軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第176話 星翼の間に置く小さな揺り籠

白い石段を踏み上げた瞬間、神殿の奥から湧き上がった声が胸板にぶつかり、俺は思わず肩をすくめた。

金の燭台が並ぶ回廊には、白い衣をまとった神官たちが左右に膝をつき、そのさらに後ろでアストリアの人々が羽飾りを揺らしながら頭を下げている。

魔王との戦いで欠けたはずの壁には新しい星晶石がはめ込まれ、そこに映った俺の顔は、剣を握っていた時よりよほど頼りなく、頬のあたりだけ妙に熱を持っていた。

「真の勇者!」

一人の神官がそう叫ぶと、回廊全体が同じ声で震えた。

真の勇者、真の勇者、と何度も重なって、天井の高い神殿に跳ね返り、俺の耳の奥で大きくなっていく。

腰に下げたアストラルフレイムの柄が指先に当たり、俺はそこへ逃げるみたいに手を添えたが、隣に立つミユウが白い羽をわずかに揺らし、口元を袖で隠しているのが視界の端に入った。笑っている。たぶん、かなり。

「あなた、耳まで赤いです」

「言わなくていいだろ、そこは」

「神官さま方にも見えています」

「余計に言わなくていい」

俺が小声で返した途端、前列の神官がさらに深く頭を下げた。長い白髭が床につきそうになり、その厳かな動きのせいで、こちらの逃げ場がまたひとつ消える。

「二度にわたり命を賭してアストリアを救われた勇者、瀬野龍夜様。神殿の最奥、星翼の間を、あなた様とご家族のために捧げます」

「いや、様は……その、龍夜でいいです」

「真の勇者、龍夜様!」

呼び方だけ少し変わって、圧は一切減らなかった。むしろ神官たちの背筋が一斉に伸び、人々の目がきらきらとこちらへ向く。

俺は咳払いをひとつして、どこへ視線を置けばいいのかわからず、天井の星模様と床の磨かれた白石を交互に見た。

「パパ、すごい」

右手にしがみついていたアインが、俺の指を両手で握ったまま見上げてきた。小さな翼が背中でぴょこんと動き、目は回廊の光を拾って丸くなっている。

「パパ、いっぱいよばれてる」

反対側で、ジュリアがミユウのスカートをつかみながら俺を見た。声は小さいのに、周りの神官たちがその一言まで拾って、ふわっと目尻を緩める。

「そうだな。いっぱい呼ばれてるな」

「パパ、にげる?」

「逃げない。今ちょっと、どこに立っていればいいかわからないだけだ」

「パパ、こっち」

アインが俺の手を引き、ジュリアもミユウの手を引いた。

五歳の小さな歩幅に合わせると、神殿の長い回廊は急に別の場所になった。魔王の黒い気配が残っていた床を、子どもの靴音がぱたぱたと叩き、燭台の炎がそのたびに薄く揺れる。神官たちは道を開け、人々は両側に下がったまま、俺たち四人の通る音を聞いていた。

最奥の扉は、俺の背丈の何倍もあった。白銀の扉面には大きな翼と星の紋様が彫られ、中心には青く澄んだ石が埋め込まれている。神官が両手でその石に触れると、低い音が床下から響き、扉の合わせ目に細い光が走った。

「うわ」

アインが口を開けたまま、俺の指をぎゅっと握った。

「おっきい」

ジュリアがミユウの後ろに半分隠れながら、でも目だけは扉から離さなかった。

扉が開くと、星翼の間の空気が足元へ流れてきた。花の香りと、磨かれた木の匂いと、どこか高い場所の冷えた風が混じっていた。

部屋の奥には大きな窓があり、その向こうにアストリアの空が広がっている。雲は金色の縁を持ち、遠くの塔の先には白い羽飾りが風を受けて揺れていた。床には淡い青の絨毯が敷かれ、壁際には背の低い棚、丸い卓、大きな寝台、子どもが転がっても余りそうな広い空間がある。

