作品タイトル不明
第13話 俺に出来る、たった一つのこと
「はあぁぁぁーっ……」
翌日、俺は文字通り地球が吹き飛ぶんじゃないかと思うほど、でっかいため息を吐いて、頭を抱えていた。
――「この世界に、誰も倒れなくていい設備を作る!」
改めて思い返してみると、とんでもなく大層なことを言ったものだと思う。
ステータスを開けば、戦闘力ゼロ。魔力ゼロ。おまけに基礎能力さえ怪しい。
そんな俺が、次は医学を志すだなんて。
正直、救世主なんて柄じゃない。
無責任なことを言うなら、エンターテイナーの方がまだ向いているんじゃないかと、本気で思った。
――それでも。
あの時の言葉は、勢いでも虚勢でもなかった。
少なくとも、俺の中では確かに本気だった。
この世界には、基本的な医療設備がほとんど存在しない。
麻酔もないまま手術を受け、小さな体で痛みに耐え抜いたミユウ。
今も残る後遺症に顔をしかめる姿を見るたび、胸の奥がきりきりと痛んだ。
まともに戦えない。
魔法も使えない。
救世主として期待される力は、何一つ持っていない。
それでも――
今の俺に出来ることが、たった一つだけあるとしたら。
「龍夜くんっ!」
洞窟の奥から、聞き慣れた声が弾むように響いた。
ミユウがいつもの調子で、ぴょんぴょんと跳ねながら外へ飛び出してくる。
反射的に抱き止めた、その瞬間。
胸の奥に、嫌な感覚が走った。
次の瞬間、ミユウの体がわずかに強張り、足に力が入らなくなるのが分かった。
傷ついた右足に痛みが走ったのだろう。
身体がよろけ、このまま倒れそうになる。
「だめだろ。まだ治ってないのに、そんなに走っちゃ!」
思わず声が強くなる。
「えー! 平気だよ! 龍夜くんは心配しすぎ!」
そう言って笑うミユウだったが、その表情はどこか無理をしていた。
額には大粒の汗が浮かび、無意識のうちに右足を庇うように手を添えている。
――やっぱり、無理してる。
俺はミユウをそっと膝に座らせ、深呼吸させてから、脈に指を当てた。
少し早い。
心臓が、まだ落ち着かないままドクドクと早鐘を打っている。
「龍夜くん?」
不安そうに見上げてくる視線に、胸がちくりとする。
恐怖を与えないよう、患者と同じ目線になるように身体を屈め、肩に優しく手を置いた。
大丈夫だ、と伝えるつもりで。
「……まだ、痛むんだろ?」
「あ……」
一瞬の沈黙。
図星だったのだろう。ミユウは小さく視線を逸らした。
俺は何も言わず、怪我をした足に包帯を巻いていく。
強く締めすぎないように。
それでいて、ずれないように。
「痛いか?」
「ううん! 全然平気!
龍夜くん、ありがとう! 大好き!」
屈託のない言葉が、胸に落ちてくる。
俺は医学の専門書を読んだわけでもない。
剛田唱(ごうだしょう) が、たまたま怪我をした子供に手当てをする場面に心を打たれ、勢いで長文の感想メールを送った。
その時に感じた気持ちと、記憶に残っていた動作を、なぞっているだけだ。
――ありがとう。
たった一言。
それだけなのに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「……ミユウ」
俺はミユウをそっと抱き寄せ、もう一度、怪我をした足に視線を落とした。
「無理はするな。
痛い時は、ちゃんと言え」
ミユウは一瞬きょとんとしたあと、小さく頷き、俺の胸に顔を埋めた。
少し離れた場所で、ルゥが腕を組んだまま、こちらを静かに見ている。
いま、この瞬間があるなら。
この小さな体が、これ以上痛みに耐えなくていい世界を作れるなら。
もし本当に、人間界に帰ることがあるなら。
俺はちゃんと医学を学ぼう。
救えなかったからこそ、学ぶ。
それだけは、はっきりしていた。
本当に、そう思った。