軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十七話 手慣れた決戦

アースガルド領から東に伸びる街道を、塞ぐようにして建てられた砦。

軍を率いてここに入ったクレインは、各武将への指示を飛ばしていた。

「そろそろ時間だな。各所の用意も良さそうだ」

細々とした部分に変更点はあるものの、砦に詰める兵の数は2500名に固定してある。

兵数を増やせば撤退に時間がかかる上に、逃走用の馬を増やしきれないからだ。

一方で砦は、周回を経る毎に頑丈さを増している。

遠慮なく防壁の高さを伸ばし、壁の周囲に簡易な堀まで掘られていた。

「さて、どうなるか」

「ここまでしたんですから、なるようにはなりますよ」

「ハンスも言うようになったな」

クレインが発表した敵軍の数は3万ほどで、王国最強と名高いヴァナルガンド伯爵軍が中核を為している。

対するアースガルド軍は援軍を含めても、総勢で1万ほどの数しかいない。

敗色濃厚の防衛戦だが、当のクレインは落ち着いたものだ。

副官を務めるハンスも、 諦観(ていかん) 込みではあれど冷静さを保っていた。

「正直に言えば緊張していますが、これ以外にも備えはあるんですよね?」

「策に穴は無い。安心してくれ」

「ええ、ここまできたら信じますとも」

彼らが話をしているうちに、遠方より地響きが聞こえ始めた。

クレインにとっては定刻通りに敵が訪れたので、彼は一際大きな声で叫ぶ。

「始めるぞ! 総員、配置につけ!」

細かい指示を出すまでもなく、各部隊は冷静に割り当て場所につく。

北東側にはチャールズ、南東側にはエメットを指揮官に配置して、各所の指揮系統を作った。

そしてオズマが遊撃となり、形勢不利な箇所を穴埋めする予定だ。

新任の門下生ばかりで責任者のバランスは悪いが、卒なく指揮をこなせる人材を配置していくと、これがベストという結論に落ち着いている。

また、中央にはもちろんグレアムが陣取り、総指揮を担当することになっていた。

「野郎ども、用意はいいな!」

「北側、行けるぜー!」

「南側も用意はできています!」

この連携は急ごしらえではない。

砦を使った演習の中で、この形での防衛訓練は何度かされていた。

三か所の防衛ラインと遊撃、そして砦北側の斜面前にいるトレックたちまで、全部の隊が500名で構成されている。

調練は座学のついでとばかりにビクトールが担当したので、動きに乱れは無い。

大隊までの規模で動く限りは、隊列を堅守できるほどに成長していた。

「おうおう、こりゃまた随分と大所帯だな」

雲霞(うんか) の如く押し寄せる敵軍を前にしても、総大将となったグレアムの表情には余裕がある。

十分な訓練を積んだ上に、防衛設備は整っているのだ。

準備万端で難敵を迎え撃つのだから、彼もやる気に満ちていた。

「相手にとって不足は無しってやつだ。さあて、よーく引き付けてから――」

グレアムが戦斧を頭上に掲げ、付き従う兵たちは合図を待つ。

そして敵軍の先頭が射程圏に入った直後、彼は斧を振り下ろした。

「ド真ん中に、ぶちかませッ!」

北、南、中央の全軍が、砦の中央に迫る軍勢へ向けて一斉射撃を行う。

十字砲火に近い石と矢の雨が降り注ぎ、足が止まった敵は一射でかなりの打撃を被ったが――しかしそれも数十騎程度の話だ。

「指示があるまで真ん中だけを狙え! 撃ち続けろ!」

中央はグレアムが狙う地点を定めており、他の地点でもチャールズとエメットが統率をしている。

全部隊の引率をグレアムがやる必要が無くなった分、最も敵の攻撃が激しい中央で稼げる時間が増えていた。

しかし攻め寄せる側もバカではないどころか、歴戦の兵と指揮官だ。

中央付近の守りが堅いと見て、そのうち彼らは南北からの圧力を強めてきた。

「おーいオズマ! 援軍をくれ!」

「少し待て。旗手だけ動かす」

「ちぇ、厳しいでやんの」

中央の次に圧が掛かったのは防壁の北東部だが、後詰を率いているオズマも安易には動かない。

というよりも、要請を受けてから一旦待つというのは、クレインからの命令だ。

彼は当主の下知に従い、アースガルド家の戦旗でもある、青地の布に白い鷹が縫われた旗だけを北側に立てさせてみる。

すると北側の敵は攻城速度を緩めて、矢への備えを優先し始めた。

「オズマ、こちらに援軍をください!」

「了解、エメット隊の支援に向かう」

予備戦力が防壁の北側に投入されたと見た瞬間、代わりに南側の東伯軍が加速し、一気に取り付く動きを見せた。