「パパ、はしっていい?」

アインが一歩だけ前に出て、すぐ俺を見た。

「転ばないところだけな」

言い終わる前に、アインは絨毯の上を小さく駆け出した。靴音が石の床より柔らかく沈み、背中の翼が上下に揺れる。ジュリアもミユウの手を離し、少し遅れて追いかけた。

「おにぃちゃん、まって」

「こっち、ふわふわ」

アインが膝を曲げて絨毯を手で押し、ジュリアも隣にしゃがみこんだ。二人は指先で毛並みを撫でたり、足の裏でそっと踏んだりして、そのたびに顔を見合わせる。神官たちが入口付近で微笑ましく見守る中、アインは今度は窓辺へ走り、外の塔を指さした。

「パパ、そら、ちかい」

「本当だな。落ちないように、窓のところはゆっくり」

「うん」

返事だけは立派で、次の瞬間にはまた絨毯の上をぱたぱた戻ってくる。

ジュリアは大きな寝台の端に両手を置き、背伸びして上を覗こうとしていた。ミユウがすぐ後ろから腰をかがめる。

「ジュリア、のぼる時は一緒にね」

「ママ、ここ、ふかふか?」

「ええ、とても」

「パパも、ねんね?」

「今は寝ない」

「パパ、ねんねしたら、ここ」

ジュリアが自分の小さな手で寝台の端をぽんぽん叩いた。俺は返事に困って、その手の跡が白い布に小さく沈むのを見ていた。

少し前まで、俺は子どもたちに同じ手で止められ、同じ声で呼び戻されていた。アストラルフレイムを握った手の中には、まだその時の熱が残っている気がした。

入口に残っていた神官が、一歩前に出た。

「勇者様。この部屋は、代々、アストリアに大いなる加護をもたらした方のみが休まれる間でございます。どうか、ご家族でお使いください」

「……ありがとうございます」

言葉が喉に引っかかり、俺は深く頭を下げた。神官が慌てたように手を上げる。

「勇者様が頭を下げられるなど」

「俺だけの力じゃありません。ミユウがいて、アインとジュリアがいて、ここにいる人たちがいたから、戻ってこられました」

言いながら、胸の奥で何かが小さく軋んだ。格好つけるつもりはなかったのに、神官たちはまた一斉に膝をつきそうになり、俺は反射で両手を出した。

「あ、いや、そこまでしなくていいです。本当に。普通に立ってください」

「真の勇者とは、かくも謙虚であらせられる」

「違います。立ってください。お願いします」

「真の勇者!」

「増やさないでください」

ミユウがとうとう小さく吹き出した。アインがそれを見て、理由もわからないまま笑い、ジュリアも寝台の布をつかんだまま肩を揺らした。

神官たちの厳かな顔にも笑いが広がり、神殿の奥の大きな部屋に、剣の音ではないものが満ちていく。

やがて神官たちは深く礼をして、扉の外へ下がった。人々の声も遠ざかり、星翼の間には家族の足音だけが残った。俺は扉が閉じる音を聞いてから、壁際まで歩き、アストラルフレイムをそっと外した。剣を台座に置くと、柄に残っていた光が一瞬だけ脈を打ち、それから薄く沈んだ。

「あなた」

ミユウの声が背中に触れた。振り向く前に、白い光が肩を包んだ。最高天使の羽が広がり、部屋の中の空気がやわらかく震える。

光は熱すぎず、冷たすぎず、傷跡の奥に残っていた痛みの縁を丁寧になぞっていった。俺は立ったまま息を吐き、指先の力が少しずつ抜けていくのを感じた。

「まだ、体の奥が硬いです」

「戦いが終わったのに、変だな」

「終わったから、ほどけてきたのかもしれません」

ミユウの手が胸元に重なった。光がそこから広がり、肋骨の内側、喉、瞼の裏へ染み込む。魔王の黒い気配に押し潰されそうになった感覚も、自分の命ごと道を閉じようとした瞬間の重さも、完全には消えない。ただ、その上にミユウの羽の光が降り、固まっていた場所を少しずつ水に戻していく。

