作品タイトル不明
114.杖職人ソフィア・クラフト
ソフィアは竜杖ハクと心を通わせた。
人によっては、なんだそれはと、笑ったことだろう。
モノに心なんぞないと、そう断じられても、おかしくはない。
だが、そんなことをのたまう輩は、所詮その程度の職人・使い手でしかないのだ。
この場にいるのは一流の職人・魔法使い、そして……一流の杖なのだ。
誰もが、至高の杖職人が作りし杖に、魂が宿っていると、本気で信じている。
神域に踏み入れてる職人自らが手がけた杖だ。
魂が宿る。
それだけで終わるわけがない。
『ねえ、ソフィア』
ハクがソフィアに呼びかける。
『あたし、気づいたの。あんたの体に……魔力が流れてるわ』
一瞬、ギルバートも、そしてソフィア自身も、何を言ってるのか理解できなかった。
魔力が流れている……?
あり得ないことだ。
(フィーは魔力ゼロの特異体質。魔力が流れるわけがない……だが……)
和解した今だからこそ、ソフィアは、ハクの言葉を全面的に信じられていた。
魔力視をせずともわかる。
ハクの言ってることが正しいのだということを。
「どういう、こと? ハク。教えて」
ハクは、自分が杖であることを喜んだ。
なぜなら、この木でできた体なら、表情がバレてしまわないからだ。
ソフィアが、生みの親が、自分の突拍子もない発言を、信じてくれようとしてる。
それがたまらなく嬉しい。
だが、そんなことを表に素直に出せなかった。
竜杖は 親(ソフィア) に似て、本心を素直に吐露できないのだ。
『ギルバートを通して、ソフィア、あんたとも深くつながったわ。そんで、わかったの。貴女の中に眠る、魔力の塊について』
使い手と杖は魔力回路を通じて、精神的に、繋がった。
しかしあの場において、ソフィアもまた手を重ねていた。
本来、あり得ぬこと。
使い手以外の人間と、回路をつなげることなんて。
理屈は、神職人たるソフィアであっても、わからない。
説明できない。
でも、あえて簡単な言葉にするならば、ソフィアとハクの間にある、親子の絆。
それが一人と一本を、繋げた……のかもしれない。
正直このことについては、ソフィアの、八宝斎の知識を持ってしても、解明はできなかった。
ただ、ソフィアは娘の言葉を信じられた。
相手が自分の娘だから以外に理由はなかった。
「魔力の塊……しかしそんなものどこに……?」
『あんたの額に。日輪のような、大きくて、巨大な魔力』
それを聞いて、ソフィアは、魔力の正体に気づいた。
「ファフニール様から引き継いだ八宝斎の知識だわ!」
「! なるほど……」
前に四代目八宝斎・神竜ファフニールから、八宝斎としてソフィアが認められた際、先代から受け継げられた知識を継承した。
あのとき、なんらかの特別な力の波動を感じた。
それ以降はその気配が消えてしまった。
あのときは、単に知識が流れてきたときの熱の余波だと思っていた。
でも……。
あの熱が、自身が熱望した……魔力だったとしたら。
「……あり得るわ」
ソフィアの魔眼は他者の魔力の流れを見る。
どんな人間が相手でもだ。
だが、一つ例外がある。
相手に魔力が無いと、最初から分かっている場合。
すなわち……自分の魔力の流れ。
ソフィアの前にはずっと、自分に魔力が無いという事実が、そびえ立っていた。
それは絶対に変えられないもの。
彼女の脳にはその常識が、こびりついていた。
だが、彼女の目は、神経は、脳は、己の中にある魔力とその流れを、見ようとしなかったのである。
ソフィアの緋色のから、つつ……と涙が流れる。
だがこの場にいる誰も、驚くことはなかった。
どうしたのと、困惑し、尋ねることもなかった。
当たり前だ。
己の中に魔力が宿っている。
魔力は、ソフィアが切望したものだ。
己が杖職人となったことに、なんの後悔もない。
だが、思ったことがある、もし自分に魔力があったなら……。
もっと別の道を、歩めたのではないかと。
そんな彼女の中に、魔力が宿ったのだ。
嬉しいに決まっていた。
「良かったな、フィー。これで、八宝斎の使命を達成できる」
八宝斎には、神器を……神のごとき凄まじい効果を発揮する武具を創り出す、という使命があった。
