作品タイトル不明
116.若き才能の萌芽
優れた魔法使いには二種類が存在する。
すでに創出された魔法を、最適なタイミングで、素早く展開できるタイプ。
そしてもう一つは……ゼロから1の魔法を、創出するタイプ。
後者が難しいのは言うまでもないだろう。
あらゆる分野において、何もないところから、後のスタンダードとなる大いなる発明をするのは、難しいことだ。
多くの優秀な魔導士たちは、前者に分類される。
しかし、その更に上のランク……特級の魔法使い、『賢者』となれるものは全員、ゼロから1を生み出すことを得意としている。
光の賢者ガンダールヴルはオーロラを魔法で描き、牙の賢者ファフニールは竜にしか使えぬ魔法を人でも使えるようにデチューンしてみせた。
賢者になるための条件は、別に明文化されてはいない。
八賢者たちの合議によって、誰を賢者に押し上げるかが決定するからだ。
……しかし、言葉にせずとも、賢者には高い能力を要求される。
魔導士以上の実力はもちろん、そして先ほど触れた、ゼロから1を生み出すという行為もまた、要求される。
……そして、今。
若き天才魔導士は、その高い要求に応えられるレベルへと、到達する。
◇
空に赤い流星が走った、と後に語られることになる。
ギルバートは炎を纏い、上空を超高速で移動していた。
目では、景色が追えないほどのスピードだ。
こんな速さで移動していては、息もできないうえ、体への負担も相当なもののはず。
だがギルバートは息苦しさも、体への負荷も、何も感じていなかった。
風切り音すら感じず、ギルバートは何か温かなマユに包まれているような感覚を覚えていた。
(すごい……俺が構築した術式を、このレベルでアウトプットできるだなんて)
この炎の翼の魔法は、ただ炎の推進力だけを利用して、移動してるだけではない。
飛んでいる間、魔法使用者に負担が掛からないように、同時に結界魔法も展開している。
それ以外にも、 空中浮揚(レビテーション) 、 小回復(ヒール) 等、複数の魔法術式が編み込まれているのだ。
だが、魔法の複数展開は相当に難易度が高い技術だ。
いくら魔力コントロールを磨いたとて、魔法の複数アウトプットは技術以前に、杖の構造上難しい。
言うまでも無く、魔法の噴出口は、杖の先端に一つしかない。
魔法の出口が一カ所なのに、複数の魔法を同時に出せばどうなるか。
魔法が混じり合って、本来想定していた現象を起こせなくなるのは必定。
絵の具を使った後のバケツを見ればわかるだろう。
多くの色を混ぜた水は、結局、汚らしい黒色になってしまう。
彼が……というか、竜杖ハクが行ったのは、複数の絵の具を同時に出して、バケツの中で混ぜても、全ての色が互いに干渉せずに綺麗な虹を作ったことだ。
まさに、神業といってもいい離れ業である。
(なんて杖なんだ……)
思わず、背筋にぞくりとした感覚が走る。
悪い予感ではまったく無い。
気持ちが高揚してるのが、わかる。
ドキドキと、心臓が高鳴っているからだ。
まるでソフィアと出会ったときのように、甘く胸がしめつけられ、しかし、ポジティブなエネルギーで体が満ちている。
何でもできるような全能感を覚える。
『なんだかすっごくむかつくんですけど……』
ハクが不満をギルバートにぶつけてきた。
不機嫌なのは声音からわかる。
だが前のように、攻撃されるような、とげとげしさはない。
子供が拗ねている、そんな感覚だ。
おそらく、この最高の杖を作ったソフィアばかりを褒めているからだろう。
「悪かったよ。ハク、おまえは……最高だ」
『ふんっ! 当然! 誰が作ったと思ってるのよっ!』
ハクは気づいていないだろうが、彼女は、ソフィアを褒められて喜んでいるようだった。
自らのスペックよりも、自らをハイスペックに作ってくれた、天才にして最愛の杖職人のことを。
杖(ハク) 自身、そして何より、使い手であるギルバート自身、誇りに思っている。
すでに帝都から遠く離れた村まで、一瞬でやってきていた。
着地の際も、あり得ないほど多くの魔法を用いて、軟着陸する。
これだけの距離、一瞬で駆け抜けてきたのだから、周りに爆風を起こす等の影響が出てもおかしくはない。
だが彼は、ふわりと。
本当に柔らかく着地して見せた。
展開していた炎の翼と、そしてそんな物理現象を無視したようなあり得ぬ光景に、それを見た誰もがこう思っただろう。
天使が舞い降りたのだと。
「な、なんだ……貴様は……」
彼がいるのは帝都から何十キロも離れた場所にある、農村。
炎が、村全体を覆っている。
木製の建物は全焼、天井や壁が崩れ落ちている。
村人たちは炎に包まれながら、地面を転がり、あるいはその場でピクリとも動いていない。
『酷いわ……人も、建物も、人が作ったもの……全部焼いてる……』
竜杖ハクの声は、脳内に直接響く。
喉を震わせる、なんてことはできないはずだ。
……それでも、彼女が目の前の光景に悲しみ、そして……魔法でこんな酷いことをした人物に、怒りを向ける。
ギルバートも同じ思いではあった。
だが、沸騰しかけた思考を、一瞬で元の温度まで戻す。
炎で焼かれている村の中は、怪しげな魔力を垂れ流す、仮面の男がいた。
ソフィア曰く、人には固有の魔力の波長があるという。
魔力ゼロ体質の彼女ほどではないが、天才である彼も、少しだけソフィアの言うことが理解できた。
優しい師であるガンダールヴルからは、春の日差しのように温かい魔力を。
ソフィアとの恋路を邪魔する神竜ファフニールからは、夏のギラつく太陽のような魔力を。
魔力は心よりこぼれ落ちるエネルギーであるからか、その人の持つ心の色を濃く反映させている。
……目の前の男が放つ魔力からは、針のように、突き刺さる感覚を覚えた。
周囲にあるもの全てを攻撃、殺してやるという……明確な殺意を垂れ流している。
ファフニールでさえ、ここまで強い殺意を、魔力にのせて放つことはなかった。
人は悪感情を向けられることを無意識に避ける。
誰だって、人から嫌われたくないからだ。
しかしこの男、そんなことをまったく気にしている様子がない。
文字通り、【人】なんて、どうとも思っていないのだろう。
人間を虫けらか何か、そう思ってるのがわかる、攻撃的な魔力。
ギルバートは直感する。
「魔族だな」
杖を握る手には、余計な力がこもっていなかった。
汗で手が滑ることもなかった。
どっしりとした、巨大な木に寄り添っているような、安心感を覚えている。
眼前には、魔法のエキスパート、魔族がいるとわかっているのにだ。
(言うまでもない、俺は……ソフィアに、守られてるからだ)
その場にいない、愛する 女性(ひと) を背負って、次期賢者は、その新しい力をお披露目する。