軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十八話 追跡者

砦の作戦も、その後の伏兵も計画通りに進んだ。

過去のクレインは東伯軍が大人しく引くことを祈り、別動隊が奇襲作戦を成功させることを願うだけだったが、今回の奇襲作戦には二つの変更点がある。

まずは作戦への動員数だ。領地の内政改善で人口が増えたことに伴い、アースガルド軍全体の兵数は3000人ほど増えている。

砦や伏兵に割り振った数に変化は無かったが、浮いた兵力がどこへ行ったかと言えば、ほぼ全て別動隊に回されていた。

「ピーターさん! 前方に敵の補給部隊を発見しました!」

「それは重畳。では、取り掛かりましょうか」

人数が増えた分だけ山越えの労力は増した。しかし今回はハンスとマリウスの手により、事前に山道が整備されていたのだ。

負担と改善が相殺された結果、以前と変わらず雪山の踏破に成功している。

「全軍、進め。――全ての荷車を破却しなさい」

以前に攻め寄せた時は3000の兵で十分だったというのに、今回の作戦には倍近い兵が投入されている。

怒涛の進軍を見せたピーター隊は補給部隊を蹴散らし、勢いのまま領地の中心部になだれ込み、速攻で領都を陥落させた。

「ふむ、ここまでは順調のようです」

もう一つの変更点は作戦の内容ではなく、兵を維持する物資についてだ。

奇襲部隊の手持ち物資を減らし、特に食糧はヘイムダル領の到着と同時に使い切らせていた。

4万人の敵軍を支えるための物資が一カ所に集積しているのだから、補給は現地調達で構わない。

荷物を減らしたことにより行軍の負担が減り、開戦した瞬間から最高速で動けている。

これにより陥落までの時間は、作戦実行前の半分以下になった。

「包囲の部隊を除き、倉庫の焼却と接収にかかりなさい」

「了解しました!」

前線へ送る準備をしていた物資は当然、必要な分を残して根こそぎ焼き払っていく。

その作業を横目にしながら、ピーターは独り言を呟いた。

「民間人の被害を低減せよ……ですか。やれやれ、クレイン様は甘いお方ですね」

東伯と敵対関係になるのであれば、敵方に付きそうな家の領民は敵戦力だ。

根切りにした方が後腐れは無いが、非戦闘員への虐殺は禁じるように命が下っていた。

「まあ、某はただ任をこなすのみ」

しかし命令の意図が読めなかろうと、詰めが甘かろうと構いはしない。

己がやるべきことをやるだけだと、彼は思考を現実に戻す。

「ではベルモンド殿、後はお任せします」

「うむ、ここは我らに任されよ」

副官のベルモンドに指揮を任せて、ピーターは歩き出した。

供も付けずに、一人で街の中心地に向かっていく。

「任務の性質を考えるとこれが最適。はてさて、どこにいるのやら」

侵攻用の物資を焼いてしまえば、別動隊の任務は一段落だ。

だがピーターには別の任務も与えられていた。

クレインからすると今回の戦いにおける最重要項目の一つであり、失敗した場合は可能な限りの情報を集めてから帰還する手筈となっている。

「お、あれは」

彼の目的は、言ってしまえば人探しだ。

目的の人物を探し歩いてみれば、領主の館から出てくる一団が目についた。

尋ね人もその中にいたので、ピーターはにこやかな挨拶から始める。

「やあ、やはりこちらでしたか」

「怪しい奴め、なんだ貴様は!」

最前線となり、火の手が上がる街を一人でぶらついている男は、誰がどう見ても異質な存在だ。

素性の知れない男と相対して、警戒を強める標的――過去にマリーと、クレインの子を殺害した――ヘイムダル男爵の傍には、20名ほどの護衛が付いていた。

「もしやアースガルド軍か」

「単身で敵中に迷い込むとは、運が無かったな!」

「迷う? はは、迷うなどと……とんでもない。探していたのですよ」

ヘイムダルの一行からすれば、ピーターは略奪品を探して隊から逸れた士官に見えている。

しかし彼は思惑に基づき、明確にヘイムダルのもとを目指していた。

男爵領の領都が平原にあるため、アースガルド家の奇襲部隊が察知されたのは襲撃の直前だ。

