軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26回目 即死カード

「治安維持を名目に兵を増やして、周辺の足場固めも終えた。食糧だけはどうにもできないが、基盤はできたわけだ」

「はい、閣下」

時期は王国暦502年の夏を迎えた。

もう領内の収穫だけでは食を賄えないので、今年の収穫が例年通りなら売却できるという領地や商会を新規に掘り起こし、細々とした政務は片付けてきたものの、できたことはそれくらいだ。

「ラグナ侯爵家が何を仕掛けてくることもなく、財力も兵力も補充できているな」

「ええ。表面上は平穏で、良いことかと」

今回の人生。26回目は死ぬこともなく長生きができており、将兵も順調に育っている。

荒れ果てた北部地域も再建が進んでいるため、一見すると全ての物事が順調に進んでいた。

「となれば次は、旗印の殿下と歩調を合わせていきたいんだが……王都の方はどうだろう?」

アースガルド領の人口は6万人を超えて、最大兵力も8000を数えるようになった。

しかしラグナ侯爵家の最大動員数は推定で20万を超える。過去に送ってきた軍勢だけでも3万という大所帯だ。

単独で戦っては勝ち目が無いので、クレインとしても王子の味方集めに期待していたのだが、進捗を尋ねられたブリュンヒルデは首を横に振った。

「成果は芳しくないようですね」

「……それはそうだ。ラグナ侯爵家と真っ向から事を構えようとする家なんて、そうそうない」

トレックたちのような大手の商会からだけでなく、アースガルド家に古くから出入りしている行商人たちも、定期的にラグナ侯爵家の黒い噂を持ってくるようになっている。

敵対すればどんな末路が待っているかも分からないので、最低でも中立を維持しようとする者が大半だろうとは、クレインにも容易に想像できる。

しかし彼がそう言えば、ブリュンヒルデは不思議そうな表情を浮かべた。

「閣下はすぐに殿下のお味方となられましたが、何故でしょうか?」

味方陣営になってから1年が経つので、今さらではある。

しかしこれは確かに、もっともな質問だった。

何故なら第一王子は中立でも許すと言い、暗殺されかけていた事実は 無かっ(・・・) たこと(・・・) になっている。

クレインが中央に興味を持っていないことなど既に知れているので、味方となるメリットはどこを探しても見当たらないのだ。

まさかループの事情を話すわけにもいかず、彼はそれらしい言い訳を咄嗟に考えることになった。

「そうだな……まず北侯が拡大路線を続けるとしたら、対抗勢力はどこになる?」

「まずは近場の北伯、そして西伯でしょうか」

いずれも名の知れた大貴族だが、仮にラグナ侯爵家が謀反を起こせば抵抗はできない。

支配圏の大きさや影響力の差よりも手前に、地理の問題があるからだ。

「東西、それと北の伯爵は隣国と国境を接しているんだ。ここは放置しても問題ないと思う」

各方角の名門伯爵家は、基本的に辺境伯だ。東の情報はそれほど入ってこないが、クレインが伝え聞く話では異民族との闘いに明け暮れている。

西と北は落ち着いているものの、何かあれば外国に攻め込まれるのだから下手に動けはしない。

南のヨトゥン伯爵家は平野部から海沿いまでの領地を持っており、外国とは海を越えて貿易をしているが、外国と接地していない四大伯爵家はここだけだ。

つまり南伯以外の辺境伯は、いずれも背後に敵を抱えているため、主な仮想敵にはならない。

「伯爵家より少し内側に侯爵家。そんな配置になっているのだから、いざとなれば外国の勢力を利用して立ち回れる」

「すると対抗勢力に挙げられるのは、東西どちらかの侯爵家でございますね」

西部の切り取りは王国暦500年の時点で成功している。その足場固めが進んだとすれば、もう一度西の切り取りに掛かるか、東に向かうかのどちらかだ。

この点でアースガルド領が関係するとすれば、ラグナ侯爵家が東進政策を打ち出した場合だった。

東に軍勢を送るならば、ラグナ侯爵家の影響下を通る街道を行くか、王都から東へ伸びる街道を出て、どこかの領地を経由していくかの二択となる。

そこまで状況を確認してから、クレインは面倒くさそうに言った。

「山越えのルートはいくつかあるらしいけど、北侯がまだ押さえていない場所で、主要街道が通っているのはアースガルド領だけなんだ」

「将来的に、目を付けられる可能性があったということでしょうか」

「ああ。ここと東のヘイムダル男爵領を制圧してしまえば、その先は自由にできるから」

事実として将来はそうなるのだと、クレインは苦々しい顔をした。

