作品タイトル不明
699話 慣れない気配
隣を歩くお父さんの様子を窺う。
大通りを2本ほど逸れた道。
人が少なく歩きやすい道だけど、かなり辛そうだ。
お父さんが気配に気付けるようになったと、喜んだ。
ただそれも、今のお父さんの状態を見ると、微妙な気持ちになる。
私は、生まれた時から気配に晒されている。
なので、自然と必要な気配と不要な気配を無意識に判断しているそうだ。
それが出来なければ、生きるのが大変だから。
お父さんは、急に気配を感じるようになった。
つまり、必要な気配と不要な気配の区別がつかない。
そして、それはいい状態ではない。
あまりにも多すぎる情報に、お父さんの体が対応しきれていないみたいだ。
「あと少しで、村から出られるから頑張って」
木の魔物がいる洞窟へ向かっているが、お父さんの顔色が悪くなってしまった。
洞窟内は人がいないので、今のお父さんでも大丈夫だと思う。
でも、洞窟に行くまでは村の中を歩くので様々な気配に晒される事になる。
やっぱり、宿で休んでもらっていた方が良かったかもしれない。
提案はしたけど、却下されたんだよね。
もっと強引に言えば……言い負かされたか。
「大丈夫だから、あまり気にするな」
全然そうは見えないから心配しているのに!
お父さんの大丈夫は当てにならないな。
気配のせいで体調が悪かった事にも気付けなかったし。
もっと注意深く、お父さんを見ておかないと。
いつか無理して、ひどい怪我をしそうだ。
アリラスさん達には、お父さんの状態を話した。
隠し通せる事でもないから。
アリラスさんはお父さんを心配そうに見ながら、不安そうに周りの様子を窺っている。
それにお父さんほどではないが、顔色が悪い。
きっと何かあった時は、お父さんに代わって皆を守ろうとしているんだろうな。
でも私は、アリラスさんのその覚悟は不要だと思っている。
なぜなら、今もひっそりと後を付けて来る人達がいるからだ。
最初は警戒したけど、気配を探ると昨日と同じ人達だと気付いた。
昨日ミッケさんと宿に戻っている最中、抑え込まれた4人の気配に気付いた。
リーリアさんの追っ手かと警戒したけど、ミッケさんから感じる気配と似ている気配だと気付いた。
しかもミッケさんの手が不思議な動きをすると、1人の動きが変わった。
それで、気付けた。
私達を、密かに守ってくれる存在がいるんだと。
ただ、秘密みたいなので確認は取れていないけど。
今日は、4人のうちの2人が護衛に来てくれている。
これは、ミッケさんにお礼を言っていいのかな?
それにしても、護衛達の気配の抑え方は凄い。
かなり気を付けていないと、すぐに見失ってしまう。
私も、あれぐらい気配を抑えられるようになりたいな。
あっと、視線を向けそうになってしまった。
仕事の邪魔をしたら駄目だから、我慢。
裏門から森に出ると、お父さんが大きく息を吐きだした。
「疲れた。人の気配ってなんでああなんだ? ぐちゃぐちゃと言うか……ごちゃごちゃと言うか」
気配の選別を自然としてしまうので、お父さんの感じている気配のごちゃごちゃ感は分からないが、大変そう。
「アリラス達も悪いな。俺のせいで予定が狂うかもしれない」
お父さんがアリラスさん達を見ると、3人が首を横に振る。
「大丈夫だけど、そんなにすごい感じ方をするのか? 俺たちは、特に問題は無いんだけど」
タンラスさんが不思議そうに、自分の周りを見る。
森の中でも、動物や魔物の気配はあるし、木からだって気配を感じようと思えば感じられる。
「それは、必要な気配を自然と選別しているからだよ」
それが出来るようになるには、どうしたらいいんだろう?
お父さんは知っているのかな?
「村の中より、森の方が楽なの? 少し顔色が戻っているわ」
リーリアさんの言う通り、お父さんの顔色に赤みが増してきた。
森に出るまで、青を通り越して真っ白だったもんね。
「森の中も気配は多いけど、ごちゃごちゃした気配ではないんだ。綺麗な気配と言えばいいのかな?」
気配が綺麗か。
どんな感じなんだろうな。
「おはようございます」
洞窟には、昨日に続き自警団員がいた。
昨日と同じ人なので、安心だ。
挨拶をして洞窟内に入ると、気配を探る。
問題が無いようなので、ソラ達をバッグから出した。
今日も元気に周りを飛び跳ねるソラ達。
でも、いつものようにお父さんに絡みに行かない。
宿の部屋でも、つらそうなお父さんを見て心配そうにしていた。
今も、飛び跳ねながらお父さんの様子を窺っているようだ。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だぞ」
お父さんを見ると、顔色が元に戻っている。
やっぱり洞窟内が一番、今のお父さんには良いみたい。
「良かった。顔色が戻ったよ!」
「そうか? 確かに体が軽いな」
お父さんの言葉にホッとする。
「でも、洞窟内だと気配に慣れられないから、駄目だろうけどな」
えっ?
駄目なの?
「気配に慣れるには、多くの気配に晒されるのが一番だと思う」
「そうなの? でも、つらそう」
私の言葉に小さく笑うお父さん。
「赤ん坊のように無防備にはなれないからな」
首を傾げると、ポンと頭を撫でられた。
「今の俺は、生まれたばかりの赤ん坊と同じだ。初めて、気配に晒されている状態」
確かにそうかもしれない。
でも、赤ちゃんが気配で苦しんでいるなんて話は聞いた事が無い。
「生まれたばかりの赤ん坊は、本当に無防備なんだろうな。だから気配をそのまま受け止められるんだろう。俺は、今までの経験があるためにそのまま受け止められていないんだと思う。だから、体が拒絶してしまうんだよ。ん~、なんて言えばいいか……今まで経験した事の無い物に対する警戒心と言えばいいのかな? 俺も初めての経験だから、説明は難しいな」
さすがにお父さんが、無防備になる事は無いよね。
気配に晒されながらでも、周りに気を張っているし警戒している。
たぶん、護衛の人達の事も気付いていると思う。
「ぎゃっ」
「あっ、おはよう」
小さな川の傍にいる木の魔物。
シエルもこの場所が気に入っていたので、待ち合わせの場所にした。
シエルを見ると、さっそく水と戯れている。
「シエルは本当に水が好きだよな」
お父さんの言葉に頷くと、フレムが一緒に遊びだした。
「シエル、ごめんね。フレムを見てあげて」
ソラのように、水に流された事は無いから大丈夫だろうけど。
もしもの事があるからね。
「にゃうん」
「ぷっぷぷ~! ぷっぷぷ~!」
元気な鳴き声で、木の魔物に近付くソラ。
興奮した様子で、飛び跳ねながら体を縦に横にと伸ばしている。
準備運動か。
「ぷ~!」
興奮したように一鳴きすると、そのままの勢いで木の魔物の幹をソラが包み込む。
「凄い勢いだな」
お父さんがソラの様子に苦笑する。
本当に。
もしかして、気合を入れていたんだろうか?