報告を受けてからすぐに動き出したとしても、ヘイムダルはまだ領主の館かその近辺だろう。

そんな予想を立てて進んでみれば、見立て通りに目当ての人物が見つかったという状況だ。

「ええい! こんな男にかかずらっている場合ではないぞ!」

「そうですね。逃走用の馬を駆り出すのに、忙しいものとお見受けしました」

ヘイムダルはまだ騎乗しておらず、ピーターからすると早期発見は幸運なことだった。

しかしヘイムダル男爵にとっては、厄介ごと以外の何物でもない。

既に守備隊は壊滅しており、街の外では軽騎兵を率いたマリウスが、包囲網を敷き始めている様子も確認されていたからだ。

「閣下、ここは我らにお任せを!」

「うむ。頼んだぞ!」

時間をかければアースガルド軍の本隊に追い付かれて、脱出が困難になるだろう。

だからヘイムダルは、その場に3名の親衛隊員を残して先に進む。

片やピーターは愛用の片刃剣を抜き、平素と変わらない微笑みを見せた。

「時間をかけていられないのは、こちらも同じこと。始めましょうか」

のんびりとした口調とは裏腹に行動は素早く、ピーターは既に地を蹴っている。

恐ろしく速い踏み込みで――まずは足止め役の3人が斬り捨てられた。

「い、一瞬で……!?」

断末魔を聞いたヘイムダルが後方を振り返ると、戦闘開始と同時に戦闘が終了していたのだから、彼は驚愕に目を見開いていた。

「ば、バカな、何だあいつは!」

「閣下、早くお逃げください!」

斬られる瞬間を見ていなかったことが、逆に恐怖を煽る。

ヘイムダルは再び前を向くと、弾かれたように逃げ出した。

護衛の配置は慌てて主君を追う者が10名に、ピーターを足止めするべく残った者が7名という振り分けだ。

ピーターは行く手を阻む敵兵に刃を翳すが、まるで意に介してはいない。

その視線は先頭になって逃げる、ヘイムダルの背中に定められていた。

「まあまあ、そう急がずとも良いではありませんか」

「あぎっ!?」

「ぎゃあ!!」

技だけでは巨体の敵に押し切られることもあるだろうが、ピーターは身体能力も飛び抜けて高い。

武器を振るいながらでも、そこらの男よりよほど素早く走れた。

超一流の武人と中年の男爵。

走力は比べるまでもなく、対象との距離はみるみるうちに縮まっていく。

「こ、こっちに来るな! お前たち、命に替えても止めろ!」

「そこまでして、生き延びたいですか?」

最後尾の兵士が斬られる度に、残り少ない護衛が投入されていった。

1人、また1人とヘイムダルの横を走る兵が減っていき、悲鳴が上がる度に死体が増えていく。

背後から迫り来る濃厚な死の気配を前に、ヘイムダルは恐慌状態に陥っていた。

「ひ、ひぃいいいい!? で、出会え! 何としても時間を稼ぐんだ!」

恐怖に駆られて振り返る回数が増え、逃走速度も段々と落ちている。

対するピーターは、接敵しても全く速度が落ちない。

走るついでに斬りつけていき、群がる兵士たちを淡々と殺害していくだけだ。

「ぐあっ!」

「うげっ!?」

「どうにも某には、その生き汚さが理解できません」

主君の危機を前にして、ヘイムダル男爵領の衛兵たちも懸命に立ち向かった。

命を捨てて打ち掛かっていくが、しかし少人数同士の戦闘を何度繰り返したところで、ピーターの障害にはなり得ない。

最初からまとめて投入していれば打つ手もあっただろうが、逐次投入の結果として圧力が減り、何の意味も持たない一方的な殺戮が繰り広げられていた。

「 斯様(かよう) な無様を晒して、生きるくらいであれば……」

異変を聞きつけた兵士たちは続々と援軍に来るが、それも羽虫を払うように殺されていく。

そして、 櫛(くし) の歯が欠けるように護衛が磨り潰されていく中で、背後から静かに聞こえてくる終わりの言葉を、ヘイムダルは明瞭に拾い上げてしまった。

「いっそ名誉の戦死をさせてやるのが、慈悲というものか」

厩舎までの道半ばにして、ピーターの独り言を拾えるようになっている。

つまりはもう、 彼我(ひが) の距離はさほど無く、逃げ切れる見込みも薄い。

そして独り言の内容は――殺してやるのが優しさか――それを真剣に悩むものだった。