「パパ、いたい?」

アインが足音を小さくして近づいてきた。さっきまで部屋中を走っていた足が、俺の前で止まる。

「もう大丈夫だ」

「ほんと?」

「ほんと」

ジュリアもミユウの横からそっと手を伸ばし、俺の服の裾をつかんだ。

「パパ、こわいかお、やだ」

「……悪かった」

「こっちみて」

言われた通りに膝をつくと、ジュリアの指が俺の頬に触れた。小さな手はまだ少し冷たく、でも爪の先までちゃんとここにあった。アインは俺の反対側に回り、肩に額を押し当てる。

「パパ、いかないで」

「行かない」

「ほんと?」

「ああ。ここにいる」

短い言葉にすると、胸の奥の軋みがまた動いた。ミユウの光がそれを包み、アインの額の重みとジュリアの指の冷たさが、俺を床の上へつなぎ止める。俺は二人の背中に腕を回した。小さな翼が手のひらに当たり、羽の先がくすぐったく揺れる。

「あなた、もうひとつ、神官さまにお伝えしたことがあります」

ミユウが少し身を寄せた。俺は二人を抱いたまま顔を上げる。彼女の手は、自分の腹のあたりに添えられていた。白い光がそこだけ淡く丸まり、羽の影が床に重なる。

「……伝えたのか」

「はい。まだ、神殿の記録に残すほどではありません。でも、準備は始めてもいい頃だと」

アインが俺の肩から顔を上げた。

「じゅんび?」

ジュリアも同じようにミユウの手を見た。

「ママ、なに?」

ミユウは二人の前にしゃがみ、言葉を選ぶようにゆっくり息を吸った。難しい話にしないように、指先でジュリアの髪を整え、アインの額にかかった前髪を払う。

「新しい小さな家族を迎えるための準備です」

アインはぱちぱちと瞬きをした。ジュリアは首をかしげ、ミユウの腹にそっと手を伸ばしたが、触れる前に止めて、俺を見た。

「パパ、ちいさい?」

「まだ、とても小さい」

「ここ?」

ジュリアがミユウの手の上を指さす。

「ああ。ママの中にいる」

アインは何かを言おうとして口を開け、すぐ閉じた。それから、俺の袖を握ったままミユウのそばへ寄る。

「ママ、だいじ?」

「ええ。だから、みんなで準備しましょう」

「おふとん、いる?」

ジュリアが寝台の方を見た。

「いるな」

「ちいさい、まくら?」

「それもいる」

「おもちゃも?」

アインが急に顔を明るくし、部屋の真ん中を見回した。

「まだ早いかもしれないけど、少しならいいか」

「パパ、つくる?」

「作れるものは作る。買う……じゃなくて、神殿の工房に頼むものもあるな」

言い直したところで、ミユウが目だけで笑った。危ない。人間界の癖が、戦いの後のぼんやりした頭からこぼれそうになっていた。

俺は咳払いをして立ち上がり、部屋の隅に置かれた空の揺り籠用の台らしきものへ歩いた。白木で作られた低い枠はまだ布も敷かれておらず、真新しい木の匂いだけがした。

「この部屋、本当に広いな」

「アインとジュリアが走っても、まだ余りますね」

「走りすぎたら止めるけどな」

「パパ、もういっかい?」

「今は準備」

アインは少しだけ頬を膨らませたが、すぐに揺り籠の台に目を向けた。五歳の手で端を持ち上げようとして、当然びくともせず、むっとした顔で俺を見上げる。

「パパ、これ、ここ?」

「そうだな。窓から風が入りすぎない場所がいい」

ジュリアが窓辺へ行き、カーテンの端をつまんだ。薄い布が風で揺れ、彼女の小さな指からするりと逃げる。

「ここ、ひらひら」

「そこは風が強いな」

「こっち?」

ジュリアが今度は壁際の棚を指さした。

「いいかもしれない。ミユウ、どう思う?」

ミユウはゆっくり歩いてきて、棚と寝台と窓の位置を見比べた。白い羽が背中でわずかに動き、その影が床の絨毯に落ちる。

「夜に私が起きても、すぐ手が届く場所がいいです。けれど、アインとジュリアが寝ぼけてぶつからないところ」

「寝ぼけて走るのか?」

「前に、アインが夢の中で剣を探していました」

「アイン」

「……さがした」

アインは視線を逸らした。俺は笑いをこらえきれず、口元を手で押さえた。

「勇者の訓練は夢の中まで続けなくていい」

「パパのけん、かっこいい」

