軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第106話 命を懸けても、この手は離さない

森を抜けた夜風が、血の匂いを含んで頬を打った。

月明かりの下、俺はアインとジュリアを背後に 庇(かば) いながら、ゆっくりと息を吐く。

肩口の傷は、ミユウの 癒(いや) しの光でいったん 塞(ふさ) がったはずなのに、まだ熱を帯びた痛みが奥でじくじくと脈打っていた。だが、そんなことを気にしている場合じゃない。

木々の 陰(かげ) から現れた警備兵たちは、さっき 地下牢(ちかろう) で相手にした連中とは明らかに数が違っていた。

十人。いや、もっといる。

槍(やり) を構える者、剣を抜く者、後方で弓を引き絞る者。 重厚(じゅうこう) な 鎧(よろい) が月光を鈍く反射し、金属の 擦(こす) れる音が不気味に重なっていく。

森のざわめきさえ、その殺気に押し 潰(つぶ) されるように遠のいていた。

隊の先頭に立つ大柄な男が、冷え切った声で告げる。

「 宝玉(ほうぎょく) に触れるなら、命はないぞ。お前たち全員、この島から生きて出ることは許さん」

その言葉に、アインの小さな肩がびくりと震えた。

ジュリアも、俺の服の 裾(すそ) をぎゅっと握り締める。ミユウが二人を抱き寄せる気配が背中越しに伝わってきた。

俺は前を向いたまま、低く言う。

「ミユウ。子供たちを頼む」

「でも、あなた……! 」

「大丈夫だ」

自分でも驚くほど静かな声だった。

大丈夫じゃない。そんなこと、俺が一番わかっている。傷は浅くない。地下牢からの脱出で魔力も使った。

しかも、あの胸の奥に巣食う嫌なざわめきが、さっきからずっと消えていない。

……それでも。

ここで退くわけにはいかない。

俺の前には、守るべきものがある。

それだけで、立つ理由は充分だった。

俺は右手をゆっくりと前にかざした。 掌(てのひら) の奥で、眠っていた熱が目を覚ます。

血が 沸騰(ふっとう) するような感覚と共に、赤金色の光が指先から 滲(にじ) み出した。

次の瞬間、光は 奔流(ほんりゅう) となって 収束(しゅうそく) し、 一振(ひとふ) りの剣の形を取る。

アストラルフレイム。

星のような光を 孕(はら) んだ 刃(やいば) が、夜の闇を裂くように燃え上がった。赤とも金ともつかない神々しい輝きが辺りを照らし、警備兵たちの顔色が変わる。

「なっ……! 」

「構うな! 一斉にかかれ! 」

怒号と共に、最前列の兵が突っ込んでくる。

槍の 穂先(ほさき) が月光を弾き、一直線に俺の 喉笛(のどぶえ) を狙った。

遅い。

俺は半歩だけ身体をずらした。紙一重で穂先をかわし、そのままアストラルフレイムを 横薙(よこな) ぎに振り抜く。

轟(ごう) っ、と炎が 唸(うな) った。

赤金の 斬撃(ざんげき) が空気ごと裂き、最前列の兵たちをまとめて吹き飛ばす。

鎧ごと 弾(はじ) き飛ばされた男たちが、木々に叩きつけられ、悲鳴と共に地面を転がった。

間髪入れず、左右から剣士が飛び込んでくる。

俺は左の剣を火花と共に受け流し、右へ踏み込む。