だから待機していた遊撃の兵も、即座に南側へ向けられる。

「チャールズ隊は現状維持だ、テメェで何とかしてくれや!」

「ちょ、マジかよお前ら!」

「いい給料もらってんだから、お前もたまには働けってんだ」

弓の腕前ではチャールズが最上位に付けている。

アースガルド子爵家の家中を見渡しても、彼より弓に優れた将はビクトールしかいない。

指揮官を狙い撃ちして進軍を遅滞できる可能性が高いという共通認識もあってのことだが、チャールズは暫くの間、口を尖らせながら矢を射っていた。

指揮官の思いがどうあれ対処に問題は無く、グレアムも視線を敵の戦列に移す。

「オラ野郎ども、手柄を焦ったのが出てきたぞ。そいつらはカモだ! 殺れ!」

兵力差があればどうとでもなる。そう言わんばかりの、騎兵を使った無理攻めだ。

ただでさえ攻城経験の薄い東伯兵が、綺麗な横一列で攻め掛かれるわけがない。

早めに砦の前に出てしまった部隊は狙い易く、孤立部隊に全軍で一斉射撃を行えば、ごく僅かでも後続が足止めを食らう。

すると矢を再装填できる余裕が生まれるため、グレアムは細かい遅滞を狙い続けていた。

「次は、もう少し左だ! 派手な装備をした奴らにお見舞いしてやれ!」

指揮官は見栄えがいいので狙い易く、射殺は無理でも落馬にまで追い込めば儲けものだ。指揮系統の壊滅による混乱というボーナスまで付いてくる。

積極的に狙う価値のある獲物という認識で、狙える者は指揮官を袋叩きという方針でもあった。

大雑把な指示に細かい狙いを持たせているのは、一度の射撃すら局面を左右しかねないからだ。

クレインは謎の余裕を見せていたが、冗談ではない。

最前線に立つグレアムにとっては、一分一秒でも惜しい戦いだった。

「とはいえ、そろそろ撤退してぇところだな」

砦の東方面は順調に戦果を挙げている。

問題はクレインが予想した、砦の北面を預けている崖の方だ。

急斜面で、とても昇降できるような地形ではないのだが、敵はそちらを滑り降りてくる可能性が高いとは伝えられていた。

グレアムはもちろん半信半疑であり、待機しているトレックも同様だ。

しかし数分ほど粘っているうちに、予定調和の火の手が上がった。

「おっ、あれが合図か」

「来たみたいっすね」

攻城部隊を相手に粘り、火計も無事に成功した。

しかし弓や火計で削れる兵力など、たかが知れているのだ。

いずれは陥落する運命の砦なので、火の手が上がった直後に撤退する予定で彼らは動いていた。

「ど、どうしますアニキ!」

「撤退しましょう、グレアム様!」

「全軍に退却の号令を送れ! 分かってんな野郎ども、 命あっての物種(・・・・・・・) だ!」

グレアムの声はよく通るので、元より敵軍の一部にも指示内容が聞こえている。

そして城壁の各所からも一斉に撤退宣言が叫ばれ始め、退却の合図と思しき旗が振られた。

「別動隊がやってくれたか!」

「好機だ、一気に突破せよ!」

城壁に取り掛かろうとしていた兵士たちは、アースガルド軍が撤退すると聞き、一瞬気を緩めた者が多かったが――防衛部隊の中に背を見せた者などいない。

気の抜けた様子の東伯兵たちが頭上を見上げると、非常に楽しそうな面をした極悪人が、一斉射撃を用意して待っていた。

「――かかったな、ボケがぁっ!!」

総大将が撤退命令を出したというのに、アースガルド軍は誰も額面通りに受け取っていないのだ。

話が違うとでも言いたげな顔をして落下した兵士たちを前に、グレアムは煽りを入れていった。

「 虚(ブラフ) と見せかけて 実(マジ) 、実と見せかけて虚ってやつだろうが。言うだけならタダだってのになぁ、兵法の初歩も知らねぇアホどもがよぉー」

逃げ出すどころか、タイミングを合わせた最大火力の一撃が見舞われたのだ。

不意打ちに等しいので、今日の射撃で最大と呼べるほどの被害が出ていた。

「聞きかじりのアニキがそれ言います?」

「細かいことはいいんだよ。煽れる時に煽っとけ」

「うっす」

周囲を固めている子分たちからすると、グレアムが人の愚かしさを材料に挑発している様は、どことなく奇妙ではあった。

だが、煽りと挑発なら彼らの得意分野でもある。

「お馬さんに乗ってなければそんなモンかぁ? 帰って 母馬(・・) にでも泣きついてこいコラ!」

「ハシゴ一つもまともに登れねぇのか、このド低能が! あんよ(・・・) の練習からやり直せや!」

「うぇーい、 雑魚(ざっっっこ) !」

育ちの悪さすら戦略に組み込んだ彼らは、寄り付く敵を攻撃しながら、口汚く罵る。

