作品タイトル不明
113.竜杖『ハク』
竜杖と、ソフィア、そしてギルバート。
2人と1本は、同じホテルの一室にいて、対話をしようとしていた。
「初めまして、竜杖」
『どーも創造主サマ。ご機嫌麗しゅう』
ギルバートは、竜杖の性別を、なんとなく女であると思っていた。
無論木の棒に性別なんて存在しないのだが。
しかし声の質感や、性格から、男性より女性の方が近い気がしたのである。
……だからこそ、ギルバートはこの状況に困惑していた。
(男を女二人が取り合うという場面は聞いたことがあったし、今もそれが行われてるのだろうけど……。相手が杖なんて前代未聞だぞ……)
それどころか空前絶後な会合に思えてならないギルバートである。
一方、ソフィアは淡々とした口調で尋ねる。
「貴女は一体どういうつもりなのですか?」
『はぁ? どういうつもりってなによ』
「ギルバートさんと私が恋仲であることを、理解してるのでしょう? なのに、貴女ってば、私とギルさんが仲良くしてるのを見ると、焼き餅焼いて、自分に気を引こうとするじゃないですか?」
『何か悪いの?』
「悪いです。空気を読んでください」
ギルバートは驚きを禁じ得なかった。
いつだって、自分の可愛い恋人は、誰に対しても物腰が柔らかい。
押しの弱いところもあった。
気弱で、可憐な少女の一面しか見たことがなかった。
ところが今はどうだろう。
女相手に、自分の意見をはっきりと述べているではないか。
しかも、わりかし強い口調だ。
(女っていうか杖だが……)
『はんっ。これはこっちのセリフよ。あんた、ギルバートはあたしのマスターなのよ。杖と使い手は、親子……ううん、一生涯のパートナーなのよ。心の交流を邪魔するんじゃあないわよ』
ソフィアは言葉に詰まる。
他でもない、杖職人ソフィアだからこそ、杖と使い手の間にある絆が、特別なものだということは、理解できる。
「じゃあ、貴女のいないところでギルさんといちゃつけっていうんですか」
『はぁ? 何それ。はーあ、うちの親はとんだ意地悪女ね』
「…………」
ソフィアが、黙ってしまう。
色んな感情が入り交じっていた。
杖の意志は存在する。数多くの杖と対話してきたソフィア。
しかしここまではっきりと自我を持った杖と出会うのは、初めてであった。
ソフィアとしては、自分が生み出した可愛い娘。
その娘から、母認定されたこと。
それ自体は嬉しいのだが……。
しかしそんな娘は、自分の愛しい男性を独占しようとしてる。
言うなれば敵……。
(敵……そうかな)
ふと、ソフィアは亡き祖父を思い出す。
彼が作った魔道具には、この竜杖と同様の、明確なる自我があった。
幼いソフィアには聞こえなかったが、しかし、自分の作品と、本当に楽しそうに会話していた。
それこそ、親と子が仲良く語らうように……。
(そうよ……この子は私が産みだした、娘だわ。敵なんかじゃない……)
祖父を思ったことで、少しだけ、心のスペースに余裕ができた。
ソフィアは小さく深呼吸をする。
冷静さを取り戻してるソフィアの一方で、ギルバートは汗をかきながら、竜杖を説得していた。
「おいケンカするな。仲良くしろよ」
『ねーえ、ギルバート。あたしだけ見て? あたしがいればいいじゃない。あなたをまもれるのはあたしだけでしょ? あの職人女に一体何ができるっていうの?』
「確かに魔法を使うのに杖……おまえは必要だが……」
『あーもー! はっきりしてよ! あたしか、あの女か。どっちが大切なのよ!』
きーきーとわめく竜杖に対して、ソフィアは柔らかく微笑み、言う。
「【ハク】、聞いて」
『「ハク……?」』
ギルバートたちは首をかしげる。
竜杖はソフィアに尋ねる。
『なによ、ハクって。だれ? また新しい女?』
「貴女の名前よ。決めてなかったでしょう?」
杖に名前を刻む行為を、杖職人は原則行わない。
なぜなら杖は、使い手のものだからだ。
使い手が決めるならまだしも、作り手が名を付けるのは、おかしい。
しかし、ソフィアは名前をずっと前から考えていたのだ。
「帝国の守護神たる、聖白竜ロウリィ様から名前をいただき、ハク。ずっとギルさんにふさわしい相棒の名前を、ずっと考えてたの」
聖白竜ロウリィ。
帝国を興した初代皇帝ノアカーターの相棒。
彼の側にずっと寄り添い、生涯、彼を、そして愛する国を守り続けたという。
「ハク。貴女のギルさんを思う気持ちはわかるわ。私の目には、貴女の心が映っている」
杖もまた魔道具。
自我を持ち、意志を持つ魔道具だ。
発した魔力から感情を読み取ることができる。
「私が悪かったわ。私の目が曇っていた。ギルさんを取られないようにって、ずっとそのことしか考えてなかった。貴女を、ちゃんと見てなかった」
『…………』
ハクは黙って、ない耳を親たるソフィアに傾けている。
ソフィアは、話を聞いてくれるのが嬉しかった。
「ハク。貴女は、ギルさんを守りたい。私も思いは一緒よ。ギルさんに守られてばかりいようなんて、思ってないわ」
ソフィアは、なぜハクがここまで、自分に拒絶反応を示すのかずっと疑問だった。
だが、なんということはない。
羨ましかったのだ。
愛する人と同じ、人間であるソフィアが。
自分は所詮杖。
握ってもらえなければ、彼を守れない。
だがソフィアは違う。
たとえ彼が握らずとも、彼を守ることができる。
そんな羨ましい存在なのに、ギルバートに守られてばかり。
それが、ハクにとっては腹立たしかったのだ。
「私はギルさんに守ってもらうつもりは、ない。寄り添って、彼の力になりたい。共に人生を歩んでいきたい。貴女と同じよ、思いは一緒」
『……ふん』
竜杖ハクはそれっきり黙ってしまった。
だが……ぽつりと、つぶやく。
『ねえ……お願い、あるんだけど』
「なぁに? ハク」
『……ぎゅってして』
それは和解の印だ。
ソフィアに心を開いたのだ。
ギルバートを守りたい。
側に居たい。
その思いが、一致したのである。
ソフィアは微笑み、ギルバートから杖を受け取る。
そして……きゅっと優しく抱きしめた。
「これからは、一緒に、ギルさんを支えていきましょう」
『ふん。あんたに言われなくてもわかってるしっ』
竜杖ハクの声には、すでにとげはない。
彼女らは完全に和解したのだ。
ほぉ……とギルバートは安堵の息をつく。
とりあえず争いにはならなくて、良かったと思った。
(ん……? よく考えれば、さっきの言葉、俺への愛の言葉……逆プロポーズなのでは……?)
そう思って、しかし、いやいやと首を横に振る。
(婚約はまだフィーには早いに違いない。前の婚約破棄の傷がまだ癒えてないだろうからな。それに、さっきの言葉も、支えていこうって、職人と杖として、使い手をって意味だろう)
……ヨランダ、あるいはエスメラルダがこの場にいたら、その額に強烈なげんこつを食らわせ、ボキャブラリーの限りを尽くし、罵倒されていただろうことは、想像に難くないのだった。