肩を 捻(ひね) って 懐(ふところ) に 潜(もぐ) り込み、 肘(ひじ) を 鳩尾(みぞおち) に叩き込んだ。

ぐしゃりと空気が潰れる鈍い音。男の身体が浮く。そこへ返す刃で剣を叩き折り、蹴りで森の奥へと吹き飛ばす。

左手からもう一人が斬りかかる。俺は剣を逆手に持ち替え、その刃を受け止める。金属音が夜気を震わせた。

押し合う一瞬、相手の目に浮かんだ恐怖が見えた。

「ば、化け物……! 」

「違う」

俺は低く言い放つ。

「父親だ」

そのまま剣を弾き上げ、回転する勢いでアストラルフレイムを叩きつけた。

炎の刃が地面を 抉(えぐ) り、爆ぜるような衝撃で男を吹き飛ばす。土と火花が舞い、焦げた草の匂いが広がった。

後方の弓兵が一斉に 弦(つる) を鳴らす。

矢の雨。

俺は舌打ちし、剣を円を描くように振るった。アストラルフレイムの炎が壁のように広がり、迫る矢を空中で焼き尽くす。

燃えた 矢羽(やばね) が火の粉となって散り、暗い森に 星屑(ほしくず) のように降り注いだ。

その 隙(すき) を突いて、後方から槍兵が突進してくる。

三人。四人。五人。

俺は踏み込んだ。

地を蹴った瞬間、世界が遅くなる。夜風の流れも、兵たちの息遣いも、全部がはっきり見えた。

最初の槍を刃で払い、二本目を身を沈めてかわし、三本目の 柄(え) を 掴(つか) んで引き寄せる。

前のめりになった兵の顔面に膝を叩き込み、そのまま身体を軸にして振り回した。ぶつかった味方ごと二人まとめて倒れ込む。

さらに一歩。燃える刃を 逆袈裟(ぎゃくけさ) に振り抜けば、衝撃で鎧ごと吹き飛ぶ。

「うおおおおっ! 」

誰かが恐怖を振り切るように叫び、剣を振り下ろす。

その刃が届くより先に、俺のアストラルフレイムが 閃(ひらめ) いた。

火線(かせん) が走る。

剣が砕ける。

男の身体が後ろへ弾け飛ぶ。

兵たちが一歩、また一歩と後ずさった。

俺は止まらない。

止まれるわけがない。

地下牢で感じた冷たさ。誰とも触れ合えず、ただ息を殺していたあの孤独。

あんなものを、もう二度と家族に味わわせるものか。

「邪魔だァァッ! 」

吠(ほ) えると同時に、アストラルフレイムの輝きがさらに増した。

刃から 溢(あふ) れた炎が 奔(はし) り、夜の森を赤金色に染め上げる。

大地が唸り、木々の葉が熱風にざわめく。俺は真正面から兵の群れに突っ込んだ。

一閃(いっせん) 。

二閃。

三閃。

振るうたびに衝撃波が生まれ、兵たちがまるで紙切れみたいに吹き飛んでいく。

鎧がへこみ、剣が折れ、槍が宙を舞う。悲鳴、怒号、金属音、炎の轟音――すべてが混ざり合い、戦場は一気に 混沌(こんとん) へと変わった。

「すごい……」

背後で、アインの小さな声がした。

けれど、その直後だった。

ずきん、と。

心臓の奥を、鋭い針で突き刺されたような痛みが走る。

「っ……! 」

視界が一瞬、ぐにゃりと 歪(ゆが) んだ。

足が止まる。

耳鳴りがした。世界の音が遠ざかり、代わりに嫌な鼓動だけがやけに大きく響く。

どくん、どくん、と不規則に暴れるそれは、まるで胸の奥で別の何かが目を覚まそうとしているみたいだった。

魔王の発作。

くそ……こんな時に……!

