軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 戦慄、走る

「失礼、何かお困りですか?」

「え? ああ、はい。道に迷ってしまって」

商売で培った分析力を活かして、トレックは相手を推し量った。

年齢は20代前半から半ばほどで、少しばかり北部の訛りがある。この辺りでは珍しい黒髪でもあるので、移民の線が濃厚だ。

所作を見る限り貴族ではない。髪はよく手入れされているが、身なりからして商家出身か。

それなりの教養があるのなら、あまり軽薄な姿勢では印象が悪いだろう。

以上のような数多の計算を行いながら、トレックは爽やかに笑いかけた。

紳士的な振る舞いを心掛けつつ、いつも通りの商談を行うが如くだ。

「次の約束まで時間があるので、よろしければご案内しましょうか?」

「ええと、その……」

プライベートでは満足に使えていないが、話術は一流で空気も読める男だ。

見知らぬ男から急に声を掛けられたら、戸惑うことも理解はできている。

しかしその程度であれば、話術と身分でカバーできると踏んだ。

「私の名前はトレック。トレック・スルーズと言います」

「もしかしてスルーズ商会の?」

「そうです」

誰しもが知っている大手商会の会長だ。財力と社会的信用が違う。

彼の資本が入っている店などそこら中にあるので、証明も容易だった。

また、今日の彼は他所行きの格好で小奇麗にまとめており、顔立ちとて悪くはない。

普通に考えれば好条件が揃い踏みだ。

そもそもトレックからすると、この出会いが付き合いに発展しなくともいい。

異性と仲良くなる練習なのだと決意して、彼は最大限の社交性を発揮した。

「何をしているかと思えば、やってるねぇ」

チャールズが戻ってくると、トレックは見知らぬ女性と一緒にいた。

会話は弾んでおり、遠目に見てもいい雰囲気ではある。

「しかしトレックの奴、完全にデレデレしてるな」

愛嬌がある女性のようで、トレックはすっかり魅了されている。

商談用の笑みなど、開幕から数分で崩れ去っていた。

相性は良さそうなので、相手に脈があればもしかしたらといったところだ。

「でもまあ今日はこの間みたいにがっついてなければ、挙動不審でもない。……いけるか?」

既に何度か紹介して、反省会を繰り返したチャールズである。

トレックが上手くいけばもちろん祝福するが、彼は現実的な問題にも目を向けた。

「お相手はそこまで裕福そうじゃないし、成立すれば身分差の恋ってのもあり得るな。あと、晩の飲み会どうしよう」

今日中に付き合うところまではいかないだろう。

しかし気になる異性ができたところに、新しい出会いをさせるのもどうなのか。

彼はトレックの性格を鑑みて、危うい賭けだと判断した。

「どっちつかずになった上に、上の空で仕事にならないって線もあるな」

トレックはそれほど器用な生き方をしていないのだ。

友達以上恋人未満の関係を、同時並行で複数抱えることなどできない。

そして仕事に影響が出れば、クレイン個人どころかアースガルド領全体の問題ともなる。

「いいや、ここは安全策だ。他を当たるか」

後ろから登場する野暮をせず、チャールズは黙って去ると決めた。彼は彼で意外と空気を読む男だったからだ。

見込みがありそうな出会いに、水を差すほど野暮ではない。

懸念があるとすれば、お相手の女性にパートナーがいることだけだ。

「まあその辺は、なるようになるだろ」

来た道を引き返していく最中、チャールズは顔見知りに声を掛けていった。

彼とていつでも女性に生きているわけではなく、声を掛けていくのはほぼ男性だ。主には見回りをしている衛兵や、そこらの店主と世間話をしながら歩みを進める。

そうこうしているうちに、一際目立つ人物と鉢合わせた。

「む、チャールズか」

「ランドルフ?」

人並みから頭一つ分以上も浮いている男は、家臣の中でも豪勇で知られるランドルフだ。

彼はクレインが遊ばせようとする対象に入っておらず、チャールズからするとまだ、どんな人物か分かっていないところがあった。

一方でランドルフから見ると、チャールズの身分が格上に過ぎる。伯爵家の子息とは、対外的に見れば主君であるクレインと同程度の偉さであり、気軽に話しかけにくい存在だ。

そもそも軍事専門のランドルフと要人警護が主のチャールズでは、顔を合わせることすら久しぶりだった。

