてしまった。

朝の光が差し込む部屋で、アインが小さな足で布を踏み、ジュリアが俺の袖を引っ張り、上のほうで三人目の赤ん坊がふわふわと布ごと揺れている光景が、まだ起きてもいないのに、妙にはっきり胸の中へ入り込んだ。

「……騒がしくなるな」

「ええ」

「今でも十分すぎるくらい騒がしいのに」

「もっとね」

「食事の時、誰かが泣いて、誰かがこぼして、誰かが浮いてる」

「あなたは、両手が足りないって言いながら、全部受け止めようとするわ」

俺は口を閉じた。否定しようとしても、ミユウの腹の上に置かれた手を見ると、言葉がほどけてしまう。

アインが初めて熱を出した夜、俺は水を含ませた布を絞りすぎて、指の関節が白くなった。ジュリアが泣き続けた朝、ミユウは眠れないまま髪を結び、俺は何度も湯を替え、二人の小さな足の裏を掌で包んだ。大変だったと言えばそれまでなのに、その一つ一つが、俺の中で消えずに残っている。

「アインは、泣き疲れると俺の服の合わせ目に顔を押しつけて、声だけ小さくなるんだ。息が熱くて、布が湿って、でも離すとまた泣くから、朝までそのままだった」

「あなたの肩に、よく小さな跡がついていたわ」

「ジュリアは、握る力が強くてさ。俺の指を掴んだまま眠るから、動けなくて、夜明けまで同じ姿勢でいた」

「指が痺れたって言いながら、ほどこうとはしなかった」

「ほどけなかったんだよ。あの手が緩むまで、俺のほうが動けなくなる」

ミユウは目を伏せ、腹の丸みをゆっくり撫でた。窓から入る夜風が、彼女の袖口を少し持ち上げ、白い手首に月の色を置いた。俺はその隣へ腰を下ろし、寝台の軋みが落ちるのを待ってから、彼女の肩を支えた。

「あなたは、二人が泣くたびに、自分が何か間違えたみたいな顔をしていたわ」

「何が正しいか、わからなかった」

「それでも、逃げなかった」

「逃げたら、抱けないだろ」

ミユウの指が、俺の手の甲に重なった。爪の先が軽く触れ、皮膚の上を細い熱が通った。

あの頃の俺は、守るという言葉ばかり握っていたくせに、夜泣きひとつ満足に止められなくて、布の替え方を間違え、湯の温度を何度も確かめ、ミユウの顔色を見ては喉を詰まらせた。剣で斬れないものばかりが部屋に満ちて、俺はその全部に手を伸ばすしかなかった。

「三人目も、きっと思い通りにはならないわ」

「だろうな」

「眠ったと思ったら浮いて、抱こうとしたら羽根で顔を叩いて、アインとジュリアが起きて、あなたが慌てて」

「ミユウは笑う」

「少しだけ」

「少しか?」

ミユウは答えず、俺の手を腹の上へ導いた。丸く張った布越しに、内側から小さな動きが返ってきた。

押すでも蹴るでもない、まだ形になりきらない触れ方が掌に当たり、俺は息を止めた。ミユウの手が俺の手の上に重なり、二人分の熱で、そこだけ部屋の空気より濃くなった。

「ほら」

「……動いた」

「あなたの声が聞こえたのかもしれないわ」

「大変だって話してたのに」

「楽しそうだったもの」

胸の奥を突かれたみたいに、俺は視線を落とした。隠していたつもりのものが、腹の中の小さな命にまで届いていたのなら、もうごまかせない。

大変だ。きっと大変になる。今より寝られず、今より部屋は散らかり、アインとジュリアは神官の目を盗んで赤ん坊の籠を覗き込み、俺は一日に何度も名前を呼ばれ、ミユウは困った顔をしながら笑う。

「怖くないわけじゃない」

俺は掌を重ねたまま、言葉を落とした。

「アインとジュリアの時も、毎日、俺の手で足りるのかって思ってた。二人とも小さくて、泣き声だけは部屋いっぱいに広がって、抱いても泣くし、降ろしても泣くし、ミユウは眠れないし、俺は何度も布を落とすし」

