軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26回目 いつも通り前向きに

「クレイン様、こいつは酷いですね」

ほどなくして王宮から、正式に加増の知らせがきた。

これによりアースガルド家は、更に勢力を拡大したことになる。

そして事件から1ヵ月ほどが経ち、領地の接収も大半が終わった頃。新たに加わった地域の情報を持ってきたトレックは――難しい顔をしていた。

「やはり食糧が足りていないか」

「前任者は冷害に無策のようでしたから、あちこち物乞いだらけですよ」

食糧を買い上げて領内に配るだけでも大仕事だったというのに、今度は合併した地域の面倒まで見ることになったのだ。

それに加えて更なる問題が、様々な方向から圧し掛かってきていた。

「何とか用意できないか?」

「これ以上は南伯のところからも難しいですね。根本的に解決しないといけないのでは?」

新たな領地を加えたアースガルド領の広さは、倍に跳ね上がった。しかし加増された地域には荒地が多く、生産高には全く期待できない土地ばかりだ。

大半が湿地帯で開墾には不向き。そんな難しい地域の開発に責任を持つからこそ、小貴族たちは貴族になれたのだが、肝心の農業政策はお粗末なものだった。

「畑の現状は……駄目か」

「小競り合いばかりで、畑は荒れ放題のところが多いですね」

「いくら仲が悪いとはいえ、どれだけ戦い続きだったんだよ。まったく」

合併によって増えた領民は2万4000人ほどだ。

そのため単純に考えれば、男性の人口は1万2000人前後だった。

その中で更に分けると、戦争に出かけられるような男性は1万人ほどになり――武勇に任せて叩いたために――目も当てられない被害が起きている。

「結果としては自分の兵に、自分の領地を攻撃させたようなものか」

「はは……まあ、仕方ないとは思いますよ。数の上では劣勢でしたし」

敵方の戦死者は約1500名だ。怪我人は2000名で、そのうち500名は働けないほどの後遺症が残る。

つまり新たな領地は、男性の2割近くを失ってからの出発となった。

「どうしてこうなったか……」

それだけ殺してしまったのだから、民からクレインへの印象は最悪だ。

しかも働き盛りの男の半分は戦争に参加していたので。その間の経済活動もほぼ全て停止している。

手酷い敗戦をしたこともあり、新領地は物凄い不景気になっていた。

「こうなると知っていれば、もっと敵の指揮官だけを狙い撃つように言ったんだけど……過ぎたことを言っても仕方がないか。これは 今後の参考(・・・・・) にしよう」

「 今後(・・) も同じことが起きるとは、考えたくありませんけどね」

クレインの言う今後とは、次回の人生ではその辺りを考慮しようという意味だ。

片やトレックの言う今後とは、これからも難癖をつけられて争いになるという意味だ。

両者の認識は噛み合わなかったが、何はともあれ再建を急ぐ必要があった。

「せめて自給自足はできてもらわないと困るからな。新しい領地では農業を推奨していくとして、トレックならどういう政策を打つ?」

「心を掴むためにも、まずは減税ですかね。私ならそれが一番嬉しいです」

それはクレインが試算するまでもなく、現実的に可能な政策だった。

民が貧困で苦しんでいた割りに、各家が集めていた財産は結構な額に上る。接収はまだ終えていないが、3年間無税にしても釣りがくる程度だと見られていた。

「そうだな、ノルベルトと役人たちに減税案をまとめさせるか」

恨みを薄めるためにも減税は必要。この点でクレインにも異議はないが、彼にとって最も懸念すべきことは、北の領地を吸収してしまったことだ。

机上に広げた地図を睨みながら、クレインは唸る。

「しかしどうするか。小貴族領地の北端は、北侯の勢力圏に食い込んできそうだ」

「上手く付き合うしかありませんよ。次は北候と戦うとか言わないでくださいね」

「俺もな、好きでやっているわけじゃないんだよ……」

北に進んだ分だけ、ラグナ侯爵家の勢力圏とも近づいたのだ。つまり今後は東伯と南伯の他に、本格的な北侯対策が必要になってくる。

迂闊に触ると爆発する危険があるので、ここは慎重に行こうと思うクレインだが、いずれにせよやることは決まっていた。

「まずは視察だ。現況は見てみないと」

「それがいいと思いますよ。水利権とかで揉めたら大変ですし」

「……だな」

何はともあれ新領地の様子を見に行くことを決めて、話し合いはお開きになった。

「叔父さんの仇!」

「従兄弟の恨みだ!」

護衛の兵を連れたクレインが視察に出掛けると、組織だった野盗――小貴族の親戚たちから攻撃を受けることになった。