アストラルフレイムの炎がぶれる。 刀身(とうしん) の輝きが、一瞬だけ弱まった。

「今だ! たたみかけろ! 」

警備兵たちが好機を逃すまいと一斉に襲いかかる。

俺は剣を構え直そうとして、膝が折れそうになるのを必死で 堪(こら) えた。

視界の端で、黒い 靄(もや) のようなものが揺らめく。息を吸うたび、肺の奥まで冷えた爪が食い込んでくるみたいに痛い。

だめだ。立て。倒れるな。

倒れたら、守れない。

だが、身体が言うことを聞かない。

兵の一人が、俺の隙を突いて剣を振り上げた。

「あなたっ! 」

ミユウの叫び。

その声とほとんど同時に、小さな足音が前へ飛び出した。

「ジュリア!? 」

振り向く暇もない。だが、確かに見えた。

俺の前に、幼い小さな背中が立っていた。

震える両手を胸の前で重ね、ジュリアが必死に空へ向かって手を伸ばす。

大きな瞳には涙が 滲(にじ) んでいる。それでもその顔は、泣きそうなくせに 懸命(けんめい) で、まっすぐだった。

「てんちゅうの、アストロ•アローッ! 」

たどたどしい声と共に、ジュリアの掌に淡い光が 灯(とも) る。

ミユウが使うあの技を、見よう見まねで真似したのだろう。

光は細く、頼りなく、今にも消えそうなほど小さい。それでも確かに、夜の中に一本の矢の形を結んだ。

小さな、小さな 天柱(てんちゅう) の 矢(アストロ・アロー) 。

それはふらつきながらも前へ飛び、襲いかかってきた兵の前でぱっと 弾(はじ) けた。火花のような光が散り、男は驚いて思わず足を止める。

だが、それだけだった。

矢は次の瞬間には消えてしまう。

力は弱い。攻撃にもなっていない。

それでも――

俺の胸を、凍りつくような恐怖が 貫(つらぬ) いた。

「ジュリア!! 」

気づけば、怒鳴っていた。

娘の肩がびくりと震える。

俺は苦しさも忘れて一歩踏み出し、ジュリアを抱き寄せるように後ろへ押しやった。

「何やってるんだ! 前に出るな! 」

自分でも驚くほど、声がきつかった。

ジュリアの目が大きく揺れる。唇が震え、今にも泣き出しそうに歪む。

「だ、だって……」

「だめだ! お前が傷ついたらどうする! 」

「だって……だって……大好きなパパを守りたかったんだもん! 」

その一言が、まっすぐ胸に刺さった。

涙でぐしゃぐしゃになった顔。震える声。小さな身体全部で 絞(しぼ) り出した、その想い。

俺は一瞬、言葉を失った。

叱(しか) ったのは怒りじゃない。

怖かったんだ。

俺が倒れたせいで、娘が前に出る。その未来が、たまらなく怖かった。

守る側であるはずの俺のせいで、守られるはずの小さな手に戦わせてしまうことが、どうしようもなく怖かった。

胸の奥で荒れ狂っていた発作とは別の熱が、今度ははっきりと燃え上がる。

情けない。

父親のくせに、娘にこんな顔をさせてるのか。

……ふざけるな。

俺はジュリアの頭を一瞬だけ 撫(な) で、その身体をミユウへ押し返した。

「ミユウ、頼む」

「あなた……」

「悪い。怒鳴った」

短く息を吐く。

そして、前を向いた。

ちょうどその時、警備兵の一人が吐き捨てるように笑った。

「命がどうなってもいいなら勝手に行け! だが宝玉の前で死ぬのはお前たちだ! 」

その言葉を聞いた瞬間、何かが切り替わった。

視界の 霞(かす) みが、すっと晴れる。

胸を締めつけていた黒い痛みが消えたわけじゃない。むしろ、まだ奥でうごめいている。

だが、そんなものごときに膝をついてやる気は、もう 一欠片(ひとかけら) もなかった。

俺はゆっくりとアストラルフレイムを構え直した。

赤金の炎が、これまで以上に激しく燃え上がる。

夜気が震えた。

大地が鳴る。

兵たちの顔に、はっきりと 怯(おび) えが走った。

「勝手に行け、だと……? 」

俺は低く笑った。

それは自分でも驚くほど静かで、それでいて、凍てついた怒りを 孕(はら) んでいた。

「行くに決まってるだろ」

一歩、踏み出す。

「命を 懸(か) けるのが俺一人なら、いくらでも懸けてやる」

もう一歩。

「でもな――」

炎が爆ぜる。

「家族に指一本でも触れようとするなら、全員まとめてぶっ飛ばす」

次の瞬間、俺の姿が消えた。

いや、速すぎて見えなかっただけだ。

兵たちが反応する前に、俺はもう最前列のど真ん中にいた。

アストラルフレイムが唸りを上げる。横薙ぎの 一閃(いっせん) で、三人まとめて吹き飛ばした。鎧が砕け、槍が宙を舞い、地面を転がる。

「なっ……!? 」

「速すぎ――」

言い終わる前に、次の兵の目前へ踏み込む。 柄(つか) で顎を打ち上げ、 怯(ひる) んだところへ回し 蹴(げ) り。

男の巨体が木に叩きつけられ、幹が悲鳴のように 軋(きし) んだ。

後方の二人が同時に斬りかかる。

俺は振り向きもせず、背後へ刃を振り抜いた。

炎の 弧(こ) が夜空を切り裂く。

