軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

115.縛りからの解放

ギルバート・フォン・ヴォルグ。

若くして魔導士試験に一発合格、帝国軍の大佐に最年少でたどり着いた、天才魔法使いだ。

だれもが彼の成功をうらやむ。

彼の才能を妬む。

貴族としての地位と権力、天才魔導士としての魔法の才。

麗しいルックス。

何もかもを持ち、持たざる物などないと……だれもがそう思っている。

だが、実際彼は多くの不満を抱いていた。

思うように進まぬ恋路も無論そうだが……。

こと魔法において、彼には、『全力が出せない』という、縛りがあった。

彼の魔法出力があまりに高すぎるのである。

魔法、とりわけ攻撃魔法には、反動というものがある。

炎の球、雷の剣、それらは物理現象だ。

ならば、逆側に発する力というものが存在する。

強い攻撃であればなおさらだ。

ギルバートの魔法の威力は強すぎる。

ギルバートが内包する膨大な量の魔力が、一気にアウトプットされると、その圧力と反作用により、杖が壊れてしまうのである。

内と外、二つの力が、ギルバートに全力を出させないのだ。

魔法を使う際、彼は常に、無意識で、こう思っている。

全力全開の一撃は出してはいけないと。

手を抜いているという表現は正しくないが、彼は本気が出せないのだ。

ソフィアと出会い、多少症状は改善されたが、それでも彼の出す本気の魔法に、杖が追いついていない。

ソフィアが悪いのではない。

ギルバートが悪いのである。

愛する女が作った杖を、壊してはいけないという意識が、彼に心理的なブレーキをかけてしまうのだ。

理論上壊れぬ杖を作ったとしても、やはり、ソフィアの作った杖を壊したくない気持ちが、彼にはある。

……もし。

もしも、そういった縛りから、解放されたら。

何も気兼ねなく、全力を出せる杖が存在したら。

ギルバート・フォン・ヴォルグは、いよいよ、神域の賢者に、足を踏み入れることができるというのに。

通信用魔道具に連絡が入ったのは、ソフィア、ギルバート、そして竜杖ハクによる話し合いが終わった日の早朝のことだった。

ソフィアは疲れてしまいぐっすりと眠ってしまった。

ギルバートもだいぶ疲労困憊だったため、眠りにつくも、ほどなくして緊急着信音でたたき起こされたのだ。

情報局所属の親友、クラウスからの連絡だった。

『魔族が帝都付近で悪事を働いている。至急現場に急行せよ』

軍からの命令は絶対であった。

が、相手が悪すぎた。

魔族。

強い魔法力を持ち、しかも国を潰すことに躊躇がない。

魔導士試験において、魔族を撃退できたのは、あの場に賢者と、そして神職人ソフィアがいたからこそ。

しかしどうやら今帝都には、賢者はだれもいないらしい。

よって、魔導士の中でも天才と称される、ギルバートにお鉢が回ってきたのだ。

ギルバートはソフィアを置いて、一人で出動しようとする。

『ちょっと待ちなさいよ』

ハクがギルバートを呼び止める。

『相棒を置いてくつもり?』

自らのことだけではないのだろう。

ソフィアもそこに含まれていることは、今のギルバートには理解できた。

(本当に仲良し親子になったんだな)

愛する女と、相棒とが和解したのだ。

こんなに嬉しいことはない。

ギルバートは微笑みながら、しかし力強くうなずいた。

「ああ。俺とおまえだけで、片が付く」

己の力を過信しているのではない。

予感が、確信が、あったのだ。

ソフィアが作った、この世界最高の杖があれば、どんな困難も乗り越えることができると。

『当っ然』

ギルバートからの信頼がうれしいのか、ハクが弾んだ声で答える。

竜杖を装備したギルバートは、部屋の外へと向かう。

ソフィアを気遣うように、そっと扉を閉める。

振り返ることはしない。

問題を解決し、帰ってこれるという確信があるからだ。

「母上」

エスメラルダが部屋の外で待機していた。

こういうときの勘の良さは、さすが、ヴォルグ公爵を尻に引く女主人にして女傑である。

「すぐ戻りますゆえ、ソフィアを頼みます」

「いいでしょう。ですが、ソフィアさんが目覚め、彼女が不安に駆られるようなことになったら……額にこぶ程度では済まない一撃を、おまえに浴びせますからね」

そんな強い脅迫の言葉を浴びせられても、今のギルバートは、全く恐怖を感じなかった。

彼はうなずくと、その場を駆け出す。

(……立派になりましたね、ギルバート)

彼女は息子の成長をだれよりも近くで見てきた。

だからこそわかるのだ、彼は一夜にして、何倍も大きくなったと。

(やはりソフィアさんは幸運の女神……。ヴォルグ家には無くてはならない存在だわ)

さて、ギルバートはハクを携えホテルの外へとやってきた。

敵の位置情報はクラウスから聞いている。

徒歩で行けばかなりの距離だ。

馬車や魔導車を使ったとしても、やはり到着が遅れてしまうだろう。

現状、魔族が暴れているのだ。

早急に現場へと向かう必要があった。それこそ、 飛翔(フライ) の魔法が使えれば……。

しかしギルバートは飛翔魔法が苦手だった。

彼の魔力出力が強すぎるせいで、空を飛ぶという精密な魔力コントロールが必要となる魔法は、使え【なかった】のである。

ギルバートは杖を構える。

「いくぞ、ハク」

杖を握り、己の相棒と、魂レベルで深く繋がる。

ギルバートの脳内に、魔法の構造が一瞬で構築される。

己の魔力特性は炎。

それを用いて空を飛ぶイメージ。

恐れはなかった。

できるという確信しかなかった。

この杖ならば、自分が描いたこの複雑にして緻密な術式を持った、高度な魔法を、完璧に出力できる。

ギルバートの膨大な魔力が、凄まじい勢いで体を巡る。

魔力は杖を走り、魔力回路を経て、魔法となって顕現する。

「【 紅竜飛翔(ドラゴン・フライ) 】」

ギルバートの背中に炎の翼が現れる。

その翼は超高密度に圧縮された炎でできており、姿は 翼竜(ワイバーン) のそれだ。

翼が内包する超高密度に圧縮された炎が、ギルバートの体の周りに浮力を生じさせる。

「すごい、思い通りの魔法だ」

魔法が暴発し、明後日の方向へと吹っ飛んでいくことはない。

体は思った通りの場所で浮かび上がり、勝手に動くことは決してない。

ギルバートは、感動を覚えていた。

自らの力だけで空を飛ぶ日がくるだなんて……。

「行くぞ」

『うん!』