軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百二十四話 冷静な立案

時間を3日前の朝に巻き戻したクレインは、いつも通りに目を覚ました。

彼の意識は寝起きから、これ以上ないほどにはっきりしている。

だから寝ぼけることもなく、迷いない足取りで新館の客間に向かった。

とは言えこの時点のクレインからすると、隣の部屋に移動する程度の道のりだ。要人をまとめて護衛するために、アレスの居室はクレインの寝室のすぐ横にしてあった。

「今、いいか?」

「構わんが、こんな時間から相談事か」

日頃から眠りが浅い彼は既に目を覚ましており、アースガルド家の家訓に従って目覚めの水を飲んだ上で、着替えを済ませて読書をしていた。

しかし普段ならまだ、クレインは起きているかどうかの時間だ。

アレスは怪訝そうな顔をしながらも、とりあえずは招き入れる。

「ブリュンヒルデ、茶でも淹れてやれ」

「承知いたしました」

身辺警護はブリュンヒルデの番になっていたが、彼女はアレスよりも更に朝が早い。 容儀(ようぎ) も仕事の態勢も完璧に整っており、急な来客にも問題なく対応した。

そんな彼女に向けて、クレインは客間近辺の人払いを依頼する。

「これから内密の話があるんだ。誰も近づかないようにしてほしい」

「よろしいのですか?」

「構わん。廊下に控えよ」

アレスの返答を受けたブリュンヒルデが廊下に出ると、クレインは早速、 昨夜(・・) に起きた未来の出来事を話す。

そして一通りの事情を聞いたアレスは、しかめっ面のまま腕を組み思案した。

「ふむ、予定に無かった襲撃……それもこれまでで最大の規模か」

情勢を見るに無理もないかと頷いた彼に向けて、クレインは話を続けた。

「もとから目を付けていた奴らは、ほとんどが行動に移したみたいだ」

「怪しい者は幾らでもいたからな」

「ああ、ある意味では予定通りとも言える」

零細領地を急発展させるために、どの道順で進んだとしても王命によって人材を借り受けている。

そこから更に、アレスの個人的な采配によって人員が増員されていたが、彼の紹介で送られてきた人員には厄介な者が多く含まれていた。

ここで言う厄介とは、クレインに忠誠を誓っていない点を指す。

忠義の対象が王であれ王子であれ、他の権力者であれ大差はない。クレインの 一挙手(いっきょしゅ) 一投足(いっとうそく) を密告する人間が、近場に幾人も潜んでいたのだ。

