軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第17話 ミユウの重荷、全部俺が背負う

俺たちは闇オークションの跡地から、どれだけ走っただろうか。足取りは重く、息は白く夜気に溶けていく。

森の奥深く、太い古木が密集する場所まで来て、ようやく立ち止まった。

空はまだ夜明け前で、二つの月が雲の切れ間から冷たい光を投げかけている。

地面には落ち葉が厚く積もり、踏むたびに湿った音が響く。周囲は静寂に包まれ、遠くで夜行性の魔獣の遠吠えが時折聞こえるだけだ。

俺は大きな木の根元に腰を下ろし、膝の上にミユウを座らせた。

小さな体はまだ震えが止まらず、俺の服を両手でぎゅっと掴んでいる。銀色の髪は乱れ、頰には涙の跡が筋状に残っている。白いドレスは泥と血で汚れ、ところどころ破れていた。それでも、ミユウは俺の胸に顔を寄せて、温もりを求めている。

ルゥは少し離れた場所に立ち、背を向けて周囲を警戒していた。

黄金の瞳が闇を切り裂くように輝き、翼の羽根が微かに震えている。大天使長としての威厳は保っているが、肩の力が抜けていないのが分かる。あいつも、相当消耗している。

「龍夜くん……もう、大丈夫だよね? 」

ミユウが上目遣いで俺を見上げてきた。いつもは天真爛漫で、うざいくらいに元気な声が、今は掠れて弱々しい。大きな瞳は涙で潤み、睫毛に水滴が光っている。

俺は無理に笑みを浮かべて、頷いた。

「ああ、もう大丈夫だ。ラスフェルは追ってきてねえ。少なくとも今はな」

そう言いながら、俺はミユウの頭を優しく撫でた。細くて柔らかい髪が指に絡まる。触れるたびに、胸の奥が熱く疼く。

あのオークションの檻の中で、ミユウがどれだけ恐怖に耐えていたか。どれだけ我慢して、俺を信じて待っていたか。

想像するだけで、腹の底から怒りが込み上げてくる。あの魔王子ラスフェル──九百年前にルゥの家族を惨殺し、ミユウに消えないトラウマを植え付けた化物。いつか必ず、俺の手で潰してやる。

でも、今はそんなことより、ミユウを落ち着かせることが先だ。

ミユウは俺の言葉に少し安心したのか、息を吐いて体を預けてきた。でも、すぐにまた目を伏せて、唇を噛んだ。

「……ううん、違うの。ミユウ、怖かったけど……それより、龍夜くんの大事な光の箱が、ミユウのせいで壊れちゃって……ごめんなさい……」

声が震え、また涙が零れ落ちる。頰を伝って、俺の服に染み込む。

俺は慌てて首を振った。

「バカ。お前のせいじゃねえよ。俺が自分で使ったんだ。お前を助けるためなら、あのスマホなんて──」

言葉を遮るように、ミユウが顔を上げた。

大きな瞳に、これまで見たことのない本気の色が宿っている。

いつもは無邪気で、うざ可愛い笑顔しか見せなかったのに、今は違う。震える唇、固く結んだ眉。まるで、長い間溜め込んでいたものを、ようやく吐き出す覚悟を決めたみたいだ。

「龍夜くん、いつもミユウのこと守ってくれて……ありがとう。でも……ミユウ、ずっと我慢してたの。ルゥにも、誰にも言えなかったこと……」

声が途切れ途切れになる。俺は息を呑んで、黙って聞き続けた。ミユウの小さな手が、俺の服をさらに強く掴む。

「九百年前……ラスフェルが来た時、ミユウ、まだほんとに小さくて……何もできなくて……ルゥの家族が、みんな目の前で殺されて……お母さんも、お父さんも、お姉ちゃんも……ミユウ、隠れて見てただけ……助けられなくて……」

ミユウの肩が激しく上下する。嗚咽が漏れ、涙が止まらなくなる。

「それからずっと、ミユウが悪いって思ってたの。ミユウがもっと強ければ、みんな死ななかったって……だから、ミユウは笑ってなきゃいけないって思ってた。みんなを悲しませちゃいけないって……だから今度も、ミユウが犠牲になれば、龍夜くんもルゥも助かるって……そう思って、オークションに出たの……」

