軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

08.杖作りは誰がために

窓の外の冬空とは裏腹に、テーブルの上には温かな時間が流れていた。

運ばれてきたのは、焼きたてのパンの香ばしい匂いと、とろりとした卵料理。

湯気の立つ料理を前に、ヨランダは幸せそうにフォークを構えた。

「ん~っ! 美味しい! さすが高級店、お味も一流ですわ!」

「…………」

ソフィアもカトラリーを手に取り、一口食べる。

バターの濃厚な香りが口いっぱいに広がり、冷えた体が芯から温まっていくようだ。

そう、温かさは感じる。ただ、味はしなかった。

それは……。

「何か気になることでも?」

「えっ?」

じっとヨランダがこちらを窺ってきた。

「ど、どうして……わかるんですか?」

「年の功ってやつですわ」

「そ、そうなんですか……」

「で? 何がそんなに気になるのです? さっきから、ちらちらとドアを見てますけども」

ソフィアは迷った。

楽しく朝ご飯を食べているのに、それを邪魔するのはどうなんだろう。不愉快にさせちゃわないかな。

でも、やっぱり気になる。

ソフィアが俯いていると、にこっとヨランダが笑った。

「ソフィアちゃん。いいのです」

「いい……?」

「ソフィアちゃんは、遠慮しなくて良いのです。このお姉さんは貴女の従業員であり、お世話係であり、お姉ちゃんですから」

「ヨランダさん……」

ソフィアの魔力ゼロの目は、ヨランダを流れる魔力を見ていた。

これは、もう染みついた習慣だった。

彼女の魔力は、いつも明るく、楽しそうに流れている。

それでいて、刺々しさはまるでない。

大きく幅広い川の流れのように、穏やかなココロをしていた。

(この人になら言ってもいいかも……。それに……遠慮するなって言ってくれたし)

「あの、実はさっき、魔導ストーブを直したんです。そのとき……気づいたことがあって」

「気づいたこと?」

「……もしかしたら、他の部屋のストーブも、ザフール製なんじゃあないかって」

「なるほど……。部屋はいくつもあるし。ありえなくはないですわね」

ガタッとヨランダが立ち上がる。

「ソフィアちゃんは、そのままで。アタシがマスターと話してきますわ」

「い、いいんですか?」

「もちろん。交渉なんて面倒ごとはアタシに任せて。ソフィアちゃんは、自分のするべきことに集中してくださいっ」

なんて頼もしいのだろう。

程なくして、ヨランダと先ほどのマスターが、青ざめた顔で個室に駆け込んできた。

「ビンゴだよ、ソフィアちゃん。他の部屋でもザフールのストーブを使ってるって」

「……やはり」

同じ『ザフール商会』から同時期に納入された製品なら、同じ欠陥を抱えている可能性が高い。

この店は、いつ爆発してもおかしくない地雷原のようなものだ。

( 病気(けっかん) を抱えている 道具(こ) を知ってしまった以上、見過ごせないわ)

