軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 奇策縦横②

「内政官としての優秀さを見るに、戦後の統治には必要な人材です」

アクリュースが目を向けたのは、アースガルド子爵――言わずもがなクレインのことだ。

「アレス殿下とは時折、手紙のやり取りをする仲ですとか」

「ええ、ですからそれがご機嫌伺い程度なのか、それとも心服しているのか……程度により扱いが変わりますね」

野心家であれば王都にタウンハウスでも構えて、第一王子を利用しながら社交に精を出すだろう。

しかし彼はパーティーに顔を出したことなどなく、権力闘争から最も遠いところにいる。

貴族や領主、政治家というよりも、実業家に近い動きをしているのだ。

過度な欲を持たず、望むものを自らで手に入れられる立場なのだから、アクリュースからすれば釣り上げるための餌が無かった。

同時に、アレスに忠誠を誓う理由もそれほど無い。だから単純に、自らが治める土地以外に興味が無い気性なのだろうと推測して言う。

「領地に引き籠るほど郷土愛が強いのなら、順当にいけばアースガルド領が 蹂躙(じゅうりん) された際に、討ち死にするはずですね」

実際に近隣の貴族を 嗾(けしか) けた際には、クレイン自らが兵を率いて出陣していた。

だからアクリュースは、今回の戦いでも同様だと思っている。

そして騎兵のみで構成された、高機動の大兵力という矛盾した存在を相手にするならば、陣頭指揮をした指揮官が命を落とすことは想像に難くない。

「しかし不測の事態を見越した対策を重ねている以上、落ち延びて再起を図ることも考えられます」

「そうでしょうか……?」

何らかの事情で領地が破壊されず、領主も生き残ったならば、東部に対する悪感情を抱くはずだ。

その場合は彼を確保しておくことで、いずれ東部の勢力と決別した際の、尖兵にできる期待もあった。

「もしも陥落できなかった場合は特に、アースガルド子爵への手当ては必要ですね」

望むものが無いのなら、親切や恩義の鎖で縛ることになるだろう。彼女は窮地のクレインに手を差し伸べて、領地の復興を支援すれば、大駒になり得ると考えた。

だが活躍してほしいのは、あくまで国家転覆後の話だ。

ヴァナルガンド伯爵軍を相手に完全勝利し、健在のまま東部への盾となるならば、単純に厄介な存在と化すだけだった。

「どう転ぶかで、扱いを細かく変えていきませんと」

アクリュースの内心までは想定できずとも、エレボスは追従によって当主の地位を得て、今日まで政治をしてきた男だ。

だから主が興味を示した段階で、彼は現実的な提案を口に出す。

「所詮は田舎者ですが、東とは無関係を装い調略いたしますか?」

「ええ、声を掛けても損はありません。落ち延びていれば、拾ってもよいでしょう」

アースガルド領の防衛に成功したケースを考えるなら、懐柔して、友軍として引き入れることも視野に入ってくる。

つまり領地を攻め滅ぼしにきた軍勢と、肩を並べて戦うことになるのだ。

拒絶は予想されるが、戦いの規模を見れば、適当なところで妥協して配下に入らざるを得ない。

それが地方貴族の在り方なのだから、アクリュースからすれば、交渉で傘下に引き入れる道は幾らでもあった。

彼女はクレインの評判からして、それくらいの政治判断はできる男だと見ている。だが面識が無い以上、現状ではその印象が全てだ。

「 靡(なび) かないなら滅ぼすまでですが、穏当に加われば大局での勝利。ひいては戦後も安泰ですからね」

「はは、ご冗談を。そこまでの価値があるとは、とても思えません」

この発言には、アクリュースも内心で苛立ちを覚えた。ヘルメスを通じるなりして、攻め込むよりも先に懐柔策を掲示したかったくらいだからだ。

もしもクレイン・フォン・アースガルドを手中に収めれば、東部から中央部までの障害、その大半が即座に消える。

そして彼を味方にしたのなら、大量の副産物も手に入るのに、何故分からないのか。

不明への不満を表に出さず、平静のまま彼女は続ける。

「アースガルド家と懇意な商会は、どれも国政に必要ですから」

「なるほど、橋渡し役ですか」

国を運営するならば、豪商の存在は不可欠だ。そして新たな大商会の誕生を待つよりも、既存の商会を利用した方が効率はいい。

この点で、アースガルド家と親密な商会はどれも上り調子であり、手を出すためのチャンネルは幾つあっても困らなかった。

それこそヘルメス商会の代わりに台頭してきた、スルーズ商会は魅力的だ。

できれば無用な争いを起こさないまま、穏便に引き入れたいところでもある。