人手不足で開発や統治が間に合わなかった時分には、そうした人間にすら一定の仕事を振らざるを得なかった。

「私の下から出した人員については、全員が紐付きだったな。半数が私の間者、半数が他勢力の間者といったところか」

「今回は単純に、半分はきちんとした戦力になってくれたよ」

「……しかし聞き及んだ被害を鑑みるに、数の問題ではあるまい」

アレスと友好的な関係を築いて以降、ブリュンヒルデやレスターを始めとした、王家への忠誠心が高い人間も信頼できるようにはなった。

気苦労が減ったこと以上に、信頼して仕事を頼める人間が増えたのだから、ここは確実にプラスになった部分だ。

そしてアレスが送った者に関して言えば、何人かは最初から離反を織り込み済みという側面もあった。

「暗殺を避けるために、裏切りを承知で引き剥したんだ。あいつらが敵なことは最初から分かっていた」

「ああ、それはそうだ」

アレスの死後に、彼の墓前で反乱軍への合流を勧めてきた人間は、全員が警戒対象だった。

特に怪しい数名についてはアースガルド領内の閑職に就けて、権限も情報も与えないまま飼い殺しにしている。

「目立つ人間はそれで封殺していたけど、把握していなかった離反者たちが問題だ」

「身分が低い者まで混じっていたのなら、政治的な思惑とは違う理由で背を向けた可能性が高いな」

アースガルド家で元から雇用していた人間や、過去に暗殺や反乱を企んだことがない人間までもが、今回の事件に加担してきていたこと。

炙り出しの前段階として、クレインはまずこの点を考える。

「何があろうとひたすら潜伏させていたと見るか、最近になって追加で寝返らせたと見るかだけど、まずは最初から敵側だった場合だな」

衛兵や使用人の数を大幅に増やしたため、中には最初から敵の息がかかった者もいたのだろう。それは推測できる。

だが、本来であれば503年まで大人しくしていたはずの人間が、このタイミングで行動を起こした理由についてはどう捉えればいいか。

「何かの事情で潜伏をやめたのなら、俺の行動の結果として、相手が方針を転換したということだ」

「だろうな。何が直接の原因かは推測の域を出ないが、指示あってのことだろう」

何か別途の命令があり、潜伏や工作を取りやめて行動に移した。

それが最も考えやすい筋道だ。

そして過去と最も違う要素と言えば、ラグナ侯爵家からの使節団がアースガルド領内にいることだ。

「クレインとヴィクターを同時に始末すれば、体制側の主要な戦力を、戦いの前段階で消すことができるからな。襲うにはいい時期だった」

「やはり、そんなところか」

東部との境目に領地を持つ二家を、まとめて行動不能にできるのだ。

つまりは東方面の指揮を執れる存在がいなくなる。

仕掛けるならば最上のタイミングだったことは間違いなく、指示そのものには妥当性があった。

「情報の流出元は北部だとして、即応戦力の出所も気になるな」

「大隊規模の軍を隠し切ることなどできまい。出発地点は山の向こう側だろう」

「……そうだよな。相変わらず、的確過ぎる作戦指示だ」

現地の詳細もよく分からず、情報伝達までのタイムラグもある中で、帰路に間に合うように出陣させているのだから、これは敵の采配を素直に認めるしかない。

準備から出発までの時間を考慮すると、ヴィクターが動いた段階で東に早馬が走り、現場の指揮官が即日で動員を決めたくらいの日程だ。

逆に言えば現地の将に指揮権を預けて、やれそうな機会があればいつでも動けるように、裁量を認めていたことも推測できる。

「だが、事前に防衛軍を動かせば、山岳地帯での防御は難しくない。そちらは一度の調査で対処できることであろう」

山脈から西側に出さなければ、使節団への援軍も後詰も必要ない。平野での野戦ではなく、山岳での戦闘に切り替えた方が、騎兵を主体にする敵と戦いやすくもある。

そのため出入口の特定をして、次いで守備隊を送り、その後にゆっくりと裏切り者を特定するという手順を踏むことになる。

「夏の山越えにかかるのは2日か、3日か。いずれにせよ、こちらの動きを察して行軍停止なんてできない。その戦力も逃がさず撃滅しないとな」

正攻法の防衛戦というよりは、山中で伏兵に襲わせて、敵に逆奇襲を仕掛けることになる。

であれば練度の差に関わらず、一定以上の被害を与えられるだろうと踏んだ。

来年には大戦が始まる見込みなので、敵戦力を削る方針にも変わりは無い。

「敵の侵入口だけは、初期段階で特定しておくべきだろう」

「それは今から、実行犯の調査と並行してできると思う。人を送れば済むから……もののついでかな」

軍勢の侵入さえ阻止すれば、調査を進める上での影響も無くなる。

そして進軍経路は限られているのだから、調べは容易につく。

一度侵入口を調べてしまえば、その先は何度でも簡単に対処できる問題でもあった。

「だからこそ、俺が力を入れるべきは足元の掃除だ」

