軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.新しい出会い

ストーブの中に灯った温かな炎を見つめながら、ギルバートはふと真顔に戻った。

彼はしゃがみ込んだまま、ストーブの側面にある銘板を確認する。

「……やはり」

その声は、先ほどまでの甘い響きとは異なり、激しい怒りを内包する熱さを帯びていた。

ソフィアも彼の視線を追う。

そこに刻まれていた製造元は――『ザフール商会』。

ソフィアの古巣であり、今は元婚約者デリックが取り仕切っている商会だ。

「確か最近、軍部への納入品に故障報告が相次いでいると聞いたことがあった。おそらくはそちらもザフール製かもしれん。調査しないと断定はできんが、十中八九そうだろう」

「……ひどいです」

ソフィアは眉をひそめ、悲しげに項垂れた。

怒りよりも先に、深い失望が胸に広がる。

「中の魔石、質の悪い合成品でした」

「魔石に合成品なんてあるのか?」

「はい。純度の高い魔石をほんのひとかけら、その周りに粘土などを被せ、外側から色が塗ってありました。そんなことしたら、魔力伝導率が下がるだけでは済まないのに……」

「要するに、魔石の 嵩増(かさま) しをしていた、ということだな」

「はい。それに、安全装置の回路が意図的に省かれています。コストを削るために、安全性を犠牲にするなんて……」

魔導具は、人の生活を豊かにするためのものだ。

それを、こんな爆弾のような状態で売りさばくなんて、職人として、いや人間としてあってはならないことだ。

ザフール商会は、祖父ヴィル、そしてデリックの両親が生きていたときは、まともだった。

しかしその二人が死んで、デリックが商会を継いでからは、おかしくなってしまったのだ。

ソフィアは、杖以外作らせてもらえなくなったし、ザフールの扱う商品について、口出しも見ることも許されなくなっていた。

まさか、ここまで腐敗していたとは。

(自分は、もうザフールの職人じゃない。だから、無関係……なんて、割り切って考えられないわ)

質の悪い魔導具が今も作られ、出回っている事実は変わらないのだから。

自分の手がかかってないとはいえ、放っておくのは心が痛む。

ソフィアが唇を噛んでいると、すっとギルバートの手が伸びてきた。

彼のハンカチが、優しく目元を拭う。

そこで初めて、自分が泣いていたことに気づいた。

「ソフィア殿。どうか、悲しまないで」

「ギルバート様……」

「君は本当に優しく、それでいて素晴らしい職人だ。自分が作ったものではないからと、見捨てるのが普通だ。でも君はそうしなかった。俺は君を尊敬するよ」

「あ……」

「大丈夫。この件については、俺に任せてくれ」

「任せる……?」

ギルバートが立ち上がり、軍服の襟を正した。

「ゆっくり食事を楽しみたいところだったが、俺の方に仕事ができた。早急に調査と回収を命じなければならない」

つまり、デリックの作る粗悪な商品を、これ以上出回らないようにしてくれるということだ。

「あ、あのっ、ありがとうございますっ!」

ソフィアが深く頭を下げると、ギルバートは少し頬を赤らめてそっぽを向いた。

「勘違いしないでくれたまえ。ソフィア殿。これは別に、君のためじゃあないんだからな」

(わかってる。粗悪品がこれ以上出回って、被害が出ないようにするためだわ)

なんて、立派な軍人なのだろう。ソフィアは目を輝かせた。

「もちろん、存じ上げております!」

「……そうか」

なぜか、ギルバートがガクリと肩を落とす。

(あれ……? どうしてギルバート様の魔力、悲しみの音を奏でているんだろう……)

不思議でならなかった。

繰り返すが、ソフィアは他者の魔力からココロを読めても、思考そのものが読めるわけではない。

また、ソフィアは元地球人だが、当時彼女がもっぱら見ていたのはファンタジー映画や冒険活劇ものだ。

いわゆる恋愛ドラマには毛ほども興味が無かったことを付け加えておく。

「残念だが、食事はまた今度に」

「はい。そう、ですよね」

ソフィアは努めて明るく返事をしたが、なぜだか胸の奥がチクリとした。

せっかくの初めての、帝都での外食だったからだろうか。

そんなソフィアの微かな表情の変化を、ギルバートは見逃さなかった。

彼はソフィアの前に立つと、真っ直ぐに彼女の瞳を見つめた。

「残念だ。……だが、次は必ず」

「え?」

「次は俺から誘う。また食事に行こう。必ずだ」

真摯な声だった。

単なる社交辞令ではない、確かな約束の響き。

(また……会ってくれるんだ。なんだか……うれしいな)

