作品タイトル不明
第四話 客将として
「僕が子爵領に仕官かぁ……それは考えていなかったな」
ビクトールは困ったように笑うが、それはそうだろう。
彼は名門伯爵家の当主が、頭を下げて親族の教えを乞うほど高名な男だ。
そんな人物に対して地方貴族の家臣になってくれなどと、あり得ない話だった。
しかもクレインは、現状では大して力を持たないアースガルド領に移住して、家臣になってくれと言っているのだ。
通常であれば無理な話で終わるが、しかしクレインにも考えはあった。
「仕官と言っても、基本的に仕事はしなくてもいいです」
「仕事はしなくてもいい?」
「ええ、必要な時だけ出てきていただければ」
クレインは、彼の唯一の部下として二年も働いたのだ。
ビクトールのことならよく知っているし、望みも分かる。
『訪ね人が来る時は面倒事ばかりだし。そろそろ隠居して、日がな一日釣りでもしていたいね』
こんなボヤきは、折に触れて口から出てきた。
隠居したい。これが彼の口癖だ。
要するにビクトールは、仕事をせずに隠居したいという願望を持っている。
「領地の傍にはいくつか川がありますし、気候は穏やかなので 隠棲(いんせい) にはいい場所ですよ」
「穏やかな田舎暮らしか……」
文官たちの統率に困った時だけ、出てきてもらうか。
何か政策で困った時、助言を与えてくれる存在になればいい。
クレインはそんな狙いでスカウトしていた。
だから基本的に、毎日の実務で活躍してもらう必要は無いのだ。
「でも、塾のこともあるし」
「大丈夫です、リドル先輩がいますよ」
「彼は自分の勉強をしていたいタイプなんだ。少し難しいかな」
そうは言いつつも、前世の段階で既に、ビクトールがリドルという青年に塾を譲ろうと思っているという意思は確認してある。
リドルが乗り気でないからとクレインへお鉢が回りそうになったが。
つまり、後継者問題さえクリアできれば彼はフリーになれる。
「先輩を動かす、策があります」
「聞いてみようか」
その前提を知っているので、クレインも当然対策済みだった。
彼はこれから行う具体的な行動――王宮で行う作戦――について語る。
「銀山の利益を一部献上して、王宮から人材を呼ぶ予定で動いています」
「ふむ、それで?」
「謁見した時。王宮が管理している書物を、いくつか譲って貰えるように頼んでみます」
王宮内には三か所の巨大な図書館があり、貴重な蔵書も保管されている。
何かの褒美に望めば渡されるが、大抵の貴族は貴重な文献よりも領地の加増を願うのだ。
だからクレインは、大量の死蔵があると見ていた。
それに前々回までの人生で見たもの、献上の席での国王の反応を見れば、現実的に通る願いだと思っている。
「そうだね。国に何割渡すかにもよるけれど、銀山への見返りが人材だけでは少ない」
「本の数冊を上乗せするくらい。何でもないですよね?」
望めば加増か、伯爵位を望めるほどの利益を差し出すのだ。
そこを本の数冊で収められるなら、喜んで渡してくるだろう。
「うん、その要望は通りそうだ」
国王がもっと褒美は要らないのかと言外に聞き。
宰相は余計なことを言わないでくれと顔を 顰(しか) め。
利益を取り過ぎると死ぬ確率の上がるクレインは、結局のところ、ほどほどで辞退した。
だから要求の余地は、まだ十分に残っている。
「リドル先輩なら、それで動くはずです」
「彼の欲しがる哲学系の本は中々出回らないし。釣れるだろうね」
こういった本は、大抵が好きもの貴族のお屋敷に集められている。
大事なコレクションを人に譲ることは稀だ。
普段は手が届かない貴重な本が手に入るなら、大抵の学者は釣れるだろう。
だから問題は恐らくクリアできるとして、ビクトールは少し考え込む。
「そうだなぁ。僕の実家の絡みもあるけど、リドル君を置いて塾の事業を継続すれば問題は無いだろうし」
優秀な人材を輩出さえすれば、教えるのが誰でも変わらない。
結果だけ出せばいいだろう。
それにそろそろ隠居したいと考えていたのは本心だ。
そのためビクトールは、「この話を受けてもいいのでは?」という考えに傾いてきていた。
「先生。この間、隠れ家みたいな家に住みたいと呟いていましたよね」
「え、ああ。好みではあるけど、クレイン君に言ったかなぁ?」
今生では聞いていないとしても、前世で全て把握済みだ。
だからクレインは、どんどん手を詰めていく。
「先生が望む場所に、望む通りの家を建てて構いません。大工なども融通します」
「すごいや、至れり尽くせりだ」
領主の命令があれば、普通は住むことが許されない場所にでも住める。
例えば大森林の中や川の傍は、治安の問題もあり居住区にしていないのだが。
逆に言うと、そういう土地を選べば望みは叶う。
好きなだけ一人で、ぐうたらな生活ができる。
「あー、どうしよう。アリかな」
「イメージと違えば転居してもいいですし、他にご要望があればお聞きします」
人となりの分かった信頼が置ける人物。
有能で、他の人材もまとめられる。
ビクトールは得難い人材なので、クレインもかなり本気で獲得にかかっていた。
「むむ……」
そうして、彼が悩むこと一分ほど。
手を叩くと、指を三本立てて彼は言う。
「仕官ではなく食客というか……顧問契約かな? 何にせよ僕のことは、客将として扱ってほしい。その方が面倒は少ないからね」
「分かりました」
田舎暮らしをしたいビクトールとしては、仕官によって生じる余計な面倒を避けたかった。
クレインの側としても。様々な家に恩を売ってきたであろう男を、正式に任官すればトラブルがあると予想はつく。
両者に利益があることを確認しつつ。
ビクトールは指を一本折り畳んだ。
「次に、期間は最長で三年。ただし任意の期間で契約を終了できること」
「いいでしょう」
二年十か月後がタイムリミットなので、クレインとしてはそこに不満は無い。
ビクトールは忙しいのが心底嫌いらしく、何か事件でも起きない限りは、夢の隠者生活を手放さないだろう。
そう考えるクレインにとって、これもそこまで重要な項目ではない。
これにも軽く頷けば、ビクトールが立てた二本目の指も畳まれた。
「では、最後。行くのはリドル君が承諾して、引き継ぎが終わってからになる」
「ああ、そう言えばまだ先輩に聞いていませんね」
これも逆に言えば、リドルの承諾が得られればそれで終わりだ。
釣れそうな交換条件も既に用意してあるので、大した障害ではない。
「ということは」
「彼が首を縦に振れば、厄介になろうかな」
「よしっ!」
アースガルド領に仕官してきた人間は、何故か筋肉系に偏っていた。
文官の数が少なく、武官が書類仕事をするというバランスの悪い領地だったのだ。
ここで人材を大量に獲得すれば、内政問題は一気に片付いていく。
その手始めとして、まずは旗頭となるビクトールを確保だ。
これが作戦の第一段階。
新生生存戦略の第一歩が成功したことで、クレインは先が開けたような気分になっていた。