「珍しいな、繁華街で会うなんて」

「う、うむ。少し用があるんだ」

貴族と平民の間柄ではあるが、階級はランドルフが上なので両者共に敬語は使わない。

というよりも、チャールズが敬語を使う相手はビクトールくらいとなる。

何となく気まずい雰囲気が流れたが、そこは交流に定評のあるチャールズだ。

すぐに気を取り直して、話を広げていった。

「ランドルフの私服を見るのは、なんか新鮮だな」

「そうか? まあ、会う時は大抵が仕事中だからか」

ランドルフの私服はサイズが大きいだけで、別に虎や熊の毛皮を被っているわけではない。

だから特に触れることでもないが、目新しいことには変わりなかった。

適当な取っ掛かりを作りつつ、チャールズは更に尋ねる。

「で、用ってのは買い出しか?」

「いや、人を探しているんだ。今日は外食の予定なんだが、待ち合わせ場所にいなくてな」

ランドルフの交友関係をよく知らないチャールズからすれば、これも興味を惹かれる話題だ。

触れて困る話題ではないだろうと、彼はこの話題を掘り下げた。

「なるほどねぇ、ちなみに探し人の特徴は?」

「特徴……何と言えばいいか。まあごく普通の顔立ちをした、黒髪の小柄な女性だ」

「へぇ」

特徴を聞いた瞬間――チャールズに戦慄走る。

何だか聞いてはならない情報だったような。深く聞かないと誰かの命が危ないような。

強烈に嫌な予感を覚えながら、無難に相槌を打つ。

「この辺りでは珍しい髪色なんだが、どうにも見当たらん」

「そうか、それは大変だな」

山野で唐突に、野生の肉食動物と遭遇したかのような緊張感だ。

万が一にも対応を間違わないようにと、チャールズは慎重に探りを入れた。

「探しているのは妹さん、とか?」

「いや、妻だ」

アウト。チャールズの脳裏に浮かぶ単語は、最早それだけだ。

この事実をトレックは知っているのか。

否、知っているはずがない。

知り合いの妻だと知っていれば、もう少しきちんとした顔を維持していたはずだからだ。

「通りの角にある、茶店で待ち合わせと言っていたんだがな」

「そ、そうか。なるほどなぁー」

普段はグレアム隊の面々に負けず劣らずなチャールズも、今回ばかりは真面目に頭を回した。

順当に考えれば、ランドルフを素直に妻のところに案内して、トレックにも事情を説明すれば済む。

だが本気で横恋慕していたとすれば、冗談でなく命に関わることだ。

「この近辺は治安がいいから、事件に巻き込まれたとも思えん。一体どこにいるのやら……」

「は、はは。ここらは建築ラッシュだから、案外迷ってたりして」

ランドルフの妻はそれほど顔が知られていないが、ランドルフが愛妻家という話は有名だ。

下心がありそうな表情を見られるだけでも、相当に危ういとチャールズは判断した。

「よ、よし、俺も探してみよう」

「いいのか?」

「ああ、暇だからな。あっちを見てくるから、ランドルフは待ち合わせ場所にいてくれ」

チャールズの脳裏には、友人の商会長が知り合いの悪鬼に、頭からバリバリと食われるビジョンが浮かんでいた。

絶対に遭遇させてはならない。

絶対にだ。

だから彼はランドルフを足止めしつつ、トレックの軌道を修正しようと決意した。

「俺は目立つから、探しに出るなら自分で――」

「いやいや、逸れると面倒だろ? こういう時は動かない方がいいんだって」

適当な理屈を付けようとしてみたが、確かにランドルフは目立つ。

通りの端からでも、個人として認識できる程度には目立つのだ。

「あ、そうだ。俺が探している間に、裏の通りで花を買うといい」

「花?」

他の口実を探したチャールズは、一本横の通りで、数日前に花屋がオープンしたことに思い当たった。

「食事時に、邪魔じゃないか?」

「食後まで預けておけばいいんだよ。ランドルフが先にレストランに行って、店員に保管を頼んでおくのがいいだろうな」

夕食にはまだ時間がある。花を買ってから店に預けて、それから集合場所まで戻ってもまだ時間は足りるくらいだ。

「嫁さんに、最後にプレゼントを贈ったのはいつだ?」

「誕生日だから……半年前くらいか」

「最近忙しいし、家も空けがちだろ?」

「うむ、まあ」

腑に落ちない顔をしているランドルフに対し、なるべく自然にチャールズは言い包めていく。

「せっかく外食するなら、日頃の感謝をサプライズで伝えるのもいいと思うぜ」