二人の剣ごと身体が吹っ飛び、火花を散らして転がった。

右から槍。

左から剣。

正面から 盾兵(たてへい) 。

全部まとめて叩き潰す。

俺は地面を蹴り上げるように跳び、頭上でアストラルフレイムを振りかぶった。

刀身から 奔(ほとばし) った炎が巨大な 火刃(かじん) となり、真正面へと叩き落とされる。

轟音。

爆風。

地面が裂け、木々がしなる。

前方にいた兵たちがまとめて吹き飛び、 土煙(つちけむり) の中へ消えた。

残った者たちも衝撃で足を取られ、次々と膝をつく。

だが、終わらせない。

俺はそのまま土煙の中へ突っ込んだ。

見える。全部。

怯えた目。震える腕。逃げ腰の足。

一人の 胸倉(むなぐら) を掴み、持ち上げ、そのまま横の兵へ叩きつける。

二人まとめて転倒。振り下ろされた剣を手首ごと蹴り上げ、落ちた武器を炎の一撃で 粉砕(ふんさい) 。

槍兵の懐へ潜り、腹に拳を突き立てる。ぐえ、と情けない声と共に鎧がへこみ、男は白目を剥いて吹っ飛んだ。

「ば、化け物だ……! 」

誰かが叫んだ。

「違う」

さっきと同じ言葉を、今度はもっとはっきり言う。

「守るって決めた男だ」

アストラルフレイムが、呼応するように 唸(うな) った。

最後に残ったのは、最初に命令を下していた隊長格の男だった。

男は汗に濡れた顔で剣を構えるが、その足はもう半歩も前へ出てこない。周囲には倒れた兵たち。折れた槍。焦げた土。散った火の粉。

俺はゆっくり近づく。

男の喉がごくりと鳴った。

「く、来るな……! 」

「どけ」

「宝玉は呪われている! 触れれば死ぬ! お前のような 半端者(はんぱもの) が進んでも――」

「どけ」

その一言に、男はついに悲鳴を上げながら剣を振り下ろした。

遅い。

俺はアストラルフレイムで受け、火花を散らしながらそのまま押し返す。

男の剣が耐えきれず真ん中から 砕(くだ) けた。 呆然(ぼうぜん) とするその胸元を、俺は剣の 峰(みね) で思い切り殴りつける。

鈍い衝撃と共に、男の身体が吹き飛び、地面を転がって動かなくなった。

静寂(せいじゃく) が戻る。

激しい呼吸だけが、自分の耳にうるさいほど響いていた。

俺はゆっくりと振り返る。

ミユウが、アインが、ジュリアがいた。

ジュリアはまだ涙を浮かべたまま、それでも必死に泣くのを我慢している。

アインは妹の肩を抱きながら、俺を見つめていた。ミユウの瞳には 安堵(あんど) と心配と、言葉にできないいろんな感情が揺れている。

俺はアストラルフレイムを消した。

炎の剣が光の粒となって夜へほどけていく。

それから、ゆっくりとジュリアの前にしゃがみ込んだ。

「さっきは……怒鳴って悪かった」

ジュリアの唇がきゅっと結ばれる。

「でも、覚えててほしい。お前がパパを守りたいって思ってくれたの、すごく嬉しかった」

大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれた。

「ほんと……? 」

「ああ。ほんとだ」

俺は娘の小さな頭を、今度はちゃんと優しく撫でた。

「でもな、ジュリア。お前が傷つくのは、もっと嫌なんだ。だから無茶はするな。守るのは、俺の役目だから」

ジュリアはしゃくり上げながらも、小さく 頷(うなず) いた。

その隣で、アインが少しだけ胸を張る。

「ぼくも、つよくなる。パパみたいに」

思わず 苦笑(くしょう) が漏れた。

「焦らなくていい。お前たちは、お前たちのままでいい」

ミユウがそっと俺の肩に手を置く。触れられたところから、柔らかな温もりがじんわりと広がった。

彼女は俺の顔を見つめ、困ったように、それでも愛おしそうに 微笑(ほほえ) む。

「本当に……無茶ばかりするのね、あなたは」

「そうしないと守れない時もある」

「ええ。でも、一人で全部背負わないで」

その声は優しかった。

優しくて、胸が痛くなるほどだった。

俺は小さく息を吐き、立ち上がる。そして、倒れた警備兵たちの向こう、森のさらに奥へと目を向けた。

闇の先に、宝玉がある。

魔王復活の鍵。俺を襲うこの発作の正体に 繋(つな) がるもの。

そして、家族を脅かすすべての 元凶(げんきょう) 。

胸の奥で、まだ黒い痛みは 燻(くすぶ) っている。

だが、それがどうした。

俺にはもう、立ち止まる理由なんてなかった。

「行こう」

短く言うと、アインとジュリアがこくりと頷いた。ミユウも静かに俺の隣へ並ぶ。

夜風が森を駆け抜ける。

月は高く、白く、冷たく輝いていた。

その光の下で、俺はもう一度だけ拳を握る。

父親として。

勇者として。

この手で、必ず守る。

たとえ胸の奥にどんな闇を抱えていようと、もう二度と、大切なものを孤独の中へ置き去りになんてしない。

その決意だけを燃やしながら、俺たちは宝玉の眠る 神殿(しんでん) へ向かって歩き出した。