「東と袂を分かつ日が来れば、アースガルド領は要衝です。防衛拠点として残すことを考えても、むしろ勝利してほしいものですね」

「はは、まったくですな」

彼女は現実主義者であり、味方になった勢力といつまでも 蜜月(みつげつ) でいられるなどと、甘い幻想は抱いていなかった。

今は 叛意(はんい) が中央に向いているが、いずれ反目される可能性も高い。

だから今回の進軍でアースガルド領が破壊されていると、むしろ不都合が出るほどだった。

「だからこそ、という意味もあるのでしょうね。この早期進軍には」

いずれ反目する可能性が高いならば、防衛拠点となる要衝を残されても邪魔なだけだ。

南方と手を結ばれると厄介。その判断すらも名目上のことであり、本音は東部との境目を脆弱にしておきたかったのだろう。と、アクリュースはヴァナルガンド伯爵の本音を推察していた。

「全てを見通すことは叶いませんが、それでも我々は、我々にとって最良と思える道を選びましょう」

「もちろんですとも」

ほんの数年前までは、たまたま経路上にある領地であり、踏み潰して進む道路という程度の認識しか無かった。

しかし今となれば、友好関係を結ぶだけで大量の戦略的手札が得られる勢力に化けたのだ。

そんなことを予想できるはずもなかったが、小さな領地をそこまで成長させたのだから、やはりクレインは戦後に必要な人物だった。

「世が混迷を極めているからこそ、新たな歴史の勝者。 俊傑(しゅんけつ) が台頭するということですね」

銀鉱脈が発見された段階から、領内に送り込んだ密偵を増やした。しかし渉外担当であるヘルメスが隠遁の末に始末されたことで、寝返り工作の進捗どころか、どのような話をしたのかすらも不明になっている。

刻々と変わる現状において、情報網の強化は必須だ。

少なくとも東部の首脳陣はその前提で動いており、中央に知らされていない動きも、幾つか確認されている。

「今となれば東部の勢力も、あの地点の破壊ではなく占領を目指しているようですし……さて、どう動きますか」

水面下では陣取りの如く、最終的な支配権を獲得するための交渉が繰り広げられていた。

盤上では中央部と東部の境目が、絶えず移動しているのだ。この点で前統治者の継投は、所有権の大義名分として非常に強い。

つまり現状ではどの陣営にとっても、最良の選択はクレインの殺害ではなく、捕縛と登用となる。

「やることは山積していますね。もちろん国を得た後にも」

領有権の問題は戦前から当然想定しておくべきことだが、それで争っても疲弊するだけだ。

そしてそこまでの大局を見据えられるのも、各陣営の首脳陣だけだった。

一介の貴族であるエレボスは 深慮遠謀(しんりょえんぼう) を巡らせられず、適当なところで理解するのが精々だ。

単純な勝利と栄光の未来を夢見ながら、彼は未来の君主になるであろう王女に頭を下げた。

「へへっ、手前共もご相伴に与らせていただきます」

「もちろんです。よき働きを期待していますよ」

再度、卑屈な笑みを浮かべたエレボスは、一礼をしてからテラスを去った。

後ろ姿を見送ってから幾ばくの時が経ち、やがてアクリュースは小さな溜息を吐く。

「……やはり人材ですか。困ったものです」

彼女が排除すべき人物は、まずは旧体制への忠義者だ。それは間違いない。

しかしそれよりも優先して考えるべきは、大戦中に使えない人材をきちんと使い潰し――不良債権と化した穀潰しを一掃することだった。

「エレボス子爵。貴方もまた、無能と扱き下ろされた中央貴族の一人だというのに……。自分だけは違うとでも思っているのでしょうか」

長らく遊ばせていた手駒を、潜伏先の一つとして運用しつつ、後ろ暗さのある仕事を任せてみた。

その程度の認識であり、成果が出せなければ依然として、切り捨てられる側の人間だ。

つまり手元に戻ってこなくとも惜しくはない、捨て駒の一つということになる。

もちろん慎重に評価を下すつもりではいるが、事前の決まり事や、方針の復唱が精々という頭だ。

取り立てた能力は無いとした上で、彼女は呟く。

「品性が足りず、知性も足りず、先を見通す目も持たない。努力をせず、己の力量を 顧(かえり) みもしない。それでいて気位だけは高い――模範的な宮中の一員だというのに」

役人として一部署を任せる程度の才覚だ。しかし彼が求めているのは重臣級の扱いであり、もっと言えば伯爵への 陞爵(しょうしゃく) である。

だがアクリュースの考課は、当人の資質によるところが大きい。

計画後は家の権力など振り分け直しとなり、領地の入れ替えによって動かせる兵力や生産力も変わるのだから、戦後にまで特権階級意識を持ち込まれても、むしろ邪魔なだけだった。