「はいっ、楽しみにしています」

ソフィアが素直に頷くと、ギルバートは満足そうに目を細めた。

そして、ふと思い出したように言う。

「ところで、君、人を雇わないか?」

「人、ですか?」

「ああ。君は工房の立ち上げで忙しくなるだろう。俺の知っているヤツに、雑務の処理が得意なのがいてな」

確かに、これからの手続きや、日々の家事を一人でこなすのは大変だ。

お金の計算やお掃除など、手伝ってくれる人がいれば助かるかもしれない。

「紹介していただけますか?」

「もう来てる」

「は、早い……」

そういえば、先ほどギルバートは通信用の魔導具で、誰かと通話していた。

用意がいい。

「入れ」

ギルバートが短く命じると同時に、個室のドアが勢いよく開いた。

「坊ちゃま、ヨランダ、ただいま参上いたしましたわ」

現れたのは、すらりとした長身の美女だった。

完璧に着こなされたメイド服、艶やかな黒髪、知的な眼鏡。

どこからどう見ても「できる女性」だが、そのテンションだけが異常に高かった。

「ソフィア、こいつはヨランダ。ヴォルグ家の使用人だ」

「ど、どうも……」

(どうして公爵家の使用人がここに……?)

ソフィアが困惑していると、ギルバートは無表情で続けた。

「ヨランダ、今日からソフィアの元で働け」

「はーい、仰せのままにっ」

ヨランダは近づいてきて、ニコッと笑い、ソフィアの手を両手で包み込んだ。

「あら、素敵な職人の手をお持ちで」

「わかるんですか?」

「もちろんですわ」

ヨランダの手は温かく、働き者の手だった。

(凄く……いい人かも)

「よろしく、ソフィアちゃんっ。ヨランダです。坊ちゃんの使用人を務めておりました。坊ちゃんが貴女のことをあまりに心配するものだから、お傍にお仕えすることになりましたの」

ヨランダはソフィアの手をぶんぶんと握手をする。

距離感が近い。そして圧がすごい。

「ヨランダ、余計なことは言うな」

「いやぁ、ついに鉄壁の坊ちゃんにも、春が来ましたか。このヨランダ、ずっと心配してたんです。まさかこんな可愛らしい春一番が吹くなんてっ」

(春……? 何を言ってるんだろう?)

もう冬も終わりだから、季節の話だろうか。

ソフィアがきょとんとしていると、ギルバートが大きなため息をついた。

「このアホはアホだが、仕事はできる。雑務はすべてこいつに任せていい」

「掃除、洗濯、経理に護衛、なんでもござれですわ」

パチン、とウィンクするヨランダ。

「ありがとうございます。えっと、時給はいくらで?」

「いらん」

「いりません、ヴォルグ家から給金いただいてますので」

即答だった。

「それって実質タダ働きでは?」

「お金はもらってますってば。いわゆる『出向』です。さぁ、ほら坊ちゃん、お仕事お仕事。愛するソフィアちゃんをいじめたわるーい商会の欠陥品を調査して、懲らしめてあげるんでしょー?」

(愛する……え?)

「……余計なことは言うなと言っている」

ギルバートが咳払いをするが、その耳は少し赤い。

「ソフィア殿。このアホは少々、脳みそピンク色のアホなのだ。話は半分……いや、一割くらいに聞き流してくれ」

(あ、なんだ冗談か……そうよね……)

ギルバートは逃げるように踵を返した。

「ではな、ソフィア。また連絡する」

「はい、ギルバート様。お気をつけて」

ギルバートが颯爽と部屋を出て行くと、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静寂が――訪れなかった。

「失礼します」

入れ替わるようにして、店のマスターが飛び込んできたのだ。

初老の紳士である彼は、ソフィアを見るなり深々と頭を下げた。

「お客様、先ほどは本当にありがとうございました。あのままでは店がどうなっていたか……まさに命の恩人でございます!」

「い、いえ、そんな大げさな」

「いいえ、感謝してもしきれません。お詫びとお礼と言ってはなんですが、本日のお食事代は結構です。それに今後、当店をご利用の際は、すべて顔パスとさせていただきます」

「ええっ?」

まさかのVIP待遇の申し出に、ソフィアは目を白黒させる。

「あれ、坊ちゃん朝食代払っていってましたよね?」

「ええ。なので、こちらご返金分です」

ヨランダが金貨を受け取り、にまーっと笑う

ソフィアの肩を、ヨランダがバンと叩いた。

「よかったじゃあないですかー、ソフィアちゃん。食べ放題ですよっ」

「いや、食べ放題とは言ってないような……」

「マスター、とりあえず一番高いモーニングセットを二人分。あ、デザートもつけてくださいましっ」

「かしこまりました!」

マスターは満面の笑みで下がっていく。

残されたのは、豪華な個室と、ニカッと笑う美人メイド。

「さあ座って座って、腹が減っては戦はできぬ、ですわ」

「ヨランダさんも食べるんですか?」

「もちろんです。急な呼び出しで朝食抜きだったんですもの。いただきますっ」

運ばれてきたのは、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、とろりとした卵料理。

湯気の立つ料理を前に、ヨランダは幸せそうにフォークを構えた。

その飾らない笑顔に、ソフィアの緊張もふっと解ける。

ギルバートがいなくなって少し寂しかったけれど、この賑やかなメイドさんがいれば、退屈することはなさそうだ。

「ふふ。……いただきます」

ソフィアもカトラリーを手に取る。

窓の外の冬空とは裏腹に、テーブルの上には温かな時間が流れていた。