外部からの横槍が入らない環境で襲撃から生き残り、犯人を確定させた上で調査を開始すればいい。

そうすれば次回はもっと長く時を遡り、事を起こす前の襲撃犯と、事前に接触していた人間まで捜査線上に挙げられる。

これが全容を知るまでの最短経路だ。

だからクレインはひとまず、この流れを目指して動くと決めた。

「実行犯を一人ずつ捕まえて尋問していけば、どの段階で離反したのかも分かるからな。理由もそのときに確かめればいい」

「だが、今回の排除目標は……」

いつも通りのことではあるが、これから待ち受けるものは粛清だ。

それも今までに行ってきたものとは性質が変わる。

そこに着目したアレスは言葉を区切ったが、皆まで言わせずにクレインは呟いた。

「大丈夫。俺は冷静だ」

アレスの配下たちをピーターに始末させた、墓前での一件とは違う。

小貴族たちに仕えていた残党を始末した時とも違う。

今回は自身が雇用して、日常的に言葉を交わした――見知った人間を始末するのだ。

会う頻度や言葉を交わした回数、関係の深さがまるで違う相手。言わば身内を処分することになる。

「……悲しさはある。それでも俺は、冷静なんだ」

もちろん心中では怒りの炎が渦巻いている。 殲滅(せんめつ) の決意にも変わりはない。

だが、あくまで今後の基本的な方針は、全てを奪い去った上での皆殺しなのだ。情状酌量も認めるとは言ったが、同情に足るだけの事情があったとしても、厳罰を与えることになる。

にもかかわらずクレインは、淡々と論理的な最適解を導き出し、彼らを破滅させる準備を終わらせた。

邪魔者が入らないように場を整えて、一人ずつ特定して消していくための方策。それを理路整然と並べていき――ほんの数分で――身内を始末するための対策を立て終わってしまったのだ。

「俺が時を遡れる範囲よりも前から、うちにいる人間もいたんだけどな」

とは言え、そこまでの古株はほんの数名だ。

離反者の多くは拡大に伴い雇用した者なので、付き合いが浅いと言えば浅い。

それでも身の回りの人間を処刑していくことになるのだから、アレスとしては当然、クレインの精神面を心配することになる。

だから彼は、深刻な顔で目を伏せたクレインに、一言だけ念を押した。

「気に病むなよ。裏切ったのも、先に手を出してきたのも向こうだ」

「ああ、分かっている。情に流されずに、やるべきことは必ず完遂するよ」

何も思わないはずはない。

だが、それでもクレインの決意は動かない。

家族や忠臣の命を守るためならば、裏切り者を切り捨てることに 躊躇(ちゅうちょ) などなかった。

「俺が憂慮しているのは、その決断を合理的に下せたこと。考え方自体についてなんだ」

「……いや、その心配は無用だ。そのための私だからな」

意外な返答にクレインが顔を上げると、アレスは皮肉気に口の端を釣り上げながら言う。

「要は、やり過ぎたら止めろということだろう? 例えお前を殴ってでも」

「まあ、そういうこと……かな」

経緯を知らない人間から見れば、身内の粛清という凶行は残酷に映るだろう。

処分を受けた人間の関係者はもちろんだが、何も知らない第三者から見た印象がどうなっているのかも、考慮に含めなければならない。

そのためのストッパーを期待していたところはあるが、アレス自らが言い出すとは思わず、クレインも釣られて苦笑した。

「何にせよ、調査はいつも通りにやるよ。最終的に解決する手順が正しいかだけ、後で確認してほしい」

「そうか」

それだけ伝えて、クレインは席を立った。

このまま詳細を詰めてもよかったが、アレスが何かを言いたげにしていたからだ。

「……まあ、いいだろう。迷うことがあればまた聞きに来い」

彼はこれから起きることも、その道筋も何となく察している。問題は、 どこまで(・・・・) やるのかだ。

しかしいずれにせよ、妻が命を落とす現場を直に見たのであれば、恨みは相当なものに違いない。

当面は好きにさせるしかないと思いながら、彼は黙って首を振った。

「アレスには俺の家族と一緒に退避してもらうつもりだから、直前にハンスを送るよ」

「分かった。調査の加減は任せよう」

言い残して部屋を出たクレインは、廊下にいるブリュンヒルデに軽い挨拶を交わして自室に戻った。

そして寝室のカーテンを開けた彼は、いつものように机に向かう。

「どこまでやるか、か」

具体的な対応策を記入は、2回目の人生からひたすら続けてきたことであり、今回もそれは変わらない。

これからやることは、いつも通りのことであり――その範囲が――広範なこと以外に変わりはない。

「終わりなんてないさ。足元が完全に綺麗になるまで……どこまでもだよ」

友人の心配を受け取った上で、彼は彼の決断をする。

内心を察した上で、調査の方法を任せてくれたのなら、きっと許してくれるだろうと思いながら。