「そういうものか……」

そんなこんなで、説得すること3分ほど。

やがてランドルフは納得して、大きく頷いた。

「確かに遠征や訓練ばかりで、苦労を掛けているな」

「そうそう。てことで俺が探しておくから、任せてくれ」

「だが、そこまでしてもらうのは……やはり悪いのでは?」

「いいから任せてくれ。ほら、行った行った」

ランドルフを見送ってからすぐに、チャールズは駆けた。

屋敷に戻ろうとしていた道を更に引き返して、現場に急ぐ。

彼が全速で走って駆けて、ようやく姿を見つけた時――もう、どうしようもないほどに――トレックはだらしない顔をしていた。

「よし、出会わせなくて正解だ!」

間抜けな顔をしているだけなら、異性慣れしていないだけで押し通せるか。

否、あの表情は結構危ない。

会わせなかったのは的確な判断だと、安堵したのも束の間。

トレックは真剣な表情を作り、ランドルフの妻に何を言うかと思えば――

「夫婦で、一緒のお墓に入れたら素敵ですよね」

「え? ふふ、そうですねぇ」

僕と一緒の墓に入ってください。という、何とも古風なプロポーズをしていた。

幸いなのはセンスが古臭すぎて、相手に伝わっていないことだけだ。

「あ、いや、お前ぇ!?」

気を取り直したトレックは別な言葉で言い直そうとしているが、チャールズからすると冗談ではない。

交際の申し込みを飛ばしてプロポーズなどと、何を考えているのか。

そもそも相手を考えろ。

いや、まず相手の素性を調べてからにしろ。初対面だろう。

などと、色々と言いたいことがあったチャールズだが、今の彼が取るべき作戦は、何を置いても離脱のみだった。

「や、やめろトレック! 早まるな、早まるんじゃない!」

「うわっ! なんですか!?」

驚いているランドルフの妻を横に置き、何とかトレックは連れ出せた。

問題はこの商会長を野放しにすると、再度アタックに行きかねない点だ。

「声を掛けた人が凄くいい人で、運命の出会いかもしれないんです。止めないでください!」

「ああよく引き当てたもんだ、ある意味運命だよ。……世間って狭いよな」

勤務態度こそ不良なチャールズだが、今日ばかりは真面目な説得と交渉を繰り返した。

結果としてトレックの命は助かり、ランドルフのサプライズも成功する。

翌日には礼を受けて、武官の親睦が深まったくらいだ。

しかし問題は別にある。

数日後、チャールズはクレインの執務室を訪れて、顛末を報告していた。

「そういう話があってさ」

「……急に大々的なセールを計画し始めたから、おかしいとは思ってた」

トレックは飲み会に出られる精神状態ではなくなったので、結局欠席。

その後の彼は、何かに憑りつかれたように仕事に打ち込むようになり、以前にも増して恋愛から遠ざかっている。

生涯独身の誓いまで立てていたので、クレインも不穏な気配は感じていた。

「なあチャールズ。実はトレックって、 拗(こじ) らせ過ぎじゃないかな?」

「ああ、あれは重症だけど……どうするかな。遊びに誘っても断固として来ないし」

無理が祟れば身体を壊しかねないので、クレインも修正案を考えてはみる。

だが今となっては全てが後の祭りであり、打つ手など残ってはいなかった。

「ここからだと、どうしようもないか。……よし、一旦やり直そう」

今日も今日とて服毒したクレインは、4日前の朝から人生を再開した。

そして彼からすると、この調整は簡単な部類だ。

「要はランドルフたちと、会わなければいいだけの話だからな」

スルーズ商会へ向かう前のチャールズにお使いを頼み、午後の遅い時間から誘い出しをさせればそれで済む。

報告にあった地上げ屋も、オズマを派遣して取り締まれば解決だ。

これで丸く収まるはずだったが――これも駄目だった。

「飲み会でトレックといい感じになった子が、彼氏持ちだったらしくてさ」

「え?」

修正した結果を持ってきたチャールズは、苦笑いをしながら言う。

「自分の方が 浮気相手(・・・・) だと知っちまって……まあなんだ、失恋のショックで仕事の鬼に」

「どうしようもないな!?」

トレックの恋愛はどうあっても実らないのか。

どうしてここまで運が悪いのか。

若くして多くを手に入れた商会長の、唯一の欠点。

歴史を改変してもなお失敗する恋愛運の無さには、クレインも唖然とした。