「アストラルフレイムは寝ている時に探すものじゃない」

「うん」

返事は素直だったが、目は台座の方へ向いている。俺は剣の上に布をかけ、子どもの興味が少しでも逸れるようにした。ジュリアはそれを見て、小さく頷く。

「けん、ねんね」

「そうだな。剣も休ませよう」

ミユウが棚の前に膝をつき、引き出しを開けた。中には柔らかな白布が何枚も畳まれている。彼女が一枚取り出すと、星の刺繍が薄い光を返した。

「神官さまが、赤ちゃん用の布を用意してくださっていました」

「用意が早いな」

「あなたが真の勇者として戻った時から、神殿中が何かしたくてたまらなかったそうです」

「またその呼び方か」

「真の勇者、布を畳んでください」

「ミユウまで乗らないでくれ」

そう言いながらも、俺は布を受け取った。薄くて軽い布なのに、手のひらに乗せると妙に重く感じた。剣より軽く、盾より柔らかい。だけど、落とさないように持つ指は、戦いの時より慎重になった。

アインとジュリアも床に座り、ミユウの真似をして布の端を持った。

「やさしくな」

「うん」

アインは真剣な顔で布を半分にしようとしたが、角がずれて山の形になった。ジュリアはそのずれたところを小さな指で押さえ、二人で顔を近づける。

「おにぃちゃん、こっち」

「こう?」

「ちがう」

「パパ」

助けを求める声が重なり、俺は二人の前に膝をついた。布の角をひとつずつ合わせると、アインは俺の手つきをじっと見て、ジュリアは途中で布の柔らかさに頬を寄せた。

「ジュリア、寝ないぞ」

「ふわふわ」

「わかるけど」

ミユウが隣で別の布を畳みながら、肩を小さく揺らした。光に包まれた部屋で、白い布が一枚ずつ重なっていく。魔王の爪痕を塞ぐためではなく、誰かを迎えるために手を動かしている。そのことに気づいた瞬間、指先の動きが少し止まった。

「あなた?」

「いや……変な感じがしただけだ」

「どんな?」

「壊れたものを直すんじゃなくて、まだ見ていないもののために場所を作ってる」

ミユウの手が、畳み終えた布の上で止まった。彼女は何も言わず、俺の手元に視線を落とす。アインは布を抱えたまま俺の膝に寄りかかり、ジュリアは畳みかけの布を両手で守るように押さえていた。

「あなたが戻ってきてくれたからです」

ミユウの声は大きくなかった。けれど、その一言が部屋の奥まで届き、窓の外の風が薄いカーテンを揺らした。

「俺だけじゃない。戻してくれたんだ。ミユウも、アインも、ジュリアも」

「パパ、もどった」

アインが俺の膝に額を当てた。

「パパ、ここ」

ジュリアが俺の服をつまんだ。

「ああ。ここにいる」

俺は二人の頭に手を置き、ミユウを見た。彼女の白い羽の先に、夕方の光が乗っている。戦いの中で何度も見た光なのに、今は剣を押し返すためではなく、畳んだ布と小さな手と、これから置く揺り籠のために降っていた。

「まずは、揺り籠の場所を決めよう」

俺が言うと、アインはぱっと顔を上げた。

「ここ」

「即決だな」

アインが指したのは、寝台のすぐ横、窓から少し離れた壁際だった。ジュリアもそこへ歩いて行き、両手を広げて場所を測るような仕草をした。

「ここ、ママ、ちかい」

「パパも、ちかい」

アインが俺の手を引いて、寝台と壁の間に立たせた。ジュリアはミユウの手を引く。四人がその場所に集まると、何も置いていない床なのに、そこだけ少し狭くなった。

「いい場所ですね」

ミユウが腹に手を添え、ゆっくり頷いた。

「じゃあ、ここにしよう」

俺は揺り籠の台を持ち上げようとして、思ったより重く、腰に力を入れた。アインがすぐ横から手を添える。

「てつだう」

「重いぞ。指を挟むなよ」

「うん」

ジュリアも反対側に小さな手を添えた。

「ジュリアも」

「危ないから、二人は押すふりだけでいい」

「ふり?」

「そう。気持ちは助かる」

二人は真剣な顔で台に手を当てた。俺がほとんどの重さを支え、ミユウが端を見ながら場所を示す。ほんの数歩の移動なのに、アインは息を詰め、ジュリアは足元を見つめ、まるで大きな儀式みたいにゆっくり進んだ。

