軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26回目 一択問題

美少女と結婚できる代わりに、東伯と呼ばれるヴァナルガンド伯爵が、王国最強と名高い騎馬隊を率いて攻めてくる。

この縁談を受け入れたとすれば、そんな状況に置かれることは確定していた。

「え、縁談とは、恐れ多いことです」

「何をおっしゃいます。クレイン様とてヨトゥン家の血を引くお方ではございませんか」

「そういえば、そんな話を聞いたことはありますね」

己が南伯の遠縁に当たる血筋だということは、クレインも既に知っている。

しかし家同士での交流は一切なく、去年の春にクレインが貿易を始めるまでは疎遠もいいところだった。

そしてクレインの身分は、伯爵より一つ格下の子爵だ。

別に東西南北の各侯爵家、又は伯爵家でなくとも高位の貴族はいる。

王都には領地を持たない法衣貴族がそれなりにいるので、家格が上の家はいくらでもあるのだ。

普通に考えればこんな縁談が来ることすらおかしい。

そう、普通の状況であればだ。

例えば王都の伯爵家辺りと婚姻が成立しなかったのは、東伯との関係を知られていたからだろうか。

などと考えつつも、クレインはまず牽制から入った。

「は、はは。しかし何故、このようなお話を私に?」

40手前の伯爵が年端もいかない少女に本気の恋をして、恋敵を殺しにいくほどの執念を抱いていることは、まだ明かさない方がいいだろう。

そう判断したクレインは、一旦遠回しに探りを入れた。

「先代がアースガルド子爵のことを気に掛けておりまして、前々から縁談の話題が出ておりました。昨今の隆盛ぶりを見た当代も、アースガルド子爵ならばと首を縦に振りましたもので」

「……左様でしたか、はは」

適当に相槌は打つが、クレインはもう限界だった。

先代の伯爵が自分を気に掛けていたとは知っていたが、当代の伯爵があまり乗り気でなかったとは、初めて聞いたからだ。

渋る当代を説得してきたというのなら、断れば先代のメンツが丸潰れになる。この縁談を推進した家臣たちからも悪感情を抱かれるだろう。

端的に言えば、もの凄く断りにくい状況だった。

むしろ初回の人生でよく断ったなと、己に感心するほどの状況だが、断って何が起きるかを理解していなかった辺り、やはりその頃はただのお坊ちゃんだったのだろう。

取り留めのない考えの数々を前にして、生返事となったクレインの相槌をどう受け取ったのか。

使者は窓の外を見て、一昔前と比べればまるで別物の街並みを眺めながら言う。

「アースガルド家は銀山を持ち、昨今では様々な産業が芽吹いておりますな」

「ええ、おかげさまで順調です」

「――ですが農耕地は一向に増えず、民を食わせていく糧にお困りのご様子」

「ま、まあ」

大量に食料を輸入させてもらっているのだから、嘘を吐いても意味がない。

クレインもこの言葉には頷くしかなかった。

そして、その前置きをした相手が 何を(・・) 言いたいのかは分かりきっているので、クレインの頬は先ほどから痙攣しっぱなしだった。

「そこは今後とも、変わらぬお付き合いを――」

「当家の輸出売上で、アースガルド家が首位になろうとしています。ここまで比重を割くのですから、今後はより親密なお付き合いが必要かと」

ヨトゥン家から近く、輸出の大口取引先となったアースガルド領の重要度は高い。アースガルド家が急に取引を打ち切ることはできないが、トラブルになれば伯爵家とて大打撃を受けるのだ。

そうならないために保険を打っておきたいという主張は、ごく自然なものだった。

「……ですよね」

筋は通っており、むしろ断るだけの理由が無い。

だからこそ困り果てていたのだが、ここでいよいよ、使者もクレインの異変に言及した。

「乗り気ではないご様子ですな?」

裏を探るような眼差しで見つめてきたので、クレインも観念するしかない。

これ以上の言い逃れはできないと思いながら、彼はここで一気に切り込むことにした。

「あの、お嬢様へは東伯から、ご縁談がきているはずでは?」

「どちらで、そのお話を?」

「噂に聞いただけですが……聞き返されるということは、事実のようですね」

ここまで遠回しにジャブを入れてきたが、勝負の時がきたのだ。

使者の顔色と反応を慎重に窺いつつ、クレインは攻めていく。

「確かに東伯はいい歳です。お嬢様を嫁に出すのは気が引けることでしょう。しかし伯爵家同士の争いに巻き込まれれば、当家はひとたまりもありません」

どうして縁談を持ち出してきたのかを知っている。このカードを切り、クレインは正直なところを堂々と言い放った。

すると使者は思案するような素振りを見せてから、身を乗り出して言う。

「万が一揉めることになれば、当家が間に入ります」

「 間に(・・) 入れますか? ヴァナルガンド伯爵家からの縁談を蹴って親戚のところに嫁がせるのですから、この場合はむしろ、ヨトゥン伯爵家が当事者だと思うのですが」

