軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第105話 孤独な牢獄と、燃える父の決意

俺は冷たい石の床に横たわったまま、ゆっくりと意識を取り戻した。

まぶたを開けた瞬間、視界いっぱいに広がるのは、重く 沈(しず) んだ暗闇。

牢屋(ろうや) 全体を 覆(おお) う空気は 湿(しめ) り気を帯び、肺の奥までじっとりと 絡(から) みついてくる。

わずかに 揺(ゆ) れる 松明(たいまつ) の 炎(ほのお) 。

鉄格子(てつごうし) の隙間から 漏(も) れるその光が、かすかに床を照らしている。

ぽたり、ぽたり――

石壁(いしかべ) から 染(し) み出す水滴の音が、やけに大きく耳に響いた。

鼻を 刺(さ) すのは、カビと古びた鉄の 臭(にお) い。

手首に食い込む 粗(あら) い 縄(なわ) が、わずかに動くだけで 皮膚(ひふ) を 裂(さ) くような痛みを走らせる。

「……ここか」

掠(かす) れた声が、自分でも驚くほど弱々しく喉から漏れた。

アシュラ島の 地下牢(ちかろう) 。

魔王復活に 加担(かたん) しているという、 根(ね) も 葉(は) もない 誤解(ごかい) で、俺はここに 捕(と) らえられた。

荒々(あらあら)しい手で腕を 掴(つか) まれたときの感触。

冷たい視線を 浴(あ) びせられたあの瞬間。

その記憶が、 鮮明(せんめい) に 蘇(よみがえ) る。

俺は体を起こそうとして――すぐに動きを止めた。

牢の外。

薄暗い通路に、二人の警備員が立っている。

重厚(じゅうこう) な 鎧(よろい) に身を包み、 槍(やり) を構えたまま、油断なくこちらを見張っている。

わずかな物音にも 即座(そくざ) に反応しそうな緊張感。

……今はまだ、動くべきじゃない。

俺は静かに息を吐き、再び石の床に背を 預(あず) けた。

冷たい感触が背中に染み込み、意識はゆっくりと過去へと沈んでいく。

――あの日。

人間界にいた頃、新型感染症が 猛威(もうい) を 振(ふ) るった日。

街は 混乱(こんらん) に 包(つつ) まれ、家族も友人も、それぞれ別の 避難所(ひなんじょ) へと引き離された。

俺は、小さな部屋に一人。

閉じ込められた。

窓もない壁に囲まれ、外の 喧騒(けんそう) だけが遠く響く。

すぐそこに世界があるのに、誰とも 触(ふ) れ合えない。

食事が運ばれてくるたび、ドア 越(ご) しに声がかかる。

「体調はどうか」

……けど、返事をするだけで 精一杯(せいいっぱい) だった。

夜になると、孤独が胸を 締(し) め付けた。

布団の中で体を丸めながら、何度も思い浮かべる。

母の 温(あたた) かい手。

父の大きな背中。

幼馴染(おさななじみ) の、あの何気ない笑い声。

同じ空の下にいるはずなのに。

まるで、別の世界にいるみたいだった。

日が 経(た) つにつれ、時間の感覚すら 曖昧(あいまい) になっていく。

ただ呼吸しているだけの、 空虚(くうきょ) な日々。

あの頃の俺は、弱かった。

ただ 耐(た) えることしかできなかった。

胸の奥に 空(あ) いた穴のような 寂(さび) しさ――

それは、今もはっきりと思い出せる。

だからこそ、わかる。

――あの孤独が、どれだけ辛いか。

「……」

ゆっくりと目を開く。

今の俺は、あの頃とは違う。

俺は――父親だ。

五歳のアインとジュリア。

兄のアインは、強がりながら妹を守ろうとする。

ジュリアは、小さな手で俺の 袖(そで) をぎゅっと握りしめて離さない。

そして、ミユウ。

銀色の髪を揺らしながら、優しく子供たちを抱きしめる、あの人。

ようやく手に入れた、温かい家族。

……なのに。

俺がここにいるせいで。

あいつらは今、また――あの孤独の中にいるかもしれない。

ミユウが不安を押し 隠(かく) して 微笑(ほほえ) む姿。

アインが無理に笑って、妹を 励(はげ) ます姿。

ジュリアの 瞳(ひとみ) に浮かぶ、大粒の涙。

「……っ」

胸の奥が、締めつけられる。

「俺が……こんなところで止まってる場合じゃねぇだろ」