「案内してください。私がすべて診ます」

「ありがとうございます。ですが、道具が……」

「厨房に、炙り料理用の魔導バーナーや、ペンチのような工具はありませんか? それがあれば応急処置はできます」

「あります! すぐにお持ちします!」

そこからのソフィアの動きは、迅速だった。

他の個室を次々と回り、ストーブのカバーを開け、手際よく診断していく。

幸い、他のストーブはまだ爆発寸前まではいっていなかった。

ソフィア達がいた部屋のストーブだけが、たまたま劣化が激しかっただけだったようだ。

ソフィアは借りた工具とバーナーを使い、魔力ゼロの手で直接回路に触れ、危険なバイパスを遮断し、安全なルートへと繋ぎ直していく。

また、安全装置がついていなかったので、回路をいじって即席で作る。

動作に異常を感じ取ったら、強制的に動きがシャットダウンする仕組みを、この短時間、さらに専門の道具も機材もなくやってのけたのだ。

ヨランダとマスターは一般人であるがゆえに、彼女のやってることが、どれほどの高等技術かはわからなかった。

しかし、彼女がストーブに手を加えることで、さっきまで調子の悪かった魔道具が息を吹き返す。

その様はまるで魔法のようであり、思わず感嘆の息を漏らしてしまう。

「はい、これで大丈夫。魔石の交換は必要ですが、とりあえず爆発はしません」

店員たちがどよめいた。

その様子を後ろで見ていたヨランダが、ふと真顔で口を開いた。

「ねえ、ソフィアちゃん」

「はい?」

「ぶっちゃけ、その『神の手』があれば、魔道具の修理屋として大金持ちになれるんじゃなくて?」

ヨランダの問いは、至極もっともだった。

世の中には、壊れた魔道具に困っている人が溢れている。

これだけの腕があれば、引く手あまただろう。

「修理の方が需要もあるし、簡単でお金になるでしょ? それに……修理ができるってことは、魔道具も作れるんじゃあない?」

「それは……そうですが」

ヨランダの指摘した通りだ。

何せ、ソフィアはあの天才職人、ヴィル・クラフトの孫。

祖父から魔道具を扱う基本技術は叩き込まれている。

「なんで、あえて難しい『杖』にこだわるの?」

「…………」

ソフィアは作業の手を止め、少し考え込んだ。

脳裏に浮かぶのは、今は亡き祖父、ヴィルの言葉だ。

『ソフィア。お前は魔力がない。だが、だからこそ……最高の杖職人になれる』

前世、病院のベッドで何もできず、ただ管に繋がれて他人に迷惑をかけるだけだった自分。

転生後も「魔力ゼロ」で、誰からも必要とされず絶望していた自分。

そこに、祖父の言葉が流れて、形をくれた。

それが出発点だった。

でも、今はそれだけじゃない。

「……魔道具は、完結しているからです」

「完結?」

「はい。魔導ストーブやコンロは、スイッチ一つで誰でも同じ結果を出します。それだけで完成された、立派な道具です」

ソフィアは、修理を終えたストーブの天板を優しく撫でた。

「でも、杖は違います。杖は、ひとりでは完成しません。他の魔道具と違って、自発的に効果を現すわけじゃないんです」

持ち主が杖を手に取り、魔力を通わせて、初めて光を放つ。

「杖は人、その組み合わせ。それが……素敵だなって思ったんです。誰かがいてはじめて、意味を成す。まるで……」

ソフィアは自分の手を見つめた。

魔力を持たない、空っぽの手。

「まるで、私みたいで」

誰かの魔力がなければ、魔法を使えない杖。

誰かの助けがなければ、生きていけない自分。

似たもの同士に、ソフィアはシンパシーを感じるのだ。

「……ふぅん」

ヨランダが眼鏡の奥の瞳を細め、優しく微笑んだ。

「なるほどねぇ。ソフィアちゃんは、職人でありながら、寂しがり屋の詩人さんってわけだ」

「えっ、な、なんですそれ……?」

「さて! お仕事完了ですわね!」

(スルーされた……? 寂しがりなのかな、私)

ヨランダがパンと手を叩くと、マスターが駆け寄ってきた。

ちょうど、全てのストーブの修理が終わったところだった。

ソフィアの作業の意味はわからずとも、終わったという空気を察したのだろう。

(なんて察しのいい人……。私のこと、ちゃんと見ててくれたんだ)

マスターは涙ぐみながら、ソフィアの手を握りしめる。

「本当に、なんと御礼を申し上げればよいか……! この御恩は一生忘れません!」

「いえ、そんな。当然のことをしたまでです」

「つきましては、これは少ないですが修理代として……」

マスターが差し出したのは、金貨の入った袋だった。

ソフィアは慌てて首を横に振る。

「い、いりません! 食事もご馳走になりましたし、困った時はお互い様ですから!」

「はーい、だめー」

横からヨランダの手が伸びてきて、ソフィアの口を塞いだ。

「ソフィアちゃん。プロの仕事には、適正な対価が発生するの。あなたがタダ働きしたら、他の修理屋さんの相場が崩れて迷惑がかかるのよ?」

「そ、それは……」

「それに、これからの工房運営にはお金がかかるでしょ? もらえるものはキッチリもらう! これ、鉄則」

ヨランダはビシッと人差し指を立てると、マスターに向き直った。

「というわけでマスター。ちゃんとかかった費用と技術料、後ほど請求書を送りますわ」

「もちろんです! 言い値で払わせてください!」

マスターはむしろ、請求されることを喜んでいるようだった。

タダより高いものはないと言うし、きちんとしたビジネスとして処理された方が、店としても安心なのだろう。

「……わかりました。では、正規の料金で」

「はい! ありがとうございます!」

ソフィアがおずおずと承諾すると、店員たちは安堵の表情で頭を下げた。

店を出ると、冷たい冬の風が頬を撫でた。

だが、ソフィアの心は温かかった。

懐には(後で届く予定の)初めての修理代と、美味しい朝食の記憶。

そして隣には、頼もしい相棒がいる。

「ヨランダさんがいてくれて、よかったです。私ひとりじゃ、きっとお金を受け取れませんでした」

「お安い御用ですわ。可愛い職人ちゃんのマネジメントも、アタシの仕事ですからね」

ヨランダはニカッと笑い、ソフィアの背中をバンと叩いた。

「さあ、帰りましょう」

「……はいっ」

ソフィアは力強く頷いた。

自分の手を見る。

空っぽの手だが、今はもう、何も持っていないとは思わなかった。

田舎を出て、都会に来て……新しい、それでいて素敵な人との繋がりを得たのだから。