そこまで勢力を広げれば、南部の勢力はおろか王家の力を持ってしても対抗は難しい。

要するに、現状でアースガルド領がラグナ侯爵家の手に落ちれば相当な痛手であり、第一王子だけでなく王家そのものが、ほぼ詰むことになる。

「ラグナ侯爵家の天下を阻もうと思ったら、うちが陥落するわけにはいかないんだ。殿下もそこを理解されていたから、俺を試したんじゃないか?」

「そうですね。一因ではあるかと」

実際にはもっと直接的な要因があり、戦略資源を持った新進気鋭の子爵家が、敵方に回ると厄介だという理由で探りを入れられたとは知っている。

しかしクレインも今となっては、地政学的にかなりの要衝にいることも理解していた。

「俺が侯爵家に付けば甘い汁も吸えそうだけど、彼らのやり方はあまり好きではないからさ。手を打つならあの瞬間しかなかった、というのが本音だよ」

ラグナ侯爵家への対策を立てられるとすれば、第一王子が密談を仕掛けてきた時しかない。

それは事実であり、クレインも領地を守るためにはそれが最善だと思っていた。

言い訳を並べたが、ほとんどは事実と本心だ。ここまで聞けばブリュンヒルデも納得がいき、静かに頷いた。

しかし王子側に付いたはいいが、味方の勢力が整わないのでは、ただ侯爵家から敵視されるだけの結果になってしまう。

そのため王子の味方作りは、できる限り上手くいってほしいとクレインは願っていた。

「人材はまだ不足しているから、金銭面で支援したいと思っているんだ。マリウスに準備させているから、輸送の手配を頼めないか?」

「畏まりました。では、早速取り掛かります」

金で転ぶような味方は信用できないとしても、工作活動や社交には費用がかかる。

パイプ役のブリュンヒルデに資金を持たせて送り出せば、あとは殿下の方で上手くやるだろう。

そんなことを考えながらも手は動かし、クレインは裏方のマリウスに向けた、隠し資金の拠出を命じる命令書を書き上げてブリュンヒルデに渡した。

「これは内密の話でもある。近況報告がてら、君が直接向かってくれ」

「承知致しました。支度が終わり次第ここを発ちます」

足早に輸送の準備に向かったブリュンヒルデを見送ってから、クレインは安堵の溜め息を吐いた。

この安堵は失言をやり過ごせたことよりも、最も身近な監視から逃れられたことが大きい。

「南伯とのやり取りは親密になってきたから、今度は東伯を味方につけたいところなんだけど。あちらにもヘルメス商会の手が伸びているとすれば……どう動けばいいのやら」

頭を悩ませながらも、ブリュンヒルデの圧力からは一時的に解放されたのだ。

この日から数日間のクレインは、いつもより深く眠ることができた。

ラグナ侯爵家の手足となって動く商会が邪魔だが、何とかして出し抜けないか。

その方法を思案しつつ内政を回して、数日が経った頃。

クレインにとってトラウマ級の事件は、本来の時期通りにやってきた。

しかし激動の毎日に追われて、すっかり対策を忘れていたクレインは、頬を引きつらせながら使者と向き合うことになっている。

「アースガルド子爵、ご無沙汰しております」

「ええ、お久しぶりです。直接お越しになるとは、何か重要なお話ですか?」

「まあまあ、お話に入る前に。まずは近況のご報告でも」

商隊と共にやって来たのは、南伯と呼ばれるヨトゥン伯家の文官だ。

三代に亘り伯爵家に仕えてきた重鎮で、南伯の懐刀とも呼ばれる人物である。

彼は今年の収穫が例年通りのため、食料の買い付けを増やせること。外国産の麦など輸入できる算段が整ったので、そちらも融通できることなどを告げてきた。

もちろん嬉しいニュースなのだが、重要な話が待っていると察したクレインはもう内心で戦々恐々としていた。

まさか あの件(・・・) かと戦慄する彼に、老齢の使者は朗らかな笑顔で語る。

「我が主君はアースガルド家と、今後も良きお付き合いを続けていきたいとお考えです」

「え、ええ。それはこちらも同じですが」

「結構。では本日は、めでたき話をお持ちしました」

付き合えば色々といいことがある。今まで語ったことは全て、関係を深めることでメリットがあると示すための前置きであり、にっこりと笑う男は――

「いかがでしょう、アースガルド子爵。当家のお嬢様とご婚約を結ばれては」

という、生存戦略を立てた当初のクレインが警戒していた、即死カードを切ってきた。

これに応じれば東伯と全面戦争となり、応じなければ南伯の不興を買う究極の二択だ。

「え、あ、あはは」

少し前であれば話は別だった。しかし北部に飢えた地域を抱えた今、ヨトゥン伯爵家との関係が途切れれば確実に詰むことになる。

ここにきて生じた大問題に、クレインの心臓が騒がしく音を立て始めていた。