毎日のように散発的な攻撃が繰り返されているが、新生されたクレインの護衛たちは嬉々として迎撃を繰り返している。

「ナメてんじゃねぇぞザコが!」

先陣を切るのは主に、献策大会で準優勝したグレアムという男だ。

彼はソフトモヒカンという特徴的な髪形をした、目つきと態度の悪いチンピラ風の男であり、学や礼節はないが戦闘力だけは一級品だった。

先の戦いでは最前線で戦いを繰り広げて、武功を挙げた中隊長の一人でもある。

彼が敵の真ん中に特攻して戦斧を振り回すと、粗末な盾ごと敵は粉砕されていき、続く配下たちが危なげなく残党を処理していった。

「隙だらけなのですが、攻撃してもよろしいのですかな?」

「なんだと! 当家に代々伝わる伝統的な剣――がっは!?」

「おっと、口上の途中でしたか。これは失礼を」

クレインが周囲を見渡すと、老人のような口調をした糸目の男も目立っていた。

武具を身に着けずに、軽々とした足取りで 飄々(ひょうひょう) と斬り進む剣士。視察団から離れた位置で単独戦闘を展開しているのは、ピーターという男だ。

名門道場の師範という前歴を持ち、単騎で戦場を歩けるほどに実力は確かだった。するりと敵の集団に近づき、気づけば全員倒れている。そんな戦いを繰り広げている。

「文字通り百人力だな。採用した中でも特に頭角を現したのは、グレアムとピーターか」

「……ええ。彼らは一流ですね、閣下」

ブリュンヒルデの反応はそれほど芳しくなかったが、襲撃が5回目になってもまた怪我人は出ていないのだ。

戦闘力の差は歴然であり、クレインは細かいことを気にせず、安心して人物評を下せる環境にあった。

「グレアムは配下の鼓舞が得意そうで、声も大きいから将軍向きか。ピーターは個人戦が得意みたいだから護衛向きかな」

目立った配下の配置を検討しながら、クレインは最も目立つ男にも目を向けた。

視線の先には敵の指揮官がいたが、それを警護していた敵兵は宙を舞っている。

「この痴れ者がぁあああッ!! クレイン様に手出しはさせんぞぉぉおおおあああああッッ!!」

「うぎゃあ!?」

「ぐえっ!?」

ランドルフの二つ名は自称だったが、先日の戦いで名が売れた。これで名実共に「剛槍」だと喜んでいた一幕もあったが、それはさておく。

彼はもちろん大暴れしており、槍を振るうごとに4、5人がまとめて吹き飛んでいくという、現実離れした戦いを展開していた。

槍で殴られただけで鎧が凹み、口から泡を吹いて倒れる者が続出したのだから、大して数のいない残党が壊滅するまでにそれほどの時間はかからなかった。

しかし後方でハンスとブリュンヒルデに守られたクレインは、戦いの行方を見守りながら呆れている。

「しかし予想を遥かに超えて面倒だな、これは」

「内情は酷いものですね」

内輪だけで色々と回してきた小貴族達の領地には、地主や地元の商会などに貴族の親戚が大勢いた。

有力者たちは利権を守ろうとして、国が下した命令にも従う姿勢を見せずに、手勢を率いて次々と襲ってきているのだ。

「仮に俺を殺しても裁定は覆らないし、利益があるわけでもないだろうに」

「彼らはこの場所しか知らないので、それが分からないのですよ」

「そういうものか?」

領主が国王、彼らは貴族のような認識で生きてきたのだろうか。一介の平民や貴族の子弟にしては、プライドが高そうな人物が多い。

それがクレインから見た、残党たちの印象だった。

「まあいいや。俺の統治で飢えることがなくなれば、こういった輩に手を貸す人間も減るだろう」

「左様でございますね、閣下。――失礼」

「えっ?」

ブリュンヒルデは突如として抜刀すると、長剣の切っ先をクレインに向けた。

一瞬にして死を覚悟した彼は四肢から力を抜いたが、刹那、耳元で甲高い音が響く。

「狙撃手がいるようですね。片付けて参ります」

「あ、ああ。助かる」

ブリュンヒルデは飛んできた矢を空中で払うと、道端の茂みへ駆けていった。

茂みの向こうから短い悲鳴が上がり、やがて彼女は、返り血も浴びずに帰ってきた。

「制圧完了しました、閣下」

殺人の直後だと言うのに、その表情は相変わらず優しい微笑みだ。

クレインの脳裏には彼女から暗殺された記憶が蘇る――が、頭を振ってそのイメージを振り払い、小声で自分を落ち着かせていく。

「だ、大丈夫だ。今は味方なんだから」

それに今はランドルフやグレアム、ピーターもいる。無暗に殺されることはないだろうと思い直した彼は、前を向いて別なことに考えを巡らせた。

治安を悪化させる残党を片付ける過程で、状況は思ったよりも悪い。それでも、民の数だけは大幅に増えたのだ。

「そうだよ、結果として人口は増えたから……順調、順調」

色々ありはしたが、安定させさえすればむしろ戦力増強だ。

だからクレインはいつも通りに、この状況を前向きに考えることにした。