軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 長閑な秋の日に

王国暦501年9月20日。

ビクトールの弟子にして、北部の名門伯爵家出身の武官。チャールズは何の気無しにスルーズ商会へ押し入り、アポ無しで商会長の部屋に訪れた。

「なあトレック、今晩飲みに行かないか?」

「随分と急なお誘いですね」

まだ昼過ぎのためトレックは当然仕事中で、チャールズも勤務中だ。

しかし彼は堂々と、飲みの誘いに来ていた。

「女の子と5対5で飲むんだけど、デイビスが懲罰で欠席するって言うからさ」

「あの人は何をしているんですか、まったく」

この男、チャールズ・フォン・レメディ・アストライオスの 放蕩(ほうとう) ぶりは有名だ。

有り余る金と自由を持つ彼は、アースガルド領に来てからも町娘と浮名を流している。

ビクトールの眼鏡に適う優秀さとは裏腹に、勤務態度や素行は軒並み不良。グレアム隊へ普通に出入りしている貴族という、変わり種でもあった。

「それで、どうして私にお誘いを?」

「トレックを誘うように、クレインから言われたんだよ」

「そうですか。でも今日中の仕事が溜まっているので、何とも言えませんね」

トレックとて出会いは求めているので、できれば行きたいところだ。

しかし今日も残業の予定でいるため、間に合わないと見て渋い顔をしていた。

「仕事って?」

「帳簿の整理ですよ。6号店までの売り上げを全部――」

「そんなの誰かに任せればいいだろ。……よし、ちょっと待ってな」

気軽に言ったチャールズは部屋を去り、若手の女性店員を連れて戻ってきた。

「この子は期待の星だ。今日から帳簿の管理をやらせてみよう」

「ええ!? わ、私がですか?」

「何事も挑戦ってことで」

連れて来られた従業員は勤務歴3年目だが、特に大きな仕事は任せられていない。

彼女であれば時間はあるし、勤務態度にも問題は無い。

つまりチャールズが連れてきたのは、ある程度信頼できて、そこそこの能力もあるという、金勘定の仕事を振っても問題は無い人物だった。

「彼女も計算はできますが、帳簿関係の仕事はまだ教えていないんですよね」

「どこかで教えないと、いつまでもできないままだろ? 取り敢えずやらせてみればいいんだよ」

トレックから見て懸念があるとすれば、任せている仕事が主に接客という点だ。

だがチャールズは、この従業員に太鼓判を押していた。

「大丈夫、この子はできる子だ。明日にでも出来栄えを見てやって、完成品に問題が無ければ次も任せていいからさ。今日はお試しってことで」

ぐいぐい話を進めるチャールズだが、スルーズ商会としては彼の実家であるアストライオス伯爵家との関係を無下にできない。

北でのお得意様どころか、ヘルメス商会から奪い取った支店の運営を助けてもらっている。要するに借りがあるのだ。

その上で、「息子を頼む」という手紙が定期的に届くので、好き放題にしていても咎めにくいところはあった。

「確か今日は仕入れが無いから、昼過ぎからは番頭が暇してるはずだ。補佐役も確保できるな」

「どうしてウチの仕入れ状況とか、従業員の勤務体制を知っているんですか……」

どんな情報網を持っているのかはトレックも知らないが、チャールズはとにかく顔が広い。

主な店員の勤務状況から家族構成、趣味嗜好まで結構な範囲で把握している。

個人の能力や性格まで熟知しているので、彼が時折提案してくる采配が間違っていないことも、むしろ悩みの種だった。

「いいかトレック、会長の仕事は自分が有能になることじゃないんだ。仕事ができる部下を育てて、監督するのが仕事なんだよ」

「それはまあ」

「安心して見ていられる状態を作るまでが、お前の仕事な?」

「正論ですけどねぇ……」

仕事を任せられる部下を育成するのが、上司の務めだ。

一見して経営者として当たり前のことを言われているが、その実、ただ遊びたいだけだ。

サボるためなら全力のチャールズは、サボり仲間を増やすにも全力だった。

「その情熱を、仕事に活かそうとかは?」