「あなた、布を落とすたびに謝っていたわね」

「赤ん坊相手に、すみませんって言ってた」

「アインは泣きながら、あなたの指を握った」

「ジュリアは眉を寄せた」

「二人とも、ちゃんとあなたの腕の中にいたわ」

ミユウの声が、胸の奥へゆっくり染みた。俺は腹に触れたまま、彼女の横顔を見た。

戦いの中で何度も白い羽を広げた彼女が、今は寝台の端で足を揃え、まだ生まれていない命の動きに目を細めている。守るべきものが増えるたびに、俺の背中は重くなるのに、その重さを下ろしたいと思えない。

「賑やかになるわね」

ミユウは部屋を見回し、棚の上の小瓶や、壁際の小さな椅子や、籠の中の布へ順番に視線を置いた。

「朝は、アインが先に走ってきて、ジュリアが布を引きずって、赤ちゃんがふわふわ浮いて、あなたが寝癖のまま追いかけるの。食卓では、誰かの手が伸びて、誰かの羽根が触れて、スープの表面が揺れて、あなたは叱る前に笑ってしまう」

「俺、そんなに締まりがないか」

「家の中では、少し」

「少しじゃない顔で言ったな」

「あなたの顔が、もう楽しみにしているから」

俺は返事の代わりに、彼女の額にかかった髪を指で避けた。銀白の一房が指に絡み、ほどく時にさらりと冷たい感触を残した。

ミユウは目を閉じず、俺を見たまま、頬を少しだけ上げた。部屋の外では神殿の灯が遠く揺れ、石壁の向こうを通る風が低い音を立てている。

「俺は、たぶんまた失敗する」

「ええ」

「抱き方も、寝かせ方も、浮いた時の捕まえ方も、最初は全部下手だ」

「あなたは、そのたびに覚えるわ」

「アインとジュリアの時みたいに?」

「ええ。二人の小さな手に、あなたは何度も教わったもの」

ミユウの言葉に、俺は唇を噛んだ。アインの指、ジュリアの指、あの小さな熱が、今でも掌の内側に残っている。泣き声で夜がほどけ、白い朝が窓に滲み、疲れたミユウの肩へ外套をかけ、俺は二人を交互に抱きながら、何度も部屋を歩いた。大変だった。苦しかった。眠れなかった。それなのに、もう一度あの夜へ戻れと言われたら、俺はきっと、同じ腕で二人を抱く。

「アインが初めて俺の指を握った時、戦いで使ってきた手が、急に別のものになった気がした」

「別のもの?」

「斬るためじゃなくて、支えるためにあるんだって、あの小さな手に掴まれて、やっとわかった」

「ジュリアは?」

「ジュリアは、俺が少しでも離れようとすると、服を掴んだ。言葉なんてなかったのに、行くなって、全部そこに入ってた」

ミユウの瞳が潤んだように見えて、俺は言葉を止めた。

泣くな、と言うには、俺の喉もひどく熱かった。彼女は腹を撫でながら、俺の肩へこめかみを寄せた。髪が首筋に触れ、夜風で冷えた匂いと、彼女自身の甘い匂いが重なった。

「三人目の子も、きっとあなたを掴むわ」

「浮いて逃げるかもしれない」

「逃げても、あなたのところへ戻ってくる」

「どうしてわかる」

「あなたが、手を伸ばすから」

短い言葉なのに、胸の奥で大きく鳴った。俺はミユウの肩を抱き寄せ、彼女の体を自分のほうへ少しだけ近づけた。腹を圧迫しないように腕の位置を選び、背中の布を撫でると、彼女は息を吐いて、俺の胸元に額を寄せた。

「ミユウ」

「なあに」

「俺、楽しみなんだと思う」

「知っているわ」

「かなり、大変になるぞ」

「それも知っているわ」

「今より眠れないし、部屋はもっと散らかるし、アインとジュリアも赤ん坊を見たがって、きっと毎日大騒ぎだ」

「あなたは、困った顔で全部受け止める」

「……たぶん、そうする」

ミユウの手が俺の胸に触れ、布越しに鼓動を探した。彼女はそこへ耳を寄せるように少し傾き、腹の上の手を丸く添えた。俺は彼女の髪に頬を寄せ、目を閉じかけて、すぐに開いた。

