軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 戦闘力0でも、彼女を救うために命懸け

「いい加減にしろ!」

自分でも驚くほど大きな声が出た。

洞窟の壁に反響した怒鳴り声が、まるで他人のもののように耳へ返ってくる。

「救世主だか魔王だか、俺には関係ねぇ! このクソ天使ども! さっさと下界に返しやがれ!」

止まらなかった。

止める気も、もうなかった。

ここに来てからずっとだ。

選ばれただの、使命だの、世界を救えだの。

俺の意思なんて、最初から数に入っていなかった。

帰りたいと言えば、逃げだと笑われる。

拒めば、救世主の自覚が足りないと言われる。

――ふざけるな。

俺はただ、普通に生きていただけだ。

戦える力も、癒す力も、世界を背負う覚悟もない。

「龍夜くん……」

ミユウの声がした。

不安と、怯えと、ほんの少しの悲しみが混じった声。

それを聞いた瞬間、胸の奥で何かが揺れた。

本当は、言いたかった言葉は違ったはずなのに。

「お前が……一番、俺を救世主としてしか見てないんじゃねぇのか?」

言ってしまった。

取り返しのつかない一言だと、口をついた瞬間に分かった。

ミユウの目が見開かれ、小さな体がこわばる。

――しまった。

後悔が、遅れて押し寄せる。

だが、その瞬間。

「危ない!」

視界が揺れた。

胸に衝撃が走り、息が詰まる。

ミユウが、俺を突き飛ばしたのだと理解するより早く、背後で鈍い音がした。

「痛ってーな。何しやが……!」

怒鳴り返そうとして、言葉が喉に張り付いた。

「触るなっ!!」

鋭い声。

反射的に振り向いた俺の目に飛び込んできたのは――

ミユウの背中に突き立つ、黒く濡れた刃だった。

「……っ」

理解が、追いつかない。

悪魔族の武器。

俺を狙っていた一撃。

それを、ミユウが代わりに受けた。

「どけ。名ばかり救世主」

ルゥの声が、やけに冷たく響いた。

俺は強く突き飛ばされ、地面に尻もちをつく。

次の瞬間、ルゥは躊躇なく刃を引き抜いた。

噴き出す血。

洞窟の床を赤く染めていく。

「……ッ!!」

ミユウの喉から、声にならない悲鳴が漏れる。

その体から一気に力が抜け、ルゥの胸へ倒れ込んだ。

蒼白な顔。

冷たい汗で濡れた背中。

止まらない出血。

――俺のせいだ。

怒りに夢中になって、周囲への警戒を怠った。

俺が油断したせいで、ミユウは傷ついた。

「ここは危険だ。悪魔族が多すぎる。洞窟に移動する」

ルゥの判断は早かった。

俺は何も言えず、ただその背中を追うしかなかった。

△△△

洞窟の奥は、湿った冷気に満ちていた。

ルゥはミユウを肩に預け、ローブの内側から医療器具を取り出す。

金属音。

メスの刃が、かすかに光った。

刃先が、ミユウの脚へ入れられる。

思わず目を逸らしかけて、歯を食いしばった。

逃げる資格なんて、俺にはない。

現代日本なら、手術の前に麻酔で眠らせる。

痛みを感じないように、恐怖を味わわせないように。

だが、ここにはそんな配慮は存在しない。

洞窟の床が血で濡れ、

ミユウのうめき声が、暗闇に吸い込まれていく。

「……もう少しだ。剣を抜く。痛かったら叫べ」

ルゥは、一切迷わなかった。

剣を一気に引き抜く。

「――!! あぁっ……!!」

その瞬間だけ、ミユウははっきりと叫んだ。

小さな体が跳ねるのを、俺はただ見ているしかなかった。

「……終わったの?」

震える声。

「ああ。よく耐えた。あとは休め」

「良かった……」

かすかな笑みを浮かべ、ミユウはそのまま意識を失った。

洞窟には、荒い息遣いだけが残る。

時間の感覚が、分からなくなっていた。

「……何でだよ」

絞り出すように、声が出た。

「何でこの世界には、病院も、麻酔もねぇんだよ……!」

「病院? 麻酔?」

ルゥが、鼻で笑う。

「甘えるな。ミユウの癒しの力は、神から預かったものだ。自分のために使えば、神は代償として、この子の命を回収する」

喉が、ひくりと鳴る。

「……じゃあ、どうすればいい」

「この森のどこかに、伝説の薬草“ルミナリア”がある。それ以外に方法はない」

考える前に、言葉が出た。

「俺が行く」

ルゥの目が大きく見開かれる。

疑い。

無謀だという無言の拒絶。

だが、それでもいい。

俺はもう、洞窟を飛び出していた。

悪魔族が、一斉に襲いかかってくる。

「どけよっ!!」

叫んだ瞬間、手の中に光が集まった。

アストラルブレイド。

純粋な心にしか反応しないという、皮肉な武器。

剣技も、戦闘力もない。

それでも、必死に振り回し、どうにか道を切り開く。

そして、崖。

足を踏み外せば、終わりだ。

下を見ただけで、胃が縮む。

それでも、手を伸ばす。

ミユウの笑顔が、脳裏に浮かんだ。

「……もう少し……」

指先が、ルミナリアに触れた、その瞬間。

突風。

世界が反転し、意識が闇に沈んだ。

――

どれほど時間が経ったのか分からない。

気づけば俺は、薬草を握ったまま洞窟に戻っていた。

ミユウは、今にも息が途切れそうだった。

薬草をすり潰し、液体にして、ビーカーから口に流し込む。

喉が動かない。

「死ぬな……頼む、飲め……!」

必死に声をかけると、わずかに喉が動いた。

薬が、飲み込まれる。

やがて、ミユウの頬に血の色が戻り、呼吸が少しずつ落ち着いていく。

「……良かった……」

力が抜け、そのまま意識が遠のいた。

――救世主なんて、なりたくない。

それでも。

癒す力がなくても、戦えなくても。

誰かを救うために、命を懸けることだけはできる。

この世界で、俺が選ぶ道は――

もう、決まってしまった。