「……それはそうですが」

厄介なことになったと、クレインは内心で嘆息した。

クレインから見れば南伯との方がずっと繋がりが強いので、東伯との関係が多少悪化するくらいならば受け入れられる。

全面戦争が発生して、領地が滅ぶような事態にならなければそれでいい。

しかし問題は東伯が激怒して、攻め込んでくることが半ば 確定(・・) している点だ。

「東伯の性格上、名誉が傷つけば即座に兵を起こす可能性が高いと思います。この点はどうお考えですか?」

「その場合ですと、正義はこちらにございます。兵を集めて戦いましょう」

アースガルド領までの距離を考えれば、ヨトゥン伯爵領の方が間違いなく近い。領地が空白地帯を挟んで隣接しているため、他領を通行せずに到着できることからも、行き来はしやすいと言える。

普通に考えれば援軍は間に合うとしても、やはりここも普通ではないのが問題だ。

「恐らく、間に合いません」

「……と、言いますと?」

「彼らの主力は騎馬部隊です。本気になれば、倍速以上で行軍できるはずなんです」

事実として東伯軍の構成はほぼ騎馬隊であり、行軍速度が恐ろしく速い。挙兵を聞きつけた南伯軍が行動を開始しても、集合する前に攻撃が開始されるのだ。

2度目の人生では援軍どころか説得の使者すら間に合わなかったため、今回も単独で戦うことになる可能性は高い。

その点がクリアされればなと、クレインが一旦視線を切り――次に目を合わせた瞬間――使者は顔を紅潮させて怒りに打ち震えていた。

そして次の瞬間、 裂帛(れっぱく) の気合と共に彼は言う。

「それなら全面戦争です!!」

「え、ええっ!?」

――失敗した。クレインがそう悟り、言い方が直球過ぎたかと後悔した次の瞬間。

老齢の使者は応接室の机を拳で殴りつけて、更に吠えた。

「ならば最初から、東伯と事を構えるつもりでやろうではありませんか!」

一瞬、アースガルド家を滅ぼしにくるのかと仰天したクレインだが、どうやら相手は東伯だ。

そこはいいとしても、ヨトゥン伯爵家の家臣団で最高権力者とも言える男が、そんな提案を当主に奏上すればどうなるか。

言わずもがな、東伯と南伯の間にアースガルド家を挟んだ戦争が、現実に起きる可能性が高い。

思っていたよりも血の気の多い使者に驚き、クレインが目を丸くしていると、使者は本気の怒りを感じさせる震えた声で心中を吐露した。

「当家のお嬢様を……私どもの孫のような存在を、小児性愛者などに渡せるかッ!」

「あの、気持ちの上ではそうでしょうが――」

「それが全てです!」

おろおろしつつ、クレインが止めようとしても、一度タガが外れた使者はもう止まらなかった。

「政治の駆け引きでお嬢様を引き渡すくらいなら、いっそ戦争も已む無し!!」

「お、落ち着いてください。穏便に!」

言いたいことは分からないでもないが、思っていた流れとは全く異なる状況になり、クレインは困惑している。

しかし使者は間髪入れずに、怒涛の勢いで彼に詰め寄った。

「アースガルド子爵! この際だからもうハッキリと申し上げますが、婚姻を結ばぬならば取引の規模を縮小させていただきます!」

「そ、それは困りますが、ええと」

どうしてこうなった。クレインの思考は最早、その単語で埋め尽くされていた。

二の句を継げない彼に向けて、使者は目を見開いて決断を促す。

「ヴァナルガンド伯爵家に義理立てするか、我々に義理立てするか、二つに一つです!」

今朝はまったくいつも通りの朝だった。

まさかこんな究極の二択を選ぶ日になるとは、思ってもみなかったクレインだが、まずはもう一度逃げを打とうと、できる限りの笑顔で先延ばしを提案した。

「で、では家臣たちとも協議の上で……」

「いいえ! 今、この場で! 子爵ご本人のお考えを聞かせていただきたい!!」

婚姻という重要な話。

人生と領地の行く末を決める話だというのに、考える時間すら与えないと言う。

「え、ええ……?」

「――さあ。返答や、いかに!」

しかし実のところ、アースガルド側に選択権など無い。

東が相手ならまだ軍事的な立ち回りで何とかなる可能性はあるが、南との貿易が縮小すれば領地の全域で不可避の食料危機が発生する。

それにここで「東伯に付きます」と言ったところで、東伯がアースガルド家を助けるメリットはゼロだ。

助けてくれそうにないどころか、婚約を申し込まれた段階で既に敵対しているかもしれない。

だから彼が頭の中でいくら計算しても、婚姻の申し出に対しては首を縦に振るしかなかった。