作品タイトル不明
115.縛りからの解放
ギルバート・フォン・ヴォルグ。
若くして魔導士試験に一発合格、帝国軍の大佐に最年少でたどり着いた、天才魔法使いだ。
だれもが彼の成功をうらやむ。
彼の才能を妬む。
貴族としての地位と権力、天才魔導士としての魔法の才。
麗しいルックス。
何もかもを持ち、持たざる物などないと……だれもがそう思っている。
だが、実際彼は多くの不満を抱いていた。
思うように進まぬ恋路も無論そうだが……。
こと魔法において、彼には、『全力が出せない』という、縛りがあった。
彼の魔法出力があまりに高すぎるのである。
魔法、とりわけ攻撃魔法には、反動というものがある。
炎の球、雷の剣、それらは物理現象だ。
ならば、逆側に発する力というものが存在する。
強い攻撃であればなおさらだ。
ギルバートの魔法の威力は強すぎる。
ギルバートが内包する膨大な量の魔力が、一気にアウトプットされると、その圧力と反作用により、杖が壊れてしまうのである。
内と外、二つの力が、ギルバートに全力を出させないのだ。
魔法を使う際、彼は常に、無意識で、こう思っている。
全力全開の一撃は出してはいけないと。
手を抜いているという表現は正しくないが、彼は本気が出せないのだ。
ソフィアと出会い、多少症状は改善されたが、それでも彼の出す本気の魔法に、杖が追いついていない。
ソフィアが悪いのではない。
ギルバートが悪いのである。
愛する女が作った杖を、壊してはいけないという意識が、彼に心理的なブレーキをかけてしまうのだ。
理論上壊れぬ杖を作ったとしても、やはり、ソフィアの作った杖を壊したくない気持ちが、彼にはある。
……もし。
もしも、そういった縛りから、解放されたら。
何も気兼ねなく、全力を出せる杖が存在したら。
ギルバート・フォン・ヴォルグは、いよいよ、神域の賢者に、足を踏み入れることができるというのに。
◇
通信用魔道具に連絡が入ったのは、ソフィア、ギルバート、そして竜杖ハクによる話し合いが終わった日の早朝のことだった。
ソフィアは疲れてしまいぐっすりと眠ってしまった。
ギルバートもだいぶ疲労困憊だったため、眠りにつくも、ほどなくして緊急着信音でたたき起こされたのだ。
情報局所属の親友、クラウスからの連絡だった。
『魔族が帝都付近で悪事を働いている。至急現場に急行せよ』
軍からの命令は絶対であった。
が、相手が悪すぎた。
魔族。
強い魔法力を持ち、しかも国を潰すことに躊躇がない。
魔導士試験において、魔族を撃退できたのは、あの場に賢者と、そして神職人ソフィアがいたからこそ。
しかしどうやら今帝都には、賢者はだれもいないらしい。
よって、魔導士の中でも天才と称される、ギルバートにお鉢が回ってきたのだ。
ギルバートはソフィアを置いて、一人で出動しようとする。
『ちょっと待ちなさいよ』
ハクがギルバートを呼び止める。
『相棒を置いてくつもり?』
自らのことだけではないのだろう。
ソフィアもそこに含まれていることは、今のギルバートには理解できた。
(本当に仲良し親子になったんだな)
愛する女と、相棒とが和解したのだ。
こんなに嬉しいことはない。
ギルバートは微笑みながら、しかし力強くうなずいた。
「ああ。俺とおまえだけで、片が付く」
己の力を過信しているのではない。
予感が、確信が、あったのだ。
ソフィアが作った、この世界最高の杖があれば、どんな困難も乗り越えることができると。
『当っ然』
ギルバートからの信頼がうれしいのか、ハクが弾んだ声で答える。
竜杖を装備したギルバートは、部屋の外へと向かう。
ソフィアを気遣うように、そっと扉を閉める。
振り返ることはしない。
問題を解決し、帰ってこれるという確信があるからだ。
「母上」
エスメラルダが部屋の外で待機していた。
こういうときの勘の良さは、さすが、ヴォルグ公爵を尻に引く女主人にして女傑である。
「すぐ戻りますゆえ、ソフィアを頼みます」
「いいでしょう。ですが、ソフィアさんが目覚め、彼女が不安に駆られるようなことになったら……額にこぶ程度では済まない一撃を、おまえに浴びせますからね」
そんな強い脅迫の言葉を浴びせられても、今のギルバートは、全く恐怖を感じなかった。
彼はうなずくと、その場を駆け出す。
(……立派になりましたね、ギルバート)
彼女は息子の成長をだれよりも近くで見てきた。
だからこそわかるのだ、彼は一夜にして、何倍も大きくなったと。
(やはりソフィアさんは幸運の女神……。ヴォルグ家には無くてはならない存在だわ)
さて、ギルバートはハクを携えホテルの外へとやってきた。
敵の位置情報はクラウスから聞いている。
徒歩で行けばかなりの距離だ。
馬車や魔導車を使ったとしても、やはり到着が遅れてしまうだろう。
現状、魔族が暴れているのだ。
早急に現場へと向かう必要があった。それこそ、 飛翔(フライ) の魔法が使えれば……。
しかしギルバートは飛翔魔法が苦手だった。
彼の魔力出力が強すぎるせいで、空を飛ぶという精密な魔力コントロールが必要となる魔法は、使え【なかった】のである。
ギルバートは杖を構える。
「いくぞ、ハク」
杖を握り、己の相棒と、魂レベルで深く繋がる。
ギルバートの脳内に、魔法の構造が一瞬で構築される。
己の魔力特性は炎。
それを用いて空を飛ぶイメージ。
恐れはなかった。
できるという確信しかなかった。
この杖ならば、自分が描いたこの複雑にして緻密な術式を持った、高度な魔法を、完璧に出力できる。
ギルバートの膨大な魔力が、凄まじい勢いで体を巡る。
魔力は杖を走り、魔力回路を経て、魔法となって顕現する。
「【 紅竜飛翔(ドラゴン・フライ) 】」
ギルバートの背中に炎の翼が現れる。
その翼は超高密度に圧縮された炎でできており、姿は 翼竜(ワイバーン) のそれだ。
翼が内包する超高密度に圧縮された炎が、ギルバートの体の周りに浮力を生じさせる。
「すごい、思い通りの魔法だ」
魔法が暴発し、明後日の方向へと吹っ飛んでいくことはない。
体は思った通りの場所で浮かび上がり、勝手に動くことは決してない。
ギルバートは、感動を覚えていた。
自らの力だけで空を飛ぶ日がくるだなんて……。
「行くぞ」
『うん!』