彼女の祖父も、そしてファフニールすらも、神器を創ってきたのである。
八宝斎を正式に名乗っている以上、いずれソフィアも、神器創出に取りかかる必要があった。
だが、神器を創るのに、絶対必要なものがあった。
それが……魔力。
魔力がないと、神器は絶対に創れないのが、不変の真理。
今……魔力ゼロの彼女の中に、魔力が宿った。
神器を創る最低条件を、満たしたのである。
そう……だから。
「八宝斎として……私は」
高らかに、彼女は宣言した。
「八宝斎の魔力を、神器作りには、使わない……!」
……ギルバートたちは、そこでようやく、困惑した。
ソフィアが、二人には理解できないことを言ってきたからである。
「魔力を使わない……?」
『ちょ、何言ってるのよ。せっかく、神器を作れるようになったんじゃあないの!』
ソフィアには神のごとき手先の器用さがある。
これはヴィルにも匹敵するほどの技量だ。
あと足りないのは、魔力。
ただそれだけだ。
魔力をえた、神器創出への道は開けたのである。
……なにゆえに、ソフィアはどうして魔力を使おうとしないのか。
ギルバートたちへの疑問に、ソフィアは答える。
「この魔力は……先代たち、八宝斎様たちが紡いできたものの集積。私が、何も積まずに、使うわけには、いかないわ」
ギルバートは、ソフィアの意図に気づいたようだ。
「フィー……。君は、まさか……今なお、魔力ゼロで、神器を作ろうとしてるのか?」
「はいっ!」
(やっぱり、ギルさんは、覚えてくれてたんだ。ファフニール様に、私が切った啖呵を)
かつてファフニールから、竜に転生しないかと、誘いを受けたことがあった。
竜となれば魔力を得ることができ、神器を作れるようになる……と。
ソフィアは、今のままで神器を作るようになる、と宣言したのである。
「八宝斎様たちの魔力に頼るわけには、いきません。私は宣言したとおり、今のままで、神器を作れると証明してみせる」
それが、今代八宝斎、ソフィア・クラフトの矜持。
他者の力に頼るのではなく、今の彼女の力で、無理難題を超えてみせる。
ソフィアの目には、強い決意の色が見て取れた。
「受け継いだモノをただ使うのではなく、そこに自分なりの 一(なにか) を足して……次世代に繋げたいんです」
『それがどんだけ大変なことかわかってるの……?』
竜杖ハクはソフィアに尋ねる。
「うん。わかってるよ。私は……魔法杖職人だからね」
神域の職人であるからこそ、わかるのだ。
目の前に広がっている道に、果てが無いことを。
下手したら、夢半ば、志半ばで倒れてしまうかもしれない。
でも……
「それでも私は、八宝斎だから」
八宝斎はただの屋号ではない。
いにしえの時代から、伝説を作ってきた、伝説の職人のこと。
ソフィアはまだ、作れていない。
己が誇れる、 伝説(さくひん) を。
『ママは……立派ね』
ハクが素直に、母であるソフィアを称賛した。
母と呼ばれ、ソフィアは嬉しそうに微笑む。
「ああ。自慢の、人生のパートナーだ」
ギルバートもまた、ハクの言葉に同意を示す。
彼からすれば、思ったことを素直に口にしただけだった。
ソフィアはこれからも、人生を共に歩んでいく……パートナーと。
(え……!?)
先ほどまでの真面目な雰囲気から一転、ソフィアは困惑の表情を浮かべる。
(じ、人生のぱ、パートナーって、そ、それ……ぷ、プロポーズじゃない……?)
しかし、ソフィはすぐさま否定する。
(違うわ、何を勘違いしてるの、ソフィアっ)
……勘違いでもなんでもなかった。
正解、大正解だった。
だが悲しいかな、彼女はソフィア・クラフトだった。
神職人ではあるものの、しかし、超絶鈍感生娘であった。
(きっと杖職人と魔法使いとしてのパートナーという意味に違いないわ)
うんっ、とソフィアはうなずく。
(凄い杖職人になるぞっ。ギルさんが期待してくれてるんだもの。最低でも……ヴィルお爺さまと同じレベルの伝説級職人にならないと。プロポーズなんて受けられないわ!)
……この場にヨランダと、エスメラルダが以下省略。
本当に、良い意味で、お似合いの二人なのだった。