言葉の合間に、ミユウは息を詰まらせて泣く。小さな体が俺の腕の中で震え、熱い涙が俺の胸を濡らす。

俺の心臓が、痛いほど締め付けられた。九百年だぞ。たった一人の小さな少女が、九百年もの間、そんな重い罪悪感を抱えて生きてきたのか。

いつも笑って、俺に飛びついて、うざ可愛く振る舞っていたのは、全部その裏返しだったのか。

「でも……龍夜くんが来てくれて……スマホを犠牲にしてまで、ミユウを助けてくれて……初めてわかったの。ミユウが、守られてもいいんだって……自分が大事にされてもいいんだって……」

ミユウの声が、ますます震える。

「でも、怖いよ……またラスフェルが来たら、ミユウ、またみんなを不幸にしちゃうかも……ミユウのせいで、龍夜くんまで死んじゃったら……もう、嫌だよ……」

最後はほとんど叫びに近かった。ミユウが俺の胸に顔を埋めて、子供のように泣きじゃくる。

俺は、もう我慢できなかった。両腕でミユウを強く抱きしめた。小さな背中を撫で、耳元で低く、でもはっきりと告げた。

「もう二度と、泣かせねえよ」

ミユウの体が、びくりと震えた。

「ミユウの重荷、全部俺が背負う。お前が九百年抱えてきた罪悪感も、ラスフェルへの恐怖も、全部な。俺が救世主なんだろ? だったら、お前の分まで戦う。お前はもう、笑ってればいい。ただ、それだけでいい」

言葉を言い終えた瞬間、俺の胸に熱いものが込み上げてきた。目頭が熱くなる。でも、泣くのは俺じゃない。ミユウだ。

ミユウが俺の胸で、嗚咽を漏らしながら顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃの顔。でも、瞳の奥に、ほんの少し光が戻っている。

「……龍夜くん、好き……大好きだよ……ミユウ、ずっと前から……」

その告白に、俺の心臓が大きく跳ねた。頰が熱くなる。こんな状況で、こんなタイミングで──でも、ミユウの言葉は本物だ。小さな手が俺の頰に触れ、震えながらも優しく撫でてくる。

俺は照れ隠しに、ミユウの額に軽くキスをした。

「俺もだよ。ミユウのこと、大事だからな」

その時、ルゥが静かに近づいてきた。いつもは無表情に近い男が、今は珍しく柔らかい表情を浮かべている。黄金の瞳に、涙の気配すらある。

ルゥはミユウの前に跪き、大きな手で小さな頭を優しく撫でた。

「ミユウ……お前は悪くない。あの時も、今も。俺が守れなかっただけだ。ずっと、お前に伝えたかった」

ミユウがルゥを見上げ、二人で抱き合った。幼なじみ同士の、長い長い絆が、そこにあった。

俺は少し離れて、それを見守った。二人が泣きながら言葉を交わす姿に、胸が温かくなる。でも、同時に決意が固まる。

遠くで、魔力の揺らぎを感じた。微かだが、確実に近づいている。ラスフェルだ。

あの執念深い魔王子は、ミユウを奪還するために、必ず追ってくる。魔力でミユウを誘惑し、俺たちの言うことではなく、自分の命令だけを聞くように仕向けようとしている。

でも、もう怖くない。

俺はゆっくり立ち上がった。拳を握り、夜空を見上げる。アストリアの星々は、地球とは違う配置で輝いている。でも、今はそれが頼もしく思えた。

俺は転生者だ。スローライフを狙っていたのに、伝説の救世主に祭り上げられた。でも、もう後悔はない。

ミユウの笑顔を守るためなら、どんな敵とも戦う。ラスフェルだろうが、神々だろうが。

俺は二人に背を向け、森の闇を見つめた。

「ルゥ、ミユウ。少し休んだら、また移動するぞ。ラスフェルはまだ諦めてない」

ルゥが頷き、ミユウが俺の手を握ってきた。小さくて温かい手。

「うん……龍夜くんがいるから、ミユウ、もう怖くないよ」

その言葉が、俺の背中を押す。

もう二度と、ミユウを泣かせない。

そのために、俺はこの異世界で本気で救世主をやる。

夜明けが近づいていた。東の空が、わずかに明るくなり始めている。

俺たちは再び歩き出す。未来はまだ不透明だ。でも、今はこの手が繋がっている。それだけで、十分だった。