東伯軍の攻撃は過熱するが、アースガルド軍の口撃はとにかく止まらなかった。

「オラ野郎ども、手持ちを撃ち終わったら撤退だ! あんなトンチキどもに捕まるんじゃねーぞ!」

「了解!」

「うす!」

前提に立ち返ると、この砦は早々に陥落する見込みだった。

だから備えている矢玉の数もそう多くはない。

しかしそれなりの備品はあるので、余らせるくらいなら全部処分してしまえと、狙いを付けるよりも数を優先した射撃が行われるようになった。

大多数はとにかく撃ちまくり、精鋭だけが敵の指揮官を狙う構えだ。

その様子を後方で見ていたクレインは、しばらくして横に控えるハンスに本物の合図を送った。

「全軍を撤退させてくれ」

「本物の撤退合図を出せ! 退かせろ!」

ハンスが手を翳せば、砦の至るところでアースガルド家の旗が旋回した。

これが事前に決めてあった撤退の合図だ。

「ここはもう捨てる! 撤退するぞ!」

先ほどの引っ掛けがあったので、今度の東伯兵は完全に防御態勢を取っている。

しかし今度はまともに撤退していくので、上から何も降ってこない。

やってきたのは更なる煽り文句だけだ。

「あれれぇ、追ってこねぇーなー?」

間が空いたところを狙い、不思議そうな顔をしたグレアムが防壁の下を覗き込んできた。

そして煽って、すぐ逃げる。

グレアム隊の役目は最後の嫌がらせとして、投げ飛ばした油壷に篝火を蹴り込んで終わりだ。

大多数の将兵は未だに警戒していたが、今度ばかりは本当に何も起こらない。

みすぼらしい末端の兵から、好き放題にからかわれた。

そこに気づいた瞬間、勇敢さを売りにしている将の何名かは見事に引っかかった。

「お、おのれ、ふざけた真似を!」

「逃がすな! 確実に息の根を止めに行くぞ!」

何にせよ敵がいなくなったのだから、東伯軍の大半が防壁を乗り越えていく。

砦の門が開け放たれると同時に騎馬隊が雪崩れ込んだが、その頃には火計部隊は撤退済みであり、防衛部隊も既に砦からの脱出を始めていた。

「なあクレイン様よぉ、もう一回聞くが本当にいいんだな?」

「ああ。あとは俺に任せろ」

本隊を撤収させる間際、グレアムはクレインのことも連れて行こうか迷った。

しかし策には続きがあると言う。

「そんだけ自信があんなら大丈夫だと思うけどな、こんなとこで死ぬんじゃねぇぞ? もしアースガルド領が滅亡したら、一緒に山賊でもやろうや」

「縁起でもないことを言ってないで、ほら、退却の指揮も頼む」

クレインと数名の供回りを放置して、グレアムは最速の撤退指揮を執る。

ハンス他数名がクレインと共に居残ったが、君主以外は全員、何とも言えない顔をしていた。

「クレイン様。何もここまでやられずとも良いのでは?」

「どうせやるなら徹底的にだよ」

彼からすれば、退却作業も慣れたものだ。

もう何回この言葉を叫んだかも分からない。

クレインは手慣れた決戦の最後に大きく息を吸い込み、今までと同じように、可能な限り声を張って空に叫ぶ。

「いたぞぉぉぉおおおお!! クレイン・フォン・アースガルドだぁあああ!!」

夜襲を受けて敗走する軍。

その中に、ロクに護衛も付けられていない大将首があったのだ。

討てば一番の武功が得られることは確実なので、クレインの姿を認めた将兵は目の色を変えた。

「よし、釣れた。俺たちも退くとしようか」

「クレイン様、こんな作戦は今回限りにしてくださいよ……」

安い挑発でも薄っぺらな煽りでも、釣られる人間は一定数出てくる。

戦場という血の気の多い空間なら猶更だ。

そしてグレアム隊の働きにより、本来なら立ち止まっていたはずの部隊まで釣れているのだから、圧力は相当なものになっていた。

「好き好んでやっているわけじゃないからな。できれば俺もそうしたい」

追撃兵の数と殺意が過去一になっているが、目をギラつかせた騎兵との追いかけっこすらも慣れたものだ。

淡泊に呟いてから馬首を返し、クレインはアースガルド領へ続く道を敗走していった。

「討ち取れ!」

「殺せ!」

「アースガルドの野郎を殺れっ!!」

ここまでは半ば消化試合であり、背後で叫ぶ猪武者たちの道順も全て決まり切っている。

問題はピーター隊の追加作戦は成功するのか否かであり、もう少し長い目で見るならば、食糧の隠し場所が敵に割れていないかどうかが肝要だった。

「うんまあ、ここはこんなものだろう。問題は追加作戦の方だな」

この程度の危機ならば、飽きるほど見てきたのだ。

だから敵軍の追撃を物ともせず、クレインの関心は既に次の展望に移り始めていた。