「もう少し右です」

「こっちか」

「はい。そこ……いえ、少しだけ手前」

「真の勇者、揺り籠に苦戦中だな」

俺がぼそっと言うと、ミユウがまた口元を押さえた。アインは意味がわからないまま笑い、ジュリアも「ゆりかご」と小さく繰り返した。

ようやく台を置くと、木の脚が絨毯に沈み、微かな音を立てた。俺は手を離し、指先に残った木の硬さを握り直す。ミユウが白布を一枚広げ、揺り籠の中にそっと敷いた。星の刺繍が内側で光を受け、淡く浮かぶ。

「まだ、何もかも早いかもしれません」

ミユウが布のしわを伸ばしながら言った。

「でも、早いくらいでいい。今度は、慌てずに迎えたい」

「はい」

アインが揺り籠の縁を覗き込む。

「ここ、ねんね?」

「そうだな」

「ちいさいこ、ここ?」

「そう」

ジュリアは背伸びして中を見ようとし、届かなくて俺の袖を引いた。俺が抱き上げると、彼女は俺の肩に片手を置き、揺り籠の中をじっと見た。

「まだ、いない」

「まだな」

「あとで?」

「ああ。あとで」

ジュリアは納得したのか、しないのか、揺り籠の布を指でそっと撫でた。指先が白い布の上を滑り、星の刺繍で少し止まる。

「まってる」

その短い声に、ミユウの睫毛が揺れた。アインも隣で背伸びし、揺り籠の縁に顎を乗せそうになって、ミユウにそっと止められた。

「アイン、顎は乗せないでね」

「うん。まってる」

二人の言葉が重なって、部屋の空気がゆっくり沈んだ。俺はジュリアを床に下ろし、揺り籠の隣に膝をついた。アストラルフレイムを握った時とは違う手つきで、布の端を整える。ミユウの手が反対側から同じ布に触れ、俺たちの指が一瞬だけ重なった。

「あなた」

「ん?」

「この子にも、ここで最初の光を見せたいです」

「見せよう。アストリアの空も、神殿の光も、アインとジュリアの走る足音も」

「パパ、はしる?」

「赤ちゃんのそばでは走らない」

「そっと?」

「そっと」

アインがその場で足踏みを止める練習を始めた。ジュリアも真似をして、絨毯の上をほんの少しだけ踏む。小さな足が柔らかく沈み、二人は顔を見合わせて笑った。

ミユウが俺の横に座り、肩を寄せた。白い羽の先が俺の腕に触れ、癒しの光がまだ薄く残っている。俺はその温度を受けながら、揺り籠の中の白布を見下ろした。空っぽの場所。けれど、もう何もない場所ではなかった。

窓の外で、塔の羽飾りが風を受けて揺れた。部屋の中では、アインが畳みかけの布を抱え直し、ジュリアがそれを落とさないように両手で支えている。ミユウの手が俺の手の上に重なり、彼女の腹の前で光が淡く丸まった。

「次は、小さな服を入れる棚を決めましょう」

ミユウがそう言って立ち上がろうとした瞬間、ジュリアが白い布を抱えたまま、揺り籠の奥をじっと見つめた。

「パパ」

「どうした?」

「ここ、もうひとつ、ほしい」

ジュリアの指が、揺り籠の中ではなく、そのすぐ隣の空いた床を指していた。アインも同じ場所を覗き込み、小さな手で絨毯を押さえた。

「ここも、ふわふわにする」

ミユウが俺を見た。俺はまだ何も置かれていないその床へ手を伸ばし、絨毯の毛並みに指を沈めた。温かい布の端が、掌に触れた。