「考えたことは無いし、これからも考えない」

人生を遊びに費やすと決めている辺りは、いかにも暇している高位貴族らしい。

にやりと笑ったチャールズは、再び本題に立ち返った。

「何にせよ、これで仕事は片付くな。細かいことは明日考えればいいんだし、行こうぜ」

ペースに乗せられたトレックは結局、飲み会に参加すると決めたどころか――昼の仕事まで部下に振って――すぐさま店から連れ出されることになった。

近頃のクレインは、過労気味な家臣のところにチャールズを派遣して、適度に遊ばせるという一風変わった福利厚生を採用していた。

特にハンスの元には定期的に訪ねており、リラックス作用のある茶葉とティーセットを持ち込んで、詰め所でパーティーをしていることも多い。

「これが仕事なんだから気楽なもんだ。武官ってのがアレだけど、仕えて正解だったな」

「貴族の矜持は北に忘れてきたんですかね」

「そんなものを後生大事に抱えてたって、無駄に疲れるだけだっての」

チャールズはサボりがちだが、アースガルド家の家臣は全体的に働き過ぎだ。

励めば出世できると見て、必要以上に頑張る人間が増えている。

トレックはその筆頭のため、今日は仕事の一環で遊んでいるという側面も、一応はあった。

「ハンスさんとかそのうちぶっ倒れそうだけど、トレックも似たようなものだろ」

「それはそうですが、いきなり休まされても驚きますよ」

「そうか? 俺が現れたら強制的に一回休みってのは、分かりやすくていいと思うけどな」

主要な家臣でこの福利厚生を全く利用していないのは、ランドルフくらいのものだ。

彼は無尽蔵が如き体力を誇る上に、働けば働くほど気力が充実して、よりコンディションが良くなる傾向があった。

そのため、誰とでもほどほどに付き合うランドルフと、顔が広いチャールズの関係が薄いという奇妙さはある。

そんな例外を除き、大半の家臣と友好関係を築いている、コミュニケーション能力の抜群に高い男がチャールズだ。

彼は終始笑っているが、連れ攫われたトレックは落ち着かない様子で往来を歩いていた。

「しかし急に空けて……店は大丈夫かな」

「会長が半日抜けてダメになる商会なら、そいつはもう末期だろ」

スルーズ商会への定期巡回で顔を合わせることが多く、年齢も近いため、彼らは気安い間柄だ。

だがチャールズがいつ来ても、言われることは「遊ぼうぜ」のみなので、トレックは度々呆れている。

「上が休まないと下も休めないんだって。部下のためにもたまには遊べよ」

「それがサボりの口実でなければ、十分に頷く余地はあったんですけどね」

不安そうな顔で店の方角を振り向くトレックに、チャールズは尚も、もっともらしいことを言い続けた。

トレックとしても今さら引き返そうとは思わないが、やれやれと首を振りながら尋ねる。

「遊ぶと言っても、まだ時間はあるんでしょう? 男2人で茶でもしますか?」

「それも味気ないな」

トレックに関して言えば、クレインからの指令は2つある。

倒れない程度に遊ばせることと、アースガルド領内の婦女子と交際させることだ。

指示そのものは飲み会に誘った時点で達成しているが、チャールズは仕事と趣味を掛け合わせて、更に高みを目指していく。

「飲みに行く前に、道行く女の子に声でも掛けてみるか」

「ええ……」

「出会いってのは、幾らあってもいいものなんだって」

ここまでいけば筋金入りだ。

だが、呆れるトレックを前にしても、チャールズはマイペースを維持していた。

「お付き合いするばかりが能じゃなくてだな。知り合った子から友達を紹介してもらったり、他の野郎に紹介したり、逆に紹介頼んだりとか色々あんのよ」

「好きですねぇ、本当に」

先日声を掛けた女性と、その友人を誘って飲みに行くというのが今日の趣旨だ。

その上で、更に先々の布石を打つために、チャールズは貪欲に出会いを求めていた。

「何ならトレックが声を掛けてみろよ」

「え? 私が?」

さりとて、無理に誘ったトレックを放り出してまでやることではない。だから彼は一工夫を加えた。