眠るには惜しい夜だった。まだ誰も泣いていない。まだ誰も浮いていない。まだ部屋の中に、二人分の小さな足音と、これから増える足音の余白だけがある。

「あなた」

ミユウが顔を上げた。

「また、二人で覚えましょう」

「三人目の抱き方を?」

「ええ。浮いてしまった時の受け止め方も、眠らない夜の歩き方も、アインとジュリアが赤ちゃんに触りたがる時の手の添え方も」

「二人は、そっと触れるかな」

「最初は、力の加減がわからなくて、あなたが慌てるわ」

「目に浮かぶ」

「でも、きっと小さな指で、少しずつ覚える」

俺はうなずき、ミユウの手を取った。指の間に自分の指を通すと、彼女は握り返した。

戦いの中で何度も掴んだ手なのに、今夜の手は、剣を支える時よりずっと大事なものを俺へ預けている。指を強く握りすぎないように、力を抜くほうが難しかった。

「俺は、ミユウにばかり無理をさせたくない」

「あなたも、無理をするわ」

「父親だからな」

「母親だから、私もするわ」

「だったら、二人で止め合うか」

「ええ。止めて、支えて、また笑って、眠れない朝に少しだけ寄りかかって」

彼女の声が近くなり、俺は自然に顔を下げた。ミユウの唇が、まだ言葉の形を残したまま少し開き、白い息が俺の口元に触れた。

窓の外で羽根飾りが鳴り、部屋の奥の灯が揺れた。俺は彼女の頬へ手を添え、親指で目元の光を拭うように撫でた。

「泣いてるのか」

「泣いていないわ」

「そういうことにしておく」

「あなたこそ」

「俺も、そういうことにしておく」

ミユウが小さく息を揺らし、俺の胸元を掴んだ。次の言葉を待つ前に、俺は唇を重ねた。

最初は確かめるように浅く触れ、彼女の息が震えた瞬間、もう一度深く重ねた。頬に添えた手の下で彼女の体温が上がり、指先へ流れてくる熱が、夜風の冷たさを押し返した。

ミユウの指が俺の服を掴み、布が胸の上で皺を作った。俺は彼女の腰を抱き寄せすぎないように腕を止め、背中の中央へ掌を添えた。彼女の唇はやわらかく、少しだけ甘く、言葉にできなかった年月を、触れるたびにほどいていく。

アインとジュリアを抱いた夜、眠れなかった朝、戦いから戻った日、失いかけたものを掴み直した瞬間、その全部が唇の熱の中で重なった。

「……あなた」

離れた唇の間で、ミユウの声がかすれた。

「苦しいか?」

「違うわ」

「なら、もう少し」

「ええ」

今度は彼女から、ほんの少し顔を上げた。俺はその動きに合わせ、額を寄せてから、また唇を重ねた。

彼女の手が俺の首の後ろへ回り、銀白の髪が俺の手首に落ちた。甘さだけではない。胸の奥に刺さるようなものまで一緒に流れ込み、俺は目を閉じたまま、彼女の呼吸の浅さに合わせて、触れる強さを変えた。

唇が離れると、ミユウは額を俺の肩に預けた。俺の掌は彼女の背中にあり、もう片方の手は腹の丸みに触れていた。内側から、また小さな動きが返った。さっきよりもはっきり、俺の掌を押すような、まだ弱い命の合図だった。

「……起きてる」

俺が呟くと、ミユウは肩に額を預けたまま笑った。

「あなたのせいね」

「俺か」

「声も、鼓動も、全部届いているわ」

俺は腹に触れた手を少し丸めた。そこにいる子は、まだ名前も呼ばれていない。顔も見ていない。泣き声も聞いていない。

それでも、俺の中ではもう、受け止める腕の位置を探し始めていた。天井へ浮いたらどうする。アインが追いかけたらどう止める。ジュリアが怖がったらどう抱く。ミユウが眠れない夜、どうやって部屋の中を歩く。

大変になる。間違いなく。

それでも、俺は今、部屋の天井近くに揺れる未来を見上げて、手を伸ばす準備をしていた。

「なあ、ミユウ」

「なあに」

「三人目が浮いたら、最初に掴むのは俺の役目でいいか」

「ええ。でも、落ちそうになったら私も手を伸ばすわ」

「アインとジュリアも、きっと手を伸ばす」

「小さな手でね」

「……足りるかな」

「足りなければ、重ねればいいわ」

俺はミユウの手を握り直した。彼女の指が俺の指へ絡み、腹の上で二人の掌が重なった。

まだ生まれていない命が、その下で小さく動いた。外の風が帳を押し、羽根飾りがまた鳴る。遠くの神殿の灯が壁に揺れ、部屋の床に、三つ目の揺れる影が落ちたように見えた。

俺はその影へ手を伸ばしかけ、途中でミユウの手の熱に引き戻された。

指の間が、あたたかかった。