拳(こぶし) を強く握りしめる。

縄が皮膚に食い込み、鋭い痛みが走る。

けれどその痛みが、逆に意識をはっきりとさせた。

父親として。

あいつらを守る者として。

俺は、もっと強くならなきゃいけない。

もう二度と、あんな思いはさせない。

ミユウの笑顔も、子供たちの未来も――

全部、守る。

そのために、俺は勇者になると決めたんだ。

こんな 牢(ろう) で終わるはずがない。

その決意が、胸の奥で静かに燃え上がる。

――そのとき。

牢の外から、かすかな声が聞こえた。

「…… 宝玉(ほうぎょく) 、本当にこの島に? 」

「ええ、 神殿(しんでん) の 最深部(さいしんぶ) に 封(ふう) じられているそうですわ」

「触れた者は命を落とす……それでも――」

声は小さい。けれど、はっきりと聞こえた。

宝玉。

魔王復活の 鍵(かぎ) となるもの。

……それが、この島にある。

俺は静かに息を殺し、耳を澄ませた。

誤解を解くためにも。家族を守るためにも。

俺はそこに 辿(たど) り着かなきゃならない。

――今度は、守る側として。

やがて声は遠ざかる。

警備員の一人が大きく 欠伸(あくび) をした。

もう一人は、松明をいじるために背を向ける。

――今だ。

俺はゆっくりと体を起こした。

魔力を、静かに集める。

手のひらに熱が 灯(とも) る。小さな炎が、縄を焼き切る。

ぱちり、と乾いた音。

自由になった手を握りしめる。

鉄格子に近づき、鍵の位置を確認。

そして――

魔力を込め、一気に押し開ける。

わずかな 軋(きし) み。

だが、気づかれない。

俺は音を殺しながら牢を抜け出し、壁伝いに進んだ。

冷たい石が 膝(ひざ) を 擦(こす) る。

心臓の音がやけに大きく響く。

――いける。

そう思った、その瞬間。

「逃亡者だ! 捕(と) らえろ! 」

鋭い叫び。

一瞬で、状況が変わる。

振り返る警備員たち。

突きつけられる槍の 穂先(ほさき) 。

囲まれた。

「動くな、魔王の 眷属(けんぞく) ! 」

低く 唸(うな) る声。

……説明してる時間なんてない。

俺は拳を構えた。

「悪いな……急いでるんだ」

魔力を一気に 巡(めぐ) らせる。

体が熱を帯び、世界がゆっくりになる。

最初の一撃。

紙一重で槍をかわし、腹に拳を叩き込む。

鈍い衝撃。

崩れ落ちる体。

次の敵。

低く潜り込み、 肘(ひじ) を 顎(あご) へ。

骨の 砕(くだ) ける音。

狭い通路。だからこそ、動きは 研(と) ぎ 澄(す) まされる。

「囲め! 」

三本の槍が同時に迫る。

壁を 蹴(け) る。

跳ぶ。

背後へ。

一撃。

また一人沈む。

肩を 掠(かす) める刃。

血が 滲(にじ) む。

――それでも止まらない。

「……っ、まだだ」

最後の一人。

全力の蹴り。

吹き飛ぶ巨体。

静寂。

荒い呼吸。

滴(したた) る血。

震える視界。

……だが、止まれない。

俺は駆け出した。

階段を上る。

外へ――

夜気(やき) が頬を 撫(な) でる。

森の匂い。

湿った土と木々の香り。

月光が、銀色に世界を照らす。

「あなた! 」

その声。

――ミユウ。

振り向いた瞬間、胸が締めつけられた。

駆け寄ってくる彼女。

その後ろで、手をつないで立つ二人。

「パパ! 」

「パパ……! 」

俺は膝をつき、二人を強く抱きしめた。

温かい。

生きてる。

ここにいる。

ミユウがそっと寄り添い、傷に手を当てる。

癒(いや) しの光。

優しい温もり。

「……よかった」

その一言に、すべてが詰まっていた。

――だが。

その時間は、長くは続かなかった。

木陰から現れる影。

多数。

警備兵たち。

「宝玉に触れるなら――命はない」

冷たい宣告。

俺は立ち上がる。

子供たちを背後に 庇(かば) う。

ミユウが隣に立つ。

風が吹く。

森がざわめく。

波の音が遠くで響く。

胸の奥で、炎が燃える。

守る。

絶対に。

「来い」

静かに、しかし確かに。

「全員でかかってこい」

俺は魔力を解き放った。

戦いが、始まる。