「生き残れば功績は評価しますが……維持できるかはまた別の話。やはり身辺に置く人間は、よく選びませんとね」

その点でアースガルド子爵は、礼節や格式はさておき、実務的な能力は最高峰だ。

我欲も薄い印象があり、面倒事を起こす質でもない。

ならば、気にするのは顔の美醜くらいのものだろうかと、彼女は物思いに 耽(ふけ) る。

「優秀な人間ほど旧体制に忠誠を誓い、度し難い人間ほどすぐに裏切る……。ままならないものですね。アースガルド子爵が優秀な裏切り者となればよいのですが」

誰も彼もが地位と名誉を目当てに争いを繰り広げているが、彼女にとってそれは 忌避(きひ) することではない。与えられた責務に見合う能力さえあれば、重用すべきだと考えているからだ。

だから彼女はまだ見ぬクレインの姿を空想すると共に、彼以上に欲しい人材にも思いを馳せる。

「今回は取り逃がしましたが、いずれ、必ずや手に入れましょう。お兄様の手元に置いておくなど、宝の持ち腐れですからね」

国盗りを決意した頃から、常に勧誘を考えていた人物は――今は王都にいない。途中の衛星都市で進路を変えて、北部に移動中だと報告を受けていた。

本来であればここで手に入れるつもりだったが、用意した策の数々は見事に空振りしている。

しかし最終的には引き入れると決めているのだから、やはりアクリュースに動揺は無かった。

「そう、彼女は私にこそ相応しい人材です。私が最も上手く、力を引き出せるのですから」

短期的には埋伏の毒として用い、長期的には自身の身辺に 侍(はべ) らすことを夢想したアクリュースは、 眦(まなじり) を下げて楽し気な笑みを浮かべる。

「いえ……使わずとも構いませんか。傍に置いて鑑賞するだけの、 表彰楯(トロフィー) としてでも」

目当ての人物は知性や気品、礼節などの貴族的な全てにおいて、アクリュースが求める水準を軽々と超えている。

端麗な容姿とて、汗臭く泥臭い武官のものとは思えない。

全ての評価項目において、彼女が求める完璧を満たしていた。

「身近に置くなら、やはり美しい人間に限りますし」

求めて止まないのなら、手に入れよう。

彼女の考えはそれだけだ。

「純真無垢な彼女を侍らせて、思うがままに好きにしたい。盲目的で従順な忠誠を誓ってほしい。これは……素直な欲求ですね」

大乱の勝者が歴史を担い、その時代を手に入れる。

領地や財貨、文化や風習までの一切を受け継ぐことになるのだ。

「そう。この古き因習に囚われた国を割り、粉々に粉砕して、新しい価値観と共に再び組み上げて……私は全てを手に入れる」

彼女は欲しい人間も、必要な人間も、 須(すべから) く参集すべきだと考えている。

そして打算に 塗(まみ) れた人間に囲まれてきたからこそ、世俗の欲とは無縁の極致にいる――渇望している人物がいた。

「ブリュンヒルデは、その象徴ですね」

彼女を入手すれば、身辺警護の不安は無くなる。そして彼女を手にするということは、一騎当千で知られるピーター・フォン・シグルーンまで手に入れることと同義なのだ。

二人だけで私兵団の代わりができるほどだが、言ってしまえば彼女らは実用、鑑賞用のどちらでも構わない。

いずれにせよ、明確に欲しがっているものの一つだった。

「彼女の入手は最終目標として。終わりへ至るまでに、何人の英傑と出会えるでしょうね」

クレインのように、乱世でこそ成長する人間がいる。

凡夫を英雄に変えるのが動乱の時代だ。そう思いながら、彼女は揺り椅子から立ち上がる。

アクリュースは天高くにある太陽の下で、まだ見ぬ未来の家臣たちに思いを馳せた。

「国の内外を問わず、優れた人材を一人残らず呼び集めて、 傅(かしず) かせて、 跪(ひざまづ) かせてみせる」

彼女は、広さと 雅(みやび) さに若干の不満を覚える庭園を見渡しながら、その景色の先に天下国家を見ていた。

そして自問の締め括りに、誰が聞くこともない宣言をする。

「稀有な人材で作り上げた、堅固なる基盤を築きましょう。一千年の 永久(とわ) に続く、完全なる理想の国家を建てるために」

天下万民を幸福にできたのなら、その過程で栄耀栄華を味わうことは役得だ。

永遠に続く幸福を約束できるなら、彼女という一個人が生涯で抱く、望みの全てを叶えることなど――些細で些末で――慎ましい報酬でしかない。

「いずれ 来(きた) るその日のためにも、今できる最善の全てを。すべきことを為しましょう」

少なくともアクリュースの中では、未来のための大義ある行動だ。

今を生きる人の大半を犠牲にしてでも、彼女にはこの革命を成立させる用意があった。

だから彼女はまた、新たな策の行使に取り掛かる。