つまり今日の課題は、トレックにナンパを経験させることだ。

「少しは慣れておかないと、本命が現れた時に困るぞ。あれじゃあモテませんねぇって、マリーも言ってただろ?」

「そういうものですか……って、どうしてマリーさんからのダメ出しまで知ってるんですか」

トレックとて商談であれば、交渉相手の老若男女を問わず成功させる自信はある。

だがプライベートな人付き合いでいくと、そこまで熟達しているわけではなく、特に恋愛関係が不慣れという自覚はあった。

恋人作りに失敗している要因としても、女慣れしていない点は大きい。

「でだ、初心者のトレックが声を掛けるとしたら……目に見えて困っていそうな人かな」

「困っていそうな人? 弱みに付け込むようで感心しませんよ」

「物は言いようだっての。助けてあげた善行の結果に、ご褒美が待ってると考えりゃいいさ」

青年2人は大通りを歩いていくが、困っている女性などそうそう都合よく現れない。

特に何が起きることもなく時が過ぎて、ただぶらぶらと歩いていく時間が続いた。

「あ、悪い。ちょっと行ってくる」

トレックもただの散策を楽しむようになってきた頃。街角の人や物にせわしく視線を送っていたチャールズの動きが止まり、トレックの背中を叩いた。

「気になる子でも?」

「いいや、残念ながら仕事だ」

軽薄な笑顔のまま歩き出したチャールズは、小物屋の店先で店主に絡む、汚い身なりの二人組を前にして――声を掛ける前に拳を振り上げた。

「よし、現行犯ってことで」

「なっ……ふべっ!」

「何しやが……ぐへっ!?」

チャールズは 破落戸(ごろつき) の顔面を殴りつけて昏倒させると、片割れにも関節技を仕掛けて地面に引きずり倒した。

制圧した男たちを捕縛した彼に、遅れてやってきたトレックは尋ねる。

「どうしたんですか、いきなり」

「強引な地上げをする連中がご活躍中だとか、オズマの奴がぼやいてたんだ。俺だって人相書きくらいは覚えてんのよ?」

街が大きくなれば、悪どいやり方で儲けようとする人間も増えて、こういったトラブルが増える。

開発する側のトレックとしても、身近な問題ではあった。

「今回は店に被害が出てないから、グレアム隊送りってことで解決だな、ちょっと詰め所に放り込んでくる」

「それはお気の毒に」

悪質かつ重大ではない犯罪を犯した人間は、奉仕活動がてらにグレアム隊か、ランドルフ隊に配属されることが多い。

そこいくと今回の犯人は常習犯であり、放っておけば市民を脅す存在だ。

しかしやっていることは恫喝止まりであり、死刑になるほどの重罪ではない。

だから遠慮なく、悪人の 蟲毒(こどく) 部隊へ送られることになる。

取り調べを受けた先は、反骨精神が砕け散るまで抜かれてから社会復帰するか、そのまま兵士になるかの二択だ。

「悪いなトレック。ちょっとその辺りで時間を潰しててくれ」

「まあ、仕事なら仕方ない……というか、それが普通ですよね」

罪人を引っ立てて引きずっていくチャールズを見送り、トレックはふと悩む。

特にやることは無く、これといった目的地も無いからだ。

「この辺りと言えば、新しい通りができたくらいですか。市場調査でもしましょうかね」

街は拡大中なので、大きな通りにも空き地がある。

領内のヘルメス商会が消滅した影響で、掘り出し物が見つかりやすい時期でもある。

目ぼしい土地を覚えながら進んでいくトレックは、次の角を曲がってからすぐに足を止めた。

「ん?」

道の端に寄った小柄な女性が、周囲をきょろきょろと見回している。

顔立ちは幼いが、一見して成人だ。

「困った人がいたら声を掛けろ、か」

いかにもな女性が現れたのだから、先ほど受けた助言をそのまま流用できる場面だ。

遠目に見た女性は、そこはかとなく癒し系の雰囲気で、声を掛けやすくもある。

「……やってみますか」

ソロという点でハードルが上がっているものの、そろそろ恋人の一人も欲しいというのは彼の偽らざる本音だ。

一世一代というほどではないが、それなりの覚悟を抱いたトレックは、一瞬で商談用の表情に切り替えた。